D.C.Ⅱ.K.S 流離いの人形使い   作:ナナシの新人

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鬼 ~yume~

「ええ~っ!?」

 

 年の瀬が近づく30日の夕食時、突然、音姫(おとめ)由夢(ゆめ)が大声を上げた。原因はもちろん、義之(よしゆき)にあることは今さら言うまでもない。

 

「よ、夜中に初詣~!?」

「そ、その後に肝試し~!?」

 

 姉妹の表情(かお)に暗雲がかかりズイッと、義之(よしゆき)に詰め寄る。

 

「な、なんでしょうか......?」

 

 鬼気迫る二人の迫力に負けたのか、義之(よしゆき)は敬語になっている。

 

「夜中に初詣に繰り出すなんて、不良です!」

「しかもその後に肝試しなんて、危険にもほどがあるよ!」

「ふ、不良? な、なにが危険なんでしょうか?」

 

 姉妹は、たじたじの義之(よしゆき)をチラチラ見ながら、青春がどうのこうのこそこそ話し合い、やがて彼女たちの間で最終的な結論が出た。

 

「はんたいっ、はんた~いっ!」

 

 わかりきっていた結論に俺は構うこと無く、箸を進める。相変わらず、美味い。音姫(おとめ)の作る料理は、どれも絶品。

 

「なにゆえに?」

「夜中に肝試しなんてしたら蛇が出るよ。おへそ取られるよっ!」

「いや、それはなんか、子供だましのネタが色々混ざってるから......」

 

 義之(よしゆき)の突っ込みは完全に無視され、由夢(ゆめ)が続けてたたみ掛ける。

 

「不良です、不潔です、大人の階段登り過ぎです!」

「ただ、みんなで初詣に行くことの何が不潔なんだよ?」

「そ、それは......」

 

 由夢(ゆめ)は、視線をそらした。そして、顔をうっすら赤く染めて眉を吊り上げる。

 

「と、とにかく不潔なんですっ! 兄さんのバカ、エッチ、変態、赤痢(せきり)!」

「いや、意味わからんし。それから俺は、赤痢(せきり)じゃないぞ」

 

 一番どうでもいいところを否定した。前の三つは認めるんだな。何てどうでもいいことを思いながら箸を進めていると、茶碗がいつの間にか空になっていた。

 

「とにかく、弟くんと一緒にいられない大晦日なんて、そんなの大晦日じゃないのよー。お餅の入ってないお雑煮みたいなものなのー」

 

 泣き落としに入る、音姫(おとめ)。話しは、まだまだこじれそうだ。炬燵(コタツ)を出て、隣の台所へ向かう。茶碗に米を追加して居間に戻ると一転、姉妹は笑顔になっていた。

 

「じゃあ、年越し蕎麦も兼ねた晩ご飯をみんなで食べるって言うのはどうかしら?」

「あ、それいいね。ここで飯食って、みんなで一緒に初詣」

「うんうんっ!」

「賑やかになるね」

 

 話の内容がいまいちわからないが、音姫(おとめ)由夢(ゆめ)にとっては喜ばしい決着を見たらしい。座り直してから、経緯を訊ねる。

 

「何の話だ?」

(あんず)たちを(うち)に呼んで、みんなで初詣に行こうって話しです」

国崎(くにさき)くんも良いよね?」

「お前らが良いなら良いんじゃないか」

 

 反対する理由もないし、そもそも居候の俺には何の権限もない。再び箸を進める。

 

「わー、急に大変だー。なに作ろうかなぁ~?」

「俺も手伝うよ」

「私は、商店街でジュースとか買ってくるね。国崎(くにさき)さん、手伝ってもらえますか?」

「美味い。ん? ああ、別にいいけど」

「ありがとうございます」

 

 明日の大晦日の晩飯の事で盛り上がっていると、居間の襖が開いて、さくらが帰ってきた。頭には、はりまおが乗っている。

 

「ただいまー。どうしたの? すごい盛り上がってる~」

「お帰りなさい、さくらさん」

「お帰りなさーい」

「お帰り」

 

 三人が挨拶をするとほぼ同時に、はりまおはさくらの頭を飛び降り、俺の膝の上に乗っかってきた。

 

「なんだよ?」

「あん!」

「にゃははっ! はりまおは、往人(ゆきと)くんの膝がお気に入りなんだよ~」

 

 どうやら妙なのに好かれてしまったらしい。音姫(おとめ)が、さくらの分の夕飯を用意している間に、義之(よしゆき)は大晦日に予定していることを家主のさくらに話した。

 

「へぇー、そうなんだ、楽しそうだね。でも、あんまりはしゃぎ過ぎて怪我とかしないようにね?」

「大丈夫です、私がついてますからっ」

 

 おぼんを持って戻ってきた音姫(おとめ)が胸を張って言うと、さくらはやや意地悪な笑みを浮かべる。

 

