D.C.Ⅱ.K.S 流離いの人形使い   作:ナナシの新人

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天使 ~wing human~

 枕元の目覚まし時計を見る。

 これが、習慣というやつなのだろうか。まだ一週間も経っていないのに、いつも起きる時間に自然と意識が覚醒した。クリパ後夜祭の今日は自由にしていいと、上司の舞佳(まいか)から許可をもらっている。思えばこの一週間、休まることを知らず激動の日々を過ごしてきた。

 舞佳(まいか)の好意に甘えて今日は、有意義に過ごすことを決めた俺は布団から起きることなく、毛布にくるまったまま再びまぶたを閉じた。もはや、俺の睡眠を邪魔する物は何もない。そう思っていると、襖が開く音と足音が聞こえた。段々と近づいてくる不穏な足音。やがて、ピタリと止まり、代わりに何かに体を揺さぶられた。

 

国崎(くにさき)さん、起きてください」

 

 この声は、由夢(ゆめ)。目を閉じたたまま返事を返す。

 

「今日は、休みなんだ」

「何兄さんみたいなこと言ってるんですか? 早く起きてください」

 

 若干、不機嫌そうな声色に変わった。そういえば、昨日話すのを忘れていた。睡魔も相まって説明するのも面倒、無視を決め込む。

 

「もー、兄さんといい、まったく......!」

 

 ぶつぶつと文句が聞こえ、タメ息をついた由夢(ゆめ)は、やや緊張感のある声で言った。

 

「素直に起きないと、朝倉家伝統の起こし方をしますよ。えっと~、さくらさんの部屋に行けば、辞書あるかなー?」

 

 辞書という言葉に何故か本能的に危険を察知、素早く布団から顔を出す。由夢(ゆめ)は、つまらないといいたげな表情(かお)をしていた。いったいどんな起こし方をする気だったのか疑問は残るが、起きてしまったものは仕方ない。体を起こして、洗面所で顔を洗って居間に入り、いつもと同じポジションに腰を降ろし、炬燵(コタツ)に足を突っ込む。テレビのニュース番組は、連日多発している事故についての特集が組まれていた。

 

「事故が多いみたいだな。頻繁に起こるのか?」

「いいえ、普段はあまり。でも、最近ちょっと多い気がします」

 

「ま、師走ですから」と、由夢(ゆめ)は答えた。確かに年末となれば何かと忙しいのかも知れない。毎年この時期は、客足が遠退く時期だった。

 

由夢(ゆめ)ちゃんも、国崎(くにさき)くんも、気を付けなきゃダメだよ?」

 

 おぼんを持った音姫(おとめ)は真面目な表情(かお)で、俺たちに注意を促した。昨日、自転車にぶつけられそうになったのを思い出す。一見しっかりしている様に見えるが、音姫(おとめ)が一番危なそうに見えるのは俺だけだろうか。

 残りの料理を運びに音姫(おとめ)はキッチンへ戻り、由夢(ゆめ)も手伝いで付いていった。

 ほぼ同時に、白い謎の宇宙生物はりまおが、姉妹と入れ替わるようにして居間に入ってきた。はりまおは、テーブルの上で湯気を立てる朝飯の匂いに釣られたのか、炬燵(コタツ)テーブルに前足をついて、取れそうなほど尻尾をブンブンと左右に振り回している。

 

「さくらは、どうした? まだ寝てるのか」

「あお? あんっあんっ」

 

 首らしき場所を動かして、顔だけを俺に向けて鳴いた。

 

「ふむふむ。今日は、朝から会議でもう学校へ行っているのか。って、何で俺たち普通に会話してるんだ?」

「あん?」

 

 不思議そうに首を傾げる、はりまお。何故だか、妙に考えが分かる様になった。やはりコイツ(はりまお)は、ただの犬じゃない気がする。そもそも存在が謎過ぎるしな。三人と一匹で朝飯を食べながら、ふと昨日の朝の事を思い出し音姫(おとめ)に訊ねる。

