狩人の夜明け   作:葉影

52 / 66
第46話 濫觴

「───……ちか………」

 

………。

 

「───……いちか………」

 

誰だ……?

 

「───……いちか………!」

 

この声は……

 

一夏はゆっくりと目を開く。

途端に眩しい光が目を突き差す。その光はすぐに影に隠れ、やがてその人物は銀髪の彼女だと分かった。

 

「一夏!しっかりしろ!」

 

「ラ……ラウラ………?」

 

「…!目が覚めたか……良かった……!」

 

ラウラがホッとした表情をした。

一夏は痛みが疼く頭を抑え、上半身を起こす。夜空には相変わらず冷たい満月が浮かんでいた。

 

「おい一夏、一体何があったんだ?」

 

ラウラが一夏に心配気に尋ねる。

 

「俺は……確かこの辺りを歩いていて………」

 

一夏は頭の中の記憶を思い起こす。

 

冷たい月……電灯……足音……瓜二つの顔………

 

「そ、そうだ!ラウラ!大変なんだ!」

 

「ど、どうした?何を慌てている?」

 

「ここに侵入者が来たんだよ!顔も千冬姉にそっくりで、俺に銃を突きつけて……」

 

「何だと⁉︎」

 

ラウラは自身のISを部分展開し、ハイパーセンサーを使用し周囲を見渡す。視界がよりクリアになり、コンクリートや草木の葉の表面が鮮明に視認できる。

ラウラは自分と一夏以外に、この短時間で残された足跡が無いかどうかを探してみた。

 

しかし、どこをズームして調べてみても足跡は残っておらず、ラウラは首を傾げる。

 

「とにかく、教官に連絡をしよう」

 

そう言うと、ラウラはISの無線で千冬に繋げる。間も無い内に、千冬の声が聴こえた。

 

『ボーデヴィッヒか。許可無くアリーナ外でISを展開することは禁止しているはずだぞ!』

 

「申し訳ありません。しかし教官、一夏が何者かに襲撃を受けたようです」

 

『なんだと⁉︎』

 

「幸いにも一夏は無事のようですが、侵入者の痕跡も無し。恐らく、ステルス系の武装をしているかと」

 

『分かった。織斑とボーデヴィッヒはその場で待機。調査班を向かわせる。学園内にも警告を出しておこう』

 

「分かりました」

 

ラウラは無線を切り、一夏の隣に座る。やがて直ぐに、近くの学生寮から放送の音が冷たい空気を伝って響いてきた。自室から出ないように、といった注意勧告の内容だった。

 

「一夏、他に何かされた覚えは?」

 

「銃を突きつけられて……それで………」

 

「それで?」

 

「……そうだ!俺は撃たれたんだよ!」

 

「撃たれただと?」

 

ラウラは一夏の身体をじっくりと見るが、傷はどこにも見当たらなかった。

 

「傷は無いようだな……近くに弾痕があるかもしれない」

 

ラウラは改めてハイパーセンサーで周囲の木々を調べてみるが、不自然な傷跡は何も残っていなかった。ラウラの頭の中でますます謎が深まっていく。

 

「確かに撃たれたんだよ!あいつは……俺の頭を狙っていた……!」

 

「……おそらく、恐怖感による気の動転もあるかもしれない。故に気を失ってしまったのかも……」

 

「本当だって!信じてくれよ!」

 

「私はいつだって嫁を信じてるさ。だからこそ、あらゆる可能性を捨てないんだ」

 

キッパリと言うラウラに、一夏もそれ以上何も言わなかった。

やがて教師陣が2人のもとにやって来て、現場で調査が進められ、一夏とラウラはそのまま取調室へ連れて行かれた。

 

 

 

 

 

 

「結局何も分からずじまい、か……」

 

取調室を後にし、校舎を出たラウラは、月を見上げてため息を漏らす。

時刻はすでに夜の11時を過ぎていた。学園は闇の静寂に包まれ、冷たい空気に鼻の奥がつんと刺激される。

一夏はまだ事情聴取をされているらしく、今は一人で寮へと向かっている。

 

「しかし……いくらステルスとはいえ、侵入の痕跡がこれほどまで見つからないとは……」

 

確かにステルスを使用すれば他人の目を欺くことが出来る。しかしいくら透明になろうと、学園を1mmの隙間無く囲むセキュリティーバリアに侵入する際、必ずそこには電磁波の不自然な乱れが僅かながらにも生じるはずなのだ。高度なステルスとは、その乱れをいかに小さく出来るかどうかにかかっており、完全に消すことは今の技術では不可能なのだ。

