賑やかな声で目が覚めた。目を閉じているにも関わらず眩しい。きっと戸の隙間から漏れる日差しだろう(......朝か)。妙な夢を見ることも無く、朝まで熟睡出来たのは久しぶりだった。
身体を起こして軽く伸びをする。心なしか身体も軽い。布団を出て居間へ向かう。
「あ、
「おはよー」
「おはようございます」
「ああ、おはよ」
居間に入ると、さくら、
一ヶ所だけ空いているスペースに座って
「
「今日は朝から、何かやってるみたい」
「ふーん」
と言うことは、深夜にした約束は無くなったのか。まあ、俺としてはありがたい。朝飯を食ったら、テレビでも観てまったり過ごそう。
「そうだっ。聞いたよ、
「ん? ああ、そうみたいだな」
「うん?」
中途半端な返しに、さくらは不思議そうに小さく首を傾げた。
「
「あ、本当だ。ごちそうさまでした。じゃあ先に行くね」
「うん、食器は片付けておくから」
「ありがとー。弟くん」
「こんな朝っぱらから、何処か行くのか?」
「うんっ。神社で巫女さんの人手が足りないからって、バイトする事になってたの」
「そら大変だな」
まだ八時前。朝も早くからご苦労な事だ。
「そうなの。さあ
「は? どうして」
「おじいちゃんに呼んで来てって頼まれてるの」
「
「そうそう。だから一緒に行こ」
「ちょっと待て。まだ朝飯......」
腕を掴まれ
「行ってらっしゃーい。お兄ちゃんによろしくねっ」
「そうだ、
「それはいいけど。飯は?」
家で用意してくれる、と言う
とりあえず洗面所で顔を洗ってから上着を羽織り、家の外へ出る。
新年の冷気が容赦なく薄着の身体に突き刺ささった(暖冬って言ったヤツ誰だよ......)。気象予報士の予測を裏切る低気温、あまりの寒さに背中を丸めてゆっくりしか歩けない。
「そんなにゆっくり歩くと余計に冷えちゃうよ?」
先に朝倉家の玄関前に辿り着いている
「ただいまー。さあどうぞ上がって」
「お邪魔します......」
玄関で靴を脱いでスリッパに履き替えて家に上がる。階段前のダイニングキッチンへ続くドアノブに
「おや、
「ああ、邪魔してる。ちょうどよかった、用ってなんだ?」
「用?」
「ああ、そうだったな。
「う、うん。
「お待たせ。
「すまん、迷惑かけるなぁ」
「は?」
「いや、何でもない。じゃあ俺は出掛けてくるから」
「いってらっしゃい。気を付けてね」
「えっと、実は
「
「うん。明日、
昨日の一日付き合えってのはそう言う事か。
「そうか、わかった。で――」
ただ、先ほどから一つ大きな疑問が俺の頭を占拠していた。
「これはなんだ?」
「え、えっと......。あ、あははは......」
乾いた笑い、それに目が泳いでいる。
「............」
「......
