D.C.Ⅱ.K.S 流離いの人形使い   作:ナナシの新人

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団らん ~gatherings~

 まるで雪の様に舞い散る桜の花のびら中、月明かりに照らされ映える金髪の少女。彼女は膝に手をついて俺に目線を合わせた。

 

「こんばんはー」

 

 ――なんだ、子どもか......。声の主が警官では無いこと確認出来たことに安心して、再び目を閉じる。

 

「うにゃっ、無視しないでよ! 起きてーっ」

 

 視線が合ったにも関わらず、ガン無視を決められた少女は、俺の身体を大きく左右に揺さぶった。まったく、鬱陶しいことこの上ない。このまま放置してもおそらく埒があかないと感じたため、面倒だが目を開けた。

 

「......なんだよ? 迷子なら、交番へ行ってくれ......」

「キミ、さっき商店街で人形劇をしてたよね。見せてくれないかな?」

 

 少女はやり返すように、俺の言葉を無視した。

 

「ちょっとだけで良いから......ねっ? おねがーいっ」

「疲れてるんだ、明日にしてくれ......」

 

 ゴロン、と少女に背中を向けて横になる。直後、ぐぅ~と腹の虫が大きく鳴った。腹へった......。夕食は済ませたが、育ち盛りの身体には、おにぎりだけではとても足りない。だが、金がない。水道水で一時空腹を満たしても、後に待っているの地獄だ。

 

「にゃははっ、スゴい音、お腹空いてるんだねー」

「............」

「はい、どうぞ」

「あん......?」

 

 振り向くと、少女の小さな手のひらに大きな和菓子が乗っかっていた。俺は、黙ったまま和菓子(それ)を見つめる。子どもに恵んで貰うのか? 情けなすぎるぞ......。

 どうするか葛藤している俺に、少女は不思議そうな表情(かお)をして、小さく首をかしげた。

 

「もしかして、和菓子嫌い?」

「嫌いじゃない......じゃなくて、どういうつもりだ?」

「お代の代わりだよ。だから見せてよ」

 

 少女は引きそうにない。俺は観念して人形を取り出した。

 

「ハァ、少しだけだぞ?」

 

 人形を地面の上に置いて、触れるか触れないか位の距離で手をかざし、意識を集中する。すると、横たわっていた人形が立ち上り、トコトコと歩きだした。

 

 法術(ほうじゅつ)

 触れることなく物を操る事をできる力。

 俺は、この力で人形を操り、人形劇を生業にして稼ぎながら全国を旅して廻っている。

 

「スゴいねー。()()みたい」

 

 少女は、魔法の部分を強調して賛辞を送った。どこか探るような感じに思えたが、そんなことはどうでもいい。今は、さっさと寝て明日に備えたい。

 

「見せてやったんだ、もう、いいだろ? 早く帰れ、親が心配するぞ」

「大丈夫だよ。ボク、子どもじゃないから」

「どうみても子どもだろ......」

 

 そして、また腹が鳴る。大きな腹の虫の音を聞いて、少女はくすくすと笑った。

 

「ねぇ、送って行ってよ」

「はぁ......?」

 

 

          * * *

 

 

 俺は今、金髪で蒼い眼の少女と並んで住宅街を歩いている。

 先ほどまで、自分は子どもじゃないと言い張っていた少女は、自分は子どもだから送って行けと言い出し、お礼に夕食をご馳走すると言って、俺の心と胃袋を揺さぶった。言っておくが、決して飯に惹かれた訳じゃないぞ? 夜道に小さな子どもを一人で帰すのは危ないからだ。自分に言い聞かせる。そうでもしないとやってられない。

 歩きながら少女は、俺の一歩前に出て正面に立ち、そして思い出したように自己紹介を始めた。

 

「そう言えば、自己紹介がまだだったね。ボクは、さくら、芳乃(よしの)さくら。キミは?」

国崎(くにさき)往人(ゆきと)

国崎(くにさき)往人(ゆきと)くんだね。うん、往人(ゆきと)くんって呼ぶね。ボクのことも、さくらでいいよー」

「好きにしてくれ......」

 

 しばらく歩いて、さくらは、とある一件の家の前で止まった。

 

「ここが、ボクの(うち)だよ。さあ上がってー」

 

 二階建ての純和風造り。金髪で青い瞳のさくらとは、まったく真逆のイメージの住まいだった。

 

