家の外は凍える様な寒さ。徐々に身体の熱を奪っていく。さくらは、こんな時間にどこへ行くんだ。
家を出てすぐにさくらを探したが見当たらない。ただ風見学園の方へ向かう道、その先に小さな動く影が見えた気がした。あの影がさくらである確証は無いが他に手懸かりは無い。
影の姿を追って風見学園の前までやってきた。校門は固く閉ざされている、入った気配は感じない。この先は桜公園。噴水付近のベンチにも人影は見当たらなかった。
「さむ......」
言葉と一緒に漏れた息が月明かりに照らされて真っ白に光る。
ベンチに座り、かじかんだ手で缶コーヒーを包む。(......生き返る。しかし、どこに行ったんだよ? あいつ)。あきらめかけてコーヒーを飲んでいると公園の奥に続く道が目に入った。
その道は、さくらと初めて出会った桜の大木――枯れない桜が咲く広場へ続く道。
俺は、何かに導かれる様に枯れない桜へと向かった。
桜公園の中心部にある噴水を少し外れた広場の真ん中に、鮮やかな薄紅色の花びらを風に舞わせる桜の大木が現れた。近くまで行って桜を見上げる。
願いを叶える魔法の桜。俺の願いも叶えてくれるのだろうか。手を伸ばして幹に触れ様とした時、側面の根元で黒いマントを羽織った金髪の少女が幹に背を預けて座っている事に気が付いた。
「おい」
「......うにゃ?」
声を掛けると、彼女はゆっくりこちらに顔を向けた。少女は――さくらだった。
「
「ああ、そうだ」
「こんな時間にこんなところで何してるの?」
「それは俺のセリフだ」
桜公園を出て、家路を歩く。アスファルトに映る影はひとつだが、俺の背中では、さくらが上機嫌に鼻唄を歌っている。
「そんな元気があるなら歩け」
「いいでしょー。ボク、子ども~」
「ったく......」
枯れない桜の木で見つけたさくらは、酷く疲れた様子でへたり込んでいた。このままでは体調を崩すと思い帰宅を提案したところ、おんぶしてくれたら帰ると言い出したため、仕方なしに運んでやっているという
「ねぇ、
「なんだ?」
背中から聞こえた呼び掛けは、さっきまでの能天気な声じゃない。
「年末が近くなったら、ボク、忙しくなりそうなんだ」
「そうか」
「うん......」
少しの間が開いた――いや、そう感じただけだったのかもしれない。
「それでね。
「............」
俺は、少し黙ってから返事を返す。
「情が生まれるから、あまり同じ土地には長居したくないんだ」
ギュッと握られたのか肩付近の上着がズレた。
「どうして、そこまで
「うん......そうだね」
そう言うとさくらは黙ってしまった。保護者と言えど、
「さくら。一応気に掛けておいてやる」
「......うんっ、ありがとーっ」
「声がデカイぞ」
「にゃははっ。さあ寝よー」
笑顔のさくらの後に続いて玄関を潜り、布団に入る。何をしていたのか訊きそびれた。まあいつでもいいか。目を瞑るとすぐに眠気が襲ってきた。
* * *
身体を揺すられている気がする。面倒だが目を開ける。制服の上からエプロンを着た
「おはよー、
「ああ......、おはよ。さむッ!?」
毛布を退かして体を起こした途端、今までに無い寒さで身体が震えた。速攻で布団を頭から被り直す。音姫《おとめ》が、を少し吊り上げた。
「ちゃんと起きなきゃダメだよっ」
「ああ......分かってる」
今日もクリパ。保健医助手の仕事と人形劇の準備があるから、早く起きなくちゃならない。けど、この低気温はもはや凶器だ。
「も~うっ。ほらっ」
「わかったから、手を放せ」
