しばらくこの忙しさが続くので、更新が遅れます。
申し訳ありません。
(これは……想像以上に………キツい…………)
織斑一夏は危機的状況に立たされていた。
今日はIS学園の入学日であり、一夏とマリアは家から一緒に登校してきた。
一夏とマリアは同じクラスで、一夏は最前列の中央、マリアは最後列の窓側の席に座っている。
教室の中は、普通の学校とはなんら変わりのない風景だ。
男子が一人だけ、ということを除けば。
ISは女性にしか扱えないため、当然IS学園は女子生徒しかいないことになる。
しかし、一夏は世界初の男性IS操縦者となったため、学園にいる男子生徒は一夏だけなのだ。
自分以外は全員異性となれば、一夏にとっては気まずいことこの上ない。
マリアは後ろから一夏を見て、あいつも大変だな、と心の中で思う。
しかし、マリアも人のことを言える立場ではなかった。
一夏は唯一の男子ということで当然注目を浴びていたが、マリアはその容姿で注目を浴びていた。
マリアは顔が西洋風に綺麗に整っていて、全体的にスタイルも良い。そして若い世代には珍しく、まつ毛や髪の毛が真っ白に映えているのが彼女の特徴だ。
すでに一部の女子生徒はマリアの美貌にうっとりしている。
一夏とマリアにとっては慣れない空間であるため、それぞれ誰にも話しかけることもなく、ただ静かに授業が始まるのを待ち続けていた。
しばらくして、マリアの見知った人物が教室に現れる。
緑色の髪で眼鏡をかけ、少し垂れ目の小柄な女性だった。
「はーい、皆さん。席に着いてください」
教室内で立ち話をしていた女子生徒たちが、各々自分の席に座る。
(真耶……そうか。このクラスを受け持つのか)
マリアにとっては少し久しぶりの再会だった。
一方、真耶はマリアが自分のクラスに配属されることを事前に知っていたのか、驚いた表情などはしていない。
マリアの方を見てニコリと微笑み、周囲を見渡す。
「皆さん、入学おめでとう!私はこのクラスの副担任を務める、山田真耶です!」
真耶は元気よく挨拶するが、全員緊張しているのか、誰も反応を示さない。
「あ……ええ、と……」
真耶は少しオロオロするが、気を引き締めて言葉を続ける。
「き、今日から皆さんは、このIS学園の生徒です。この学園は全寮制で、学校でも放課後でも一緒です。皆さん、仲良く助け合って、楽しい三年間にしましょうね!」
次こそ反応してくれるだろうと意気込む真耶だが、返ってくるのは静寂ばかり。
すでに泣きそうな真耶であった。
「そ、それでは皆さんに自己紹介をしてもらいましょうか!では、最初の方、お願いします」
「はい!相川清香です!趣味はスポーツで、────」
そう自己紹介したのは、少し紫がかったショートヘアーの女子だ。
話しているところを見ると、元気が溢れて常に明るい印象である。
一人ずつ自己紹介を聞きながら、皆の名前も覚えないとな、と思うマリアであった。
一方、一夏は先程からチラチラと左奥の席に座る少女を窺っている。
(ほ、箒……男一人はキツい……)
一夏が箒と呼ぶその少女は、鋭い目をしており、腰まで伸びた黒い髪をポニーテールにして結んでいる。胸は他の女子生徒よりも膨らみが大きく、凛とした雰囲気を纏っている。
一夏から見られているのに気付いたのか、箒は一夏をチラリと見るが、直ぐに顔を背けてしまう。
それを見た一夏はショックを受けた。
(そ、それが6年振りに再会した幼馴染みに対する態度か…?俺、嫌われてるのかな……)
一夏が項垂れていると、真耶が突然一夏の名前を呼ぶ。
「織斑くん。織斑一夏くん!」
「は、はい!」
どうやら真耶の声が聞こえてなかったらしく、周囲からクスクスと笑われる一夏。
