D.C.Ⅱ.K.S 流離いの人形使い   作:ナナシの新人

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記憶 ~fragments of memory~

 最初に目に入ったのは、レンガ造りの街並み。現代の日本ではまず見られない景観だった。どうやら、ここは日本ではないらしい。

 おそらく欧米。それも古い街並みの建築物が残る地域に絞れば、ここが何処なのかを断定することも可能かも知れない(まあ、夢の世界だ。実在する場所かどうかも怪しいけどな)。

 しかしまた、あの夢だ――最初に見ていた少女の夢との繋がりを感じない夢。

 そして風景が一変した。

 それはまるでテレビのチャンネルが替わる様な一瞬の出来事(またか......で、何処だ? ここ)。初めは戸惑っていたが、流石にもう慣れた。前よりも冷静で観察を出来ている俺が居る。

 次に写し出されたのは散らかった部屋。本や紙束が無造作に散乱していた。

 だが、いわゆるゴミ屋敷という感じではなく、多忙で片付ける余裕がないといった様子の部屋に思える。

 俺は、その部屋の奥の机の前に居た。

 この部屋の(あるじ)は、何かしらの実験をしているのか、机の上にはアルコールランプが置かれ、試験管、三角フラスコ等の容器に様々な色の液体が色別に保管されている。

 その中でも一番俺の興味を引いたのは――薄紅色の花が咲く、一枝の桜。

 部屋の中にある異質な存在に手を伸ばすと、辺りが急に目の前が暗くなった。

 今度は屋外、場所と同時に昼から夜に変わったらしい。広場の中心に大きな桜の大木が姿を現した。

 俺が居た桜公園の奥に鎮座する、枯れない桜が咲き誇っている広場とは少し雰囲気が違って見える。

 この表現が合っているかは分からないが、この桜の木は、枯れない桜よりも()()。そんな感じがした。

 

 

           * * *

 

 

「......っ!?」

「気がついたみたいね。おはよ」

 

 俺は、枯れない桜の元へ戻ってきた。

 目の前には、夢を見る前に見た金髪で青い瞳の少女。見た目は俺と同じくらいかやや下に見える。腰まで伸びる長い髪の毛を大小二種類の黒いリボンでに結び、前にここで会ったさくらと同じ様な黒いマントを羽織っていた。

 その少女の凛とした顔立ちは、何処と無くさくらに似ている気がする。

 どうやら化け物の類いでは無いらしいが、それでも警戒しながら観察をしていると、少女は微笑みを絶やさず優しい声で言った。

 

「安心しなさい。あなたは病気じゃないわよ」

「......はあ?」

 

 少女は、俺に背を向けて枯れない桜の幹にそっと手を触れる。

 

「あなたが見ていた夢は――。桜が、キミだけに見せた記憶の欠片」

「記憶の、欠片?」

 

 桜が見せた記憶の欠片。

 俺にだけ見せたって、この桜に意思や思い出があるとでも云うのだろうか。

 

「この桜は、人の願いを叶える魔法の桜――」

「マジに本物なのか?」

「ええ、正真正銘、本物の魔法の桜よ。魔法は実在するわ。あなたの方術(ほうじゅつ)と同じ様にね、そうでしょ? 国崎(くにさき) 往人(ゆきと)くん」

「......っ!?」

 

 初対面であるにも関わらず、何故、俺の名前を知っている? それに法術(ほうじゅつ)についても......。

 俺が、この初音島で法術(ほうじゅつ)について話したのは、パーティの参加者とさくらだけだ。

 以前、義之(よしゆき)に見せてもらった魔法、さくらも少しだけ使えると言っていた。

 枯れない桜を背に立つ少女、さくらと似ている少女。

 この時、俺の頭の中で二つの可能性が浮かび上がった。

 

 一つは、魔法の力でさくらが成長した姿。

 二つ目は、未来のさくらが魔法で現代にやって来た。

 

