狩人の夜明け   作:葉影

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第48話 招客

学園祭当日。

IS学園は自分たちのクラスの出し物の宣伝や、他クラスや部活の出し物のところに遊びに行ったりする生徒たちや一般客などで、大きな賑わいをみせていた。

そんな中、ひときわ長い行列を作っている場所があった。一年一組の『ご奉仕喫茶』である。

 

「いらっしゃいませ、お嬢様。どうぞ中へお入りください」

 

教室入口に立って一人ずつ案内をする燕尾服を着た一夏を見て、行列の生徒たちはうっとりとした溜息を漏らしていた。

 

「うそ……ほんとに織斑君の接客が受けられるの⁉︎」

 

「しかも執事の燕尾服!」

 

「一緒に写真も撮ってくれるんだって!ツーショットよツーショット!」

 

「噂によると、あのマリアさんもお出迎えしてくれるんだって!」

 

「わ、私、マリアさんにお嬢様って言われたい……!」

 

生徒たちは皆うっとりとした目で各々の興奮を語り合っていた。

一夏が教室内の様子を見ていると、ある人物が声をかけてきた。

 

「ちょっとそこの執事?テーブルに案内しなさいよ」

 

「え?」

 

一夏が行列の方を見ると、そこにはチャイナドレスを着た鈴がいた。

 

「何してるんだ?お前」

 

「う、うるさい!に、二組は中華喫茶やってんのよ」

 

鈴はモジモジと顔を赤らめる。無理もない、チャイナドレスの作りのため、鈴の背中部分の服は大きく開き、足は太ももの付け根まで見えてしまっているという大胆な格好になっていたからだ。

なかなか見ない幼馴染の姿に、一夏は素直に感嘆する。

 

「へぇ、似合ってるじゃん。いつもと髪型も違うし。凄えな、鈴」

 

「へ⁉︎そ、そう……?」

 

「あ、ああ。そんなにビックリすることでもないだろ」

 

一夏の反応に、鈴は自分だけが照れているみたいで恥ずかしくなった。変な気まずさを紛らわそうと、少しだけヤケになった鈴は、一夏に強く言う。

 

「と、とにかく!早く案内しなさいよ!」

 

「へいへい。ではお嬢様、こちらへどうぞ」

 

「お、お嬢様……⁉︎」

 

「いちいちなんだよ……」

 

「う、うるさいわね!」

 

鈴は一夏に案内され、中へと入っていく。白のテーブルクロスが敷かれたいくつかのテーブルに、窓には高級そうなカーテン(実際は安価で手に入ったらしい)。そして紅茶やお菓子を運ぶメイドたち。もともと教室内も清潔に保たれているため、客はいつもとは違う非日常、貴族のような気分を味わえそうな雰囲気だった。

教室内は薄い仕切りで二つの部屋に分けられており、一つは客を迎えるための喫茶室、もう一つはメイドたちだけが入れる厨房室だ。

鈴がテーブルに着くまでの間、周囲をキョロキョロと見ながら歩いていると、厨房室の入口から誰かがヒョコッと顔を出した。その人物は鈴を見ると口を開いた。

 

「やぁ、鈴」

 

「マリアじゃん!あれ、メイド服じゃないの?」

 

「今はこっちの担当だよ」

 

マリアが厨房室の方を指でちょんちょんと指す。その格好はメイド服ではなく、コックがよく着用する白の料理服だった。

 

「あンたはご奉仕しないの?」

 

鈴が笑いながら言う。

 

「じきにするさ」

 

フンッとマリアも軽く笑った。

 

「その服、似合ってるじゃないか。いつにも増して大胆だな」

 

「そ、そう?ありがと。あンたもメイド服、楽しみにしてるわ」

 

「ふふ、どうやら私はメイドにはならないらしい」

 

「え、そうなの?」

 

「後のお楽しみだ」

 

じゃあなと手を振り、マリアは厨房室へと戻っていった。

 

「鈴、こっちだ」

 

一夏が奥のテーブルの椅子のそばに立っていた。鈴は少しだけ頰を膨らませる。

 

「ちょっと、お嬢様なんじゃないの?」

 

「へいへい……お嬢様、こちらへお座りください」

 

「ふふん♪」

 

上機嫌で座る鈴に、一夏はメニューを差し出した。鈴はどれを注文しようかと、一つ一つ内容を読んでいく。

 

「そうね……この『執事にご褒美セット』って何?」

 

鈴の質問に、一夏の顔が僅かに曇った。

 

「お嬢様、そちらのメニューよりも、当店のおすすめメニューはいかがでしょうか?」

 

一夏のあからさまにはぐらかす様子に、鈴はジトーッとした目で一夏を見る。

 

「おいこら、なんか誤魔化そうとしてるでしょ」

 

「……とんでも、ございません………」

 

「ふーん……」

 

暫く考えた後、鈴はメニューを閉じた。

 

「決めた。この『執事にご褒美セット』にするわ」

 

鈴の注文に一夏は嫌そうな顔をしたが、渋々厨房室へと帰っていった。暫くして、一夏が再び鈴のもとへ帰ってきた。一夏が運んできたのはアイスティーと、グラスに入ったチョコレート菓子だった。

