D.C.Ⅱ.K.S 流離いの人形使い   作:ナナシの新人

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由夢 ~foresight dream~

 風見学園を後にした俺は、水越病院小児病棟のとある病室の前に居た。扉横にある患者名を確認してからノックすると、大人の女性の返事が聞こえた。少ししてドアが開らいて中から顔を出したのは、この病院の看護師。

 

「ゆずちゃんのお見舞いの方ですか?」

「ああ。取り込み中だったか?」

「いえ。ゆずちゃん、ちょっと待っててね」

 

 病室に居るゆずに声を掛けた看護師は、廊下に出ると扉を閉めた。彼女は、どこか浮かない表情(かお)をしている。もしかして――嫌な考えが頭を過る。

 

「ゆずに、何かあったのか?」

「それが、ゆずちゃん、落ち込んでまして」

「あん?」

 

 ――どう言うことだ? と、看護師に詳しく尋ねる。

 昨日、よく見舞いに来てくれている友だちと言い合いの喧嘩してしまったらしく、その影響で少し発熱したらしい。だが、もう下がって心配はない。とりあえず、病気が悪化したとかではないみたいだ。

 

「それで今も、落ち込んるのか?」

「ええ、とても仲のよかったお友だちだったので」

「そうか」

 

 なら、俺の出番だな。いつもの定位置、尻ポケットにある人形を軽く叩く。――頼むぞ、相棒。

 

「見舞いは出来るのか?」

「あ、はい。もうすぐ定時診察がありますので、20分程になりますけど」

「十分だ」

 

 俺は、病室の扉を開けて中に入った。ベッドの上にも病室にもゆずの姿が見当たらないが。代わりに、布団がこんもり膨らんでいた。実に分かりやすい落ち込み方だった。

 

「おい、ゆず。起きろ」

 

 膨らんでいる部分を揺さぶると、ゆずは顔を出した。

 

「よう」

「あ、にいちゃんだ」

 

 看護師の言った通り、相当落ち込んでいるみたいだ。表情も、声にも、いつもの様な無邪気(ぶっとんだ)な明るさが無い。ベッド脇のパイプ椅子に座って、話をする。

 

「友だちと喧嘩したんだってな」

「――――なんて、きらいだ......」

 

 ゆずは、また布団被ってしまった。喧嘩相手の名前は聞き取れなかったが、嫌いと言った声に本気の嫌悪感は感じない。たぶん、その場の流れとか、勢いで仲違いしてしまったんだろう。

 

「ゆず、元気だせ。ほら、人形も元気出せって言ってるぞ~?」

 

 ポケットの人形をベットに立たせて枕元へ歩かせる。ゆずは、少しだけ掛け布団から顔を出した。

 

「......人形? あっ!」

 

 お辞儀をさせる。ゆずは大きく反応した。よし、食い付いた。とりあえず適当に動かしてみる。

 

「あははーっ! まてまてーっ!」

 

 動き回る人形を捕まえようとするゆずの手を間一髪でかわし、ベッドの上で鬼ごっこ。どうやら、元気になったみたいだ。さっきまでの落ち込んで沈んだ表情(かお)より、笑顔(こっち)の方が断然似合ってる。

 それにしても、子どもが全員ゆずみたいだったら、俺の商売も繁盛するんだけどな。

 

「あらあら、元気になったみたいね。ゆずちゃん」

「あん?」

「あっ!?」

 

 笑顔で人形を追い回していたゆずは、いつの間にか病室に入ってきていた看護師を見ると、再び布団の中に隠れてしまった。

 

「どうした?」

「すみません。そろそろ、診察の方を......」

「悪い。気が付かなかった」

「いいえ。私も、ゆずちゃんの笑い声が聞けて嬉しかったですから」

 

 時計を見ると、俺が病室に入って30分近く経過していた。既に診察の予定時刻を10分近く過ぎていたが。看護師は、ゆず笑い声を聞いて長めに時間を取ってくれたみたいだ。

 

「さて、ゆずちゃーん。診察のお時間ですよ~?」

「ゆず、呼んでるぞ」

 

 顔を見せない、ゆず。看護師は、掛け布団を剥ぎ取った。

 

