D.C.Ⅱ.K.S 流離いの人形使い   作:ナナシの新人

14 / 40
聖夜 ~white X'mas~

 高熱で倒れた小恋(ここ)を背中に担いで、職員用の玄関から校舎を出て、横付けされている車の後部座席に負担がかからないように、ゆっくりと横にして寝かせて、タオルケットをかける。

 

「じゃあ、あとのことよろしくね」

「ああ、わかった」

 

 遡ること数分前。小恋(ここ)を保健室に連れていくと、症状を見た舞佳(まいか)はすぐに、病院へ運ぶ判断を下した。学園の敷地で出た車が水越病院へ向かうのを見送り、無人の保健室へ戻る。

 いつも舞佳(まいか)が座っている椅子に腰掛けて、いつ患者が来てもいいように、救急道具を確認して備えておく。

 

「よし、もういいぞ」

「ありがとうございましたー」

「浮かれすぎるなよ」

「はーい」

 

 他校の女子生徒(廊下を走って転んだ)は間延びした返事をして、保健室の外で待っていた女子生徒と歩いていった。ったく、ほんとわかってるのかよ。お祭り気分で浮かれるのは解るが、ケガして苦労するのは、俺だ。あと、本人も痛いだろう。

 

「フゥ......」

 

 タメ息を一つ付いて、背中を預ける形で背もたれ付きの椅子に座る。ふと、室内の壁にある掛け時計を見ると、義之(よしゆき)の教室を出てから三十分程が経過していた。人形劇の方はそろそろ、終盤に差し掛かる頃だろう。音姫(おとめ)は上手く演じられているだろうか。いや、心配する必要はないな。義之(よしゆき)よりも、音姫(おとめ)の方が真剣に劇の練習をしていたんだから。

 

「たのもーっ」

「ん?」

 

 時代錯誤の掛け声と共にドアが開き、附属の女子生徒が入ってきた。乳牛柄の帽子と、長い赤いマフラーが真っ先に目に入る。

 

「お前か」

「おおーっ、国崎(くにさき)じゃないか」

 

 久しぶりに会った美夏(みなつ)は、笑顔を見せた。本当に人間と見分けがつかない、ロボットだということ感じさせない笑顔だった。

 

「どうした? ケガでもしたか」

美夏(みなつ)は、ケガなんてしていない。見舞いに来たんだ」

 

 そう言って美夏(みなつ)は、手に下げたビニール袋を胸の高さまで持ち上げる。割り箸の様な棒が二本、顔を覗かせていた。

 

「見舞い?」

「ああ、由夢(ゆめ)のな」

由夢(ゆめ)? 居ないぞ」

 

 小恋(ここ)を運んでいる間に来たのかと思い、ベッドを覗くも誰も居ない。

 

「そんなはずはない」

 

 疑うように彼女は、ベッドに目をやった。

 

「......居ない」

「だろ。さっき一時的に無人だったから、家に帰ったのかも知れないな」

 

 誰も居ないかったとはいえ、ベッドを使うほどじゃないなら大丈夫だろう。

 

「そうか。では国崎(くにさき)、これを由夢(ゆめ)に渡してくれ」

 

 ビニール袋から棒を一本を引き抜いて差し出した。小分けされ透明の袋に入ったそれは、祭りなどの屋台でよく見る定番の食べ物。

 

「屋台で買ったチョコバナナだ。体調が悪い時は、栄養価の高いバナナに限る」

「わかった。渡しておく」

「頼む。ではな」

 

 美夏(みなつ)が保健室を出るのを見届け、預かったチョコバナナを机に置いて、座り直す。少し疑問に思った事がある。美夏(みなつ)には、嫌いなモノが二つあると出会った時聞いたのを覚えている。ひとつは、バナナ。もうひとつは、人間。あの時の酷い嫌悪感を感じている表情(かお)は、確かに印象的だった。けど、由夢(ゆめ)義之(よしゆき)(あんず)とそれなりに交遊関係はあるみたいだ。

 

「ま、いいことなんだろうけど。さて......」

 

 留守中に来室した患者の記録を日誌に書き記していると、舞佳(まいか)が帰ってきた。

 

