D.C.Ⅱ.K.S 流離いの人形使い   作:ナナシの新人

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返事 ~confess feelings~

「――朝か......」

 

 東の空に太陽が顔を覗かせた。徐々に昇っていくにつれて暗かった視界を明るくしていく。

 さくらが姿を消してから一晩中桜公園をくまなく探し回ったが。

 結局、さくらの姿はおろか手懸かりさえも見つける事は出来なかった。このまま捜索を続けたいところだが、昨日同様今日も平日学校がある。仮に休むにしても舞佳(まいか)に連絡を入れなくてはならないため一先ず帰宅することにした。

 帰る前に枯れない桜へ立ち寄り、昨夜コンビニで買った日持ちする菓子を置いておく。

 さくらが、腹を空かして戻ってきた時のために――。

 因みにさくらが食べなかった賞味期限ギリギリのオニギリはきっちり回収し、既に俺の腹の中に収まっている。食料を無駄にするようなマネはしない。

 

「お帰り、国崎(くにさき)くん」

純一(じゅんいち)

 

 帰宅すると朝倉家の前で純一(じゅんいち)が待っていた。

 

「うむ。どうやら上手くいかなかった様だな」

「分かるのか?」

「まあ俺も魔法使いの端くれだからね」

 

 ――出来損ないだけどな。と付け加えて自虐的に笑った純一(じゅんいち)は、すれ違いざまに俺の肩を軽く叩いて、俺が歩いてきた桜公園方面へ向かい歩きだした。

 

「何処へ行くんだ?」

 

 俺の問い掛けに足が止まる。純一(じゅんいち)の答えは分かっている、枯れない桜の所だ。

 

「ちょっと幼馴染みの尻拭いにな」

「植え主のさくらに出来なかった事を、あんたに出来るのか?」

 

 芳乃家の垣根の向こうに見える大きな桜を見ながら、純一(じゅんいち)は答えた。返答は予想通りのもの。

 

「......まあ無理だろうな」

「なら――」

「だが」

 

 俺の言葉を強めに遮り、向き直した純一(じゅんいち)表情(かお)は穏やかだった。

 

「責任は大人が取らないなければならない。あの娘に背負わせるのは残酷過ぎるだろう。......まあ、そう言う事だ。じゃあ俺は行く......あの子()()を頼む」

 

 あの娘って誰だ? 訊く前に純一(じゅんいち)は話を切り上げ、再び歩みを進める。

 覚悟を決めた背中に、俺は何も言えなかったがアイツの言葉を思い出していた(あの子たちを支えろ、だったか)。まったく、さくらも純一(じゅんいち)もアイツも面倒な頼み事をしてくれたもんだ。

 ――......そうだ、アイツなら......。

 

「待て」

 

 覚悟を決めた背中から哀愁を漂わせる爺さんを呼び止めた。

 

「勝手なことを言うな。せめて、今日一日だけでも考えさせろ」

 

 呼び掛けに立ち止まる。二、三度頭を掻いて振り向き、手を顎に添えて納得した様子で頷いた。

 

「うむ、確かに。俺もキミと同じ立場ならそう言うだろうな。......すまないが、明日の朝までに答えを出してくれ」

 

 ――決断を先伸ばしにすれば、その分被害も増える。そう懸念を述べる純一(じゅんいち)の言葉に頷いて、俺は一人風見学園へ登校。

 通学路は普段より一時間以上早い時間だけあって、いつも通学する生徒で賑わう桜並木も同じ場所では無いのではないかと感じるほど静かで穏やかだった。

 宿直の教師に鍵を借りて、保健室の掃除をしていると舞佳(まいか)が登校してきた。

 

「おはよー、国崎(くにさき)くん。今日は早いわね、どったの?」

「ああ、ちょっと寝付けなかったんだ」

 

 実際は寝付けないどころか一睡もしていない。もちろん一晩中歩き回った身体はずっしりと重い。疲労は確実に溜まっているハズにも関わらずいっさい眠気は襲ってこない。

 

「そう。芳乃(よしの)学園長はどう?」

「どうやら性質(タチ)の悪い風邪みたいだ。しばらく大人しく寝てろ、て言っておいた」

 

 何が可笑しいのか、舞佳(まいか)は笑った。

 

「あの人、働き過ぎだったから、ちょうどいい休暇になりそうね。じゃあ今日も早く上がって看病してあげて」

「いいのか?」

「ええ、キミも疲れてるでしょ?」

 

 嘘をついた手前、若干の罪悪感はあるがありがたく舞佳(まいか)の言葉に甘えさせて貰う事にした。残りの掃除を終え、午前最後の授業中。突然、舞佳(まいか)が声を上げた。