「そう言ってる音姫(おとめ)ちゃんが、一番危ないんだよねー」

「え、うそー?」

「さすが、さくらさんです。よくわかってますね」

「あっはっは!」

 

 由夢(ゆめ)が乗っかり、義之(よしゆき)が笑う。さくらが帰って来た途端に騒がしい夕食になった。

 

         * * *

 

 翌朝、つまり大晦日の午前中。

 

「あ、あとこれもっ!」

 

 重い物(ペットボトル)を次々と買い物カゴへ投入していく由夢(ゆめ)と、そのカゴを持つ無言の義之(よしゆき)

 俺は今、朝倉姉妹と義之(よしゆき)と共に夕飯の食材を調達するため、商店街のスーパーに来ている。当初の予定では、俺と由夢(ゆめ)の二人での買い物予定だったのだが、義之(よしゆき)の話しで予定が変わった。

 夕食には、雪月花(せつげっか)杉並(すぎなみ)の他にも数人が来客するらしく、用意していた食材では全然足らない。まあ、そんな理由(わけ)で人手が必要になった。

 

国崎(くにさき)くん、あれ、取ってもらえるかな?」

「これでいいか?」

 

 腕を伸ばして、商品棚の一番高い棚にある調味料を取って、音姫(おとめ)に見せる。

 

「うん、ありがとー。じゃあ、次は~っと」

 

 商品をカゴに入れてショッピングカートを引く。その様子を義之(よしゆき)が羨ましそうな瞳で見つめている気がするが、気にしないでおこう。

 

「あの~、由夢(ゆめ)さま?」

「なんですか」

「私めも、カートを......」

「却下。私、入り口で持っていこうって言ったのに、()()()()要らないって言ったんですよ」

「あの時は、こんな大荷物になるなんて......」

 

 義之(よしゆき)の懇願は無情にも一蹴された。だが確かに、由夢(ゆめ)は言っていた。

 

『あれ? 兄さん、カート持っていかないの?』

『ああ、けっこう混んでるし、邪魔になりそうだから。それに、どうせ菓子とジュースだけだろ』

『私は、絶対持ってった方がいいと思うよ?』

『大丈夫だって。ほら、さっさと済ませようぜ』

『どうなっても知らないんだから』

 

 確か、こんな感じだった。忠告を聞き入れなかった義之(よしゆき)の自業自得と言えばそれまでだが、カゴの方は冗談じゃなくなり始めている。何本ものジュースのペットボトルの重みで持ち手の部分がしなっている。

 

「もー。由夢(ゆめ)ちゃん、いじわる言わないの」

「だって、兄さんがー」

「カゴが壊れちゃったら、お店に迷惑が掛かるでしょ?」

「......はーい」

「た、助かった......」

 

 音姫(おとめ)に諭され、渋々認めた由夢(ゆめ)とは対称的に安堵の表情(かお)義之(よしゆき)。入り口にあるショッピングカートを義之(よしゆき)が持って戻ってくるのを待つ間に、他の客の邪魔にならないように床の隅に置いてあるカゴを試しに持つと、見た目以上の重さが腕に掛かった。

 

「おもっ!」

 

 元の場所に戻してからカートのカゴと持ち比べてみると、カゴの商品の数は義之(よしゆき)の持っていたのと倍近いが重さは半分ほどに感じた。義之(よしゆき)の自業自得とはいえ、由夢(ゆめ)のやつ......。

 

「ありゃ、音姫(おとめ)?」

「あっ、まゆき~」

 

 買い物カゴを下げた、まゆきが登場。由夢(ゆめ)はかしこまって挨拶した。俺も続く。

 

「おはようございます。高坂(こうさか)先輩」

「よう」

「うん、おはよ。妹くん、国崎(くにさき)くん。音姫(おとめ)たちも買い物?」

「うん、そうだよ。今夜、弟くんのお家でパーティーなのっ」

 

 音姫(おとめ)は、今夜の予定を自慢するように嬉々として話し出した。

 

「へぇー、そりゃ楽しそうだねぇ」

「うんっ」

 

 話しをしている間、音姫(おとめ)は笑顔だったが、会話の中で杉並(すぎなみ)も来ることを知り、まゆきの眼光が鋭くなった気がする。クリパの一件、更には数多くの前科も相まっての事なのだろう。

 

「あっ、そうだ。まゆきも一緒にどう?」

「いいねっ。って言いたいんだけど、もう年越しの準備が済んじゃってるんだよね」

「そっかぁ、残念」

「けど、私も二年参りに行くから、神社で逢えるかも。じゃ、行くね」

「うん、またね」

 