「......やっぱり戻る」

「だいじょうぶ、だいじょうぶ~。みんな、いい子だから」

「お、おい、こらっ、押すなよ!」

 

 俺の背中に回り込んださくらは、強引に敷地へ押し込み、横開きの玄関の吐を開けた。

 

「ただいま~っ!」

 

 さくらの声に奥から、ぱたぱたと足音が近づいて来る。髪をアップにした少女が、おたまを片手にやって来た。

 

「ただいま、音姫(おとめ)ちゃん」

「さくらさん、おかえりなさい。えっと、後ろの方は......?」

国崎(くにさき)往人(ゆきと)くん。ボクのお客さまだよー」

「あっ、そうでしたか。初めまして、朝倉(あさくら)音姫(おとめ)です」

 

 音姫(おとめ)は、手を揃えて行儀よく挨拶をした。

 彼女に対し俺は、どうみても年下のさくらに敬語で話していることに違和感を感じながら、やや無愛想気味に返事を返す。

 

「ども......」

「挨拶はあとあと、さぁ遠慮しないで上がって、往人(ゆきと)くん。音姫(おとめ)ちゃん、往人(ゆきと)くんの分もお願いできるかな?」

「はい、大丈夫ですよ。用意しますね」

 

 逃げそこなった......。二人の少女に押しきられた俺は、半ば諦めの境地だった。

 さくらの先導される形で居間に通される。

 畳張りの部屋の奥には、大型のテレビ。中央には炬燵(コタツ)があり、緑色のジャージ姿にメガネを掛けてリラックスした様子の少女、音姫(おとめ)に似ている気がする。たぶん姉妹だろう。

 そしてもう一人、顔立ちの整った少年が炬燵(コタツ)に入ってくつろいでいた。

 

「おかえりなさい、さくらさん」

 

 さくらに気づいた二人は、彼女に挨拶したあと音姫(おとめ)と同じように俺に視線が向く。さくらは、聞かれる前に俺を紹介した。

 

「彼は、国崎(くにさき)往人(ゆきと)くん。二人は、由夢(ゆめ)ちゃんと義之(よしゆき)くん。じゃあボクは着替えてくるから、往人(ゆきと)くんもくつろいでてねー」

「お、オイ! さくらーッ!」

 

 呼びかけも虚しく取り残された。三人の間に気まずい空気が流れる。当然だ、詳しい紹介もなしにいきなり放置したんだから。

 

「えっと......とりあえず、どうぞ。入ってください」

「あ、ああ、お邪魔します......」

「俺、お茶淹れてくる」

 

 由夢(ゆめ)に促された俺は、空いている炬燵(コタツ)に足を入れる。それとほぼ同時のタイミングで、替わるように義之(よしゆき)は席を立ち、隣のキッチンへ向かうと湯飲みと急須を持って来て座り直した。

 

「どうぞ」

「悪いな」

 

 湯気の立った湯飲みを受け取り、温かいお茶を啜る。

 

「うまい......」

 

 凍えるような外気温に冷えた身体に染み渡る、炬燵(コタツ)とお茶の温もり。

 

「おとーとくーんっ」

「ああ、今、行くよっ」

 

 キッチンから呼ぶ声を聞いた義之(よしゆき)は、再びキッチンへと向かった。姉弟(きょうだい)なのに名前で呼ばれないのか、闇が深い関係なのか? 音姫(おとめ)義之(よしゆき)のやりとりに少々疑問に感じたが、そんなことは空腹ですぐに忘れ去った。そして、三人のうちの一人が席を立った事ことで必然的に居間では、俺と由夢(ゆめ)の二人きりになってしまった。

 

「テレビ、つけてもいいですか?」

「ああ、好きにしてくれ」

 

 由夢(ゆめ)は、リモコンを操作してテレビの電源を入れる。映し出されたのは、時代劇。幕府の老中が配下と共に、サブマシンガンを片手に悪代官を懲らしめると言う一風変わった内容だった。

 

「ファンキーな爺さんだな、重火器ぶっ放して暴動を鎮圧してるぞ」

「他のにしましょう」

「待ってー!」

 

 チャンネルを替えようとしたとこへ、着替えを済ませたさくらが止めに入った。さくらは時代劇物が好きらしく、炬燵(コタツ)に入るとテレビを見入っている。

 

「お待たせ~」

「おお~っ!」

 