しかし調査班によれば、今のところそのような痕跡は全く残っていないというのだ。まるで、()()()()()()()()()()()()()()かのように……。

 

pppp……

 

ラウラは着信音に気付き、太ももに着けている着脱式の超小型ディスプレイを手に取る。

そこには、『Clarissa Harfouch』という名前が映し出されていた。

ラウラは画面を押し、耳に当てる。

 

「クラリッサか」

 

『申し訳ありません、隊長。そちらはもう夜中ですね』

 

「構わん。それで?」

 

『はっ。二つ、報告することがあります』

 

「……カリンとニーナのことか」

 

『……はい。それが一つ目、そして依然として二人は行方不明です』

 

「……そうか」

 

ラウラは側にあった電灯に背を預け、肩を落とす。

 

「……それで、二つ目は?」

 

『はっ。隊長も軍上層部から以前に連絡を受けたと思われますが、我々シュヴァルツェ・ハーゼでの『越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)』の試用実験が今日から始まります。念のため、その報告を』

 

「そうか……今日からだったな」

 

以前、ラウラは軍の上層部よりこの件について連絡を受けていた。

ドイツ軍内でIS配備特殊部隊・黒兎隊(シュヴァルツェ・ハーゼ)が編成されて以来、『越界の瞳』を移植されているのはラウラだけ、という状態だった。

ラウラがまだ隊員ではなく、遺伝子強化試験体(Advanced)という扱いだった当時────『越界の瞳』の開発・移植技術はまだ発展途上だった。そのため、開発過程での失敗も数多く発生し、その結果、身体能力の向上が見込まれるはずだったラウラは、力の制御が出来なくなり、全ての能力値において最低成績を出してしまったのだ。

自身が『失敗作』の烙印を押された過去もあり、ラウラは隊員たちの今後を考えると不安になった。

ラウラの気持ちを汲み取ったのだろうか、クラリッサは電話越しにラウラを励ます。

 

『……ご心配なさらず、隊長。移植を終えた隊員たちは皆、普段と変わらず元気に働いています』

 

クラリッサの励ましに、ラウラはホッとしたような笑みをこぼした。

 

「そうか……。ん……?『移植を終えた隊員たち』……クラリッサ、お前は移植手術を受けていないのか?」

 

クラリッサは、少しばかりの乾いた笑いを出した。その笑い声は、どこか悲しく聴こえた。

 

『私の身体能力が他の隊員と比べて著しく低いことは、隊長もご存知の筈です。私に移植手術を施したところで、大した向上は見られないと判断したのでしょう。それに、手術をした者とそうでない者の比較をするにも、私の存在は丁度いい』

 

「……クラリッサ、あまり自分を卑下するな。お前は頭が良い。我らシュヴァルツェ・ハーゼも、お前がいなければまともに機能しないだろう。私はお前を誇りに思っている」

 

『はっ!光栄です、隊長!』

 

クラリッサは凛々しく返事をするが、身体能力が低いために、自分だけ『越界の瞳』を移植されなかったことに、少なからずの哀しさと疎外感を感じているのかもしれない。ラウラには彼女の気持ちが、よく分かった。

 

「それで、実験はどのような過程で記録される?」

 

『はっ。今日から毎日、数名の隊員による実験報告が動画として記録されていきます。今も別室で、彼女たちがカメラに向かって報告をしているところです』

 

「そうか……。では、私はこれで失礼する。何かあれば、また報告を」

 

『はっ!』

 

通話を切り、ラウラは端末を太ももにしまう。夜空を見上げたラウラの口から、ほんの少しだけ、白い吐息が出た。

 

「……今日はよく冷えるな………」

 

この空気をさらに冷たくするように、月が白く輝いていた。

 

 

 

 





『調査報告書』

10月◯◯日20時30分頃

1年生・織斑一夏が何者かに襲撃を受ける。
調査班の報告によれば、現場には侵入者の痕跡は発見されず、学園包囲バリアにも電磁波の乱れは生じていない。
現場にいた織斑一夏、並びに1年生・ラウラ・ボーデヴィッヒに事情聴取をするも、侵入者についての情報は掴めず。
織斑一夏は侵入者から発砲を受けたと主張しているが、外的損傷並びに現場周辺にも弾痕は見つからず。
尚、監視カメラには映っていない場所で事件が起きたため、今後監視カメラの数を増やすことを検討されたし。

備考:引き続き、織斑一夏の事情聴取を行うべきかと思われる。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。