 

「お待たせしました、お嬢様……」

 

「う、うん………」

 

一夏がそれをテーブルに置くと、静かに鈴の横に座る。

 

「………」

 

「………」

 

「……な、なんで一緒に座ってるのよ?」

 

「………」

 

「……い、いやまぁ、別に良いんだけど……」

 

なんだか久しぶりの一夏と二人きりの空間に、鈴の顔は自然と赤くなっていった。

 

「で、これはどういうセットなの?」

 

一夏の困り顔がますます深くなった。

 

「……た、食べさせられる………」

 

「……はい?」

 

「だーかーらー、執事に食べさせられるセットだよ……」

 

溜息を吐きながら一夏が説明した。

 

「な、なによそのセット⁉︎き、客が執事に食べさせるなんて……」

 

「だから嫌だったんだよ……別にやりたくなかったらいいんだぞ?」

 

一夏が頰をついてまた溜息を吐いた。一方で鈴は戸惑いつつも、思いがけない幸運に嬉しそうな顔をする。

 

「い、いや……まぁ、せっかくだし……ついでだし……ご、ご褒美あげようかしらね!」

 

そう言うと、鈴はグラスの中のチョコレートを手に取り、一夏へと向ける。

 

「は、はい!あーん、しなさいよ」

 

「あーん……」

 

恥じらいとやる気のない表情の混じった一夏の口に、チョコレートが入っていく。一夏はモグモグと静かにそれを食べていく。その様子を見て、鈴の心が高鳴った。

 

「ね、ねぇ……食べさせてあげたんだし、あたしも─────」

 

突然、鈴の目の前が遮られた。一夏と鈴を遮ったのはお盆だった。見上げると、メイド服を着た箒が不機嫌な顔で立っていた。

 

「お嬢様、当店ではそのようなサービスは行なっておりません」

 

箒はフンッと鼻を鳴らし、お盆を持って引き返していく。チェッと鈴は拗ね、一人でお菓子を齧った。

鈴がその小さな口でお菓子をモグモグと食べる様子に、一夏は少し微笑んだ。

 

「鈴」

 

「なによ」

 

「可愛らしいな、なんか」

 

「っ⁉︎ゲホッ、ゲホッ」

 

突然の一夏の褒め言葉に、鈴は咽せてしまう。

 

「お、おい……大丈夫か?」

 

鈴は目の前のアイスティーを一気に飲み干し、一夏を見た。

 

「な、な、なによいきなり⁉︎」

 

「いや、そうやって食べてるのがさ」

 

「か、可愛いってわけ⁉︎」

 

「ああ、リスみたいで────おわぁ⁉︎」

 

突然ビンタされる一夏。一夏の鈍感な言葉に、鈴は咄嗟に手が出てしまったようだ。

床に倒れる一夏を見た鈴は、一瞬なんとも言えないような顔をした後、

 

「フンッ!」

 

怒った様子で店を出ていった。

 

「……?なんなんだよ………」

 

机に手をついて起き上がる一夏。何故鈴が怒っていたのかは、鈍感な彼には分からないようだった。

咄嗟に起きた出来事に呆けていると、横から誰かが何かを差し出してきた。一夏が振り向くと、そこにはスーツ姿の女性がいた。髪はロングヘアーで、顔の造形は外国人のように見えるが、彼女の差し出してきた名刺には漢字の名前が記されていた。

 

『IS装備開発企業みつるぎ 渉外担当・巻紙礼子』

 

ロングヘアーの女性が微笑み、一夏に声をかける。

 

「少し、よろしいでしょうか?」

 

 

 

 

 

 

少しだけ……ほんの少しだけ嫌な予感がして、紅茶を淹れる手を止めた。

私は厨房室から少しだけ顔を出し、喫茶店内を見渡してみる。

すると、奥のテーブルで一夏が一人の女性と会話をしているのが見えた。笑顔で話し、気さく良く話している。

 

……なんだろう、この不快な気分は。

あの女から、何か嫌な予感がする。

胡散臭い者の放つ……いや、()()()()()()()()()()空気を、僅かに感じる気がする。

初対面の人間に対して信頼の問題など取り上げるべきでもないかもしれないが、あの女には信頼などといった感情など全く出てこない。

気のせいか?いや、だが……

 

「マリアさん、どうしたの?」

 

「静寐か……いや、なんでもない。すまないが、少しだけ厨房を代わってくれないか?他のクラスメイトの接客を見て勉強しようかと思ってな」

 

「うん、いいよ!マリアさん、そういえばこういうの初めてって言ってたもんね。休憩してきてもいいよ?」

 

「いや、ここからこっそりと覗くつもりだ。厨房室は出ないよ」

 

「あ、そうなんだ。うん、分かった!」

 

「すまない」

 

厨房室の壁にもたれ、腕を組み、一夏と女の様子を覗く。変なことが起きなければいいが………

 

 

 

 

 

 

一夏は女性と向かい合って座り、渡された名刺と彼女の顔を交互に見ていた。

 

