D.C.Ⅱ.K.S 流離いの人形使い   作:ナナシの新人

21 / 40
理由 ~reason~

 枯れない桜の前に佇む少女の元へ向かった。

 彼女は集中しているのか、数メートルの位置まで近付いても俺の存在に気づかない。

 

「............」

 

 枯れない桜に両手を添えながら何かを呟いている。小さな声で何を言っているのかは聞き取れないが、ただ真剣に真摯に心から祈りを捧げている、そんな風に感じた。

 

「おい」

「っ!?」

 

 声を掛けると少女の体がビクッと震えた。恐る恐るといった感じでゆっくりと振り向く。髪の色や背格好から薄々そうじゃないかと思っていたが。やはり少女は――、俺の知っているさくらだった。

 

「えっ、ゆ、往人(ゆきと)くん? どうしてココに?」

 

 青い瞳を大きく見開いて訊いてきた。どう答えるか一瞬悩んだ。けど、隠す必要もないと思い直し正直に答える事にする。

 

「呼ばれたんだ。サクラに――」

「ボク?」

 

 ボクは呼んでないよ、と不思議そうに首を傾げた。

 音姫(おとめ)たちと話しをしていた時『枯れない桜へ来て』と声が聞こえた。素直にそう答えようと思っていたが、俺は別の言葉を口にしていた。

 

「お前じゃない。......桜だよ」

「桜?」

 

 さくらの頭上で咲き誇る桜に目を向けて言う。我ながら苦しい言い訳だったが、さくらは笑顔になった。

 

「そっか~、桜かぁ~。にゃははっ、じゃあしょうがないねー」

「ああ、しょうがないな」

 

 適当に頷いておく。

 

「お前は、何をしてるんだ?」

「ボク? ボクもね、往人(ゆきと)くんと同じ。()に呼ばれたんだ」

 

 さくらは、俺に背を向けると枯れない桜にそっと手を添えた。その後ろ姿は、昨日のサクラの姿とダブって見えた。

 

「そっか」

「――うん」

 

 肯定の返事は小さな声だった。

 けど『この話しはもう終わり』そんな強い意思が込められている気がした。その証拠に、さくらは俺に背を向けたまま何も言わない。

 

「じゃあ、俺は――。ぐはーっ!?」

 

 突然頭に衝撃が襲った(な、なんだっ?)。大した痛みじゃないが、反射的に頭を抱えて、その場に座り込んでしまう。

 

「大丈夫っ?」

 

 顔を上げると、さくらが心配そうな表情(かお)をして覗き込んでいる。そのさくらの足下には、おそらく衝撃の原因であろう物が落ちていた。

 

「ああ、大丈夫だ.....。たぶん、それが当たった」

「え? あっ、桜」

 

 さくらの視線の先には枯れない桜の枝。あれが直撃したんだろう。にしても、先に帰ると言おうとした、絶妙なタイミングでピンポイントに脳天に......。

 突然、無風だった広場に風が吹いた(あ、ああ......そう言う事かよ)。この時、俺はアイツの言っていた事を理解した。お前はまだ帰るなって、話しを聞けって、そう言いたいんだな。

 

「なあ、さくら」

「ん?」

 

 立ち上がって枯れない桜に目を移す。

 

「この桜。人の願いを叶える魔法の木なんだろ?」

「さあどうだろう。そんな噂はあるみたいだけどね」

 

 さくらは、表情を変えずに返事をした。相変わらず嘘が下手だ。

 

「もし仮に、そんな夢みたいな事が本当だとしても......。()()()()()()()()、よな?」

 

 

           * * *

 

 

「あっ、たい焼き屋さんだ」

「美味そうだな」

 

 神社で場所を確保出来なかったのか、桜公園のクレープ屋の近くにたい焼きの屋台が出ていた。

 屋台から漂う餡やクリームの甘い匂いが、俺の胃袋を揺さぶる。

 

「買ってくか」

「いいねっ、行こー」

「おいこら引っ張るなっ」

「にゃははっ。早く早くーっ」

 

 さくらに手を取られ早足で屋台へ。

 俺とさくら、音姫(おとめ)たちの分のたい焼きを買って帰宅の途に就いた。

 

「ふんふんふ~ん」

「随分ごきげんだな」

 

 先ほど迄の空元気から打って変わって、嬉しそうに笑顔で鼻唄を歌っている。

 

「だって往人(ゆきと)くんが奢ってくれるなんて思わなかったんだもん」

「まあ結構儲かったからな」

 

