「――朝か......」
東の空に太陽が顔を覗かせた。徐々に昇っていくにつれて暗かった視界を明るくしていく。
さくらが姿を消してから一晩中桜公園をくまなく探し回ったが。
結局、さくらの姿はおろか手懸かりさえも見つける事は出来なかった。このまま捜索を続けたいところだが、昨日同様今日も平日学校がある。仮に休むにしても
帰る前に枯れない桜へ立ち寄り、昨夜コンビニで買った日持ちする菓子を置いておく。
さくらが、腹を空かして戻ってきた時のために――。
因みにさくらが食べなかった賞味期限ギリギリのオニギリはきっちり回収し、既に俺の腹の中に収まっている。食料を無駄にするようなマネはしない。
「お帰り、
「
帰宅すると朝倉家の前で
「うむ。どうやら上手くいかなかった様だな」
「分かるのか?」
「まあ俺も魔法使いの端くれだからね」
――出来損ないだけどな。と付け加えて自虐的に笑った
「何処へ行くんだ?」
俺の問い掛けに足が止まる。
「ちょっと幼馴染みの尻拭いにな」
「植え主のさくらに出来なかった事を、あんたに出来るのか?」
芳乃家の垣根の向こうに見える大きな桜を見ながら、
「......まあ無理だろうな」
「なら――」
「だが」
俺の言葉を強めに遮り、向き直した
「責任は大人が取らないなければならない。あの娘に背負わせるのは残酷過ぎるだろう。......まあ、そう言う事だ。じゃあ俺は行く......あの子
あの娘って誰だ? 訊く前に
覚悟を決めた背中に、俺は何も言えなかったがアイツの言葉を思い出していた(あの子たちを支えろ、だったか)。まったく、さくらも
――......そうだ、アイツなら......。
「待て」
覚悟を決めた背中から哀愁を漂わせる爺さんを呼び止めた。
「勝手なことを言うな。せめて、今日一日だけでも考えさせろ」
呼び掛けに立ち止まる。二、三度頭を掻いて振り向き、手を顎に添えて納得した様子で頷いた。
「うむ、確かに。俺もキミと同じ立場ならそう言うだろうな。......すまないが、明日の朝までに答えを出してくれ」
――決断を先伸ばしにすれば、その分被害も増える。そう懸念を述べる
通学路は普段より一時間以上早い時間だけあって、いつも通学する生徒で賑わう桜並木も同じ場所では無いのではないかと感じるほど静かで穏やかだった。
宿直の教師に鍵を借りて、保健室の掃除をしていると
「おはよー、
「ああ、ちょっと寝付けなかったんだ」
実際は寝付けないどころか一睡もしていない。もちろん一晩中歩き回った身体はずっしりと重い。疲労は確実に溜まっているハズにも関わらずいっさい眠気は襲ってこない。
「そう。
「どうやら
何が可笑しいのか、
「あの人、働き過ぎだったから、ちょうどいい休暇になりそうね。じゃあ今日も早く上がって看病してあげて」
「いいのか?」
「ええ、キミも疲れてるでしょ?」
嘘をついた手前、若干の罪悪感はあるがありがたく
「あちゃ~、やっちゃった」
「どうした?」
「違う資料を間違えて持ってきちゃったのよ」
机の上には幾つかのファイルが置いてある。開かれたファイルに挟んであった資料がチラッと見えた。
「カルテか?」
「そ。来る前に一度病院に寄ったから。その時、間違えて重ねちゃったみたい」
「ふーん。ん? そのカルテ......」
「どうしたの?」
カルテはドイツ語で書かれている。病名や症状はさっぱり解らないけど患者の名前はわかった。
記載されている患者の名前は――
「その患者――。ゆずの病気は重いのか?」
「
「ああ、何度か見舞いにも行ってる。ゆずの父親の
「そう......」
困った
「知ってると思うけど医師には守秘義務があるの。だから、知り合いでも患者の個人情報は教えられないわ」
そう言うって事は軽くは無いんだな。ただ検査入院とか子どもの特有の比較的軽い症状ならここまで真面目な回答はしないだろう。
「そっか。一つだけ教えてくれ、手術は必要なのか?」
話聞いてた? と言いたげな
「
「約束?」
「ああ」
尻ポケットの人形をファイルが積まれている机の上に寝かせるて念を込める。ひょこっと立ち上がり
「今度見舞いに行った時は、人形劇を見せてやるってな」
「はあ~......」