「う~......いやだっ。看護師さんは、ゆずのキライなことするんだぞっ」

 

 さっきとは違って「嫌い」が強めだった。今度は、本気で嫌みたいだ。まあ、大人でも診察が好きなヤツなんて滅多にいないだろう。

 

「嫌いなことじゃないよ。ゆずちゃんは元気かな? って調べる大切な事なんだから、ね?」

「うぅ~......」

 

 看護師は説得を試みるも、ゆずはテコでも動きそうにない。仕方ないな。

 

「ゆず、この前のプリン、美味かったか?」

「うん、うまかったっ」

「そうか。じゃあ今度来る時は、また買ってきてやる」

「ほんとかっ!?」

「ああ、だから看護師(この人)の言うことちゃんと聞いて元気でいろよ」

 

 ゆずは、少し悩んで布団から出た。

 

「うーん......わかったっ。やくそくだぞ、にーちゃんっ!」

「ああ、約束だ」

 

 ゆずとまた見舞いに来る約束をして病室を出た、今度はプリンを持っていく約束をして。水越病院を出た俺は、そのまま帰宅する事なく桜公園に立つ枯れない桜へ向けて歩みを進めた。

 

「相変わらずデカイな......」

 

 島中に咲く普通の桜の木も、枯れない桜も一時も途絶える様子も無く、ただ優雅にその薄紅色の花びらを辺りに積もらせていく。まるで草の緑色の大地に、ピンク色の絨毯を敷いたように美しい風景。だが、この枯れない桜の真実を知り、目の前でさくらが姿を消したのを目でみた俺は、若干の恐怖に近い感覚を覚える。

 

「ふぅ、来てない、か」

 

 大木を支える根本に置いていったコンビニの袋は今も健在、誰かが手をつけた様子はない。

 

「そりゃそうだよな」

 

 最初から期待して来た訳じゃない。それに、今日ここの来たのは別の理由がある。

 俺は――、アイツに会いに来たんだ。

 

「サクラッ! 出てこいッ! ここに居るんだろッ?」

 

 枯れない桜の向けて、大声で呼び掛ける。サクラは、さくらが消える事を含めて最初から全部知っていた。でなければ、何かが起こる前に予言した様に俺に「支えろ」何てことは言えないだろう。

 だから、アイツ。サクラなら、この枯れない桜の暴走を食い止める手段を知っているハズだ。

 返事は――無い。

 聞こえてくるのは、ざわざわと木々が揺れる音だけ。続けて二度呼び掛けるも、やはり返事は返って来なかった。空振り。諦めて、枯れない桜に背を向け、歩き出そうとした時、背後に気配を感じた。

 

「......お前」

「ん~?」

 

 サクラが、そこに居た。

 しかも俺が置いていったコンビニ袋の中にあった桜餅を、暢気(のんき)に食べている。

 

「ん~んっ、なかなか美味しいわね。ねぇ、お茶はないの?」

「その袋の中に、ボトルがあるだろ」

「ええ~、これ冷たいじゃない。わたしは、あったか~いお茶が飲みたいのっ」

 

 抗議の声をあげた。我が儘なヤツだ、てそんなこと今はどうでもいい。

 

「それより、お前――」

「何を驚いてるのよ? キミが呼んだんじゃない」

 

 ――まあ、そうだけど。呼んだ時は姿が見えないのに突然背後に現れたら誰だって驚くと思うぞ? 神出鬼没もいいところだ。

 

「で、なーに? わたしに用事があるんでしょ?」

「あ、ああ......」

 

 気を取り直してサクラと向き合う。俺は、サクラと目を合わせ真剣に訊いた。

 

「さくらが、消えた。信じられないかも知れないけど、俺の目の前で唐突に消えてしまった」

「知ってるわ。あの子が何処へ消えてしまったのかも、ね」

「さくらは、どこにいるんだッ!?」

「さくらがした事は、キミも知ってるでしょ。それを考えれば大体の見当は付くと思うけど?」

 

 俺は、サクラの問い掛けに黙り込んでしまった。

 昨夜、姿を消したさくらを探し回っている間、さくらが言っていた、あの言葉の意味をずっと考えていた。

 