 時代劇がクライマックスを迎えた頃、音姫(おとめ)義之(よしゆき)がおぼんを持ってキッチンから出てきた。並べられた色とりどり料理。久々にありつく暖かい飯に俺の心と身体は感動隠せない。

 全員が炬燵(コタツ)に入り揃って「いただきます」と挨拶をして箸を伸ばす。

 

「うまいっ!」

「よかった~。おかわりもたくさんありますから、いっぱい食べて下さいね」

「遠慮しないで食べてね~。うん、ほんと美味しいよ、音姫(おとめ)ちゃん」

「えへへ~、ありがとうございます」

 

 夕食を食べ終え、お茶で一服。

 

国崎(くにさき)さんって、いくつなんですか?」

「年か? えっと、確か......」

 

 由夢(ゆめ)からの質問に答える。

 

「私と同い年なんだねー」

「私と兄さんにとっては先輩ですね」

「そうなのか?」

 

 音姫(おとめ)は同い年。義之(よしゆき)由夢(ゆめ)は、年下であることが判明した。

 

「俺も、気になっていることがあるんだ」

 

 俺の気になっていること、それはこの初音島の矛盾だ。

 

「何で初音島(ここ)の桜は、冬なのに咲いているんだ?」

 

 音姫(おとめ)たちは、不思議そうに顔を見合わせる。

 

国崎(くにさき)くんって、初音島の人じゃないの?」

「ああ、本島から来たんだ」

 

 コンテナで寝てたところ運ばれた、なんて情けなくて言えないけどな。そしてさくらは、何故だか少し険しい表情(かお)をしている。

 

「そうなんだー、だから見覚えがないんだね。この島の桜はね――」

 

 枯れない桜。

 一年を通して枯れることのない桜。何年か前に、突如として起こり始めた現象。その理由は、島民の誰にも解らない。ただ、この初音島にとっては、貴重な観光資源になっているらしい。

 

「それとこの桜には伝説があるんです」

「伝説?」

「ああー、あれだろ。桜が、人の願いを叶えるってヤツ」

「へぇー、意外だなっ。兄さんは、その手の話に疎いと思ってたのに」

雪月花(せつげっか)が、よくこの手の話しをしてるからな」

「人の願いを叶える魔法の桜ねぇ......」

 

 俺の望みを叶えてくれれば手っ取り早いんだけどな......。湯飲みを起き、炬燵(コタツ)の天板に手を付いて立ち上がる。理由はもちろん、おいとまするためだ。

 

「どうしたの? 往人(ゆきと)くん」

「帰るんだよ」

 

 掛け時計の針は、20時を指している。そろそろ親が帰ってきてもおかしくない時間だ。鉢合わせする前に出ていきたい。

 

「家に泊まっていきなよ」

「はぁ......、あのなあ」

 

 軽く言うさくらに呆れてタメ息が漏れた。こいつには警戒心と

いう物が無いらしい。

 

「俺は、どこぞの馬の骨かもわからない男だぞ? そもそも親が許さないだろ」

「その心配は必要ないよ。この家の家主は、ボクだからねー」

「面白い冗談だな。子どもは早く寝ないと大きくならないぞ」

 

 面白くもない戯れ言を鼻で笑い飛ばす。だが三人は、さくらの主張を肯定した。

 

「嘘じゃないですよ。さくらさんは、俺の保護者ですから」

「私たちの学校の学園長ですし。ね、お姉ちゃん」

「うん、そうだよ」

「はぁ......?」

 

 呆気に取られた。だが四人揃って嘘を付く理由はない訳で――。

 

「そう言う訳だから泊まって行きなよ。義之(よしゆき)くん、布団を用意するの手伝ってー」

「はい、わかりました。客間でいいですよね?」

「私も手伝うよー」

「お、おい」

 

 再び俺と由夢(ゆめ)を残して、三人は出ていってしまった。

 

「諦めた方がいいですよ。ああなったら聞きませんから」

 

 冷静にお茶を飲む、由夢(ゆめ)

 どうやら俺は、また逃げ損ねたらしい。

 

「へぇ~、義之(よしゆき)くんのクラスは人形劇をするんだー」

「はい......」

 

 戻ってきてから、話題は義之(よしゆき)たちが通う学校の行事になった。

 

「弟くんが主役なんですよっ」

「兄さんがあんなセリフをね......。あははっ、今思い出してもおかしー」

 

 自分のことのように誇らしげな表情(かお)音姫(おとめ)と、ちょっと小馬鹿にして笑う由夢(ゆめ)。さくらは、心底楽しみにしている感じが伝わってくる。

 

