狩人の夜明け   作:葉影

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イメージ曲
Moonlit Melody - Bloodborne OST

自分で書いてるくせに手に負えないくらい難しい話です


第40話 再来

山の深い森を駆ける。

僅かに残された足跡、不自然に折れた地面の枝葉たち、そして風と共に漂ってくる月の香り。

 

「ハァ……ハァ……どこへ……?」

 

額から流れる汗を拭い、私はとにかく走り続ける。ついには足跡も無くなり、手掛かりは僅かに香る月の香りだけとなった。

あまりにも深い森に、方向感覚が通用しない。セシリアの領地の森を思い出す。

 

暫く走っていると、月の香りが強くなりはじめた。そして同時に、(おびただ)しい血の匂いが鼻の奥を不快に刺激してくる。

木々の葉が風に揺れ、葉の擦れる音が聴こえてくると同時に、耳の中で数々の悲鳴が響く。

数多くの、恐怖に震えた女の叫び声。

月の香りの方向へ足を進めるにつれ、叫び声も血の匂いも強くなってくる。

私は理解していた。

この叫び声は自分の錯覚であるということを。

そして確信していた。

この叫び声を出させている犯人が、奴であるということを。

 

海の音がした。

この木々を抜けた先に、奴がいる。

私はその場所へ、ゆっくりと歩を進める。

月の香り、血の匂い、女の叫び……近づくにつれ全てが強烈なものとなり、頭が狂いそうになる。

木々の向こうに海が見えた。

私はついに、最後の木をどかす。

 

奴の姿が見えた途端、女の叫び声は消えてしまっていた。

崖の上で、月の香りの狩人は腐った倒木に座り、古びた本を開いていた。

ページを捲る音がやけに鮮明に聴こえる。

 

「───『死は我々を天使にし、翼を与えてくれる』……」

 

「………」

 

「……憐れじゃあないか。『生』に執着する一方で、人間は『死』に好奇を(そそ)る」

 

月の香りの狩人は古びた本をゆっくりと閉じ、雲が広がった暗い海へと目を向ける。

 

「海に浮かぶ銀の彼女は翼を得た………君は彼女が、天使になれたと思うか?」

 

私の後ろで、木々たちが風に揺られて葉を揺らす。

 

「福音の仕業は……貴様か……?」

 

「ふっ、私はただの傍観者だよ」

 

月の香りの狩人はゆっくりと立ち上がり、振り返った。暗闇の中でも、その髪と瞳は血のように真っ赤に映えていた。

 

「久しぶりだな」

 

 

 

 

 

 

「いくつか聞きたいことがある」

 

私は月の香りの狩人に言い放った。月の香りの狩人は腕を組み、僅かに見えた両目をこちらに向ける。

 

「……何を企んでいる?」

 

月の香りの狩人は黙っている。私は言葉を続ける。

 

「貴様が私を殺したのはおよそ200年前だ。嘗てのヤーナムも今はイギリスになり、狩人たちも悪夢も存在しない。狩人たちが何度も死を繰り返す時代は終わった。それなのに、何故貴様は生きてるんだ?」

 

月の香りの狩人は鼻を鳴らし、私に言い放った。

 

「夢は最早(もはや)存在しない……本当にそう思っているのか?」

 

「……何だと?」

 

「だが、君の顔を見る限り、どうやら記憶は取り戻したらしいな。それに……()()も君と一緒のようだ」

 

『人形』。

月の香りの狩人は、イギリスで現れた時、私に人形の居場所を聞いてきた。

その時私は何のことか分からなかったが、帰国後、学園の森の中で人形を見つけたのだ。

恐らくそれが、彼女の言う『人形』。しかし私はその人形がどこに消えたのかは知らない。

だが今彼女は人形が私と一緒にいると言った。この近くに、人形がいるということか。

 

「その人形……誰が作ったかは知っているか?」

 

月の香りの狩人が私に問う。私は黙り、彼女の言葉を待つ。

 

「君の嘗ての恋人だよ」

 

「なんだと⁉︎」

 

私の嘗ての恋人────ゲールマンだ。奴は何故ゲールマンのことを知っている?

