大晦日の夜。芳乃家の居間は、ただならぬ緊張感が漂っていた。
雀卓......ではなく、
現時刻は18時。つまり、これから新年までの六時間、どこの席に座るかまさに運命を決めるくじ引きだ。
そして遂に、くじを引く順番が回ってきた。
チラッと狙いの席に目をやってから、箱に手を入れる(どれだ? これか?)。右端の一枚を手にとる。いや......こっちか? これだっ!一度掴んだ紙を手放し別の紙を掴み、目を瞑って、ゆっくりと箱から腕を引き抜き四つ折りの紙を開く。記された数字を確認して席に腰を下ろした。
「納得いかねぇ!」
席順が決まり全員が
こいつの名前は――
帰宅して最初に
「もー、いきなり大声出さないでよ。
「そうよ、うるさいわ」
「何が不満なの?
「どうせ大した理由じゃないわ。聞くだけ無駄よ」
「うんうんだね~」
「ちょ、ちょっと二人ともー」
「お前らひでーなっ。優しいのは、
嬉しいのか、悲しいのか、目をうるうるさせている。そんな
「それで、結局何が不満なんだよ?」
「
バッと両手を広げた。その先には、
「ふむ、なるほどな」
「わかったのか?
「ああ。
「その通りだぜ!
「はっはっはっ。よせよせ照れるではないかっ」
しかし、
「言ってやってくれ、
「任せろ。つまり
なるほど、それは確かに納得いかない。食べたい料理をいちいち頼んで取ってもらうのは面倒だ。近い場所に居たいのは自然な発想だろう。
「おうっ! その通りだ......、ってちげーよっ!?」
「ん? 違ったか?」
「俺が、言ってるのは席についてだっ!」
料理の事じゃなかった。しかしベストポジションを確保しておきながら席に不満を持つとは贅沢な奴だ。
他の席はキッチン側と縁側の五人ずつで両隣に人がいる確率が高い。だが、下座は両隣に誰も居らず密着していない分スペースが広い。さらに干渉されずにゆっくりと食事ができかつ上座(普段さくらが座っているTV前)は無人のため正面のテレビを遮る物もない、正に食事を楽しむためのベストポジション。そこを引き当てておきながら、いったい何が不満なんだか。
「くじで決まった事を今さら言っても遅いわ。そもそも、これはあんたが言い出した事よ」
「そうだぞ、
「そ、そうだけどよー。ピンポイントで男に囲まれるのは想定してなかったんだよぉ~」
ついに涙を流し訴え出した。
席順は下座の
「
「やだよ」
間髪入れずに拒否された
「
「俺、個人としては構わんが」
「ダメよ」
「だそうだ。すまんなぁ」
これも失敗、
俺は、一度深く一呼吸をしてからあくまで冷静を装い、然り気無く、自然に名乗り出た。
「仕方ないな。俺が替わって――」
「ダメでーす」
「お、おい」
立ち上がろうとした俺の右腕を、ななかが掴んで阻止してきた。
ななかは、そのまま体重をかけて強引に俺を座らせる。結局、
「くぅー、うめぇ! ほら、
「もう十分食ってるよ」
「
「うむ、頂こう」
年越しパーティーが始まって数時間、文句を言っていた
かく言う俺も、そこそこ満喫している。唯一、誤算あると言えば、これだ。
「なんだこれはー! ど、どうなっているのだー!?」
「ほんと、スゴいよねぇ~」
俺の人形劇を初めて見る
「このお人形さん、どうやって動かしているんですか?」
「
「俺も興味がある」
「うぉっ!?」
いつの間にか、無人だった上座に
「す、
「はっはっはっ、細かい事は気にするな。して、どう言った技法を用いているのだ?」
「あ、ああ......。『
ななかと
「ほーじゅつ?」
「ああ、代々受け継いできた『力』だ。俺も母親からこの力を受け継いだ」
人形をくるりと右を向かせる。俺と向き合う形になった。
ご先祖様は、もっと色々出来たらしいが、俺が出来るのは物を動かす程度。この力を操る血は徐々に薄れてきてるし、どうやら俺には人を楽しませる才能もないらしい。この生業も俺の代で終わりだろう。人形への意識を切ると糸が切れた様に、ぱたっと力なく倒れこんだ。
「
「いや、なんでもない」
その様子を
「ふむ......。
「
「悪いな......、
「
「
「今だ!」
「ごっそさんでした!」
「あんた、覚えておきなさい。で、何? くだらない用件なら......」
「
「
「いや、そうではない。物体操作の手法の事だ」
「物体操作......」
「......記憶にないわ」
「そうか」
「その
「うむ。
「旅?」
そう言えば
「話しても?」
「ああ、別に構わない」
俺の旅の目的――空に居る翼を持つ少女を見つける手がかりになるのなら、それはむしろ大歓迎だ。
俺は、
「......