 まゆきは、急ぎ足でレジの方へ向かって行った。それから間も無く、義之(よしゆき)がショッピングカートを持って戻ってきた。買い物の続きを済ませ、芳乃家へ帰宅。帰宅早々、音姫(おとめ)義之(よしゆき)は夜の仕込みを始めた。特に手伝う事もない俺は、コートを羽織り下見へ行くことに。

 

「どこに行くんですか?」

「ん?」

 

 玄関で靴を履いていると、後ろから由夢(ゆめ)に声を掛けられた。

 

「下見に行くんだよ」

「下見? ああ、神社ですか。案内しますよ」

 

 芳乃家を出て、まずは桜公園を目指す。由夢(ゆめ)よると、水越病院と同様に桜公園の中を通る方が近道らしい。そしてその言葉通り、桜公園に入ってほどなく胡ノ宮神社に到着。紅い大鳥居の先、境内へと続く参道では多くの出店の準備が進められていた。

 

「結構な数の屋台が出るんだな」

「そうですね」

 

 今準備を進めている屋台の全部が、俺の商売敵になるわけだ。暖簾を見た感じ食べ物系の露店ばかりで、出し物系が無いのが唯一救い。

 

「商売繁盛の祈願でもしたらどうですか?」

 

 神頼みか。ポケットをまさぐる。お誂え向きに五円玉があった。参道を進んで賽銭箱に小銭を投げ入れて手を合わせる。

 ――カネ、カネ、カネ......よし、頼むぞ。

 願掛けを終えて目を開けると、俺は見知らぬ場所に立っていた。

 

 

           * * *

 

 

 辺りを見回してみる。豪華な作りのホテルのロビーのみたいだ。前に高台で見た夢と同じ服を着た男女が大勢いた。

 どうやら、俺はまた夢を見ているらしい。またかとうんざり。初音島に着てから度々訪れる意味不明の現象。俺は、何か奇病にでも掛かっているのだろうか。今度、舞佳(まいか)に良い心療科の医師でも紹介してもらうか本気で考えそうになった。

 そんな事を思っていると、周囲のざわつきが大きくなっていた。

 騒ぎの理由を知るべく耳を傾けると、思わず耳を疑ってしまった。このホテルにテロリストが爆弾を仕掛けたと騒ぎになっている。近くにいる長い銀髪の少女に詳しく訊ねる。

 

『どういう状況なんだ? それより、ここは何処だ?』

 

 少女は返事をしない。無視というより、まるで俺が見えていない様な反応の無さ。

 

『おい、こら』

 

 触れようと手を伸ばす。すると俺の右手は少女の身体をすり抜けた。少し驚いたが、まあ夢だ。俺には、このままあるがままに身を委ねるほかない。

 そして――思った通り、場面が切り替わった。

 今度は部屋。おそらくホテルの一室だろう。シングルベッドにもたれ掛かる様にして、男子生徒がヘンテコな壺を持って眠っている。近くで、ツインテールの女生徒とショートカットの女生徒が心配そうに男子を見ていた。

 ショートカットの方は見覚えがある様な気がしたが、思い出す前に再び場面が切り替わった。

 今度は、広いホール。図書館だろうか、四方八方見渡す限り数え切れない程の本がところ狭しと並んでいた。とりあえず、歩いて見て回る。歩きながら目を向けた本棚には、小難しい題名――というより全部英語のタイトルで意味不明。そのまま奥に進むと、ホテルで眠っていた男子が難しそうな表情(かお)で本を読んでいた。

 

『何を読んでるんだ?』

 

 どうせ反応は無いだろうが声を掛けた。

 すると驚く事に男子は振り向いた。その瞬間――。

 

 

           * * *

 

 

国崎(くにさき)さんっ!」

 

 隣を見ると、由夢(ゆめ)が覗き込む様に俺を見ていた。

 

「どうした?」

「どうした? じゃないですっ。さっきから呼んでるのに、目を閉じたまま全然返事しないんですもんっ」

「ああ、そうか、悪い。......帰るか」

 

 一呼吸おいてから、踵を返して参道を戻る。

 

「何を真剣にお願いしていたんですか?」

「ん? ああ、カネ」

 

 冷めた目で見られた。

 

「お前は、何を願ったんだよ?」

「え? 教えませんよ。言ったら叶わないって言うじゃないですか」

「お前なぁ」

 

 人には話させておいて、自分は言わないのかよ。しかも、この流れだと俺の願い叶わないって事じゃないか。義之(よしゆき)への仕打ちの時も思ったけど、由夢(ゆめ)のやつ、鬼だな。

 彼女の機嫌を損ねない様にしようと密かに誓った大晦日の午後になった。

 

「そうだ、帰りにコンビ二へ寄ってもいいですか? 紙コップを買うの忘れてました」

「ああ、好きにしてくれ」

 

 コンビ二に寄ってから帰宅。玄関には、既に何人かの靴ある。

 そして――全員が集まり午後六時。新年を迎えるパーティーが始まった。


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