D.C.Ⅱ.K.S 流離いの人形使い   作:ナナシの新人

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背中 ~trust~

「顔を洗ってきます。ちょっと待っててください」

「ん? ああ」

 

 部屋を出て一階へ降りると、由夢(ゆめ)は涙で濡れた顔を洗い流すため洗面所へ向かった。階段の一段目に座って準備が済むのを待っている間、どうすれば枯れない桜の暴走を止め、義之(よしゆき)の存在を維持しつつ、更に桜に取り込まれてしまったさくらを救えるのかをずっと考えていた。

 だが、魔法は使えず、法術(ほうじゅつ)も人形を動かす程度にしか扱えない俺に何ができるのか、無い頭を使ってどれだけ考えても何も思い浮かばない。

 

「はあ......」

「お待たせしました」

 

 大きなタメ息をつくとほぼ同時に戻ってきた由夢(ゆめ)の顔は、涙の跡も消え若干スッキリした表情をしている。

 

「タメ息なんてついて、どうしたんですか?」

「......腹へった」

「はあ~......」

 

 まったく心配して損した、と由夢(ゆめ)は呆れ顔を見せる。どうやらうまく誤魔化せたらしい。まあ腹が減ってるのは事実だけどな。

 立ち上がり、玄関で靴を履き替えドアを開け家の外へ出るとはらはらと雪が舞っていた。

 

「寒いな......」

「ですね。早く行きましょう」

「だな」

 

 白衣のポケットに両手を突っ込んで背中を丸めて敷地の外へ出る。その直後、俺は立ち止まった。一瞬遅れて背中に衝撃が走る。

 

「いたっ......急に立ち止まらないでくださいっ! って、お姉ちゃん?」

「......由夢(ゆめ)ちゃん、国崎(くにさき)くん」

「よう。今帰りか?」

「うん......」

 

 会話が終わってしまった。気まずい空気が俺と音姫(おとめ)の間に流れる。

 あの日。枯れない桜の真実を知られてしまったあの日以来、音姫(おとめ)芳乃(よしの)家へ顔を出さなくなった。それどころか、俺たち......特に義之(よしゆき)との接触を意図的に避けている様にも思えた。理解は出来る、どう接すればいいのか戸惑っているのだろう。

 

「お姉ちゃん、ご飯食べた? 私たちこれから――」

「ごめんね、ちょっと体調がよくなくて......。遅くならない様に帰って来てね」

 

 沈黙に耐えられなくなった由夢(ゆめ)の提案を音姫(おとめ)は遮り、俺たちの横を早足で抜けて、玄関のドアノブに手を掛けた。

 

音姫(おとめ)

「......ごめんなさい」

 

 俺の呼び掛けに音姫(おとめ)は、ただただ申し訳なさそうな消えそうな声で謝罪の言葉を言って、家の中へ入っていた。俺には固く閉じられた玄関を眺める事しか出来なかった。

 

「............」

「行きましょう。国崎(くにさき)さん」

「ああ......そうだな」

 

 由夢(ゆめ)に促されて、隣の家へ向かう。

 垣根越しに見える芳乃(よしの)家の二階の窓から光が漏れている。どうやら義之(よしゆき)は既に帰宅しているみたいだ。玄関の引き戸を開ける。

 

「兄さーん、お腹すいたぁーっ」

 

 由夢(ゆめ)の声を聞いてか、すぐに義之(よしゆき)が出迎えに下りて来た。

 

「お前なあ......開口一番がそれかよ......」

「だってまだ夕飯食べてないんだもん」

「まったく......。お帰りなさい、国崎(くにさき)さん。国崎(くにさき)さんも夕飯まだですよね? すぐに用意しますね」

「ただいま。ああ、サンキュ、頼む」

 

 家に上がり、洗面所で手を洗って、白衣を客間のハンガーにかけて居間へ入る。

 由夢(ゆめ)炬燵(コタツ)でテレビを、義之(よしゆき)は三人分の食事を並べていた。炬燵(コタツ)に入ってから訊く。

 

「お前も食べてなかったのか?」

「ええ、ちょっと部屋で本を読んでたら知らない間に時間が......」

「ふーん」

 

 時間と空腹を忘れるほど読書に熱中する様なキャラには見えなかったが、義之(よしゆき)は意外と読書家なんだな。と思っていたら「どうせ漫画でしょ?」と由夢(ゆめ)に言われると「うぐっ......」と目を逸らした。どうやら図星を突かれたらしい。

 

国崎(くにさき)さん、お醤油とって~」

「お前の方が近いじゃないか」

「や、あたし両手ともふさがってますし」

 

 右手の箸と左手に持った茶碗をわざとらしく上げて見せつけた(どっちかを下ろせばいいじゃないか......)。助けを求めすっと目を義之(よしゆき)に向けると、義之(よしゆき)目を瞑って諦めろと首を二度横に振った。仕方なく醤油を取ってやる。

