狩人の夜明け   作:葉影

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今回から形式を変えようと思います。
前書きは僕のつぶやきであったり更新に関する事などを書いて、あとがきは小説の内容に関する事を書いていきたいと思います。
よろしくお願いします。


第4話 家族

入学することが決まった後、マリアはいくつかの書類を書かされた。とは言っても、入学するための誓約書に署名をする程度の簡単なものだった。

学園生になるということで、新学期からマリアにも学生寮の部屋が与えられるらしい。真耶はマリアと千冬の横で、また部屋割りを考えないといけないんですね……と頭を抱えて嘆いていた。

 

そしてマリアにも専用機が作られることになった。

千冬がイギリス代表候補生の専用機を製造した研究所に電話をして話を聞いてみると、是非ともマリアの専用機を作りたいと言われた。その研究員曰く、ISに触れることによる損傷については彼らにとっても謎が多く、まだ候補生のデータしか記録が無いので、マリア自身のデータも取りたいとのことだった。

千冬がマリアにその旨を伝えると、マリアはすんなりと了承した。

後日、研究員が学園に来日して、マリアの身体データや、マリアが希望する専用機のスペックなどを伺うらしい。

 

 

そんなこんなでマリアのこれからの予定が決まり、今は学園を出て千冬と帰路についているところだ。

2人は今、学園から市街地へ繋がるモノレールに乗っている。

マリアの生きていた時代は主に馬車や蒸気機関車が使われていた頃で、鉄道の存在自体は知っていたが、モノレールは煙などを排出せず電気を動力とし、非常に静かに走るので、それを初めて目の当たりにしたマリアは再び驚いていた。

 

市街地へ続くモノレールは海の上を走り、空は夕焼け色に染まっている。

2人は向かい合って座り、車窓から見える景色を静かに眺めていた。

 

しばらく眺めていると、千冬が口を開く。

 

「今日は色々あったな」

 

2人にとって、今日起きた出来事は予期しないことばかりであったので、お互いに少し疲労の表情を浮かべていた。マリアも、ああと頷いた。

 

またしばらく沈黙が続き、今度はマリアが口を開いた。

 

「千冬の弟はどんな人なんだ?」

 

「弟か?そうだな……一言で言えば、唐変木だ」

 

「はは、ひどい姉だな」

 

マリアは千冬のバッサリとした冷たい紹介の仕方につい笑みをこぼす。

 

「料理、掃除、洗濯……家事全般はなんでも器用にこなす。マッサージだって出来る。だが女心には丸っきり鈍くてな。それも笑えないレベルだ」

 

「そこまでなのか」

 

「ああ」

 

千冬は話しながら呆れ顔をしていた。マリアもその顔を見て微笑む。

 

 

少し間を置いて、千冬は海を眺めて小さく呟いた。

 

 

「………だが、一度覚悟を決めたことは最後までやる男だ」

 

 

聞こえるか聞こえないか曖昧な声だったが、マリアにはしっかりと届いていた。

 

 

「……仲が良いんだな」

 

「そう思うか?」

 

「そのくらい、見れば分かるよ」

 

「……そうか……」

 

 

千冬と話しながら、マリアは過去のことを思い出していた。

 

自分には家族の記憶が無い。

 

棄てられたのか、勝手にどこかに行ったのか、それとも殺されたのか……それすらも分からない。

もしかすると、本当は家族など最初からいなかったのかもしれない。

 

家族のことなど考えたことはほとんど無かったので、悲しさを感じることも今まで無かったのだが、家族のことを話す千冬のどこか優しげな表情を見ると、ほんの少しだけ彼女のことが羨ましくなった。

 

 

 

マリアは窓の外の夕陽を見て、小さく呟く。

 

 

「……綺麗だな………」

 

「……ああ」

 

 

自分の記憶にある光景はいつも夜だった。

あんなに綺麗な夕陽は長い間見ていない。

 

2人は少し赤味がかったオレンジ色の夕焼けに染まった水平線に目を奪われていた。

駅を降りるまで、彼女たちがそれ以上話すことはなかった。

 

 

 

