D.C.Ⅱ.K.S 流離いの人形使い   作:ナナシの新人

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声 ~guidance~

 賑やかな声で目が覚めた。目を閉じているにも関わらず眩しい。きっと戸の隙間から漏れる日差しだろう(......朝か)。妙な夢を見ることも無く、朝まで熟睡出来たのは久しぶりだった。

 身体を起こして軽く伸びをする。心なしか身体も軽い。布団を出て居間へ向かう。

 

「あ、往人(ゆきと)くん、おはよ~」

「おはよー」

「おはようございます」

「ああ、おはよ」

 

 居間に入ると、さくら、音姫(おとめ)義之(よしゆき)の三人が炬燵(コタツ)に入って朝飯を食べていた。

 一ヶ所だけ空いているスペースに座って音姫(おとめ)に訊く。

 

由夢(ゆめ)は?」

「今日は朝から、何かやってるみたい」

「ふーん」

 

 と言うことは、深夜にした約束は無くなったのか。まあ、俺としてはありがたい。朝飯を食ったら、テレビでも観てまったり過ごそう。

 

「そうだっ。聞いたよ、往人(ゆきと)くん。人形劇大繁盛だったんだってね~」

「ん? ああ、そうみたいだな」

「うん?」

 

 中途半端な返しに、さくらは不思議そうに小さく首を傾げた。

 

音姉(おとねえ)。そろそろ時間じゃない?」

「あ、本当だ。ごちそうさまでした。じゃあ先に行くね」

「うん、食器は片付けておくから」

「ありがとー。弟くん」

 

 音姫(おとめ)は、義之(よしゆき)に礼を言うと炬燵(コタツ)から出て立ち上がり上着を羽織った。

 

「こんな朝っぱらから、何処か行くのか?」

「うんっ。神社で巫女さんの人手が足りないからって、バイトする事になってたの」

「そら大変だな」

 

 まだ八時前。朝も早くからご苦労な事だ。

 

「そうなの。さあ国崎(くにさき)くんも立って」

「は? どうして」

「おじいちゃんに呼んで来てって頼まれてるの」

 

 音姫(おとめ)の爺さんって事は――。

 

純一(じゅんいち)が?」

「そうそう。だから一緒に行こ」

「ちょっと待て。まだ朝飯......」

 

 腕を掴まれ炬燵(コタツ)から強引に立たされた。何となく純一(じゅんいち)の事を兄と呼んでいたさくらを見ると、呑気に笑顔で手を振っていた。

 

「行ってらっしゃーい。お兄ちゃんによろしくねっ」

「そうだ、国崎(くにさき)さん。由夢(ゆめ)に昼頃に行くと伝えてもらえますか」

「それはいいけど。飯は?」

 

 家で用意してくれる、と言う音姫(おとめ)の言葉を聞いて、俺は渋々準備を始めた。

 とりあえず洗面所で顔を洗ってから上着を羽織り、家の外へ出る。

 新年の冷気が容赦なく薄着の身体に突き刺ささった(暖冬って言ったヤツ誰だよ......)。気象予報士の予測を裏切る低気温、あまりの寒さに背中を丸めてゆっくりしか歩けない。

 

「そんなにゆっくり歩くと余計に冷えちゃうよ?」

 

 先に朝倉家の玄関前に辿り着いている音姫(おとめ)は呆れ顔で意見を述べた。もちろんそんな事は言われなくても分かってる。けど、身体が言うことを聞かない。

 音姫(おとめ)に遅れる事三十秒弱、朝倉家に到着。音姫(おとめ)は、俺の到着を待ってから玄関を開け、帰宅の挨拶をしてから俺を招き入れた。

 

「ただいまー。さあどうぞ上がって」

「お邪魔します......」

 

 玄関で靴を脱いでスリッパに履き替えて家に上がる。階段前のダイニングキッチンへ続くドアノブに音姫(おとめ)が手を掛けた時、向かい部屋から純一(じゅんいち)が出てきた。

 

「おや、国崎(くにさき)くん。いらっしゃい」

「ああ、邪魔してる。ちょうどよかった、用ってなんだ?」

「用?」

 

 純一(じゅんいち)は、視線を俺から外して閉まっているダイニングへと続く扉を見ると納得した様に頷いた。

 

「ああ、そうだったな。音姫(おとめ)、手伝ってくれるかい?」

「う、うん。国崎(くにさき)くんは、ちょっと()()()待っててね」

 

