クリパ二日目。
俺は、見物客が引き疎らになった中庭で売り上げを確認していた。
一般公開最終日の売り上げは昨日以上の稼ぎを打ち出した。それは俺の一日の売り上げ最高記録を優に越える金額だ。おひねり入れの箱には、硬貨はもちろん何枚か札も見受けらた(あとピンバッチやキーホルダー等)。これだけあれば、しばらく食いっぱぐれる事もなさそうだ。
やりきった達成感に浸りながら片付けをしていると拍手が聞こえた。手を止めて顔を上げる。ピンク色のおさげ髪の少女ななかが、俺に向けて拍手を送っていた。
彼女は、拍手を止めて、背中に手を組み近づいてくる。
「こんにちはっ、
「ありがとう」
爽やかにお礼の言葉を返す。ななかは、そのままはりまおを挟んで俺が座るベンチに腰を下ろした。
「クラスで話題になってたんです。中庭で可愛い劇をしてるって。まさか
「そうか」
どうやら俺の人形劇の評判は風見学園中に響き渡っているらしい。今なら体育館でワンマンライブを出来るじゃないかと思える。
カーテンが閉じらた暗い体育館。そのステージ上に当たるスポットライトを浴びて、
俺は、マイクを持って観客に語りかける。
『みんなっ! 俺の人形劇でおおいに笑ってくれッ!』
『イヤッホォーゥッ! 国崎サイコーッ!』
『Everybody say!』
『国崎サイコーッ!』
『Love and Peace!』
『国崎サイコーッ!』
鳴り止まない大歓声。体育館は揺れる。そして――。
「あんっ」
そう。あん、だ(あん?)。妄想に浸っていると突然奇妙な声に遮られた。隣を見る。
はりまおが、ななかの膝の上で頭を撫でられて気持ち良さそうな
「この子の動きがすごく可愛いって評判なんですよ」
「............」
「どうしたんですか?」
「......何でもない」
ななかから語られた真実。
人気だったのは俺の人形劇じゃなくて、はりまおだった。今思えば、ななかは『劇』とは言ったが『人形劇』とは一言も言っていない。
あれだけ大勢の客を魅了したのが謎の宇宙生物と知り、ショックのあまり方針状態で一点を見つめる俺を見て、ななかは不思議そうな
「あっ!
「うわっ、やばっ!」
「ん?」
花壇で揺れる花を愛でていたが、何やら騒がしい。顔をあげて見ると、昨日ななかを探していた連中が数人、附属校舎から、俺たちがいる中庭に向かって走って来ている。
隣に座るななかは、逃げること無く、面倒そうにタメ息をついていた。
「
ななかの前に辿り着いた、男子生徒たちはななかの逃げ場をなくすようしてベンチを囲い込んだ。(コイツら......。女一人にここまでするのか?)。あまりに情けない行動に呆れて言葉も出ない。
言い換えれば、それだけななかに魅力があると言うことなのだろう。
「ミスコン......」
「えっ?」
目を合わせないように顔を下げて、はりまおを抱いているななかがぼそっと呟く。そのまま顔をあげて、正面に立つ男子生徒に向けて言った。
「出場考えておく」
「......本当ですかっ!? おいっ、連絡入れてくれっ」
「考えるだけだからね?」
あくまでも考えるだけと念を押し、開始一時間前に姿を見せなかったら諦めて欲しいと言ったななかに、十分ですっ! と頭を下げ、スマホを取りだし操作しながら校舎へ戻っていった。
「はぁ~......」
「大変だな。お前も」
「あはは......」
困った
「ほんとっ。毎回ああなんですよ」
「苦労するな。よし、これをやろう」
おひねり入れにあったキーホルダーをななかに差し出す。受け取ったななかは頭にハテナマークを浮かべている。
「これ、なんですか?」
「一応、ネコらしいぞ」
俺も分からなかったが、裏に『ドルジ(猫)』と書かれているのを見つけて驚いた。
とてもネコとは思えない程の丸くデカイフォルム。よく見れば背中の柄は虎模様に見えなくも無いが、初見では絶対にネコとは判別できないだろう。
「ネコですかー......ネコ? にゃーって鳴きそうにないんですけど」
「ああ。ぬおっ、って鳴きそうな見た目だよな」
ななかは、キーホルダーから目を外すと中庭内のある場所に目を移した。そちらを見る。そこにあったのはクレープを売っている露店だった。
「じぃ~」
「あん」
大きく青み掛かった綺麗な瞳と縦棒の視線が俺に訴える、クレープを食わせろと。チラッと箱を見る。俺にとっては今後の貴重な旅費だが、儲けははりまおのお陰。
「......仕方ないな」
「やったー」
「あんっ! あんっ!」
はしゃぐ少女と一匹を残してクレープ屋に向かう。
メニューは、デザート系と惣菜系クレープの二種類があった。店員のおすすめを頼むとそれぞれ一番人気のあるクレープをチョイスしてくれ、更に一つ分を
遠慮無く好意に甘えてベンチに戻る。同じ場所に座ってからデザートクレープを渡すと、ななかはさっそく小さな口に運んだ。
「ありがとうございますっ。はむっ......う~んっ! 中のチョコとろとろ~。おいし~いっ」
「そらよかったな」
惣菜クレープを半分に割って置くと、はりまおは尻尾をブンブン振り回しながら旨そうにがっつく。食べながら、ななかはさっきの連中についてを教えてくれた。
さっきの連中は手芸部。クリパのミスコン主催に関わっているらしい。そこで、ななかに自分たちが作ったドレスを着て参加してもらい手芸部の宣伝を兼ねようという魂胆のようだ。
「なるほどな」
「ごちそうさまでしたっ」
ななかは、ベンチを立ってクレープを包んでいた紙をゴミ箱に捨てに行く。背中に向かって訊く。
「で、出るのか?」
振り返ったななかは笑顔だった。
「ふふっ。気になるなら見に来てください。クレープ、ありがとうございましたっ」
そう言って、ななかは附属の校舎へと歩いていく。(見に来てくださいって、出るのかよ)。時計を見る、午後の仕事を始めるまであと十分。そろそろ準備をしないと間に合わない。
人形劇のステージ代わりに使ったダンボールを畳み、
「じゃあな、はりまお」
「あんっ」
はりまおは一吠えすると、校長室がある校舎へ。俺は、校舎裏の焼却炉へダンボールを片しに向かう。焼却炉前には見知った男子が居た。
「よう」
「ん? 約束時間は放課後のハズだぞ? 同士
俺の姿を確認した
「先程の人形劇拝見させていただいた。いやー、実に素晴らしい」
パチパチと拍手をくれた。
ななかの時と同じで、劇に集中していた俺は気がつかなかったが、
「どうでもいいが、その殿ってなんだ?」
「ふむ......。未だに人形劇のカラクリが解き明かせないでる俺なりの敬意の表現と思っていただければ」
「ふーん」
「おっと、忘れていた。例の少女について、少し情報を得た」
「ほんとかっ!?」
一歩
「ふふーん。なーに我々非公式新聞部の情報網に掛かればこれしきのこと――」
「
校舎の方から、数人の人影が
「
「お前、何かしたのか?」
「なーに。ちょっとしたサプライズ演出を企画しているとだけ。では、続きは近日中に――。さらばたっ!