「ただいま~、留守番ごくろうさま」

小恋(ここ)は?」

「風邪が少し悪化しただけよ。昨日の熱が下がりきらないまま無理して、登校したのね」

 

 出張保険医で校内を回っている時に知ったが、義之(よしゆき)のクラスの人形劇は評判が良い。今日も、廊下に行列が出来ていたほどだ。きっと小恋(ここ)は、迷惑を掛けたくなかったんだろう。

 

「もう、こんな時間か。国崎(くにさき)くん、今日は上がってくれていいわ」

「いいのか?」

 

 時計を見る。針は16時を指していた。何時もよりも少し早い。

 

「ええ」

「じゃあ、日誌」

 

 日誌を渡して、チョコバナナの入った袋持つ。

 

「はい、ごくろうさま。そうだ。明日は、自由にしてくれていいわ」

「わかった。そうさせてもらう」

 

 保健室を出て、扉を閉める。

 

「さて、どうするかなー」

 

 時間を貰ったのはいいが、義之(よしゆき)たちの人形劇は既に終わってる。ななかは気になるなら、ミスコンを見に来いと言っていた。行ってもいいと思ったが、何処で開催されているのか分からない。

 

「んー......帰るか」

 

 結局、特に見たい催し物はない。というより、出張保険医をしていた事で色々な露店、企画を見て回る事ができた。来客用の玄関で靴に履き替え、校舎を出ると太陽は傾き、西の空はオレンジ色、東の空には星空が見える。気温も昼と比べると、だいぶ下がっていた。手に持つ、チョコバナナを見る。

 

「この気温なら大丈夫か」

 

 俺は、真っ直ぐ芳乃(よしの)家には戻らず寄り道をすることにした。

 

         * * *

 

「ありがとうございましたー」

 

 商店街の洋菓子屋を出る。俺の右手には、小さな箱が二つ。箱の中はプリン。昨日、(あんず)たちが小恋(ここ)への見舞い品して買っていたのと同じ物。

 商店街は夕暮れ時とあって、夕食の買い物客で賑わっている。人波みを避けながら家路についた。

 風見学園と商店街のちょうど間にあたる住宅街の一画、居候させてもらっている芳乃(よしの)家に到着。玄関に手を掛けると、抵抗があった。家主のさくらも、義之(よしゆき)もまだ帰宅していないらしい。合鍵を使い鍵を開けて中に入り、寝床の客間の灯りをつけて部屋の隅に置いてある縫いぐるみを持ち、家を出る。隣の家の呼び鈴を鳴らしたが人の気配はなかった。

 由夢(ゆめ)のやつも帰ってないらしい。体調が悪いのなら、病院に行っているのかも知れない。帰って来る頃には、帰宅しているだろう思い、本来の目的小日向(こひなた) ゆずの見舞いに行くため、水越病院に向かい足を進めた。しかし、白衣を着た男が右手に洋菓子の箱、左手に縫いぐるみ、端から見たらシュールな絵面だろう。

 

「で、どこだ」

 

 目的の水越病院に着いたのはいいが、ゆずの病室が分からない。小さな島とはいえ、大病院。小児科だけでも病室の数はそこそこある。ひとつひとつ探すのは、骨が折れそうだ。とりあえず、小児科病棟に向かう事にした。エレベーターを降りて廊下に出ると、女性看護師が配膳の準備を始めていた。ちょうどいい、尋ねる。

 

「聞きたいことがあるんだ」

「はい、なんでしょう?」

小日向(こひなた)ゆずの病室を探しているんだ」

 

 見舞いのプリンの箱を見せる。

 

「ゆずちゃんのお見舞いの方ですね。どうぞ、ご案内します」

 

 看護師の後に続いて歩く。彼女は、とある病室の前で立ち止まり扉をノックした。どうやらここが、ゆずの病室みたいだ。

 

「はい。どうぞ」

 

 男の返事が聞こえた。聞き覚えのある声、父親の(しん)の声。看護師は扉を開けて中に入った。

 

「ゆずちゃん、夕御飯の時間ですよ~。それと、お客さん」

「よう。元気か?」

 

 看護師の後ろから顔を出す。

 

「んー? おおー、にーちゃんだーっ」

「やあ国崎(くにさき)くん、来てくれたんだね」

 