 いや、どっちもあり得ないだろ(何を考えているんだ、俺は......)。けど、俺の名前と法術(ちから)を知っている。

 だとしたら、目の前のコイツは本当に――。

 

「......お前、()()()なのか?」

 

 馬鹿げた事を言っている。けど、俺の心とは裏腹に少女の表情(かお)は微笑みから、興味深そうな表情(かお)に変わった。

 

「ふ~ん」

 

 俺に近づき、横から覗いたりしてジロジロと観察を始めた。

 

「......何だよ?」

「結構いいカンしてる、て思っただけよ。これも方術(ほうじゅつ)の成せる技なのかしら?」

「知らん。......って、お前マジにさくらなのか?」

「ええ、まあ、その認識で間違ってはいないわ」

 

 さくらを自称する少女はそう答えた。けど、違和感を感じていた。さくらとコイツは、話し方や仕草、立ち振舞い、声、雰囲気の全てが違いすぎて別人と話しているようにしか思えないからだ。

 とりあえずさくらとの識別を兼ねて、コイツの事は『サクラ』と少し強めに呼ぶことにしておこう。

 

「で、なんか用か? 用があるから俺の前に姿を見せたんだろ?」

「......そうね。あなたに伝えておきたい事があるの」

「なんだ?」

 

 微笑みは真剣な表情に変わり、声も重みのある声色になった。

 

「覚めない夢は無いわ。いつか必ず目覚めの時を迎える。その時を、キミに見届けて欲しい。そして、願わくばあの子たちの支えになってあげて」

「意味わからん。何の話だよ」

 

 言葉の意味を理解できない。ただ、サクラが桜の魔法で未来から来たさくらだとしたら、これから何か重大なことが起こるという警告。いや、忠告に来たといったところだろうか。

 

「それは、私から話す事じゃないわ、当事者から聞いて......。いえ、違うわね、訊いてあげて。キミならきっと支えになれる」

「勝手に決めるなよ」

 

 そもそも当事者って誰だよ。

 

「いいじゃない、どうせ暇でしょ?」

「暇じゃない」

 

 いきなり失礼なヤツだ。俺だって忙しい。旅費を稼がなきゃならん。

 そうだ、焼きそば屋のオッサンに所場を借りてるんだった(完全に忘れてた......。今何時だ?)。早く戻らないと参拝客が疎らになる。

 

「今から商売をしなきゃならないんだ」

「人形劇だっけ?」

「ああ、そうだ。じゃあな」

 

 話を切り上げ、サクラに背を向けて颯爽と立ち去る。呼び止められると思ったが、

 

「ええ、いってらっしゃい。往人(ゆきと)くん」

「ん?」

 

 振り向くと、サクラは口元に人差し指を当てながら微笑んで「またね」言った。すると無風だった広場に突然突風が吹き桜の花びらが舞い視界を薄紅色に染めた。

 そして、風が止んだ時にはもう、サクラの姿は消えていた。

 まるで、最初から存在していなかったかの様に――。

 

「......どうなってんだよ」

 

 俺は、夢でも観ていたのだろうか。

 頭上で悠然と佇む桜を見上げると、美しく咲き誇る満開の桜が、妙に妖艶に感じた。

 

 

           * * *

 

 

「はぁ~......」

「兄ちゃん、そう落ち込むなって。ほら、焼きそば。オレの奢りだ」

「ああ、悪いな。ありがと......」

 

 出来立ての焼きそばとオッサンの優しさが冷えきった俺の心と身体を温め慰めてくれる。

 桜公園から神社に戻ってきた俺を待ち受けていたのは過酷な現実だった。

 約束通り、空き箱と屋台横のスペースを借りて人形劇を始めた。参拝者も多く、足を止めてくれる客もいたが、後が続かない。ちょっと見てはすぐに本殿へと行ってしまう。一瞬で客の心を掴んだはりまおの偉大さを改めて痛感した。

 

「温かいな......って、熱いわっ! ふぅ......」

 