 ――ボクが桜とひとつになって、枯れない桜の暴走を食い止める。

 

 いや、だだ認めたくなかっただけで最初から思っていた。だけど、もし、それを認めてしまったら。もう二度と、さくらとは会えない。そんな嫌な予感がしていた。

 

「......居るのか? そこに――」

「確かめてみなさい」

 

 サクラは一歩横に移動して、枯れない桜への道を作った。

 桜の前に立ち、桜の幹に手を触れて目を閉じる。

 

「どうかしら?」

 

 確かに感じた、さくらの気配。それと――。

 

「......あいつ、夢を見ているのか?」

「そうよ。人の願いを叶える魔法の木。この桜が、どうやって人の願いを叶えているか知ってる?」

「魔法なんだろ?」

 

 さくらも、目の前で枯れない桜を見上げているサクラも、魔法と言っていた。が、「魔法の木の仕組みの事よ」と付け加えた。正直に「知らん」と答える。

 

「そう、さくらから聞いてないのね。この桜はね。『人のためになれば』と、ある魔法使いによって植えられた魔法の木」

 

 サクラは、幹の手を触れたまま俺に語り始めた。この枯れない桜を植えた魔法使いによって込められた思いを。

 

「本物の夢を見せよう。花は枯れず、奇跡が起きる夢を......。人が人を大切に想うことが世界を変える力になる。そんな世界を夢見てた。それが、枯れない桜」

 

 落ちてきた花びらをそっと手に乗せ、俺に見えるように指で摘まんだ。

 

「初音島中に舞う桜の花びらや花粉を通して、人の夢を、無意識の想う願いを集めて、困っている人に集める魔法(システム)。ひとりひとりの(ちから)は小さくても、たくさんの(ちから)があれば、みんなハッピーになれる! そんな夢みたいな願いを込めて植えた桜......」

 

 ――よく分からんが、困ってる奴に力を貸す魔法ってことか。さくらは、未完成だったとか言ってた。

 

「で、そのシステムに問題があったから、桜は暴走したのか?」

「元々欠陥があったのは確かよ。それでも、何とかさくらが自分の魔力で補って修正していた。でも――」

 

 サクラの顔つきが険しいもの変わった。

 

「ある異変が、この枯れない桜に起こったのよ」

「異変?」

「ええ。そして、ある出来事を切っ掛けに桜の魔力が膨張し暴走を始めた」

「何があったんだよ?」

 

 サクラはひとつ呼吸間を開けて言った。

 枯れない桜が暴走を始めた原因、それは――。

 

「羽根よ」

「......はぁ?」

 

 予想外の単語に思わずアホっぽい声が出てしまった。少し恥ずかしそうにして、もう一度強めに言う。

 

「だから、羽根よ! 羽根! は~ねっ!」

「いや、意味が分からん。はしょりすぎだ」

「要するに強力な力を持った()()が、枯れない桜に落ちてきたのっ!」

 

 サクラが言うには、その強力な力を持つ『羽根』とやらが、枯れない桜の魔力と合間って暴走してしまったらしい。なら、原因になってる羽根を取り除けば解決するんじゃないのか? と尋ねると、既に桜と結合してしまっていて、原因の羽根だけを取り除くことは不可能だという。

 

「どうすればいい。なあ、どうすれば桜の暴走を止められるんだよ?」

「......枯らすしかないわね」

「......だよな」

 

 結局、結論はそこに辿り着いてしまう。

 しかし、それは同時に義之(よしゆき)の存在に直結するということ。残酷すぎる究極の二択だ。

 それに――あいつらが......。顔を上げてサクラを見ると、どうしてか申し訳なさそうな表情(かお)に見えた。

 

「ところで、往人(ゆきと)くん」

「あん? なんだよ」

「時間、大丈夫?」

「......は?」

 

 ――なんの事だ? と首をかしげると、サクラは空を指差した。見上げて見る。金色に輝く満月と満天の星空が暗い夜空に広がっていた。まずい......完全に由夢(ゆめ)との約束を忘れてた。

 