 さくらは、立ち止まって空を見上げた。俺も同じ様に見上げる。雲一つ無い晴天。

 朝は寒かったが、今は結構温かい。

 日が傾きオレンジ色した西の空、明日もきっと晴れるだろう。

 

「明日は、吹雪かな」

「......お前の分は返品してくる」

「うにゃっ!? うそうそっ」

 

 たい焼き屋に向かおうとする俺に、慌てて取り繕って来た(お前、俺のファンだ、って言ってたじゃないか......)。一つ大きなタメ息をついてから再び家路を歩く。

 

「ただいまー」

「お帰りなさーい。さくらさん、国崎(くにさき)くん」

 

 玄関を潜ると出迎えてくれたのは、エプロン姿の音姫(おとめ)だった。手には、おたまを持っている。

 

「さくらさん、お願いがあるんですけど」

「なーに?」

「実は――」

 

 音姫(おとめ)からさくらへのお願い。それは今日、芳乃(よしの)宅へ泊めて欲しいと云うお願いだった。理由(わけ)は、祖父の純一(じゅんいち)が温泉旅行に出掛けたためらしい。

 そう言えば今朝、純一(じゅんいち)は何処かに出掛けて行ったのを思い出した。

 それともう1つ、最近物騒な事故や事件が頻繁に起きている事も理由の一つだそうだ。

 

「うん、もちろんいいよー」

「ありがとうございます。すぐ晩ご飯ですから、手を洗って来て下さいね」

 

 音姫(おとめ)に言われた通り、洗面所で手を洗ってから居間に入ると、炬燵(コタツ)板に豪華な料理が並んでいた。

 昨夜の話しをしながら晩飯を食べていると義之(よしゆき)が、素朴な質問をした。

 

音姉(おとねえ)由夢(ゆめ)は、何処で寝るの?」

「ああ、そっか。客間は国崎(くにさき)くんが使ってるんだったね」

「俺は、別に開けてもいいぞ」

 

 野宿なんて日常茶飯事。駅や公園のベンチ、橋の下、納屋だろうが何処でだって寝れらる。一日くらい余裕だ。

 

「ダメダメっ。往人(ゆきと)くんは、大事なお客さまなんだからっ」

「私たちは何処でも。ね、お姉ちゃん」

「うん」

「う~ん......。じゃあボクの部屋で寝ればいいよ」

「でもそれじゃあさくらさんは......?」

 

 音姫(おとめ)は、申し訳なさそうにさくらを気遣う。やりとりを聞いていた俺は、ある提案をした。

 

「ならさくらが、義之(よしゆき)の部屋で寝ればいいんじゃないか」

「あっ、それいいね!」

「いやいやいや!」

 

 乗り気のさくらと慌てて阻止しようとする義之(よしゆき)

 

「なんでー? 前に泊まりに来たときは、一緒に寝てたのに~」

「そ、それは子どもの頃の話じゃないですかっ!」

 

 『はいはい! それなら私がっ、弟くんと一緒に寝ますっ!』と音姫(おとめ)が加わったり、色々な案が出たが、結局、今夜は俺が義之(よしゆき)の部屋に厄介になる事になった。

 風呂上がり、客間から義之(よしゆき)の部屋に布団を運んで横になる。

 

「じゃあ電気消します」

「ああ、頼む」

 

 部屋の電気が消え、カーテンから漏れる月明かりが差し込む。しばらくすると義之(よしゆき)の寝息が聞こえてきた。

 けど、俺は寝付けないでいた。何時もなら直ぐに寝てしまうが今日は眠気が訪れない。その理由は俺自身分かっている。

 枯れない桜で聞いた真実。あの話が俺の頭の中を支配しているからだ。

 

 

           * * *

 

 

()()()()()()()()、よな?」

「......そう、だね」

 

 さくらは、うつ向いたまま小さく頷いた。この反応、やはりサクラの言っていた当事者はさくらだ。

 

「お前は、この桜に何を願ったんだ?」

「......(うつ)し世は夢。夜の夢こそまこと......」

「どういう意味だ?」

 

 さくらは、俺に背を向けて話し始めた。すべての始まりの物語を――。

 

 枯れない桜は、人の願いを叶える魔法の木。人が人を大切に想う力を集めて困っている人のために奇跡を起こす。

 実際、その恩恵受けていた人が何人もいたらしい。

 しかし五十年以上前にこの枯れない桜は二度散った。

 そして枯れない桜が二度目の散りから、ここ数年前までは年中咲き誇ることなく春になると綺麗な薄紅色の花を咲かせる普通の桜の木だった。

 だが、数年前この島の桜に何かが起きた。

 そして現在起きている多くの事故や事件、その全ての原因は自分にあると、さくらは言った。

 