 音姫(おとめ)は、歯切れの悪い返事をしてから『ここで』を強調し、純一(じゅんいち)と一緒に出てきた部屋に入っていった(なんだ?)。妙に思いながらも待つこと数分後二人が出てきた。

 

「お待たせ。国崎(くにさき)くん、これを......」

 

 純一(じゅんいち)は、瓶状のプラスチック容器を俺に差し出した。それを受けとると、ポンっと俺の肩を軽く触り、申し訳なさそうな表情(かお)で言った。

 

「すまん、迷惑かけるなぁ」

「は?」

「いや、何でもない。じゃあ俺は出掛けてくるから」

「いってらっしゃい。気を付けてね」

 

 純一(じゅんいち)を見送ると音姫(おとめ)は、俺に向き直った。

 

「えっと、実は国崎(くにさき)を呼んだの由夢(ゆめ)ちゃんなの」

由夢(ゆめ)?」

「うん。明日、由夢(ゆめ)ちゃんの誕生日なの。それでね、明日の夕飯を自分で振る舞いたいみたいで味見を国崎(くにさき)くんにって――」

 

 昨日の一日付き合えってのはそう言う事か。純一(じゅんいち)をダシに使って俺だけを連れ出したのは、義之(よしゆき)には当日まで知られたくないとかそんなところだろう。

 

「そうか、わかった。で――」

 

 ただ、先ほどから一つ大きな疑問が俺の頭を占拠していた。

 

「これはなんだ?」

「え、えっと......。あ、あははは......」

 

 乾いた笑い、それに目が泳いでいる。純一(じゅんいち)の謝罪と、俺の手にあるデカデカと『胃薬』と記されたラベルが貼られたプラスチック容器。しかも『速効』『超強力』と書かれている。

 

「............」

「......由夢(ゆめ)ちゃんね」

 

 無言のまま見詰めていると観念したのか理由を白状し始めた。

 

「お料理が苦手なの」

「だろうな」

 

 予想はしていた。芳乃(よしの)家の食卓は、いつも音姫(おとめ)義之(よしゆき)が担当している。由夢(ゆめ)が台所に立っている姿を一度も見たことが無い。

 それに、いつだったか学園長で囲んだ鍋を台無しにした記憶も新しい。全部食ったけど。

 

「もしかして......。クリパ前に義之(よしゆき)が体調悪そうにしてたのは......」

「たぶん国崎(くにさき)くんの想像通り、かな?」

「......帰る」

 

 音姫(おとめ)に背中を向けた直後、ガチャ――。ダイニングへの扉が開いた。

 

「騒がしいと思ったら、何してるんですか?」

 

 顔を出したのは話題の人物――由夢(ゆめ)。白のエプロンを着て気合い十分といった感じだ。そして、俺は逃げ遅れた。

 

 

           * * *

 

 

「ブーッ! ゴホッゲホッ......!」

 

 目の前の料理を一口運ぶと、あまりにも不味すぎて思わず噴き出してしまった。人間の体ってのは危険を感知すると自然と防衛機能が働くんだな。人体ってのは偉大だ。

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

 料理を作った張本人が心配そうな表情(かお)で訊いてきた。

 

「――――っ!? ゴホッゴホッ......!」

 

 大丈夫な訳あるかっ。と訴えたいが、喉を焼く様な強烈な刺激で言葉にならない。差し出されたコップの水を一気に流し込む。

 

「はぁはぁ......、ふぅ~......」

「落ち着きましたか?」

「ああ......なんとか、な......」

 

 水を飲んだ事で、ようやく呼吸が整ってきた。しかし、どうやったらあんな料理(モノ)に仕上がるんだ? 音姫(おとめ)のヤツ、恨むぞ......。

 数分前。

 由夢(ゆめ)に見つかり退路を絶たれれ、覚悟を決めダイニングに足を踏み入れようとした時音姫(おとめ)が耳打ちをしてきた。『ちゃんと美味しく作れるように、何日も前から一緒に作ってたし、レシピも渡してあるから大丈夫だよ。............たぶん』。しばらく間が空いてからの『たぶん』に不安を感じていたが、それは見事に的中した。

 

「えっと、どうでしたか?」

「見て分からないのか?」

「ええー? おかしいなー」

 

 おかしいのはお前だ。と言いそうになったがグッと堪える。

 

「そもそも――。これは何だ?」

 

 皿の料理をスプーンですくって、由夢(ゆめ)に訊く。

 

「何って、じゃがいものポタージュですけど」

「どうして、じゃがいものポタージュが()()んだよ......?」

 