 熱々の焼きそばを一先ず横に置いておいて、舞台上(ダンボール)で倒れ込んでいる人形(相棒)を立ち上がらせる。意識を飛ばしてひょこひょこと歩かせながら、俺はさっきの出来事を思い出していた。

 枯れない桜が俺にだけ見せる不可思議な夢。

 さくらを自称する謎の少女サクラは――夢は記憶の欠片――と言っていた。

 いったい誰の記憶なんだ(そもそも何の為に俺に見せる必要がある?)。俺の頭では、理解出来ない、意味不明だ。

 そして、一番重要なサクラのあの言葉『その時が来たら、あの子たちを支えてあげて』俺の知り合いが窮地に立つ。そんな事を予告しているのだろうか......考えても仕方ないな。結局の処、成るようにしか成らないんだから。

 

「うぉっ」

 

 目を閉じて大きく、深く、長いタメ息を吐くと、突然大きな歓声が上がった。何事かと思い顔を上げる。知らぬ間に大勢の人だかりが出来ていて、みんな俺に向けて大きな拍手をしていた。

 

「な、なんだ?」

「すげぇな、兄ちゃん!」

「いてっ!? いてぇーなっ!」

 

 焼きそば屋のオッサンは『さっきより、ぜんぜん凄かったぜ!』と笑いながらバシバシと俺の背中を何度も叩き。見物客は、一言二言人形劇の感想を言いながら次々とお代入れの箱に金を入れてく。

 そしてその箱は、あっという間にクリパに匹敵するんじゃないかと思うほどの大金で溢れかえった(ど、どうなってるんだ?)。はりまおの客寄せも無い、それに俺自身どんな劇を演技をしたかも覚えていない。

 俺は、訳も解らず大金の入った箱を持ってボーッと眺める事しか出来なかった。

 だが、それも少しの時間だ。俺は、ベンチで寒さで冷えてきった焼きそばを食べていた。

 

「冷えてても、うまいな」

 

 オッサンやるな。心の中で賛辞を送る(おっと、飲み物を買い忘れた)。焼きそばのパックと箸を置いて立ち上がろうとすると、目の前に買おうと思っていた缶コーヒーが現れた。顔を上げる。二人組の女子が居た。

 

「お疲れさまっ。ほいっ」

「人形劇、とても素晴らしかったですわ」

「お前ら、見てたのか」

 

 二人組は、まゆきとエリカだった。まゆきは缶コーヒーを、エリカは賛辞の言葉を贈ってくれた。

 

「サンキュ」

「ここ、いい?」

「ああ、好きにしてくれ」

 

 真ん中から一人分移動して二人が座れるスペースを作る。

 

「お邪魔するね」

「失礼します」

 

 二人は、ベンチに座るとさっそく話し出した。話題はもちろん人形劇についてだ。動きが可愛かった、本当に生きているみたい、と言ってくれたが、俺はどんな劇を演じたのかまったく覚えていない。

 とにかく礼の言葉で誤魔化す事しか出来なかった。

 

「あ、国崎(くにさき)くーんっ」

「ん? ああ、来たか」

 

 音姫(おとめ)たちが神社にやって来た。と、云うことは、つまり――。

 

「やっほ! 音姫(おとめ)

「あー、まゆき~。エリカちゃんも一緒なのね。明けましておめでとう」

「おめでとうございます。朝倉(あさくら)先輩、皆さんもおめでとうございます」

 

 各々と新年の挨拶をしてきた。気づかぬうちに新年を向かえていた、と言うことだ。「明けましておめでとうございます、と」俺も新年の挨拶を返す。

 そのまま全員で本堂へと向かう。

 その道中、義之(よしゆき)が隣に並んで訊いてきた。

 

「人形劇は、どうでしたか?」

「どうせダメだったに決まってるよ」

「お、おい。由夢(ゆめ)っ!」

「......ふんだ」

 

 義之(よしゆき)の横にいた由夢(ゆめ)は、嫌味を言うとプイッと不機嫌そうな様子で顔を背けた。

 