 ゆずは、一瞬首を傾げてから指を差して大声を上げた。看護師にやんわりと注意されたのは言うまでもないだろう。ゆずが夜飯を食べ終わるのを待ってから、見舞いの品を渡す。プリンはちょうど、デザートになった。

 

「にーちゃん、ありがとなっ」

「ゆず、ついてるよ」

 

 プリンの欠片を頬につけて礼を言うゆずの顔を、(しん)がティッシュで拭う。

 

「とーちゃん、これよんでくれ」

「またこれかい? ゆずは好きだな~」

 

 (しん)に童話の本を渡した。タイトルは――『さくらひめのでんせつ』。聞いたことのないタイトルだった。

 

「さくらひめのでんせつ?」

「この島の桜、人の願いを叶える枯れない桜を舞台にした童話だよ」

「へぇー」

「ただ、一つ不可解な事があってね。この童話、作者が不明なんだよ」

「ん? それが不可解なのか?」

 

 童話やおとぎ話なんてものは、作者が曖昧な物も多いだろう。特に不思議な事でもないと思う。

 

「少し調べてみたんだけど。この童話、其ほど昔に作られた物じゃないみたいなんだ。ここ百年位なら中世と違って技術も発達してるし、必ず形として何かが残ってると思うんだけどね」

 

 そういわれればそうだ。数百年前なら不思議じゃないが文明が発達している現代で。それも初音島と云う小さな島で手懸かりが無いのは異様な事なのかも知れない。

 

「いやー、見つからないとなると、ライターとしての血が騒ぐよ。はっはっは!」

「とーちゃんっ!」

「ああー、ごめんごめん」

 

 急かされて娘に平謝りの(しん)。父親の威厳はゼロだ。

 

「『さくらひめのでんせつ』枯れない桜の木の下に――」

 

 さくらひめのでんせつ。

 一人の少女が毎日毎日、枯れない桜の木の下で泣いていた。

 桜の木は、彼女に問いかける。少女は、答えた。友達が虐めると。すると桜は微笑み、その枝で少女の頭を優しく撫でた。

 そして、翌日。

 

「次の日。女の子を虐めていた男の子は――」

 

 続きを聞く前に外の大きな破裂音で遮られた。窓の外を見る。

 

「ああ~っ、花火だー!」

 

 夜空に、光り輝く大輪の花が咲いていた。

 

「本当だね。この島では、クリスマスに花火を上げる習慣があるのかな?」

「いや、違う。あれは――」

 

 花火が上がっている方向は、風見学園。クリパの案内には花火の事は触れられていなかった。これが、杉並(すぎなみ)が話していたサプライズ企画なんだろう。

 

「へぇー、粋な演出だね」

「そうだな。さて、そろそろ帰る」

「ああ、うん。遅くまでありがとう」

「ええ~......また、きてくれるか?」

「ああ、今度は人形劇を見せてやるよ。じゃあな」

 

 病院を出ると既に真っ暗だった。空は今にも落ちてきそうな分厚い雲に覆われている。少し早足で帰る。時間が時間だけに寒いし、何より腹が減った。由夢(ゆめ)も帰っているだろう。

 再び、朝倉(あさくら)家に到着。呼び鈴を鳴らす。返事が帰って来る前に、玄関が開いた。姿を見せたのは、眼鏡をかけた白髪の老人。

 

「おや、キミは......」

由夢(ゆめ)の友達から預かった」

「うむ、渡しておく」

 

 美夏(みなつ)から預かったチョコバナナの入った袋を手渡すと、爺さんはニコッと微笑んだ。

 

「それとこれは、俺からだ」

「ありがとう。ところでキミが、国崎(くにさき)くんだね?」

「ああ。知ってるのか、俺のこと」

「もちろんだとも。どうだろう、少し上がって話を聞かせてくれないかい?」

 

         * * *

 

 ダイニングキッチンに通され、正面に座って話をする事になった。お互いの目の前には、店屋物のラーメンが湯気を立てている。

 それと爺さんは、朝倉姉妹の祖父で純一(じゅんいち)と言うらしい。食べながら話をする、と言ってもただの世間話。

 

「ははは......」

「なんだ?」

 

 爺さんが突然、愉快げに笑いだした。

 