 

「あちゃ~、やっちゃった」

「どうした?」

「違う資料を間違えて持ってきちゃったのよ」

 

 机の上には幾つかのファイルが置いてある。開かれたファイルに挟んであった資料がチラッと見えた。

 

「カルテか?」

「そ。来る前に一度病院に寄ったから。その時、間違えて重ねちゃったみたい」

「ふーん。ん? そのカルテ......」

「どうしたの?」

 

 カルテはドイツ語で書かれている。病名や症状はさっぱり解らないけど患者の名前はわかった。

 記載されている患者の名前は――小日向(こひなた) ゆず。

 

「その患者――。ゆずの病気は重いのか?」

国崎(くにさき)くん、この子と知り合いなの?」

「ああ、何度か見舞いにも行ってる。ゆずの父親の(しん)とも顔馴染みだ」

「そう......」

 

 困った表情(かお)をして、舞佳(まいか)は俺の目を見て真面目な声で言った。

 

「知ってると思うけど医師には守秘義務があるの。だから、知り合いでも患者の個人情報は教えられないわ」

 

 そう言うって事は軽くは無いんだな。ただ検査入院とか子どもの特有の比較的軽い症状ならここまで真面目な回答はしないだろう。

 

「そっか。一つだけ教えてくれ、手術は必要なのか?」

 

 話聞いてた? と言いたげな表情(かお)

 

舞佳(まいか)の言いたい事は分かってる。守秘義務だろ? だけど俺はゆずに約束したんだ」

「約束?」

「ああ」

 

 尻ポケットの人形をファイルが積まれている机の上に寝かせるて念を込める。ひょこっと立ち上がり舞佳(まいか)の前で歩かせてお辞儀をさせた。

 

「今度見舞いに行った時は、人形劇を見せてやるってな」

「はあ~......」

 

 舞佳(まいか)は大きなタメ息をついた。

 昼休み。午後以降いつでも帰っていいと許可は貰ってはいるが、俺はまだ保健室にいる。理由(わけ)は、舞佳(まいか)が水越病院へ間違えて持ってきたファイルを届けに行っている間の留守番だ。

 舞佳(まいか)は、ゆずの事を教えてくれた。さすがに病名は教えてくれなかったが、ゆず本人の希望もあり今のところ手術の予定は無いらしい。

 枯れない桜の魔力が暴走している今、とりあえず一安心だ。

 だが、やはり将来的には手術を受ける必要があるらしい。そうなれば、やはり現在初音島で不可解な事件、事故、火事を引き起こしている枯れない桜の暴走を食い止めなければ不測の事態が起こりかねない。

 結局のところ――あの枯れない桜をどうにかするしかないって事か......。なら今、俺に出来ることは一つだけだ。

 

「ん?」

 

 考え事をしていたら扉が開いた(......早いな)。舞佳(まいか)が戻ってきたのかと思い、扉を開けた人を確認。保健室へ入ってきたのは――由夢(ゆめ)だった。手には巾着とタンブラーらしき物を持っている。

 

「失礼します。あ、いた」

由夢(ゆめ)? どうした」

「どうした、じゃないです。昨日の夜も、今日の朝も、いないんですもん」

 

 ――用事があったのに。と少し拗ねて口を尖らせた。そう言われても俺だって暇じゃない。何て口答えをしたら不機嫌になりそうだから止めておく。

 

「ああ、悪かったな。で、何だ?」

「まあいいです。えっと、これ......」

 

 由夢(ゆめ)は、若干緊張した様子で持っていた巾着から桃色の包みを差し出した。受け取った包みは程よい重みと温かさを感じる。包みを開く、これまた桃色の箱が出てきた。

 

「弁当?」

「はい。味見をして頂けたらと思いまして」

「何で、俺に?」

「や、国崎(くにさき)さんでしたら、何を食べても大丈夫そうですので」

「............」

 

 俺は毒味係りかよ......。まったく失礼なヤツだ、まあ食うけど。とりあえず蓋を開ける。弁当箱の中には色とりどりのおかずが綺麗に並んでいた。

 

「見た目は美味そうだな。よし......」

 

 先ずは、元日に洗礼をくらった唐揚げに箸を伸ばし口に運ぶ。今回は生焼けじゃない、しっかり中まで火が通ってるし、味付けも悪くない。

 

「普通に美味いぞ」

「そうですか。じゃあ次は――」

 