 

「ほら......」

「あ、ついでにお豆腐にかけてください」

「仕方ないな......って、それくらい自分でかけろっ」

 

 ガンッ、と音が鳴る勢いで醤油差しを由夢(ゆめ)の前に置く。

 

「ええ~、かったるいなー」

 

 ちょっとかけてくれるだけでいいのに。などとぶつぶつ文句をいいながら由夢(ゆめ)は渋々冷奴に醤油を垂らした。由夢(ゆめ)はわかっていない、刺し身や冷奴とかシンプルなオカズは自分の好みの味(薬味とのバランス)で食べるから美味いんだぞ?

 夕飯を食べ終わると由夢(ゆめ)は自宅へ帰り隣の玄関先まで送って行った義之(よしゆき)が戻ってきた。

 

「ほら」

「ありがとうございます」

 

 淹れたて茶をすすりながら、義之(よしゆき)は心配そうな表情(かお)で言う。

 

音姉(おとねえ)、今日も来ませんでしたね。さくらさんも......」

「ああ、そうだな......」

「さくらさん、最近食欲もなかったみたいですし......大丈夫かな」

「............、義之(よしゆき)

「あ、はい」

 

 伏し目がちだった義之(よしゆき)が顔を上げる。俺は義之(よしゆき)の目を見て、由夢(ゆめ)にした質問と同じ事を訊いた。

 

音姫(おとめ)由夢(ゆめ)のこと、好きか?」

「え......ええっ!? と、突然何ですか!?」

「いいから答えろ」

 

 何の脈絡も無い突然の質問に動揺を隠せない義之(よしゆき)だったが、俺の真面目な声に躊躇しながらも答えた。

 

「......好きですよ」

「それは――家族として、姉弟妹(きょうだい)としてか? それともどちらかにそれ以上の感情を持ってるのか?」

「そ、それは......」

 

 義之(よしゆき)はまた顔を伏せた。今度のは、恥ずかしさからではなく、真剣に俺の質問の答えを考えているように見える。しばらくして顔を上げた。

 

「えっと――」

「もういい、わかった」

「......ええーっ!?」

 

 聞いておいてそれですかっ? と言いたそうだが、義之(よしゆき)表情(かお)を見ればどちらかまでは分からないが家族以上の感情を抱いていることは容易にわかる。

 

「さて、そろそろ寝るか」

「......そうですね」

 

 炬燵(コタツ)を出て、居間の電気を切り、先に廊下に出た義之(よしゆき)の背中を見送る。俺は、風呂に入り一日の疲れを流して、客間の布団で横になった。

 真っ暗な部屋の天井を見ながら考えを巡らせいると、いつの間にか眠っていた。

 

 

           * * *

 

 

 目が覚めた。辺りを見回して見ても何も見えない、まだ視界は暗闇。枕元の目覚まし時計を見ると時刻は午前5時を少し過ぎた頃だった。普段より一時間以上早い目覚め(まだ早いな......)。もう一度目を閉じる。だが眠気は襲ってこない。どうやら完全に目が冴えてしまっているようだ。

 仕方なく布団から出て、朝の空気を吸いに家の外へ出る。登り始めた朝日が空をオレンジ色に染めていく。

 大きく深呼吸をして、朝の空気を胚一杯に吸い込む。冷たく爽やかな空気が身体中を巡り重かった気分を少し晴らしてくれた。

 ふと隣を見ると家の前に二つの人影。その影の一つが俺に気づいた。

 

「おはよう、国崎(くにさき)くん。早いね」

「ああ、おはよ。純一(じゅんいち)

 

 それと――、もう一つの影。風見学園の制服を着た女生徒。

 

音姫(お前)も早いな」

「うん......おはよう、国崎(くにさき)くん」

「ああ、おはよう」

 

 挨拶を済ませ、純一(じゅんいち)に目を向ける。目が合い、察したのか純一(じゅんいち)は頷いた。

 

「答えは出たようだね」

「ああ、どうせ止めても無駄なんだろ?」

「ははは......」

 

 何が面白いのか純一(じゅんいち)は微笑んだ。対称的に音姫(おとめ)の表情はますます曇る。孫娘にこんな表情(かお)をさせるなんて困った爺さんだ。

 

「勝算はあるのか?」

「まあ、時間稼ぎくらいにはなるだろう」

 

 自分では桜の暴走を止められないことも、無駄死になることも、全てを覚悟の上での発言に思えた。そのことに、音姫(おとめ)も勘づいている。

 

「おじいちゃん......」

音姫(おとめ)、お前が気に病むことはない。これは、俺たち大人が背負うべきことだ」

「でも......」

「なーに、もしもの時は、国崎(くにさき)くんがどうにかしてくれるだろうさ」

「......俺に振るなよ」

「はっはっはっ」

 