 

〜〜〜

 

 

 

 

「ここが家だ」

 

辺りはすでに暗くなっており、うっすらと三日月が顔を出している。

千冬とマリアはそれぞれ食材の入ったレジ袋を持ち、やっと織斑家に着いたところだ。

 

 

先程、千冬と初めてスーパーに行ったマリアは、食材の豊富さと、それらを揃える環境の良さにまたまた驚いていた。

マリアは、美味しそうなお菓子や食材を見つけては千冬に「あれは買わなくていいのか」と尋ね、その度に千冬は「必要ない。次から自分で買うことだな」とマリアに言い放った。

しかし千冬はマリアに厳しく言いつつも、マリアの欲しがっていたチョコレートのお菓子を一つだけ密かに買い物かごに入れてやったので、それに気づいたマリアは何だか自分がわがままな子どものような気がして顔を赤らめ、恥ずかしいのか小さな声で千冬にありがとう、と伝えた。

 

 

千冬は家の玄関を開け、マリアに入るよう促した。

マリアはありがとうと言い、家の中に入る。

奥の方から「おかえり」と声がした。

その声の主は奥の扉から顔を出し、2人の元へと駆け寄った。

 

「千冬姉、おかえり。食材買ってきてくれた?」

 

「ああ、これで良いのだろう?」

 

「サンキュー、助かるよ。んで千冬姉、この人は……」

 

そう言うと彼はマリアへと視線を向ける。

 

「ああ、彼女はお前と同じで春からIS学園に入る者でな。諸事情で泊まる家が無く、入学までここに居させてやろうと思うんだが、構わないか?」

 

「俺は大丈夫だぜ。はじめまして、えーっと……」

 

「私の名前はマリアだ。マリアと呼んでくれればいい。そしてしばらくの間世話になる。本当にありがとう、千冬、そして……」

 

「ああ、俺の名前は一夏。一夏と呼んでくれ」

 

「そうか、一夏。本当にありがとう」

 

マリアは千冬と一夏に頭を下げる。

そしてその後、一つ気になることを聞いてみた。

 

「さっき、一夏もIS学園に入学するようなことを言っていたが……」

 

そう言うと、千冬が少し困惑したような表情を浮かべた。

 

「ああ。実は最近、一夏がひょんなことでISを起動してしまってな。ISは本来女性にしか扱えない筈なんだが、世界初の男性IS操縦者となってしまい、学園に入学することになってしまったというわけだ」

 

なるほど、千冬が学園で「ISは本来は女性にしか起動出来ない」と言っていたのはこのことだったのか、とマリアは納得する。

一夏は千冬とマリアから食材の袋を受け取り、2人にリビングへ入るよう促す。

 

「料理、今から作るから。2人とも上がってくれ」

 

 

 

〜〜〜

 

 

 

早速調理に取り掛かろうとした一夏に、マリアが少しでも手助けをしたいと一夏にお願いした。

千冬はちょうどシャワーを浴びていた。

 

「うーん、でも今日の料理は簡単だから、手伝ってもらうことはそんなに無いぜ?」

 

「これからしばらく世話になるんだ。一つでも手助けをさせてほしい」

 

「そっか。じゃあ、今から俺がこの白菜をどんどん切るから、この白菜をさっき買ってくれた豚肉で包んで、この鍋に敷き詰めてくれ」

 

「それだけでいいのか?」

 

「ああ。出来そうか?」

 

「任せてくれ」

 

2人が会話を終えると、一夏は手際良く白菜を適当なサイズに切っていく。

マリアは切り分けられた3〜4枚の白菜を薄い豚肉でしっかりと包み、鍋にどんどん敷き詰めていく。

料理など全くしたことがないマリアにとっては新鮮な感覚で、鍋が白菜と豚肉で覆われていくごとに楽しみを感じた。

一夏が最後に切り分けた白菜を豚肉で包んで鍋に入れると、ちょうど鍋が満杯になった。

 

「よし、後はここに出汁の素をかけて……水を鍋に少しだけ入れる、と……」

 

一夏は鍋に少量の水を入れた。

 