「今日も一緒に練習しようねっ」

「いや、今日は、国崎(くにさき)さんが居ることだし......」

「一緒に練習しようねっ」

「いや、だから......」

「一緒に練習しようねっ」

 

 笑顔で意見を押し通そうとしている。その異様な主張を目の当たりにした俺は小声で、由夢(ゆめ)に訊ねた。

 

由夢(ゆめ)、これはなんだ?」

「お姉ちゃんの特技のひとつで、『もう聞く耳持ちませんモード』です。笑顔で自分の主張を貫き通します。こうなると絶対に譲りません」

「こぇー......」

 

 穏やかで優しそうな音姫(おとめ)の意外な一面を垣間見た瞬間だった。

 

「人形劇なら、往人(ゆきと)くんに教えて貰うといいよー」

「えっ?」

 

 突然提案したさくらに、音姫(おとめ)義之(よしゆき)の声が重なる。興味深そうに音姫(おとめ)が訊いてきた。

 

国崎(くにさき)くん、人形劇できるのっ?」

「へぇ~、意外ですね。でしたら是非、兄さんにレクチャーしてあげて下さい。本番でやらかすと妹として恥ずかしいですから」

「おい、こら、由夢(ゆめ)!」

「や、事実ですし」

「ボク、往人(ゆきと)くんの大ファンなんだー。だから見せて~っ」

「......仕方ないな」

 

 一宿一飯の恩義から披露することにした。

 渋々と尻のポケットから古ぼけた人形を取り出して、炬燵(コタツ)の天板に寝かせる。

 

「あっ、可愛いお人形」

「行くぞ?」

 

 いつものように集中して念を送る。

 

「わぁっ!」

「立ったっ?」

 

 人形は立ち上がり、トコトコと歩き出した。

 

「ていっ」

 

 由夢(ゆめ)は、身を乗りだして人形の頭の上に手を(かざ)す。だが、人形は倒れることなく歩き続けた。不思議そうに首を傾げる。

 

「あれ?」

「フッ......無駄だ」

「糸で吊ってる訳じゃないのか......」

「すごいねーっ」

 

 三人は、感心して見ている。だが、しばらくして――。

 

「あの、これって、オチはないんですか?」

「――なぁっ!?」

「ゆ、由夢(ゆめ)ちゃんっ?」

「や、歩くだけなのかなって思ったんで」

「そ、そんなことないよねっ。国崎(くにさき)くん?」

「............」

 

 その言葉に俺の動きが止まり、人形も糸が切れた様にパタリと倒れ込んだ。

 

「えっと......スゴいよねっ。兄さん!」

「あ、ああ、そうだなっ。ね、音姉(おとねえ)!」

「う、うんっ、スゴいよ、国崎(くにさき)くん!」

 

 優しさは時に人を傷付ける。

 

「......寝る」

 

 相棒の人形をそのままにして客間に向かおうとする俺を、音姫(おとめ)が必死に止めた。

 

「でも、本当に不思議ですね」

「そうだな、リモートで動かしてる訳でもないみたいだし......」

 

 義之(よしゆき)は、人形を触ってセンサーや機械の類いを探しているみたいだ。

 

「うーん、正真正銘ただの人形だ」

「不思議だね~。まるで魔法みたい」

音姫(お前)も・さくらみたいなこと言うんだな」

「えっ、さくらさんも?」

 

 音姫(おとめ)が、さくらを見た。

 

「うん、ボクも、音姫(おとめ)ちゃんと同じことを思ったんだ」

「そうなんですか。由夢(ゆめ)ちゃん」

「うん」

「私たちは、そろそろ帰るね」

 

 音姫(おとめ)由夢(ゆめ)が立ち上がる。

 

「帰る?」

「ここは、私たちの家じゃないから」

「私たちの家は隣です」

 

 そういえば自己紹介で音姫(おとめ)は、さくらの姓の芳乃(よしの)ではなく朝倉(あさくら)と名乗っていたのを思い出した。

 

「ああ、そうなのか」

「じゃあさくらさん失礼します。弟くん、国崎(くにさき)くんもおやすみ」

「おやすみなさい」

 

 朝倉姉妹は、俺たちに挨拶をして自宅へ帰った。居間には俺、さくら、義之(よしゆき)が残る。

 それを不思議に思い義之(よしゆき)に訊いた。

 