 由夢(ゆめ)の作ったポタージュは色は燃えるような赤を越えた深紅。その味は見た目を裏切らず地獄の様に辛い。

 

「だって、お姉ちゃんが作ったのも赤かったし」

 

 台所にポタージュのパックと中華料理に使う豆板醤や粉末唐辛子の瓶がある。とりあえず赤い物をぶちこんだって感じだ。

 そのまま温めれば良いものを......。料理においては素人のアレンジほど無謀(タチ)の悪いものはないな。

 

「じゃ、じゃあこれはどうですかっ」

「............」

 

 別の料理を差し出してきた。所々黒い。見るからにヤバそうな雰囲気を醸し出している。

 

「......味以前に火が通ってないぞ」

 

 墨の正体は半生の唐揚げだった。鶏や豚の生は洒落にならない。

 

「や、流行りじゃないですか。半生(はんなま)

「お前は唐揚げを半生で食うのか」

「さあ次です。どんどん行きますよー」

 

 俺の疑問を無視して次の料理に差し替えた。

 その後も同じ事が続き限界を感じた始めた時だった。来客を知らせるインターフォンが鳴り響いた。

 

「あ。誰か来たみたい」

「ああ~......、たぶん義之(よしゆき)だろう」

「そうですか、ちょっと出てきます」

 

 昼に呼びに来るってのを伝えるのを忘れていた。由夢(ゆめ)は、エプロンを脱いで玄関へ出向く。俺は、待っている間残りの料理に手を伸ばす。

 

「これは......いける、か?」

 

 最初は酷かったが、後になるに連れて食べられる物が増えてきた。

 

「やっぱり兄さんでした。さあ神社に行きますよ」

「俺も行くのか?」

 

 出来ることなら帰って胃を休めたい。

 

「当たり前です。夕べの約束忘れてませんよね?」

 

 何がどうして当たり前なのかは分からないが、仕方なく上着を羽織る。玄関で義之(よしゆき)と合流して家の外へ。芳乃家の前で俺だけ別れ着替えてから、ゆっくり神社へ向かう。

 

「うーん......」

 

 神社に着いたのはいいが、ごった返す人混みで由夢(ゆめ)義之(よしゆき)の姿は中々見つけられない(さて、どうするか)。いっそのこと帰ろうかと思っていると大声が聞こえた。

 

「おい、消火器持ってこい、消火器!」

 

 数人の大人が人混みを掻き分け走っていく。その中の一人を呼び止めた。

 

「なんだ? そこの人」

「あん? おおっ、昨日の兄ちゃんじゃねぇかっ」

 

 呼び止めたのは、焼きそば屋のオッサンだった。

 

「何かあったのか?」

「火事だよ、火事。テキ屋の段ボールから出火したんだ!」

「テキ屋?」

 

 妙だ。テキ屋で火なんて使わない。

 

「兄ちゃんも手伝ってくれ!」

「あ、ああ」

 

 数メートル間隔で設置されている消火器の一つを持って現場へ向かう。オッサンの言った通りテキ屋の裏手で炎が上がっていた。現場付近は軽いパニックになっている。

 その中心に巫女姿の音姫(おとめ)が居た。一緒に義之(よしゆき)由夢(ゆめ)もいる。

 

「下がってください!」

「慌てず走らずに移動してくださーい」

 

 三人は参拝客を誘導していた。俺は、焼きそば屋のオッサンたちと共に消化活動に当たった。

 裏手に積んであったいくつかの景品は焼けてしまったが対応が早かった事もあり、なんとか大事には至らなかった。

 

「火の気が無いところからの出火......また放火かな」

「さあ、どうだろう」

「でも最近多いよね。火事とか、事故とか」

『――――』

「ん?」

 

 設置されているベンチに座って話しをしていると誰かに呼ばれた気がした。

 

「どうしたの? 国崎(くにさき)くん」

「いや、ちょっとな。......トイレに行ってくる。先に帰ってくれていいぞ」

 

 察したのか、音姫(おとめ)由夢(ゆめ)は苦笑いをした(お前らが思ってるのとは、違うぞ?)。一応心の中で否定してから神社を後にした。

 桜公園の噴水前から声が聞こえる奥へと向かい歩く。

 

「また、ここか」

 

 辿り着いた場所は――枯れない桜。

 しかし、今までとは決定的な違いがあった。

 桜の大木に手を添える金髪の人影。

 幾度となく夢で見た光景が目の前に存在している。

 俺は、何故か確信していた。

 今ここに居るアイツは――夢の中の少女なのだ、と。


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