「すみません......、まだ怒ってるんですよ」

「あん? ああ、アレか」

 

 はりまおを探して炬燵(コタツ)布団を捲った事だろう。暗くて何も見えなかったけど、まあ俺にも落ち度が無いとは言い切れない。

 それに、由夢(ゆめ)を怒らせたままなのは正直得策じゃない(鬼だし)。今朝、義之(よしゆき)が受けた仕打ちを思い返すと、このまま機嫌を損ねたまま放置すれば、いったいどんな仕打ちを受ける事か。考えるだけで恐ろしい。

 

「何かとても失礼な事を考えていませんか?」

「......何も思ってないぞ」

 

 心まで読むのかよ......。

 問題解決へなかなか進展しない事を見かねた音姫(おとめ)が仲裁に入ってきた。

 

「もぅー。国崎(くにさき)くん、ちゃんと謝らなきゃダメだよ?」

「あ、ああ......。悪かった、この通りだ、許してくれ」

 

 手を合わせ謝罪の言葉と共に拝み倒す。

 

由夢(ゆめ)ちゃん」

「......わかったよ。今度からは気をつけてくださいね?」

「ああ、わかった」

 

 音姫(おとめ)の口添えもあり、とりあえず許してもらう事が出来た。

 人で溢れかえる参道を進み、賽銭箱の前に到着。初詣を済ませて来た道を帰る。

 

由夢(ゆめ)は、何も要らないのか? 詫びの意味を込めて奢ってやるぞ」

 

 みんな屋台で色々と買っていた。ここは一つ機嫌を取りに行くとする。

 

「いえ、特には」

「そっか」

 

 機嫌取り失敗。さてどうするか。

 

「でも、まだ信じられません」

「何が?」

国崎(くにさき)さんの人形劇が繁盛した事です」

 

 それは俺も信じられん。はりまお無しで大繁盛は想定外だった、と言うより若干諦めていた程だ。

 

「いったいどんな劇をしたんですか?」

「......さあな」

「何ですか? それ」

「必死だったんだよ。まあいいじゃないか、ほら綿あめが売ってるぞ」

 

 綿あめを奢って誤魔化す。しばらく食べ歩きをしてから神社を出て、桜公園の噴水前で一度立ち止まった。

 

「うおっほん! それではただいまより風見学園へ移動します。みなさん準備はいいですかー?」

 

 (わたる)が、全員(まゆき、エリカを含む)に訊く。乗り気の返事、乗り気じゃない返事の両方があったが気にせず話を続けた。

 

「では、元気よくまいりましょー!」

 

 (わたる)を先頭に風見学園へ向け歩き出した。ただ一人、俺を除いて。気がついた音姫(おとめ)由夢(ゆめ)が立ち止まった。

 

国崎(くにさき)くん、どうしたの?」

「俺はパス」

「ええーっ? ずるいよ~」

「人形劇で疲れたんだよ。それに肝試しはペアで行くんだろ? 俺が居なければちょうど偶数で別れられるじゃないか」

「そうだけど~」

 

 乗り気じゃない返事をした音姫(おとめ)は納得いかない様子。

 

「仕方ないよ、お姉ちゃん」

由夢(ゆめ)ちゃん......」

 

 由夢(ゆめ)が援護射撃をしてくれた、話が分かるな。

 

「その代わり――」

 

 前言撤回、矢は俺に刺さっていた。

 

「なんだよ?」

「明日一日、付き合ってください」

「............」

「嫌なら別に良いんですよ?」

 

 俺に選択肢は無かった。

 

「わかったよ」

「はい、じゃあ決まりですね。みんなには話しておきますので。お姉ちゃん、行こ」

「うぅ~......」

 

 由夢(ゆめ)は、恨めしそうな目の音姫(おとめ)の手を引いて先に行った集団を早足で追っていった。さて、俺は帰るか。

 疲れた言ったのは嘘じゃない。今日は、色々な事が有りすぎて限界に近かった。

 その証拠に家に着いて、すぐ深い眠りについた。


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