一夏は途端に恥ずかしくなる。
「あの、大声出しちゃってごめんなさい。でも、“あ”から始まって、いま“お”なんだよね。自己紹介してくれるかな?ダメかな?」
真耶は泣きそうな顔でそう言って、少し前屈みになって一夏の顔を見て話す。
真耶は一般的な女性よりも胸のサイズが大きく、服装もその谷間が見えてしまうくらいの軽装なので、一夏は顔を赤らめて視線を別の場所に移す。
「い、いや、そんなに謝らなくても……」
一夏は息を整えて、自己紹介をしようと立ち上がる。
(一夏、頑張れ)
マリアは心の中で一夏を応援する。
そろそろ自分も何を言うべきか考えなければならない。
一夏は周囲を見てから、自分の名前を言葉に出す。
「お、織斑一夏です。よろしく」
一夏は緊張してしまい、一言だけの自己紹介となってしまった。
しかし周囲からの、もっと何かないのかと言わんばかりの視線が、一夏を更に不安にさせる。
そこで一夏は深呼吸して、大きな声で続きを言った。
「以上です!」
一夏についてのより多くの情報を期待していた女子生徒たちはその場でズッコケてしまう。
一夏がオロオロしていると、後ろから黒のスーツを着た女性が歩いてきた。
その女性はマリアもよく知る人物だった。
「なんだその自己紹介は……」
「げ!千冬姉、なんでここに────いでぇ⁉︎」
「学校では織斑先生だ」
呆れた顔をした千冬は、その手に持つ出席簿で一夏の頭を強く叩き、教卓に立つ。
(そうか、千冬……。やはり世界初の男性IS操縦者で、更にそれが弟となれば、姉が担任を務めるのも納得できる、か……)
千冬はクラスメイトを見渡して、凛とした声で言葉を口にする。
「諸君、入学おめでとう。私はこのクラスの担任を務める織斑千冬だ。君たち新人をこの1年間でIS操縦者に育て上げることが私の仕事だ。私の言うことはよく聞き、よく理解しろ。出来ない者には出来るまで指導してやる。逆らってもいいが、私の言うことは聞け。いいな」
そう千冬が言うと、ほぼクラスの全員が黄色い声援をあげる。
「千冬様!本物の千冬様よ!」
「私、お姉様に憧れてこの学園に来たんです!」
悲鳴に近いような歓声が教室内で響き渡り、マリアは心の中で異常だな、と思う。
一方、一夏はまだ事実を受け止められないような顔をしていた。
(千冬姉が俺の担任……?ていうか教師してたのかよ……)
千冬は一夏に自分の仕事を話したことがなかったため、まさか学園で出会うとは思いもしなかった。
それも、教師と生徒という関係で。
「全く……呆れるな。よくも毎年これ程の馬鹿者どもを集められるな。それともなにか、わざと私のクラスに集中させてるのか?」
千冬は軽く頭を抱えて独り言を言う。
真耶はそれを聞いて苦笑いをしていた。
「で、挨拶も満足に出来んのか?お前は」
「いや、千冬姉、俺は────」
『千冬姉』と言われた途端に、千冬はまた一夏を叩く。
「学校では織斑先生だ」
「は、はい……織斑先生」
そして今のやり取りを見ていたクラスメイトたちは、ひそひそと互いに話し始める。
「ねぇ、もしかして織斑君って千冬お姉様の弟?」
「男性でISを動かしたことも、それと関係してるのかな?」
周囲がざわつき始めたところで、千冬が注意をする。
「静かに!まだ全員自己紹介が済んでいないだろう。続きを始めろ」
そう千冬が言うと、一夏の続きからそれぞれ自己紹介を始めていった。
そして最後に、マリアの番が回ってきた。
クラスメイトたちも美しい容姿のマリアが気になってたため、静かにマリアの方に顔を向ける。
マリアは特に緊張することもなく、かといって言うべき内容も結局思いつかなかったため、短めの言葉で告げる。