「枯れない桜には欠陥があったんだ。でもね、本当に困ってる人が幸せになれるなら、苦しみが減るのなら。そんな夢みたいな桜があっても良いんじゃないかって――。日本を離れて長い長い時間、ボクは一人、アメリカで研究をしていた。でも......」

 

 枯れない桜を見上げていたさくらは目をふせた。

 

「桜の研究を進めている間、外の世界は進んでしまっていた。ボクの大好きな人たちは結婚して子供を作って幸せになっていった。ボクは、急に寂しくなってしまったんだ。このままずっと独りぼっちなのかなって......」

「そっか。それで?」

「......うん。ボクは、初音島に戻って......絶対にしてはいけない事をした。まだ未完成の枯れない桜の試作品(サンプル)を使って、ボクは――願ってしまったんだ」

 

 さくらの願い。

 それは――『ボクにも家族が欲しいです』。

 

「もしかしたらあったかもしれない可能性の未来を見せてください、ってそう願ったの......」

 

 家族――。さくらの願いを聞き入れ、枯れない桜から生まれたたった一人の家族との出会いだった。

 

 

           * * *

 

 

「ふぅ......」

 

 結局寝付けず布団から起き上がる。ベットで寝ている義之(よしゆき)を起こさないように静かに部屋を出て階段を降り、洗面所で顔を洗う。凍えるような冷水のお陰で一気に目が覚めた。

 俺は、そのまま部屋に戻るずに居間の炬燵(コタツ)に入った。ふと時計を見ると針は午前二時過ぎを指していた。

 

「............」

 

 頬杖をつく。さくらが言っていた枯れない桜の欠陥。それを完全に修正出来ずに咲かせてしまった代償。未完成の故の暴走。

 人を幸せにするために植えた枯れない桜が初音島に悪影響を及ぼしてしまった。それが最近多発している原因不明の事故や事件を引き起こしている。

 今までは、さくらがどうにか魔法で制御していたらしいが、日に日にそれも及ばなくなり始めているらしい。ただ元凶である枯れない桜を再び枯らせば問題は解決する。

 

「お前は、どうして俺を選んだんだよ......?」

 

 俺の疑問は静かな居間に響くだけで、アイツには届かない。その代わりに背中にある襖が開いた。

 

国崎(くにさき)くん?」

「ん? ああ......音姫(おとめ)か」

 

 入ってきたのは淡いグリーン色の寝巻き着た音姫(おとめ)だった。

 

「どうしたの? こんな時間に」

「中々寝れなくてな。お前は?」

「私も同じ、ちょっと眠れなくて。飲み物淹れてくるね」

「甘酒以外で頼む」

「もぅ~、いじわるだよ~」

 

 音姫(おとめ)は、少し頬を膨らませてキッチンに入っていた。

 

「はい」

「悪いな」

 

 湯飲みを受け取ると、音姫(おとめ)は俺の正面に腰を落ち着けた。

 

「もう酔いは醒めたか?」

「さ、最初から、よ、酔ってなんてないよっ。甘酒は子どもでも飲めちゃうんだからっ」

「ふーん」

 

 よく云うな。あれだけ暴走してたってのに。

 夕食後、買ってきたたい焼きをつまみながら温めた甘酒を飲んだんだが音姫(おとめ)は、笑い上戸。由夢(ゆめ)は絡み酒と、姉妹揃って悪酔いし、主に義之(よしゆき)が被害を被ると云う予想通りの結末を迎えた。

 甘酒で酔うヤツなんているんだなあ、とある意味で関心している俺がいた。

 

「はぁ~......おいしい」

「だな」

 

 お茶を啜りながら話しをしていると僅かだが異変を感じ取った。音姫(おとめ)の息が少し乱れている様な気がした。

 この異変は覚えがある。保健室で何度も同じ症状見てきた。近しい人だと小恋(ここ)の症状と同じと言えば分かりやすいだろう。

 

音姫(おとめ)。お前体調悪いのか?」

「えっ? そう言えば、少し寒気がするような......」

「なら、もう寝た方がいい。年始じゃ病院も開いてないだろ?」

「そうだね。じゃあ寝るね。心配してくれてありがとう。おやすみ」

 

 音姫(おとめ)は、礼を言うと湯飲みを片付け普段俺が使っている客間へ戻っていった(俺も寝るか......)。義之(よしゆき)の部屋に戻って布団に入り目を瞑り、意識を閉じた。