諦めて布団から出て、着替えを済ませ、洗面所で顔を洗ってから居間に入る。居間には、誰も居なかった。とりあえず
ほどなくして
「
「先に学校に行ったよ。はい、どうぞ」
「悪いな」
茶碗を受けとると
「いただきます」
「いただきます。あいつら早いんじゃないか?」
「こうやって、二人で歩くの初めてだねー」
「ん? ああ、そうだな」
確かに、言われてみればそうかも知れない。
「雪が降るかもな」
「ふふっ」
小さく笑うと
「でも、そうなるといいな~」
「雪、好きなのか?」
「うん? そうでも無いよ、やっぱり寒いから。でも今日はクリスマス。雪が降れば――」
「ホワイトクリスマスだよっ」
「ホワイトクリスマス、ねぇ......」
と言われても、俺にはよくわからない。クリスマスを意識する暇なんて今まで無かった。
立ち止まっていた
「ねぇ、
「サンタ?」
歩きながら考えてみる。俺みたいな
「さあな、わからん。お前はどう思うんだ?」
「私はね、いると思うよ。サンタさん」
「ふーん」
「あっ、子どもっぽいって思ったでしょ!」
中途半端な俺の反応が恥ずかしかったのか、頬をピンク色に染めて少し膨らませた。俺に言わせれば、こういう仕草が子どもっぽく見える。
「それで、実際にいたとして。
「え? 何がいいかな、う~ん......」
鞄を持っていない方の手を口元に持っていって、真面目に考え始めた。三十秒ほど経ったが、
「
「えっ?」
咄嗟に肩を掴んで引き寄せた直後、背後から自転車が
「あ、ありがと。
「いや、別にいい。けど、考え事しながら歩くのは危ないな」
「うん、そうだねっ。気をつけなきゃ」
一旦プレゼントから話題を変えて、クリスマスパーティーの話しをしながら桜並木を進む。
風見学園の校門に入ると
いつもと同じく校舎の前で別れて、俺は保健室へ向かう。ドアを軽くノックしてから中に入る。
「おはよ、
「おはようございます」
一応、確りと挨拶を返してから普段と変わらず掃除を始める。朝と下校前いつも掃除している甲斐があってか汚れは少ない。
「終わったぞ」
「ごくろうさま~。じゃあ一息ついたら、またお願いね」
淹れてくれたお茶を飲んで午前10時、救急箱を持って保健室を出る。予想通り、今日は朝から出張保健医の仕事だ。
一般公開最終日と云う事もあってか、初日の昨日よりも若干人が多い気がする。それは同時に、ケガのリスクも人数に比例て多くなる訳だ。
「よし。もういいぞ」
「ありがとうございました。助かりましたわ」
附属の女子は、立ち上がって頭を下げた。制服のリボンは赤。
「人が多い、気をつけろよ」
「ええ、では仕事がありますので失礼します」
歩いて近くの教室に入って行った。
さて、どうするかな。附属の方は一通り回り終わった。時計は十一時半を回ったところ、昼飯にはまだ少し時間がある。とりあえず見て回りながら保健室へ戻る事にした。三年の階段付近に差し掛かったとき下の階から大きな声が聞こえた。
「ちょ、ちょっと......! やめてください!」
声は女の声か。聞き覚えがあるような気がして手すりから除き込む。他校男子生徒が、附属の女生徒に抱きついているのが見えた。
その女生徒の頭には特徴的なお団子が二つ、
「ダメですよ、かわしちゃ。検査なんですから」
「そんな検査あるか、ボケッ! んなもんで殴られたら、ケガするじゃねえかッ!」
いや、死ぬだろ。
「失敬な。れっきとした検査ですよ?
「あれ
「ホントだ。バカだね、あの他校生たち。
そしてこの騒ぎを聞き付けたらしく、もう一人見知った男子が一階の階段から上がってきた。
「ほう、これはこれは。
「うわっ!