「……私はマリアだ。そのまま呼んでくれればいい。日本のこともあまり知らなくてな……。色々教えてもらうと助かる。仲良くしてくれ」
一通り言い終えたマリアは、静かに着席する。
周囲は、私が色々教えてあげたいと言わんばかりの嬉しそうな表情だった。
皆の自己紹介が終わったた後、真耶が空間投影型ディスプレイを出して、簡単にISについての説明をし始める。
「皆さんも知っての通り、ISの正式名称はインフィニット・ストラトス。十年前に日本で開発された、女性にしか扱えないマルチフォーム・スーツです。─────」
真耶の説明によれば、IS学園はアラスカ条約というIS運用協定に基づき設置された、IS操縦者育成用の特殊国立高等学校。元々は宇宙空間での活動を想定して開発されたが、宇宙進出は一向に進まず、兵器として運用されてしまう。
現在は条約において兵器運用は禁止され、スポーツとして使用されている。
ISの技能の向上を図るため、世界中から生徒が入学してくる、といった学園だ。
付け加えるなら、一夏のような男性操縦者や、マリアのようなISの異常反応を起こす人物は、イレギュラー中のイレギュラーといったところだろう。
その後チャイムが鳴り、クラスは休み時間へと移る。
〜〜〜
「ふ、一夏。まるで見世物小屋に居る気分だな」
「笑えねぇよ……」
休み時間に入り、一夏とマリアは談笑しつつ、大勢の人から見られている空気に少し疲れていた。
クラス内に留まらず、世界初の男性IS操縦者を一目見ようと他学年の生徒まで廊下から遠巻きに見ている。
「これが毎日続くと思うと、嫌になってくるぜ」
「最初だけさ。じきに慣れる」
「だといいけどな……」
疲れた顔で机に肩肘をつき、顎に手をつけて座っている一夏の前に、一人の少女が現れる。
「ちょっといいか」
その少女は6年振りに見た一夏の幼馴染み、篠ノ之箒だった。
「あ、箒……」
「しばらくこいつを借りるぞ」
箒はマリアにそう伝えると、一夏とともに教室の外へと出て行った。
マリアは話し相手が居なくなったため、自分の席に戻る。
教科書でも読むか……。
周りからの視線から気を逸らすため、マリアは次の授業が始まるまでずっと教科書を読んでいた。
〜〜〜
「で、話ってなんだよ?」
一夏は箒に連れられて、校舎の屋上までやって来た。
箒は一夏の顔をチラチラと伺いながら、屋上の手すりを掴んでいる。
「6年振りに会ったんだ。何か話でもあるんだろ?」
「あ、う……」
篠ノ之箒は小学校のときの幼馴染みであり、箒の実家である篠ノ之神社が開いている剣術の道場の同門でもあった。
小学四年生の時に、箒の姉である篠ノ之束がISを開発し、篠ノ之一家は政府から重要人物保護プログラムによって各地を転々とせざるを得なくなったため、一夏とも離れ離れになってしまったのだ。
一夏と2人になったのは良いものの、なかなか言葉が出てこない箒。
一夏はそんな箒を見て、少し困った表情をし、そういえば、とあることを思い出す。
「そういえば」
「な、なんだ」
「去年、剣道の全国大会優勝したんだってな。おめでとう」
「な、なんでそんなこと知ってるんだ⁉︎」
「なんでって……新聞で見たし」
「な、なんで新聞なんて読んでるんだ」
「いいだろそんくらい」
一夏は笑いながらサラッと言う。
箒はまさか一夏が自分のことを新聞で読んでくれたとは思わなかったため、嬉しさと驚きが混じったような顔をする。
「あ、あと」
「な、なんだ」
「久しぶり。6年振りだけど、箒ってすぐ分かったぞ」
「……え」
「ほら、髪型一緒だし」
「よ、よく覚えているな……」