 

 

           * * *

 

 

 翌日の昼。俺は、義之(よしゆき)音姫(おとめ)と三人で由夢(ゆめ)への誕生日プレゼントを買うため商店街に来ていた。

 真面目に選ぼうとしない義之(よしゆき)は、音姫(おとめ)に叱咤されながらプレゼント選んだ。因みにプレゼントはパジャマらしい。

 さて俺はどうするか考えていると突然義之(よしゆき)が大声を上げた。

 

音姉(おとねえ)!?」

「どうした?」

 

 声のした方を見ると、音姫(おとめ)義之(よしゆき)に支えられていた。顔色は優れず、呼吸も荒い。

 

国崎(くにさき)さん、音姉(おとねえ)が!」

「完全に熱だな」

 

 今日は、1月2日。水越病院の救急なら開いているが幾分遠い。近く診療所はおそらく休館だろう。

 

義之(よしゆき)、家に風邪薬は有るか?」

「えっと、どうだろう。帰って見ないと......」

「そうか、じゃあお前は音姫(おとめ)を連れて先に帰れ。俺はドラッグストアに寄ってから帰る」

「はい、わかりました。お願いします」

 

 音姫(おとめ)をおんぶして帰って行った。

 俺は、市販の風邪薬(保健室にあるのと同じ薬)を購入してドラッグストアを出る。

 夕暮れ時の商店街を歩いていると以前プリンを買いに立ち寄ったカフェを見つけた(確か、音姫(おとめ)が食べたがってたな)。

 由夢(ゆめ)へのプレゼントにもちょうどいい。二人へのプリンを買って帰宅。玄関に義之(よしゆき)音姫(おとめ)の靴が見当たらない。

 

「あ、お帰りなさい」

「二人は?」

 

 出迎えてくれたエプロン姿の由夢(ゆめ)に訊ねる。

 

「家です。自分の部屋の方が落ち着けると思って」

「ああ、それもそうだな。風邪薬を渡してくる」

 

 朝倉家に移動して呼び鈴を鳴らす。対応しに出てきた義之(よしゆき)に風邪薬とプリンを渡して再び芳乃家に帰る。

 居間に入ると電気の消えた部屋でぽつんと一人、由夢(ゆめ)炬燵(コタツ)に入っていた。

 

「お帰りなさい」

「ああ、ただいま」

 

 電気をつける。炬燵(コタツ)板いっぱいに料理が並んでいた。中央には少し形の崩れた誕生日ケーキ。

 

「これ、全部一人で作ったのか?」

「まあ、一応。昨日のうちにある程度仕込みを済ませていましたから。............」

 

 やっぱり無駄になっちゃった......。と僅かに聞き取れた。まったく世話が焼ける姉妹だ。

 

「さて、片付けないと。手伝っていただけますか?」

「任せろ」

 

 ドカっと座る。目の前の料理に手を伸ばし口に放り込んだ。

 

「ちょっ! 何してるんですかっ?」

「......うまいな。由夢(ゆめ)、箸をくれ」

 

 惚けている由夢(ゆめ)に頼む。

 

「............」

料理(これ)片付けるんだろ?」

「......はいっ」

 

 箸を受け取って片っ端から食べる。形は幾分イマイチ、けど味は昨日とは段違いだった。その努力の証しがふと目に入る、指に貼られた絆創膏が物語っていた。

 

「ごちそうさま、でした」

「ほんとに食べちゃった......スゴいですね」

 

 一時間程でほぼ全ての料理を平らげた。若干飽きれ気味に言われた気がするが気のせいだろう。

 

「ふぅ~......。そうだ、これ」

「何ですか? プリン?」

「ああ、誕生日プレゼントだ」

「ありがとうございます」

 

 由夢(ゆめ)は、プリンの入った箱を横に置いた。

 

「食べないのか?」

「もう入らないから明日いただきます」

「そっか。さて」

「ちょっと待ってください」

 

 風呂に入るため、立ち上がろうとしたところを止められた。

 

「あの、ひとつお願いがあるんですけど」

「何だ?」

「えっと、人形劇を見せてくれますか?」

 

 どういう風の吹き回しかは分からない。もしかしたら由夢(ゆめ)なりの感謝のつもりなのかも知れない。

 

「あはは......。やっぱり、つまらないですねっ」

「ほっとけっ」

 

 前言撤回だ。

 ただ最後に『ありがとうございました』と小さくお礼の言葉を言ってくれた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。