そのまま一階に下りようと騒ぎに背を向けた時、背中にドンッと強めの衝撃が走った。とっさに手すりを掴み体勢を保つ。下手すれば、そのまま階段を転げ落ちるところだったぞ。その衝撃に原因を知るため振り向く。そこには騒ぎ中心にいた他校生二人が居た。
「いてぇーなっ!」
「どこ見てんだよっ!」
コイツらからぶつかって来たにも関わらず謝罪もなく事もあろうか難癖を付けてきた。
その態度にカチンと来る。眉をつり上げて、声にドスを効かせる。更に身長差も相まって見下す格好になった。
「ああ......?」
「うっ......」
目付きの悪さには自信がある、他校生二人は完全に怯んだ。そのまま睨み付けていると辺りがザワザワし出した。
「く、
俺と他校生の間に、
「お前らさっさと行けっ。この人を怒らせるな......!」
「ふむ。
「あの
「
憶測が飛び交い、ざわめきが大きくなった。
「お、おい、行こうぜ」
「あ、ああ......。す、すみせんでしたッ!」
ぶつかって来た方が深々と頭を下げて謝罪。そのまま勢いよく階段を駆け下りて行った。その様子を見て、
「ふぅ......」
「お前らなぁ」
「いやー、なかなかの演技だったぞ。
「ほんと、助かりました。しつこくって」
「
「
「や、別にいいんですけど」
「大丈夫だったか?」
「はい、お陰さまで。
ぺこっと頭を下げて丁寧にお礼を言った
「ちょっと! うちの生徒が暴れてるって本当なの!?」
「まったく、ホントこの学校は問題ばっかり!」
「げっ! 今の声は......!」
あの声は、まゆき。それと何処かで聞いた声、
「さらばだ、
一瞬で姿を消す
「ゆ、
「あっ、ちょ、ちょっと......!?
「俺は別にバレてもいい。さっさと行け」
事実、俺は何もしていない。それは
「はいっ。
「えっと、ありがとうございましたっ」
「あっ、ちょっと! 待ちなさい!!」
二人の姿消えるとほぼ同時に、まゆきと赤いリボンの附属女子が階段に到着。
「騒ぎの中心は誰!?」
野次馬に向かって投げ掛ける。その内の一人がもう居ないと告げると、二人は悔しそうな
「くっそー、逃げられたかー」
「逃げ足だけは早いですわねっ」
「ほら、あんたたちも散りなさいっ!」
「大変そうだな。まゆき」
「えっ?」
驚いた様子で俺を見る。今まで気づいていなかったらしい。白衣は目立つと思っていたが、よくみれば制服以外の格好をしている生徒も多かった。
「おや、
「あら、あなた......」
「ん? ああー、お前か」
「あれ? 二人は知り合いなの?」
「先ほど、ケガの手当てをしてくれたお方です」
さっきの一年、こいつも生徒会だったのか。
「へぇー、そうなの。ところで
「ああ、
正直に答える。
「はぁ~......! 行くよ、エリカ!」
「はいっ」
「ちょっと待て」
駆け出そうとしたまゆきたちを呼び止める。
「なに?」
「
なぜ、そうなったのか経緯を説明。まゆきは納得、一年は苛立ちの
「そう、妹くんをね。まあ、そう言う理由なら多目にみよっか」
「はい。ですがッ! 嫌がる女性に無理矢理抱きつくなんて......んて卑劣なっ! 見つけたら強制猥褻罪の現行犯で逮捕して上げますわっ」
「まあ、そう言う
「うん、またね」
二人に背を向けて階段を下りる。時計は戻るのにちょうどいい時間になっていた。
一度保健室に戻り、救急箱の中身(消毒液等)を補充してから昼飯。今日も、カツサンドをゲットする事が出来た。缶コーヒーを買って、昨日と同じ中庭のベンチ座ってカツサンドの封を切ると何処からともなく、謎の宇宙生物がやって来た。
「あんっ」
「ん? ああ、お前か」
謎の宇宙生物こと、はりまおはベンチに飛び乗って隣に座る。
「食うか?」
「あんっ」
「よーし、じゃあ今日も客引きを頼むぞ」
「あんっ!」
はりまおは、任せろと言わんばかりに元気な返事をして、カツサンドにかぶりついた。俺も食べる。うまい。kEyコーヒーを飲んで一服してから準備に取りかかる。
そして――13時。まだ客引きもしていないにも関わらずそこそこの人が集まっていた。相棒をダンボールに乗せて念じる。ひょこっと立ち上がった。「おおーっ、これが噂の!」と声が上がる、どうやら昨日の劇を観た客の口コミがあったらしい。実にありがたい。
「さぁ! 楽しい人形劇の始まりだ、お代は見てのお帰りだぞーっ!」
「あん! あん!」
人形を動かし始める。はりまおがはしゃぐ、それを見て客が集まって来た。
クリパ最後の人形劇――俺は今出来る芸を必死に見せる事に集中した。