 空気を読まずに一人で声を出して笑った(ったく、この爺さん......)。どこまで本気なんだか。呆れてタメ息が出そうになった。

 

「でもっ! 私......私は......」

「ふむ......。こらこら、こんな爽やかな朝にそんな湿った顔をするな。女の子は、笑顔が一番だよ」

 

 身体を震わせる音姫(おとめ)の頭を優しく撫でながら、純一(じゅんいち)は言う。

 

「......キミもそう思うだろう? 義之(よしゆき)くん」

「えっ......」

義之(よしゆき)?」

 

 振り返ると義之(よしゆき)が、気まずそうに頬を掻いて顔を背けていた。

 

「お、おはようございます。玄関が開く音が聞こえて......。もしかして、大事な話の最中でした?」

「いや、話はもう終わったよ。それに、ちょうど良かった、義之(よしゆき)くんに訊きたいことがあるんだが」

「はい、何でしょう?」

 

 純一(じゅんいち)と目が合う。どうやら俺はいない方がいいらしい。

 

「さて、俺はちょっと散歩に行ってくる」

「そうかい? ああ、そうだ、国崎(くにさき)くん、コンビニで飲み物をお願いできるか?」

 

 俺は、差し出された小銭を受け取り散歩へ出掛けた。コンビニに着く頃には、オレンジ色だった空が青に変わり、静かだった街に今日一日の始まりを告げる様に、鳥のさえずりや人の声が聞こえるようになった。

 コンビニに入って時間を潰す。10分ほどで純一(じゅんいち)がやって来た。任せると言われたためお気に入りの缶コーヒーを二本買って、桜公園のベンチに座り冷えた身体に温かいコーヒーを流し込む。

 

「ほう、美味いな」

「だろ?」

「年を重ねるにつれてもっぱらお茶になったが、これは美味い」

 

 どうやら純一(じゅんいち)も気に入ったらしい。ほぼ同時に飲み干しリサイクルボックスへ空き缶を放り込む。

 

「さて、そろそろ行くとするか」

純一(じゅんいち)、頼みがある」

「なんだい?」

 

 俺は、サクラから聞いた羽根の存在を純一(じゅんいち)に話した。

 

「羽根、か」

「ああ、その羽根が枯れない桜の魔力を増幅させ暴走の原因になっている。だから......」

「俺かさくらが、内部から羽根を取り除く事が出来れば桜は元に戻る可能性がある、と言う訳だね」

 

 だが、それは純一(じゅんいち)による枯れない桜のコントロール失敗を意味し。さくらと同様に枯れない桜に取り込まれるということでもある。

 

「悪い......」

「いや、謝る事はない。むしろ僅かながら希望が生まれた」

 

 ――ありがとう。と音姫(おとめ)に見せた様な優しい微笑みを俺に向けた。

 

「しかし、その情報はどこで?」

「ん? 枯れない桜で、さくらに似た女が教えてくれた」

「さくらに似た......」

 

 目を閉じて考え込む。心当たりがあったのか少し口角を上げた。

 

「その女性は、さくらと雰囲気や話し方、佇まいに多少の差違がなかったかい?」

「ああ、あった。知ってるのか?」

「ふむ......。おそらく『ばあちゃん』だろう」

「ばあちゃん?」

 

 純一(じゅんいち)の言う『ばあちゃん』は、純一(じゅんいち)とさくらの祖母。

 さくらと同様に魔女だったらしく。純一(じゅんいち)義之(よしゆき)と同じ歳の頃、当時既に他界していた婆さんと夢の中で話をしたことがあるらしい。その時の姿が、当時のさくらと瓜二つだったそうだ。

 しかし、だとしたら分からない事が二つある。

 一つは容姿。確かにさくらと似てはいるが瓜二つではない。身体や顔付きも違うしやっぱり別人だと俺は思う。

 二つ目は――。

 

「俺が会ったのがその婆さんだったとしても、なんで赤の他人の俺に?」

「さあ......だが、キミに姿を見せたということは何か意味があるんだろう」

「意味ねえ......」

 

 考えても分からん。本人に訊くのが一番てっとり早いか。大きく息を吐いた純一(じゅんいち)が、ベンチから立ち上がった。

 

「さて、そろそろ幼馴染みの尻拭いに行くとするか」

「ああ、さくらに伝えてくれ。『さっさと起きろ。遅刻するぞ』って」

「ああ、伝えておく。孫娘を頼む......」

 

 純一(じゅんいち)は、音姫(おとめ)由夢(ゆめ)、二人の最愛の孫娘のことを託し。振り返ることもなく桜公園の奥へと消えて行く。

 俺は、その小さくも頼もしい背中が見えなくなるまで見送ってから桜公園を後にした。


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