止める間もなく、
「くっそ~、また逃げられたかー」
「ほんと、残念」
「二手に別れて捜索を続けて。一班は校内、二班は雑木林」
まゆきは、すぐに指示を出し
「さて、
まゆきは、俺に疑いの眼差しを向ける。どうやら面倒な事に巻き込まれたらしいが、誤魔化す必要は無い。素直に答える。
「探し物の話だ」
「探し物?」
「ああ、あの女の子の話ね。まゆき、
「どういう事?」
「なるほどね。確かに、あの
「それで何か分かったの?」
「お前らのお陰で聞きそびれた」
苦笑いのまゆきと、申し訳なさそうな
「私らも仕事だからさ」
「あははは......、ごめんねー。まゆき、そろそろ......」
「ああー。うん、行っといで」
「うん。ありがとう。
軽く手を叩き、白衣を整えるとまゆきが話しかけてきた。
「じゃあ私たちも行こっか」
「は? どこへ」
「今から校舎回るんでしょ? 今日も案内してあげるよ」
と云うわけで、俺はまゆきと校内を回ることになった。
始めに向かったのは部活動が入る校舎。自転車部の『空を飛ぶ予定の自転車』などけったいな物を作っている部活もあり生徒会は手を焼いているそうだ。
各部室を回り、俺は怪我人の手当てを、まゆきは危険が無いかを調べていく。一通りの部室を回り終えて附属校舎へ歩みを向けた。
「
まゆきは眉をひそめ、部室や廊下で見つけたスイッチらしき物を手に持って言う。その
「押してみたらわかるぞ」
「いや、そうだけど。とんでもないこと言うね」
「
隣を歩くまゆきが視界から消えた。振り向くと目を丸くして立ち止まっている。少しの間が開いてから、まゆきは目尻をつり上げ、もの凄い剣幕で詰め寄って来た。
「
「別にいいが。サプライズ演出って言ってただけだ」
「本当にそれだけっ?」
グイっと顔を近付けてくる。
「ああ。あと近い、話しづらいぞ」
「............」
まゆきは、無言のまま距離を取ってからタメ息をついた。有力な情報を得られず落胆している様に見えたが、それでも、まゆきはすぐにスマホを操作して生徒会と連絡を取り始めた。
終わるのを待って附属三年のフロア。
廊下の一画、とある教室の前に長蛇の列ができている。行列の一番前に大きなピンク色のリボンが圧倒的な存在感を放っていた。
「ありゃ
「あ、まゆき。
「どうしたの? もう始まってるんじゃ」
まゆきの言った始まっているの意味は、教室のプレートを見てわかった。ここは
だが、表にある看板に記された開演時間を5分程過ぎているにも関わらず入室していないところを見ると、何かトラブルが起こったのかも知れない。そして、そのトラブルになりかねる要因に心当たりがある。
俺は、行列を無視して暗幕が貼られ中の様子を伺えない教室の扉を開け放った。
* * *
教室の中は重苦しい空気が漂っていたが扉を開く音に気づき、その音を響かせた俺に視線が集まる。
「
「よう、
重苦しい雰囲気の要因はすぐに見つかった。教室の真ん中で苦しそうに倒れ込む一人の少女――
彼女の元へ向かい体温を測る。体温計を耳に近付けると、ピッと短い音が鳴った。液晶を見ると38℃を越える高熱。昨日倒れたにも関わらず、無理して午前の劇を行った事でぶり返しただろう。
「
「まゆき!」
「ん? どったの。って
扉が開き、まゆきが入ってる。まゆきは俺と同様、異変に気づき
「あちゃ~、そういうことかー」
「ああ、手伝ってくれ」
「はいよ。
まゆきが
「
「どうした?」
「それが......」
「私が説明するわ」
近くにいた
つまり
「あっ!
「......よ、よしゆき......」
弱々しい
「 まゆき先輩、
「ああ、任せろ。まゆき、
「え? うん」
列の先頭に居た
「
「ああ、すぐに保健室に行く。それより
「ん? なに?」
「まあ、がんばれ」
激励の言葉に、なんの事か理解出来ず首を傾げる