D.C.Ⅱ.K.S 流離いの人形使い   作:ナナシの新人

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AIRの主人公、国崎(くにさき) 往人(ゆきと)とD.C.2~ダ・カーポ2~のクロスオーバーになります。

国崎(くにさき)は原作とアニメを混ぜたような性格で、時系列は観鈴(みすず)と出会う数年前となっているため、原作よりも若い設定です。


桜の妖精 ~cherry fairy~

 我が子よ......よくお聞きなさい。

 

 これからあなたに話すことは......とても大切なこと。

 わたしたちが、ここから始める。

 親から子へと、絶え間なく伝えてゆく。

 

 長い長い......旅のお話なのですよ。

 

 

         * * *

 

 

 大型トラックの排気ガスと潮の匂いに包まれる。

 煙たさに咳払いをして排気ガスの生温さに鬱陶しさを感じて目を閉じる。徐々に遠ざかる、エンジンの音。

 

「さむ......」

 

 余韻に浸ることもなく、寒さに目を開ける。

 視界に広がるのは、見知らぬ土地の冬景色。

 吐く息は白く、凍えそうなほど空気も、風も冷たい。空を見上げる。今にも落ちてきそうな、どんよりとした灰色の分厚い雲が覆っていた。

 

「ふぅ......」

 

 もう一度、周囲を確かめる。防波堤付近には、幾つか漁船とフェリー乗り場と掲げられた看板。どうやら、ここは港らしい。

 

「で。俺は、何でこんなところにいるんだ......」

 

 寒さでかじかむ手に息を吹き付けながら記憶を探る。

 

「そうだ......。寒さしのぎにコンテナで寝てたところを運ばれたんだった」

 

 漁港で荷降ろしを始めた運転手に見つかって下ろされたんだ。

 これからどうするか思考を巡らせていると、ぐぅ~と腹の虫が鳴いた。

 

「腹へったな......。こんな寒い日には、やっぱラーメンだな」

 

 時刻は昼下がり、昼食を摂るには遅い時間。昨日の夜から何も食べていない、腹が鳴るのも道理。そうだな、ラーメンと一緒に米と餃子があるとなおのこといい。

 

「ラーメンセットひとつ」

 

 ――ちがう。ここは、凍える潮風が吹く荒れる港。それも、寒空の下だ。自分自身で突っ込みを入れてしまうほど、空腹と寒さでうまく頭が回っていない。

 そもそも、俺はそんな贅沢をできる金は持ち合わせていない。

 

「ふぅ......稼ぐか」

 

 大きなタメ息を漏らし、空腹と寒さに堪えて歩く。道路を挟んで向かい側に、街の案内板を見つけた。地図上で人が集まりそうな場所を探す。見つかった候補は、二箇所。

 

「商店街か、公園だな」

 

 とりあえず、ここから近い商店街を目指すことにした。重い足にムチを打って歩く。住宅街を越えた先に、初音島(はつねじま)商店街と掲げられた看板を見つけた。

 

「ここ、初音島(はつねじま)って言うのか......」

 

 聞いたことのない地名だったが、特にそれは珍しい事じゃない。

 全国を旅をしている俺にとって、こんな事は日常茶飯事。むしろ、知っている地名の方が遥かに少ない。

 

「さて......」

 

 芸を披露するのに良い場所を探しながら商店街の中を散策していると、お(あつら)え向きに子どもたちが集まっていた。その母親らしき集団も、近くのベンチで駄弁っている。

 

「よし......」

 

 俺は、尻のポケットに手を伸ばし古ぼけた人形(相棒)を取り出して、子どもたちの元へ向かった。

 

 

          * * *

 

 

 初音島での初稼ぎの成果は、数百円。何とか飯にありつける金額だが、宿代には遠く及ばない。

 

「今日も、野宿だな......」

 

 商店街のスーパーで、期限切れが近い割引価格のおにぎりと飲み物を購入して、寝床を探す。学校らしき建物の近くに、広い公園を見つけた。公園内を歩き、その先にあった高台のベンチにもたれ掛かる。

 

「で。なんなんだ? この島は......」

 

 視界を包む異様な光景。

 常識では決して起こり得ない風景が目の前に広がっていた。

 この公園......いや、この島全体がおかしい。空腹で気に止めていなかったが、商店街も、住宅街も、ここと同じだった気がする。

 

「何で冬に、桜が咲いてるんだ?」

 

 この初音島という島。島中の桜の木は、()()にも関わらず薄紅色の小さな花を付け咲き誇っていた。まあ、どうでもいい。

 

「さてと、探すとするか」

 

 多少気にはなったが、考えても意味がない。ベンチを立って、再び歩き出す。風避けを探しながら徐々に公園の奥へと進んでいく。そして、開けた場所に出た。

 広場の中央には一際大きく咲き誇る桜の大木。何故か此処だけは、風が吹いておらず、気温も高台のベンチと比べるといささか暖かい。ここなら、凍死はしないか。今晩の寝床は決まった。荷物を置き、桜の幹に身体を預けて目を閉じる。

 その直後――。

 

「ねぇ、キミ」

 

 誰かに声を掛けられた。女の声。警察か? だとしたら厄介だ......。面倒だが、目を開く。

 

 深々と、桜が舞っていた。

 見渡す限りに舞い散る桜の花びら。

 それは一面を色づけるように、白で塗りつぶされた世界を彩るように、ただゆったりと舞い踊っている。

 

「こんなところで寝てると、風邪引くよ?」

 

 舞散る薄紅色の桜の花びらの中、綺麗な金色の髪をツーサイドアップに結び、青い瞳で透き通る様な白い肌の少女が立っていた。

 その姿はまるで、背を預けている桜の妖精のように思えた。


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