「いや、すまない。孫娘が話していた通りなんで可笑しくてね。あの娘たちから、義之(よしゆき)くん以外の男子の話しが出るのは珍しい。どんな男子かと思えば、聞いた通りのままだった」

「はあ?」

 

 どんな言われ方をしているんだろうか。純一(じゅんいち)は、何が面白いのか愉快そうに笑い続けた。いつまで笑ってるんだよ、と思っているとドアが開いて、制服姿の由夢(ゆめ)が少し眉尻を吊り上げて入ってきた。

 

「おじいちゃん、静かにしてよっ」

「悪い悪い」

「もうっ......って、国崎(くにさき)さん? どうしているんですか?」

「俺が誘ったんだよ」

「おじいちゃんが? ああーっ、ラーメン取ってるっ。お姉ちゃんに怒られても知らないんだからっ」

 

 また血圧が上がると純一(じゅんいち)への説教が始まった。純一(じゅんいち)は、苦笑いをしながら、分かった分かったと聞き流している。

 

「まったく」

「ははは、音姫(おとめ)に似てきたな」

 

 じとー、と目を細めて睨みつけるような視線を軽口を言った爺さんに向ける。しかし、元気じゃないか。心配する程でもなかったか。

 

「おお、そうだ。由夢(ゆめ)、友達からのお見舞いだそうだよ」

「お見舞い?」

「お前、体調が悪かったんだろ?」

「えっ? あ、はい、そうでした」

 

 妙に歯切れの悪い返事が気に掛かった。まるで今、思い出したかの様な言い方だ。

 

「あっ、あのお店のプリンっ」

「それは、国崎(くにさき)くんからだよ」

「ありがとうございます。えっと、こっちは――チョコバナナ?」

美夏(みなつ)からだ」

天枷(あまかせ)さんが......そうですか。後でお礼を言っておきます」

「ああ、そうしてやれ」

 

 時計を見てから席を立つ。純一(じゅんいち)は見送ると着いてきた。あと由夢(ゆめ)も。一応、プリンの礼のつもりなんだろう。玄関を開けて、外に出る。出迎えてくれたのは、凍えるような冷たい空気だった。

 

「さむ!」

「うわっ、ホント!」

「確かに、今日は冷えるな」

 

 セーターを着ている純一(じゅんいち)が寒いというのなら、制服の由夢(ゆめ)は更に冷えるだろう。見ると身体を自分の腕で抱く様にして背中を丸めいた。外に長居させると、本当に風邪を引かせてしまう。

 

「ここでいい。ごちそうさまでした」

「ああ、また話そう。おやすみ」

 

 玄関先で見送られ、隣の芳乃(よしの)家に帰る。由夢(ゆめ)も一緒。まだ、夜飯を食べていないらしい。二つの影が正面から、こちらに向かってきた。義之(よしゆき)と、音姫(おとめ)

 

「兄さん、お腹すいたぁ~」

「開口一番がそれかよ......」

 

 義之(よしゆき)は、呆れてタメ息をついた。

 

国崎(くにさき)くん、月島(つきしま)さんは?」

「病院に直行。インフルエンザじゃないそうだ。点滴を打ったそうだし、明日には下がるだろう」

「そっか~、よかった」

「お姉ちゃん、はやくー。国崎(くにさき)さんも」

 

 玄関の前で、由夢(ゆめ)が急かす。義之(よしゆき)は鍵を回していた。

 

「はーい、今いくー。いこ」

「ああ」

 

 音姫(おとめ)の一歩後ろを歩く。玄関へ続く道の途中、冷たい鼻先に触れた。空を見上げる。

 

音姫(おとめ)

「ん? あっ、由夢(ゆめ)ちゃん、弟くんっ!」

 

「なにー? 寒いんだけど」と若干抗議しながらも、玄関の雨よけから出てきた。由夢(ゆめ)の態度が一変、義之(よしゆき)も夜空を見上げる。

 

「雪......」

「道理で寒い訳だ」

「本当に降ったな、音姫(おとめ)

「うん。ホワイトクリスマス......だね」

 

 空から降る雪と庭で咲き誇る桜が舞い散る中、寒さを忘れ、俺たちはしばらく幻想的な風景を眺めていた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。