箒は顔をほんのりと紅くして、髪を指で弄る。
「忘れるわけないだろ、幼馴染みのことくらい」
「………」
一夏の言葉を聞いて、箒は少し複雑そうな顔をする。
そんな箒の様子を見て、一夏は首を傾げた。
箒はなかなか切り出せないでいたが、先程から気になっていたことを一夏に聞いてみた。
「あ、あの人は……」
「え?」
「あの人は誰なんだ⁉︎お前が朝、一緒に教室に入ってきた人だ!さ、さっきも2人で話していただろう」
「あー、マリアのことか?」
箒は怒ったような、不安げな顔で一夏の答えを待つ。
「少し前に、色々事情があるって理由で千冬姉が家に連れてきたんだ。良い友達だぜ。箒も仲良くなったらどうだ?」
「い、家にだと⁉︎いや、それよりも、ほ、本当に友達なのか⁉︎そ、そ、それ以上なんてことは……」
「なんだよ、それ以上って。友達以外の何があるんだよ」
「い、いや……ならいい」
一夏の反応にホッと安堵する箒。
どうやら本当に一夏とマリアとの間には友達という関係しかないようだ。
2人の間にしばらく沈黙が続いた後、予鈴のチャイムが鳴る。そろそろ次の授業が始まる頃だ。
「俺たちも戻ろうぜ」
「わ、分かっている……」
一夏は先に教室へと足を運び、箒は一夏が去った後もしばらく考え事を続けていた。
〜〜〜
先程の休み時間が終了し、教室では再び授業が行われていた。
教卓には真耶が立って授業を行い、千冬は教室の端に立って授業を見守っている。
「では、ここまでで何か質問のある人はいますか?」
真耶が生徒たちにそう尋ねる中で、1人真っ青な顔をしている人物がいた。
(このアクティブなんたらとか攻撃なんたらとか、一体どういう意味なんだ?まさか全部覚えないといけないのか……?)
当の人物、一夏は教科書のページを意味もなく何度もめくり、同じページを行ったり来たりしていた。
「織斑くん、何かありますか?」
「あ、えっと……」
真耶は一夏の前に近寄り、優しい顔で尋ねる。
「なんでも聞いてくださいね!なにせ私は先生ですから!」
「や、山田先生……」
「はい!なんでしょう」
「ほとんど全部分かりません!」
「え、ほとんど全部ですか⁉︎今の時点でついてこれてない方はいますか⁉︎」
真耶が一夏の答えに驚き、他の生徒たちにも現状を確認をしてみる。
一夏に反して、他の生徒たちはマリアも含め全員理解しているらしい。
一夏はマリアをチラリと見て、マリアも分かるのか⁉︎というような表情をした。
マリアは一夏のアイコンタクトに気付き、予習はしたからな、といった表情で一夏を見る。一夏はそれを受けて更に顔を青くした。
真耶と一夏のやりとりを見ていた千冬が、一夏の元に歩み寄る。
「織斑、入学前の参考書に目は通したか?必読と書いてある本だ」
「あ、あの分厚いやつですか?電話帳と間違えて捨て────いだっ⁉︎」
「後で再発行してやるから、1週間以内に覚えろ、いいな」
「え⁉︎い、1週間であの量はちょっと……」
「やれと言っている」
千冬は鋭い目で一夏を睨む。
一夏はそれに逆らう気力も出ず、肩を落とし、はいと小さく答えた。
「では、授業を始めます。テキストの12ページを────」
一夏の問題に一段落ついたところで、真耶が授業を再び始める。
授業が続く中で、一夏を厳しい顔で見つめる碧眼の少女がいた。
マリアはその少女の、一夏を睨むような雰囲気を感じ、少しだけ目を向け、再び黒板の方に意識を向ける。
『狩人の夢』
かつて狩人たちの憩いの場。
世界の全てと繋がっているが、何処にあるのか曖昧な存在である。
過去、多くの狩人たちが悪夢を訪れた。
ここにある墓石は全て彼等の名残。
もうずっと昔の話である。