昼休み。午後以降いつでも帰っていいと許可は貰ってはいるが、俺はまだ保健室にいる。
枯れない桜の魔力が暴走している今、とりあえず一安心だ。
だが、やはり将来的には手術を受ける必要があるらしい。そうなれば、やはり現在初音島で不可解な事件、事故、火事を引き起こしている枯れない桜の暴走を食い止めなければ不測の事態が起こりかねない。
結局のところ――あの枯れない桜をどうにかするしかないって事か......。なら今、俺に出来ることは一つだけだ。
「ん?」
考え事をしていたら扉が開いた(......早いな)。
「失礼します。あ、いた」
「
「どうした、じゃないです。昨日の夜も、今日の朝も、いないんですもん」
――用事があったのに。と少し拗ねて口を尖らせた。そう言われても俺だって暇じゃない。何て口答えをしたら不機嫌になりそうだから止めておく。
「ああ、悪かったな。で、何だ?」
「まあいいです。えっと、これ......」
「弁当?」
「はい。味見をして頂けたらと思いまして」
「何で、俺に?」
「や、
「............」
俺は毒味係りかよ......。まったく失礼なヤツだ、まあ食うけど。とりあえず蓋を開ける。弁当箱の中には色とりどりのおかずが綺麗に並んでいた。
「見た目は美味そうだな。よし......」
先ずは、元日に洗礼をくらった唐揚げに箸を伸ばし口に運ぶ。今回は生焼けじゃない、しっかり中まで火が通ってるし、味付けも悪くない。
「普通に美味いぞ」
「そうですか。じゃあ次は――」
よかった、と胸を撫で下ろすと今度はタンブラーの中身を紙コップに注ぎだした。見覚えのある赤い色の液体がコップの中で血の池地獄の如く揺れている。
「これです。どうぞ」
「............おっと、はりまおにエサをやる時間だ」
地獄からの離脱を試みようと机に両手をついた直後、ガッと肩を掴まれた。
「はりまおなら、さっき兄さんにドラ焼を貰ってました。さあ召し上がって下さい」
「......殺す気かよ」
「今度のは大丈夫ですって!」
「その根拠の無い自信は何処から来るんだよ......」
先日の夜飯、今日の弁当と、元日とは確かに比べ物に成らないほど上手くはなってるのは認める、けど、このコップに並々と注がれたこの赤い液体は別だ。俺に強烈なトラウマを与えている。
チラッと
「じぃ~......」
――実際に声出してやがる......くそっ。
逃げ場を失った俺は意を決して紙コップと対峙、ドロリとした深紅の液体を口に運んだ。
「......あれ? 辛くないぞ?」
「でしょっ。実は、あの赤い色の正体は『パプリカパウダー』なんです」
得意気に胸を張る
「パプリカ? ああ~......カラフルなピーマンか」
「そうです。それで味の方ですけど......」
今度は一転、少し不安げな
「ああ、美味かった。前のとは雲泥の差だ」
「そうですか、よかったです」
「お待たせ~!
これは――面倒だ。
保健室に男女が二人きり、机には彼女の手作りと思われるファンシーな弁当が拡げられている。
「お邪魔しましたー。ごゆっくり~」
「おい、ちょっと待て!」
静かに扉を閉め退散しようとする
「なんだ~、そうだったの」
「すみません、保健室をお借りしちゃって」
「いいのよ。――つまんないわね」
最後にボソッと戯れ言を言ったが誤解はすぐに解けた。
「じゃあ私はそろそろ失礼します」
「ああ、じゃあな。
「ええ、お疲れさま。学園長によろしくね」
一緒に保健室を出る。廊下を歩きながら
「どこに行くんですか?」
「帰るんだよ。ちょっとやることがあってな」
「もしかして、枯れない桜の事ですか?」
いきなりいい当てられた。あまりの的確さに動揺して聞き返してしまった。
「どうして、そう思うんだ?」
「兄さんとお姉ちゃんも調べてるみたいなんで。聞き返すってことは当たりですね」
「まあ、な......」
廊下少し行った先の分かれ道。
「あのっ――」
後ろから、
「どうした?」
「枯れない桜は......。あの、その......今、頻発している事件に関係あるんですか?」
否定して欲しい、そう訴えるようなすがるような
俺は、彼女の質問には答えず、逆に問いかけた。
「なあ、
――
少し躊躇しながらも