 

「サンタは来たか?」

「むぅ~、国崎(くにさき)くんのいじわる~」

 

 少し頬を薄紅色に染めて、恥ずかしそうに目を背けた。どうやら、クリスマスにプレゼントを配ってまわる物好きな爺さんは来なかったらしい。

 

「私の所には来たよ」

「えっ? ほんと?」

 

 由夢(ゆめ)が、サンタが来たと言い出した。

 

「赤じゃなくて、白だったけど」

「白?」

 

 白と聞いて、音姫(おとめ)は首を傾げた。しかし白いサンタってのは初耳だ。俺の中では、赤のイメージが強い。

 

「それで何を貰ったの?」

「フラワーズのプリンだよ」

 

 フラワーズって、それ俺じゃないか。白って白衣の事かよ。フラワーズは、昨日見舞いのプリンを買った商店街の洋菓子店。正式には、ケーキ・ビフォア・フラワーズ。訳すると、花より団子。先日、由夢(ゆめ)と行った桜公園内の和菓子店『花より団子』と関係があるかは不明だが、店内のカフェスペースも完備されていることから、風見学園の生徒もよく利用しているみたいだ。

 方向が真逆、和菓子と洋菓子と云うことで棲み分けが出来ているらしい。

 

「いいな~」

「お姉ちゃんも、お願いしたらきっとくれるよ。今日はクリスマスだし」

 

 由夢(ゆめ)は、チラッと俺を見てから音姫(おとめ)に視線を戻した。

 

「そうかな?」

「そうだよ。ですよね、国崎(くにさき)さん?」

「俺に振るなよ......」

 

 玄関まで二人を見送り居間の炬燵(コタツ)に戻る。お茶を啜りながらテレビを見ていると義之(よしゆき)が入ってきた。

 

「おはようございます」

「ああ、おはよ。遅いな」

小恋(ここ)が休みだから、人形劇が出来ないんですよ」

「ああ、そうか」

 

 昨日は、音姫(おとめ)が居たから事なきを得たが、流石に二日連続は無理なのだろう。

 

国崎(くにさき)さんは、行かなくていいんですか? 今からじゃ、走ってギリギリですけど」

 

 ラップされていた朝食を食べながら訊いてきた。

 

「今日は休みなんだ。好きにしていいっていわれてる」

「そうですか、じゃあ俺は行きますね」

「ああ」

 

 義之(よしゆき)は、席を立って食器を片付けにキッチンへ向かった。居なくなってすぐ、テーブルに置かれた携帯の着信音が流れた。

 

義之(よしゆき)、電話だ」

「あ、はいっ。今行きます」

 

 濡れた手をタオルで拭きながら、急ぎ足で戻って来た。画面を見た義之(よしゆき)の顔が歪む。

 

杉並(すぎなみ)......。はい、もしもし」

 

 テレビに目を戻すと、さっき見たのとは違う別の事故のニュースが流れたいた。幸いにも死者は出ていないが一日に二件。冗談じゃなく注意した方がいいのかも知れない。

 

国崎(くにさき)さん」

「あん?」

杉並(すぎなみ)が来てほしいそうです。例の件で話があるとか」

 

 翼を持つ少女、か。

 

「わかった。先に行っててくれ、着替えてから行く」

「いえ、図書室で話すそうなんで案内しますよ。どうせ暇だし」

 

 客間に戻って着替える。(学校だし、白衣でいいか)。何時もの服に着替えて、俺たちは玄関で合流して風見学園へと向かった。

 風見学園に到着。やはり後夜祭、本番(きのう)と比べると人も活気も段違いだった。

 いつもの昇降口前で別れ、中庭で待ち合わせ、杉並(すぎなみ)が指定した図書室に案内してもらい、横開きの扉をスライドさせて室内に入る。

 

「居ませんね」

「ああ」

 

 まだ来ていないのか、ぱっと見図書室に人影は見当たらない。

 

「待っていた」

「うおっ!?」

 