「えーっと……巻紙礼子さん?」

 

名前を呼ばれた巻紙礼子はニコリと笑い、鞄から書類を取り出し机の上に広げる。

 

「はい。織斑さんに、是非我が社の装備を使っていただけたらなぁと思いまして……」

 

「ああ……えっと、こういうのはちょっと………」

 

一夏の困った反応に、巻紙礼子は一夏の手を握り、さらに主張を強めてくる。

 

「まぁそう言わずに♪こちらの追加装甲や補助スラスターなどいかがでしょう?さらに今ならもう一つ、脚部ブレードもついてきますよ」

 

「い、いや、その……」

 

一夏が上手く断れずにいると、後ろからカツカツと凜とした足音が近づいてきた。

 

 

 

 

「おい」

 

 

 

 

とても、冷たい声だった。

 

 

一夏が見上げると、自分のそばにはいつの間にか厨房室にいるはずのマリアが立っており、巻紙礼子を酷く冷たい目で見ていた。

 

「しつこいぞ」

 

「な、何ですかあなたは────」

 

「ここは喫茶店だ。企業の都合を押し付ける場所ではない。悪いが他のお嬢様たちも待っているんでな」

 

「っ………」

 

一夏はマリアの恐ろしいほどまでの睨みに、思わず息を飲んだ。巻紙礼子は悔しそうな顔をして、書類を片付け、席を立とうとする。巻紙礼子がマリアの横を通り過ぎるとき、マリアが小さな声で巻紙礼子に呟いた。

 

「忠告だ」

 

巻紙礼子が立ち止まった。

 

「────二度と一夏に近づくな」

 

近づけば、容赦しない。

まるでそう言っているかのようなマリアの口調に、一夏は恐怖を感じた。しかし、何故彼女はこれほどまでに怒っているのだろうか。正直、こういった他企業の押し売りはよくあることなのに……。

巻紙礼子が去り際に、マリアと一夏にだけ聞こえるように舌打ちをした気がした。巻紙礼子は颯爽と店内を出ていった。

 

「ね、ねぇ……大丈夫?どうしたの、マリアさん……?」

 

そう言ってマリアと一夏のもとに来たのは静寐だった。

 

「マ、マリア……なにもそこまで言わなくても……一体どうしたんだよ」

 

一夏も戸惑いながらマリアを見つめる。マリアは先ほどまでの冷たい顔を和らげ、彼女自身もホッとしたように、深く息を吐いた。

 

「すまない、一夏、静寐……雰囲気を壊してしまったな」

 

「ううん、他のお客さんはこっちのやり取りに気づいてなかったみたいだから大丈夫だよ」

 

「そうか……いや、それならいい。私のことも気にしないでくれ」

 

「そ、そう……」

 

すると、マリアが一夏の耳元で囁いた。

 

「一夏」

 

「あ、ああ」

 

「あの女は、二度と相手をするな。あちらが近づいてきても、無視をしろ。いいな」

 

「……恨みでもあるのか?」

 

「直感だよ」

 

マリアは一夏に背を向け、静寐に話しかける。

 

「すまないな、静寐。厨房室を任せてしまって。もう大丈夫だ、私が戻るよ」

 

「うん。また何かあったら言ってね」

 

マリアは静かに厨房室へと戻っていった。

 

「ありがとう、鷹月さん。最近、こういうISの装備の話をされるのがやたらと多くて……」

 

「ううん、いいのいいの。織斑くんも大変だね」

 

すると静寐が時計を見て、何か考え込んだ後、一夏を見た。

 

「織斑くん、次休憩入っていいよ。学園の中、色々見て回ってきたら?」

 

「え、いいの?」

 

「そうねぇ……30分くらいなら平気かな」

 

「じゃあちょっとお願いしようかな」

 

他の所も見て回りたかった一夏は、休憩を貰えることに喜びを見せた。すると突然、誰かが一夏の腕に抱きついた。

 

「では一夏さん!私と参りましょう♪」

 

抱きついてきたのは、満面の笑みを浮かべたメイド服のセシリアだった。

 

「セ、セシリア!」

 

途端に一夏の顔が赤くなった。強く抱きつかれているから、なんだか柔らかい感触を感じないわけでもない……という変なことを考え、余計に緊張していく。

 

「待て!そういうことなら私も!」

 

「よし、行くぞ!嫁!」

 

すかさず箒とラウラもそばに来て、一夏を引っ張って行く。すると後ろから静寐が引き止めた。

 

「こらこら!皆一緒に行っちゃうと、お店が困るでしょ!ジャンケンで決めたら?」

 

ジャンケンという言葉に、セシリアと箒とラウラの間で火花が飛び交う。すると厨房室の方からひょこっとマリアが顔を出した。

 

「私も混ざろうか?」

 

「マ、マリアさん⁉︎」

 

「ふふ、冗談だ」

 

笑いながらマリアは厨房室へと引っ込んでいった。セシリアがホッと息を吐く。

 

「では、いくぞ。ジャン、ケン────!」

 

箒の掛け声で、少女たちは拳を突き出す。勝負は一度で決まったようだった。


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