無言のまま見詰めていると観念したのか理由を白状し始めた。
「お料理が苦手なの」
「だろうな」
予想はしていた。
それに、いつだったか学園長で囲んだ鍋を台無しにした記憶も新しい。全部食ったけど。
「もしかして......。クリパ前に
「たぶん
「......帰る」
「騒がしいと思ったら、何してるんですか?」
顔を出したのは話題の人物――
* * *
「ブーッ! ゴホッゲホッ......!」
目の前の料理を一口運ぶと、あまりにも不味すぎて思わず噴き出してしまった。人間の体ってのは危険を感知すると自然と防衛機能が働くんだな。人体ってのは偉大だ。
「だ、大丈夫ですか?」
料理を作った張本人が心配そうな
「――――っ!? ゴホッゴホッ......!」
大丈夫な訳あるかっ。と訴えたいが、喉を焼く様な強烈な刺激で言葉にならない。差し出されたコップの水を一気に流し込む。
「はぁはぁ......、ふぅ~......」
「落ち着きましたか?」
「ああ......なんとか、な......」
水を飲んだ事で、ようやく呼吸が整ってきた。しかし、どうやったらあんな
数分前。
「えっと、どうでしたか?」
「見て分からないのか?」
「ええー? おかしいなー」
おかしいのはお前だ。と言いそうになったがグッと堪える。
「そもそも――。これは何だ?」
皿の料理をスプーンですくって、
「何って、じゃがいものポタージュですけど」
「どうして、じゃがいものポタージュが
「だって、お姉ちゃんが作ったのも赤かったし」
台所にポタージュのパックと中華料理に使う豆板醤や粉末唐辛子の瓶がある。とりあえず赤い物をぶちこんだって感じだ。
そのまま温めれば良いものを......。料理においては素人のアレンジほど
「じゃ、じゃあこれはどうですかっ」
「............」
別の料理を差し出してきた。所々黒い。見るからにヤバそうな雰囲気を醸し出している。
「......味以前に火が通ってないぞ」
墨の正体は半生の唐揚げだった。鶏や豚の生は洒落にならない。
「や、流行りじゃないですか。
「お前は唐揚げを半生で食うのか」
「さあ次です。どんどん行きますよー」
俺の疑問を無視して次の料理に差し替えた。
その後も同じ事が続き限界を感じた始めた時だった。来客を知らせるインターフォンが鳴り響いた。
「あ。誰か来たみたい」
「ああ~......、たぶん
「そうですか、ちょっと出てきます」
昼に呼びに来るってのを伝えるのを忘れていた。
「これは......いける、か?」
最初は酷かったが、後になるに連れて食べられる物が増えてきた。
「やっぱり兄さんでした。さあ神社に行きますよ」
「俺も行くのか?」
出来ることなら帰って胃を休めたい。
「当たり前です。夕べの約束忘れてませんよね?」
何がどうして当たり前なのかは分からないが、仕方なく上着を羽織る。玄関で
「うーん......」
神社に着いたのはいいが、ごった返す人混みで
「おい、消火器持ってこい、消火器!」
数人の大人が人混みを掻き分け走っていく。その中の一人を呼び止めた。
「なんだ? そこの人」
「あん? おおっ、昨日の兄ちゃんじゃねぇかっ」
呼び止めたのは、焼きそば屋のオッサンだった。
「何かあったのか?」
「火事だよ、火事。テキ屋の段ボールから出火したんだ!」
「テキ屋?」
妙だ。テキ屋で火なんて使わない。
「兄ちゃんも手伝ってくれ!」
「あ、ああ」
数メートル間隔で設置されている消火器の一つを持って現場へ向かう。オッサンの言った通りテキ屋の裏手で炎が上がっていた。現場付近は軽いパニックになっている。
その中心に巫女姿の
「下がってください!」
「慌てず走らずに移動してくださーい」
三人は参拝客を誘導していた。俺は、焼きそば屋のオッサンたちと共に消化活動に当たった。
裏手に積んであったいくつかの景品は焼けてしまったが対応が早かった事もあり、なんとか大事には至らなかった。
「火の気が無いところからの出火......また放火かな」
「さあ、どうだろう」
「でも最近多いよね。火事とか、事故とか」
『――――』
「ん?」
設置されているベンチに座って話しをしていると誰かに呼ばれた気がした。
「どうしたの?
「いや、ちょっとな。......トイレに行ってくる。先に帰ってくれていいぞ」
察したのか、
桜公園の噴水前から声が聞こえる奥へと向かい歩く。
「また、ここか」
辿り着いた場所は――枯れない桜。
しかし、今までとは決定的な違いがあった。
桜の大木に手を添える金髪の人影。
幾度となく夢で見た光景が目の前に存在している。
俺は、何故か確信していた。
今ここに居るアイツは――夢の中の少女なのだ、と。