 突然死角から聞こえた声に驚いた義之(よしゆき)は声を上げる。見ると、杉並(すぎなみ)が気配を殺し、入り口付近の壁に腕を組んで背中を預けていた。

 

「居るなら返事しろよっ」

「はっはっはっ。こんな事では暗殺を回避できんな、常に警戒を怠らぬ事だぞ? 桜内(さくらい)

「誰に狙われてるんだよ、俺は.....」

 

 呆れた表情(かお)をしてタメ息をつく義之(よしゆき)。正直、そんなことどうでもいい。早速、杉並(すぎなみ)に訊いた。

 

「で、何がわかったんだ?」

「うむ。こちらで説明する」

 

 図書室の一番奥、入り口からも見えない四人掛けのテーブルに案内され、杉並(すぎなみ)の正面に座ると話し始めた。

 

「古来、神の使いと云われた者がいた。今は仮に天使(てんし)と呼ぼう」

 

 言い得て妙だが、翼を持つ人型の生物。天使という名称はうってつけだ。

 杉並(すぎなみ)は、テーブルに積まれた書籍を捲り俺に見える様にして開いて置く。小難しい文字の羅列がページいっぱいにびっしりと記されていた。

 

唐天竺(からてんじく)では鳳翼(ほうよく)を呼び。異名を風司(ふうじ)、古き名では空真理(くまり)と云われ。飢饉(ききん)や疫病に臨んでは、その霊力をもって加持祈祷(かじきとう)を成し、神々と直接語らう事の出来る存在、という話だ」

「俺は、お前が何を言ってるのかさっぱり分からん」

「俺も......」

 

 義之(よしゆき)も俺と同じく理解出来なかったらしい。杉並(すぎなみ)の言葉は、小難しい言葉の羅列でぶっちゃけ意味不明だった。

 

「ふむ。簡単に言うのなら、常人では有り得ない不思議な力を有し人々を導いていた存在。と言ったところだ」

「それはつまり......」

 

 魔法使いの義之(よしゆき)を横目で見る。目があった。まあ、俺もか。

 

「魔法使いの様なもんか?」

「まあ、その認識でもよかろう。日本では祈祷師(きとうし)(まじな)い師などともいうがな。聖徳太子や卑弥呼が分かりやすい例だ」

 

 杉並(すぎなみ)は歴史上の人物を例に上げ、義之(よしゆき)の意見を補足した。しかし、どちらにせよ、よくある子ども騙しの胡散臭い昔話だ。翼を持つ少女(天使)とは今のところ関係性を感じない。

 

「で、それが?」

「まあそう焦るな、ここからが本題だ」

 

 焦らす様に、にやっと口角少し上げる。

 

「その存在――天使の姿は、肌は天鵞絨(びろうど)、瞳は瑪瑙(めのう)、涙は金剛石(こんごうせき)と謳われ。そして、その背にはこの世のものとは思えぬ白く美しい翼」

「翼!?」

「これだ」

 

 杉並(すぎなみ)は、別の書籍の付箋の貼られたページを開いて見せた。そこに書かれていたのは古い壁画。

 人の形をした者の背中から何かが延びている様に見える。

 

「正確な時代は分からないが、おそらく1000年以上前に書かれた絵と推察されている。そして、これが文献を元に我々非公式新聞部の精鋭が再現した画像だ」

「こ、これは――」

 

 杉並(すぎなみ)のスマホの画面を見た義之(よしゆき)が絶句している。(何だ?)。固まっている義之(よしゆき)の肩越しに画面を覗き込む。

 緑色(びろうど)の不健康そうな顔色をした怪物が写しだされてた。さっき聞いた天使の特徴を忠実に再現している。

 

「って、化け物じゃないかっ!?」

「そう褒めるな、照れるではないか」

「いや、褒めてないからな?」

「まあ、これは比喩を再現した物だ。こっちが本命だ」

 

 画面をスライド操作すると別の画像に切り替わった。正しく翼を持つ人間だ。

 