「一夏、もっと水を入れなくてもいいのか?」

 

「白菜から水が出てくるからな。少ないくらいがちょうど良いんだよ」

 

「なるほど」

 

そして一夏は冷蔵庫の中から、あらかじめ細かく短冊切りにされた生姜を取り出した。

 

「生姜を鍋に入れて、と……。よし、完成だ!後はじっくりと火にかける」

 

「ずいぶんと分かりやすいレシピだったな」

 

「手間はかかってないけど、味は保証するぜ。手伝ってくれてありがとうな」

 

「なんてことないさ」

 

2人はしばらく談笑しながら、料理が出来上がるのを待った。

 

 

 

〜〜〜

 

 

 

「よし、そろそろ良いかな」

 

一夏がコンロの火を止めたところで、千冬が顔を出す。

 

「ほう、今日は鍋か」

 

「あ、千冬姉。シャワー終わったんだな。ちょうど今出来たんだよ」

 

「そうか、なら頂くとしよう。マリア、ここの椅子に座るといい」

 

「ありがとう、千冬」

 

椅子に座った千冬とマリアの前に、一夏が台所から大きな鍋を持ってテーブルに置く。

 

「ほい、今日は豚肉と白菜を使ったミルフィーユ鍋だ!マリアが鍋に敷き詰めてくれたんだぜ」

 

「そうなのか。上手く出来てるじゃないか、マリア」

 

「大したことじゃないさ。形が崩れなくて良かった」

 

「冷めないうちに食べようぜ」

 

千冬と一夏は手を合わせていただきます、と一言言った。

マリアは、これがここでの食べるときの所作か、と思い同じように手を合わせた。

3人は鍋から自分たちの皿に具材をよそった。

マリアにとって箸を使うのは初めてだったが、意外とあっさり使うことが出来た。

案外自分は手先が器用なのかもしれない、と独りでに思う。

 

3人はそれぞれ具材を口に運ぶ。

 

「一夏!この料理、とても美味しいぞ」

 

「ありがとう、マリア。この料理を食べるのは初めてか?」

 

「ああ」

 

「生姜がまた良い役割をしているな」

 

「千冬姉、生姜好きだろ?ちょっと多めに入れといたんだぜ」

 

「ふっ、そうか」

 

 

 

 

マリアは千冬と一夏と共に料理を食べながら思う。

こうして誰かと同じ物を食べ、同じ空間を共有し、同じ感動を得るのは、人間にとって大切なことの一つなのかもしれない。

自分はこの感覚を長い間忘れていた。

当たり前のようで、しかし貴重な時間。

家族と共に同じ物を共有し、互いに会話をして、日々を過ごしていく織斑家の姿に、マリアは微笑ましい気持ちになる。

マリアは呟くように口を開いた。

 

 

 

 

「暖かくて……良いものだな…………」

 

「ん?そりゃ鍋は温かいのが一番だろ」

 

「ふふ、そうだな………」

 

 

 

 

美味しい料理は食べる人同士を繋ぎ合わせる。

同じ団欒とした空間を共有する暖かい3人の姿が、そこにあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから時は経ち、数週間後。

桜の花が開花し、春の景色に彩りが増える時期になった。

今日からIS学園に入学するマリアは、これから過ごす学園生活に不安の気持ちと少しの期待を心に抱き、織斑家を後にする。

 

 

 




「………どこに行った………?」



1人の女性が何かを探している。



「工房の中にも外にもいない……。逃げたのか?それとも死んだか……」



女性はしばらくの間歩き回っていたが、やがて諦め、今にも壊れそうな木製の車椅子にゆっくりと座る。



「まぁ……どちらでも良い」


「人形の一つや二つ、消えたところで問題は無い、か……」



周りには一面を覆い尽くす白い花が咲いており、その中には沢山の墓石がある。



「話し相手は減ったがな……」



そして彼女は空にある月を見た。



「………青いな………」



青白い月の光が花や地面を美しく照らす。

空に漂う青白い月を見る彼女の髪は炎よりも赤く、またその瞳も血のように赤く染まっていた。

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