 よかった、と胸を撫で下ろすと今度はタンブラーの中身を紙コップに注ぎだした。見覚えのある赤い色の液体がコップの中で血の池地獄の如く揺れている。

 

「これです。どうぞ」

「............おっと、はりまおにエサをやる時間だ」

 

 地獄からの離脱を試みようと机に両手をついた直後、ガッと肩を掴まれた。

 

「はりまおなら、さっき兄さんにドラ焼を貰ってました。さあ召し上がって下さい」

「......殺す気かよ」

「今度のは大丈夫ですって!」

「その根拠の無い自信は何処から来るんだよ......」

 

 由夢(ゆめ)は、ほんの二週間前まで殺人級の料理(もん)を作ってた奴とは思えないほど自信満々に言い放った。

 先日の夜飯、今日の弁当と、元日とは確かに比べ物に成らないほど上手くはなってるのは認める、けど、このコップに並々と注がれたこの赤い液体は別だ。俺に強烈なトラウマを与えている。

 チラッと由夢(ゆめ)を見る。由夢(ゆめ)の期待感のこもった目からは「じぃ~......」と擬音が聞こえてきそうだった。

 

「じぃ~......」

 

 ――実際に声出してやがる......くそっ。

 逃げ場を失った俺は意を決して紙コップと対峙、ドロリとした深紅の液体を口に運んだ。

 

「......あれ? 辛くないぞ?」

「でしょっ。実は、あの赤い色の正体は『パプリカパウダー』なんです」

 

 得意気に胸を張る由夢(ゆめ)

 

「パプリカ? ああ~......カラフルなピーマンか」

「そうです。それで味の方ですけど......」

 

 今度は一転、少し不安げな表情(かお)を見せた。

 

「ああ、美味かった。前のとは雲泥の差だ」

「そうですか、よかったです」

「お待たせ~! 国崎(くにさき)......おっと車に忘れもしてきたわっ」

 

 由夢(ゆめ)が入ってきたのとは別の扉から舞佳(まいか)が入ってきた。そして、逃げ帰るように背を向けた。

 これは――面倒だ。

 保健室に男女が二人きり、机には彼女の手作りと思われるファンシーな弁当が拡げられている。

 舞佳(まいか)は今、確実に勘違いをしている。

 

「お邪魔しましたー。ごゆっくり~」

「おい、ちょっと待て!」

 

 静かに扉を閉め退散しようとする舞佳(まいか)を呼び止めた。舞佳(まいか)がどう思っているかはどうでもいいが、また居なくなられたら帰るのが遅くなる、それだけは避けたい。

 

「なんだ~、そうだったの」

「すみません、保健室をお借りしちゃって」

「いいのよ。――つまんないわね」

 

 最後にボソッと戯れ言を言ったが誤解はすぐに解けた。由夢(ゆめ)が弁当を作ってきた理由を話したからだ。

 由夢(ゆめ)の目的は弁当の毒味だけではなく、味の良し悪しをハッキリ言う俺が美味いと言ってくれれば自分の教室でも手作り弁当を拡げられる自信を持てるから、だそうだ。

 

「じゃあ私はそろそろ失礼します」

「ああ、じゃあな。舞佳(まいか)、俺も行く」

「ええ、お疲れさま。学園長によろしくね」

 

 一緒に保健室を出る。廊下を歩きながら由夢(ゆめ)は訊いてきた。

 

「どこに行くんですか?」

「帰るんだよ。ちょっとやることがあってな」

「もしかして、枯れない桜の事ですか?」

 

 いきなりいい当てられた。あまりの的確さに動揺して聞き返してしまった。

 

「どうして、そう思うんだ?」

「兄さんとお姉ちゃんも調べてるみたいなんで。聞き返すってことは当たりですね」

「まあ、な......」

 

 由夢(ゆめ)は、それ以上追求してこなかった。むしろ何か想うところあるのか、少し顔を落としているように見える。

 廊下少し行った先の分かれ道。由夢(ゆめ)は階段へ、俺はそのまま進み玄関へ向かう。

 

「あのっ――」

 

 後ろから、由夢(ゆめ)の声が聞こえた。

 

「どうした?」

「枯れない桜は......。あの、その......今、頻発している事件に関係あるんですか?」

 

 否定して欲しい、そう訴えるようなすがるような()をしている。――そうか......由夢(ゆめ)も気付いているんだ。

 俺は、彼女の質問には答えず、逆に問いかけた。

 

「なあ、由夢(ゆめ)......お前は――」

 

 

 ――義之(よしゆき)の事......好きか?

 

 

 少し躊躇しながらも由夢(ゆめ)の返事は予想通りの答えだった。

 

 


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