「非常にヤバイ。正直、シャレにならん」

「まったく、ほら急いで行ってあげて」

「あ、ああ......」

 

 身を翻し数歩走ってから違和感に気が付き振り返る。枯れない桜の前に居るサクラに呼び掛けた。

 

「お前、何で知ってるんだよっ?」

「さあ~、どうしてかしら?」

「あ、おいっ!」

 

 突然強風が吹いた。サクラは、前と同じ様に桜が巻い散る中「ふふっ、またねっ♪」と微笑んで姿を消した。

 

「どうなってんだよ......?」

 

 俺の中でサクラへの疑問は深まるばかりだった。

 

 

           * * *

 

 

 夜飯は諦めて朝倉家の呼び鈴を鳴らす。対応してくれたのは風見学園を出る前に約束をした、由夢(ゆめ)

 

「どうしたんですか? 汗すごいですよ」

「ちょっと運動してきたんだ」

「はあ? まあ、どうぞ上がってください」

「邪魔させてもらう」

 

 由夢(ゆめ)の後に付いて、二階へ上がる。そのまま彼女の部屋に通された。義之(よしゆき)の部屋と違って、縫いぐるみなどもあってファンシーな感じ。あと、すごくいい匂いがする。まあ、そんなことは置いておき、クッションに腰を落ち着け、用件を訊く。

 

「で、話ってなんだよ?」

「はい。可笑しなことを聞きますけど、真面目に聞いてくれますか?」

「ああ」

 

 言いにくい事なのだろうか。由夢(ゆめ)は、もう一度念を押してから話を切り出した。

 

国崎(くにさき)さんは、眠っているとき夢を見ますか?」

「ん? ああ、そりゃ見るぞ」

 

 ――初音島(ここ)にきてからは、さくらだったり、見たこともない学校だったり、奇妙な夢ばかりだけどな。

 

「私は......夢を見ないんです。いえ、正確には未来を夢で見るんです」

「それは、つまり......予知夢(よちむ)ってやつか?」

「はい、私の見る夢は必ず当たります」

「......マジでか?」

 

 由夢(ゆめ)は、立ち上がり机の上にあった手帳を持って同じ所に座り。俺に開いて見せた。

 

「これは?」

「予知夢で見た事を書いてあるんです」

 

 手帳には、夢を見た日付と内容が書かれている。一見ただの日記帳に見えるが、俺が遭遇したクリパで他校生に絡まれた日付など細かい部分でズレが生じている。

 

「信じていただけますか?」

「うーん......正直、まだ半々だ。正夢ってのもある」

「じゃあ、これでどうですか?」

 

 ページを捲り一番最後のページを見せた。書かれていた内容は、由夢(ゆめ)の予知夢は真実なのだと物語っていた。

 

「このページ、あまり長い時間見たくないんです......」

「わかった。もういい、悪かった」

「......いえ」

 

 由夢(ゆめ)は、閉じて手帳を元の場所しまう。

 手帳の最後のページに書かれていたには――義之(よしゆき)が居なくなってしまう、といった内容だった。

 

「それで、どうして俺に話したんだ?」

「......私の夢。どの夢の中にも国崎(くにさき)さんは居ないんです」

「えっ?」

「私が、クリパで他校の男子に絡まれたの覚えてますか?」

 

 ああ......。と頷いて答える。手帳を読んで目についるから、今はより詳細に思い出せる。

 

「夢の中で助けてくれたのは、兄さんと杉並(すぎなみ)先輩でした。それから私の誕生日――あの日、私は一人で過ごすハズだったんです。でも国崎(くにさき)さんが居てくれました」

 

 由夢(ゆめ)は、顔を伏せた。

 

「そっか」

「はい。だから......」

 

 顔を上げた由夢(ゆめ)の目には、今にも溢れ落ちそうなほど涙が溜まっている。

 そして、すがるような涙声で俺に訊いた。

 

「私の予知夢は......当たらない、よね?」

「......ああ、当たらねえよ」

「......ですよねっ」

 

 由夢(ゆめ)は、必死に声を殺して泣いた。

 

 俺は、そんな由夢(ゆめ)の頭を泣き止むまで撫でてやることしか出来なかった。


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