「ううん。私も聞いたことはないよ」
小さく首を横に振る
「なるほどね。で、
「何かしらの関係性があるのではないか、とだけ」
「ぶっちゃけ何も無いわけね」
「言い替えれば」
四人以外も各々話しをしているが、俺は妙な不可解さを感じていた。手から和菓子を出せる魔法を使える
「......嘘だと思わないのかよ」
ぼそっと溢れた俺の疑問を、
「確かに、非現実的でお伽噺みたいな話しですけど、俺は信じます」
「私も信じるよっ」
「まあ実際触れずにお人形も動いてますし」
「そうか。さて......」
「何処か行くんですか?」
「ああ、商売に行ってくる。そろそろ人が集まるだろ?」
「って
部屋を見渡す。謎の宇宙生物の姿が見当たらない。
「ちょっ! 何するんですかっ」
「く、
「
「なっ!?」
「ぱ、ぱん......」
頬を赤く染める姉妹なんてどうでもいい。今は、はりまおだ。客寄せのアイツが居なければ商売もクソもない、死活問題。
「えっと、はりまおなら、夕方にさくらさんと一緒に出掛けましたよ」
「マジか?」
「はい、
神社へ下見に行っていた時か、(しくじった......)。予めさくらに伝えておけばよかったと後悔。だが、行かない訳にはいかない。
「......行ってくる」
「あ、はい。俺たちも、あと行きますんで」
「ああ......」
生返事を返して、上着を羽織り外に出る。刺すような寒さが沈んだ気持ちに更に落としに来る。夜空を見上げると、雲一つない黒いキャンバスに星が煌めいていた。
「さむ......」
漏れた言葉と白い息。大きなため息を一つついて神社へ向けて歩き出した。
神社に着いてすぐ、人形劇が出来るスペースを探して回る。鳥居から社殿へ続く参道は既に屋台で埋まっていた。
「無いな......、仕方ない」
踵を返して来た道を戻っていると、鳥居横の焼きそばの屋台の近くで、大きな物音と共に積まれたダンボール箱が崩れ落ちた。
慌てた様子で店主のオッサンが散乱した袋めんの片付けに向かう。野次馬が集まって来た。
「手伝うよ」
「すまねぇーな、兄ちゃん」
どうせやることもない。俺と同じく手伝いを申し出た何人かと、散らばった袋めんをダンボールに摘め直して倒れない様に屋台の裏に積んでいく(ん、あれは......)。崩れた原因は、下に積んだ空のダンボール箱が重みでバランス崩したんだろう。
「助かったぜ、あんがとな。何か礼を......」
「いや、いい。それより、後でこの箱一つ貰っていいか? それと隣の空き地も使わせてもらいたいんだが」
「ああ、構わねぇけど、どうすんだ?」
「ちょっとな」
約束を取り付けてから屋台を離れ、桜公園へと向かった。
* * *
公園内に人の気配はしない。
それでも俺は、何かに導かれる様にさくらと初めて出会った、あの枯れない桜の木の下へ歩みを進めていた。街灯のない道を行き、どんどん桜公園の奥へと向かう。
片付けを手伝っていた時、金色の髪の毛が視界に入った。金髪の知り合いは他にもいる、だけど、あれはさくらだと直感的に感じた。
「さくら!」
枯れない桜の木がそびえ立つ広場に到着して声を掛けたが、さくらは姿を見せない。周りを探しながら枯れない桜の木の下まで来た。
前にさくらが座っていた根元にも誰も居ない。
桜を見上げる。
月明かりに照らされて、淡い桃色の花びら舞っていた。
それは、まるで雪のようで――。
このまま降り積もれば、俺の身体を覆ってしまうのではないのかと思える程の桜の花びら――。
「はぁ......」
うつむいてから息を吐く(気のせいだったか......)。顔を上げて振り返る。神社へ向けて数歩、歩みを進めた時だった。
「こんばんは」
「っ!?」
後ろから声を掛けられた。女の声。
あり得ない、根元にも周りにも人影はなかったんだ。誰も居るハズが無い。
最初のくじ引きとは比べものにならない程の緊張感。そして未知への恐怖からなのか、やけに汗が冷たく感じる。
俺は、警戒しながらゆっくりと振り返った。
そこには、輝くような綺麗な金色の髪の少女が優しい微笑みを浮かべて立っていた。