「顔を洗ってきます。ちょっと待っててください」
「ん? ああ」
部屋を出て一階へ降りると、
だが、魔法は使えず、
「はあ......」
「お待たせしました」
大きなタメ息をつくとほぼ同時に戻ってきた
「タメ息なんてついて、どうしたんですか?」
「......腹へった」
「はあ~......」
まったく心配して損した、と
立ち上がり、玄関で靴を履き替えドアを開け家の外へ出るとはらはらと雪が舞っていた。
「寒いな......」
「ですね。早く行きましょう」
「だな」
白衣のポケットに両手を突っ込んで背中を丸めて敷地の外へ出る。その直後、俺は立ち止まった。一瞬遅れて背中に衝撃が走る。
「いたっ......急に立ち止まらないでくださいっ! って、お姉ちゃん?」
「......
「よう。今帰りか?」
「うん......」
会話が終わってしまった。気まずい空気が俺と
あの日。枯れない桜の真実を知られてしまったあの日以来、
「お姉ちゃん、ご飯食べた? 私たちこれから――」
「ごめんね、ちょっと体調がよくなくて......。遅くならない様に帰って来てね」
沈黙に耐えられなくなった
「
「......ごめんなさい」
俺の呼び掛けに
「............」
「行きましょう。
「ああ......そうだな」
垣根越しに見える
「兄さーん、お腹すいたぁーっ」
「お前なあ......開口一番がそれかよ......」
「だってまだ夕飯食べてないんだもん」
「まったく......。お帰りなさい、
「ただいま。ああ、サンキュ、頼む」
家に上がり、洗面所で手を洗って、白衣を客間のハンガーにかけて居間へ入る。
「お前も食べてなかったのか?」
「ええ、ちょっと部屋で本を読んでたら知らない間に時間が......」
「ふーん」
時間と空腹を忘れるほど読書に熱中する様なキャラには見えなかったが、
「
「お前の方が近いじゃないか」
「や、あたし両手ともふさがってますし」
右手の箸と左手に持った茶碗をわざとらしく上げて見せつけた(どっちかを下ろせばいいじゃないか......)。助けを求めすっと目を
「ほら......」
「あ、ついでにお豆腐にかけてください」
「仕方ないな......って、それくらい自分でかけろっ」
ガンッ、と音が鳴る勢いで醤油差しを
「ええ~、かったるいなー」
ちょっとかけてくれるだけでいいのに。などとぶつぶつ文句をいいながら
夕飯を食べ終わると
「ほら」
「ありがとうございます」
淹れたて茶をすすりながら、
「
「ああ、そうだな......」
「さくらさん、最近食欲もなかったみたいですし......大丈夫かな」
「............、
「あ、はい」
伏し目がちだった
「
「え......ええっ!? と、突然何ですか!?」
「いいから答えろ」
何の脈絡も無い突然の質問に動揺を隠せない
「......好きですよ」
「それは――家族として、
「そ、それは......」
「えっと――」
「もういい、わかった」
「......ええーっ!?」
聞いておいてそれですかっ? と言いたそうだが、
「さて、そろそろ寝るか」
「......そうですね」
真っ暗な部屋の天井を見ながら考えを巡らせいると、いつの間にか眠っていた。
* * *
目が覚めた。辺りを見回して見ても何も見えない、まだ視界は暗闇。枕元の目覚まし時計を見ると時刻は午前5時を少し過ぎた頃だった。普段より一時間以上早い目覚め(まだ早いな......)。もう一度目を閉じる。だが眠気は襲ってこない。どうやら完全に目が冴えてしまっているようだ。
仕方なく布団から出て、朝の空気を吸いに家の外へ出る。登り始めた朝日が空をオレンジ色に染めていく。
大きく深呼吸をして、朝の空気を胚一杯に吸い込む。冷たく爽やかな空気が身体中を巡り重かった気分を少し晴らしてくれた。
ふと隣を見ると家の前に二つの人影。その影の一つが俺に気づいた。
「おはよう、
「ああ、おはよ。
それと――、もう一つの影。風見学園の制服を着た女生徒。
「
「うん......おはよう、
「ああ、おはよう」
挨拶を済ませ、
「答えは出たようだね」
「ああ、どうせ止めても無駄なんだろ?」
「ははは......」
何が面白いのか
「勝算はあるのか?」
「まあ、時間稼ぎくらいにはなるだろう」
自分では桜の暴走を止められないことも、無駄死になることも、全てを覚悟の上での発言に思えた。そのことに、
「おじいちゃん......」
「
「でも......」
「なーに、もしもの時は、
「......俺に振るなよ」
「はっはっはっ」
空気を読まずに一人で声を出して笑った(ったく、この爺さん......)。どこまで本気なんだか。呆れてタメ息が出そうになった。
「でもっ! 私......私は......」
「ふむ......。こらこら、こんな爽やかな朝にそんな湿った顔をするな。女の子は、笑顔が一番だよ」
身体を震わせる
「......キミもそう思うだろう?
「えっ......」
「
振り返ると
「お、おはようございます。玄関が開く音が聞こえて......。もしかして、大事な話の最中でした?」
「いや、話はもう終わったよ。それに、ちょうど良かった、
「はい、何でしょう?」
「さて、俺はちょっと散歩に行ってくる」
「そうかい? ああ、そうだ、
俺は、差し出された小銭を受け取り散歩へ出掛けた。コンビニに着く頃には、オレンジ色だった空が青に変わり、静かだった街に今日一日の始まりを告げる様に、鳥のさえずりや人の声が聞こえるようになった。
コンビニに入って時間を潰す。10分ほどで
「ほう、美味いな」
「だろ?」
「年を重ねるにつれてもっぱらお茶になったが、これは美味い」
どうやら
「さて、そろそろ行くとするか」
「
「なんだい?」
俺は、サクラから聞いた羽根の存在を
「羽根、か」
「ああ、その羽根が枯れない桜の魔力を増幅させ暴走の原因になっている。だから......」
「俺かさくらが、内部から羽根を取り除く事が出来れば桜は元に戻る可能性がある、と言う訳だね」
だが、それは
「悪い......」
「いや、謝る事はない。むしろ僅かながら希望が生まれた」
――ありがとう。と
「しかし、その情報はどこで?」
「ん? 枯れない桜で、さくらに似た女が教えてくれた」
「さくらに似た......」
目を閉じて考え込む。心当たりがあったのか少し口角を上げた。
「その女性は、さくらと雰囲気や話し方、佇まいに多少の差違がなかったかい?」
「ああ、あった。知ってるのか?」
「ふむ......。おそらく『ばあちゃん』だろう」
「ばあちゃん?」
さくらと同様に魔女だったらしく。
しかし、だとしたら分からない事が二つある。
一つは容姿。確かにさくらと似てはいるが瓜二つではない。身体や顔付きも違うしやっぱり別人だと俺は思う。
二つ目は――。
「俺が会ったのがその婆さんだったとしても、なんで赤の他人の俺に?」
「さあ......だが、キミに姿を見せたということは何か意味があるんだろう」
「意味ねえ......」
考えても分からん。本人に訊くのが一番てっとり早いか。大きく息を吐いた
「さて、そろそろ幼馴染みの尻拭いに行くとするか」
「ああ、さくらに伝えてくれ。『さっさと起きろ。遅刻するぞ』って」
「ああ、伝えておく。孫娘を頼む......」
俺は、その小さくも頼もしい背中が見えなくなるまで見送ってから桜公園を後にした。