「見た目は普通だな」

「ですね。普通の人の背中に翼があるって感じ」

「だが所詮これも憶測に過ぎん。実際はどんな人物だったのか......皆目見当もつかん」

 

 杉並(すぎなみ)は、腕を組み仕切り直して言う。

 

「さて、この天使の記述だが......。資料は少ないものの全国各地に伝承として残っている事が判明した。地域によって様々だが多くはこう呼ばれている――『翼人(よくじん)伝説』と」

 

 パンッと外で大きな破裂音の様なものが響いた。義之(よしゆき)は、窓際へ駆け寄り外見た。

 

「煙だっ!」

「何?」

「うむ......」

 

 席を立ち外を見る。校門へ続く道の露店から煙が上がっていた。野次馬も集まって来ている。

 

杉並(すぎなみ)ッ?」

「さすがは桜内(さくらい)――と言いたいところだが、今日は何も企画していない。そもそもこんな不粋なマネはしない。俺ならもっとスマートに行う」

「......たしかに......」

 

 昨晩の打ち上げ花火の様な暗躍はするが、実被害が出るような事はしないって事か。

 

「とりあえず行ってくる」

「あっ、俺も行きます」

 

 図書室を出て現場へ向かう。校舎の外に出てるとすぐに見知った顔を見つけた。

 腕に生徒会の腕章を着けて野次馬の整理をしている音姫(おとめ)だ。状況を知るため人だかりを掻き分け彼女の元へ。

 

音姉(おとねえ)!」

「弟くんっ。あれ? 国崎(くにさき)くん?」

「何があったの? 音姉(おとねえ)

「露店のガスボンベが破裂したんだよ」

 

 答えたのは音姫(おとめ)ではなく、ショートカットの女生徒――まゆき。

 

「ケガ人は?」

「こっち、着いてきて。弟くん、音姫(おとめ)を手伝ってあげて」

「はい」

 

 まゆきの後をついて生徒会のバリケートを越えた先の現場の露店前までやってきた。初期消火が早かったのか、被害は見た感じ暖簾(のれん)の一部が燃えただけの様だ。

 ケガ人は現場近くにいた女生徒と、消火を行った教師。幸いにも切り傷程度の軽いケガをしただけでさほど大事には至らなかったのが救いだった。

 

「お疲れさま」

「ああ。それで事故原因はなんだったんだ?」

「それが......」

「よく分からないのよ」

 

 音姫(おとめ)、まゆき、義之(よしゆき)と食堂で昼飯を囲みながら訊いたが、事故原因は不明。

 当時、店は無人。火も使っていなかった事が確認されている。ガスボンベはクリパに合わせて新調した物で使い回しではないらしい。

 

「にしても――。最近、こんなのばっかだね」

「ほんとね......。気をつけなくちゃダメだよ? 弟くん」

 

 テレビでも事故が多いと報道されていたが、実際身近で起きると緊張感が違う。(けどな~......)。

 

「でも、先生も大塚(おおつか)さんもたいしたケガじゃなくてよかったね」

「あの子って弟くんと同じ学年だよね」

「はい、隣のクラスです」

 

 名前は、大塚(おおつか) あゆ。今回のミスコンで準優勝した。因みに優勝は白河(しらかわ) ななか。結局出たんだな、あいつ。

 ケガ人(大塚(おおつか))の手当てをしている時、野次馬から彼女への同情言葉が多く聞こえてきたが、明らかに違う感情の籠った言葉も聞こえた。

 それは――大塚(おおつか)への嫉妬の様なもんだった。ミスコンで準優勝する位の容姿だ、同性から妬まれる事もあるんだろう。

 音姫(おとめ)たちは、そのまま最近の事故や事件の話しから、明日から始まる冬休みの話しに話題を変えて話し始めたが、俺はずっと別の事を考えていた。

 杉並(すぎなみ)が調べてくれた『翼人(よくじん)伝説』。

 

 この『翼人(よくじん)』と言う言葉が、どうにも頭から離れなかった。


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