「お前は、一緒の帰らないのか?」

「俺は、ここに住んでいるんですよ」

 

 頭にクエスチョンマークを浮かべる俺に、簡単に説明をしてくれた。

 訊いた事をまとめると、義之(よしゆき)には両親がおらず、子どもの頃は隣の朝倉家で厄介になっていた。そのため音姫(おとめ)由夢(ゆめ)とは血の繋がりはないが、とても仲が良く本物の姉弟妹(きょうだい)のような関係。

 そして今年、訳あって進級する際に芳乃家に移り住むことになったと言うことらしい。

 

「ふーん、しんどいな、お前ら」

「はい?」

 

 義之(よしゆき)はわからないみたいだが、さくらは察したのか小さく微笑んでいる。

 

「えっと......じゃあ俺も寝ます。おやすみなさい」

「うん、おやすみ、義之(よしゆき)くん」

 

 義之(よしゆき)も居間を出て自室へ戻っていった。

 それを待っていたかの様にさくらは少し真剣な声で訊いてきた。

 

「ねぇ、往人(ゆきと)くん」

「なんだ?」

「どうして、初音島に来たの? 旅行......じゃないよね、家出?」

 

 確信した言葉だ。野宿する姿を見られてたんだから当然か。わざわざ隠す必要もない話すことした。

 

「旅をしてるんだ」

「自分探し?」

「そんなところかもな」

 

 適当に答える俺に、さくらは小さくタメ息を付いた。

 

「まぁいいけどねー。ところでどうやって動かしてるの?」

 

 炬燵(コタツ)の天板でひっくり反ったままの人形(相棒)を指差した。

 

「これか?」

 

 ひょこっと立たせてみせる。

 

「うん、そうっ」

「『法術(ほうじゅつ)』ってのを少し使えるんだ」

「『法術(ほうじゅつ)』?」

「ああ、簡単にいうと触れず物を自在に動かせる力だ。俺は、死んだ母親から、この力とこの人形を受け継いだんだ」

 

 そして、もう一つ......。遠い約束も一緒に。

 

「子どもの頃から、人形劇《これ》を生業に旅をしている」

「そうなんだ。初音島(ここ)には、どのくらい滞在する予定なの?」

「旅費が貯まるまでだな」

 

 出来れば余裕を持って出たい。

 

「何処か人の集まる場所はないか?」

「う~ん......そうだねぇ」

 

 さくらは、唇に人差し指を当てて考えてくれている。

 

「そうだっ。もうすぐ『クリパ』があるから、その時なら人が多く集まるよ」

「『クリパ』? ああ......音姫(おとめ)たちが話していた学園行事(やつ)か」

「うん、本島からも大勢人が来るから、『クリパ』で披露するといいよ」

「でもそれ、学園行事なんだろ? 部外者の俺が参加するのはマズいだろ」

「ボクが許可するよ。さっきも言ったけど、ボクは風見(かざみ)学園の学園長だからね」

 

 音姫(おとめ)たちも言っていたが......。

 

「......それ、マジなのか?」

「マジもマジ、おおマジだよ」

 

 そう言うと、さくらは名刺を見せたてきた。

 そこには確かに、さくらの名前と風見学園学園長と記されている。まったく世も末だな。

 

「お金が貯まるまで、遠慮なく(うち)に泊まってくれていいからね」

「さくら......お前は、なんでそこまでするんだ? 俺たちは今日初めて会ったばかりの他人だろ?」

「言ったでしょ、ボクは往人(ゆきと)くんの人形劇のファンなんだ。それに、ボクは家を空けることが多いから、義之(よしゆき)くんの話し相手になってあげて欲しいんだ」

 

 さくらの表情(かお)は少し寂しそう......いや、何処か申し訳なさを感じた。それは俺にではなく、義之(よしゆき)に対してだと言うこと、そして義之(よしゆき)に対する深い愛情のような気がした。

 

「そうか、そういうことなら、ありがたく厄介になる」

「うん、ありがとう。じゃあボクも寝るね。おやすみ~」

「ああ」

 

 さくらを見送った後、寝具を用意してくれた客間へ向かった。

 

「ひろ......」

 

 だだ広い客間のド真ん中に一組の布団が敷かれていた。

 枕元に荷物を置いて電灯を切り横になる。

 

「......ふっかふっかだなっ」

 

 数ヵ月、いや数年振りの布団の魔力はすぐに俺を夢の世界へ連れていった。


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