 

「余程君のことを想っていたらしい。執愛も行き過ぎると、大したものだ」

 

「何故彼を知っている⁉︎」

 

「───()()が答えさ」

 

月の香りの狩人の行動に、私は背筋が凍った。

いつの間に持っていたのだろう。彼女は背中から人間よりも一回り大きな鎌を取り出したのだ。

その巨大な鋭い鎌を、私はよく知っていた。何故ならそれは、()が使っていた狩武器だったからだ。

 

「貴様ぁぁああああ!!」

 

私は落葉を展開し、月の香りの狩人に詰め寄り落葉の刃を彼女の首元で止めた。私の行動を予想していたのか、彼女が一歩も動かずただこちらを見ていたのがひどく腹立たしい。

息を荒くして、私は彼女を睨みつける。

 

「……殺したのか………⁉︎」

 

「彼がそれを望んでいた」

 

月の香りの狩人が、目に見えない速さで私を脚で蹴る。飛ばされた私は、後ろの木の幹に身体をぶつけた。

 

「がはっ……!」

 

「あの古狩人もまた、悪夢に囚われていた。秘匿された()()を探し続けるという悪夢にな」

 

「赤子、だと……?」

 

 

 

 

 

 

ビルゲンワース────大戦で人工赤子を失った彼らは、嘗て見つけた遺跡にある赤子の化石を復活させるという思想を持った。

君も人工赤子のことは覚えているだろう?それとは違う、本物の赤子だ。

赤子の化石……つまり元を辿れば、トゥメルの女王・ヤーナムの赤子だ。ヤーナムは月を司る指導者と崇められたゴースと交わり、赤子をもうけた。

しかし宇宙を支配していたゴースも、ある時神殺しに遭う。後に、月の魔物が新しい支配者となった。

 

ある日、ついにビルゲンワースは赤子の化石の復活を遂げた。赤子の及ぼす力の余波は恐ろしく強大なものとなり、君の隠していた漁村……そこに打ち棄てられたゴースの遺骸にも力が及んだのだよ。

赤子の力を受けたゴースの遺骸は長大な悪夢を創り出し、そこに君が囚われたというわけだ。

 

赤子の力の余波は宇宙にまで届き、嘗てゴースに従っていた上位者たちも赤子の復活を知ることとなった。そしてゴース派の上位者たちは、赤子を秘匿したのだ。月の魔物に反旗を翻すためにな。

月の魔物が赤子の復活を知り、赤子の力に危機を感じて地球に飛来したときには、もう既に遅かった。赤子は既に秘匿され、行方も分からなくなっていた。

 

このまま地球にいれば、いずれゴース派の上位者たちに殺される日も来てしまうかもしれないと、月の魔物は考えた。それほどまでにゴースに仕えていた上位者は多かった。一種のカリスマ的存在だよ。

そこで月の魔物が目をつけたのが(ゲールマン)だ。月の魔物が地球を離れる間に、彼を使って赤子を捜させる。赤子が見つかれば、月の魔物がまた地球に飛来し、赤子を殺す。

彼も赤子にはいい思い出が無いからな。何せ、恋人の君が殺されたんだ。彼も快く承諾しただろう。

 

君が悪夢に囚われている一方で、いつしか老いぼれとなった彼は狩人たちに赤子を捜させ、狩人を使っては殺し、使っては殺した。赤子はいつまで経っても見つからなかった。

だが、ついに私が赤子を見つけてしまった。

赤子を見つけた私を、彼は介錯しようとした。

私は拒否し、彼と刃を交えた。この鎌はその時の戦利品でね。

その後、私の前に月の魔物が現れた。月の魔物は私を新たな使者として仕えさせようとした。

しかし、私の中である好奇心が芽生えた。『この魔物を殺せばどうなるのだろう?』と。

 

答えは簡単だった。

宇宙を支配するほどの力を持った月の魔物……それを殺した私は、既に人間ではなかった。

この世ならざる存在こそが『神』と呼ばれたり『仏』と呼ばれたりする。『神』同士の争いに負けた者は、勝った神の世界の一部として取り込まれ、彼の神話を彩る『引き立て役』に成り下がる。基本的な話だ。とても基本的な話だ。

月の魔物も、所詮は引き立て役に過ぎなかった。

 

 

 

 

 

 

月の香りの狩人の話を受け、そしてセシリアから聞いた御伽噺を思い出し、私の頭の中でパズルのピースがはまっていく。

 

「巫山戯た話だ……笑わせてくれる……」

 

「………」

 

「つまり……こういうことか………貴様は上位者になったと……」

 

月の香りの狩人は答えない。だが、それは肯定の意だということを私は察する。

 

「では尚更……この世界で何を企んでいる⁉︎」

 

私は立ち上がり、再び落葉を月の香りの狩人に向ける。月の香りの狩人はそれに怯えることなく、刃よりも冷たい目でこちらを見る。

 

「上位者の力を得た私でも、全知全能になったわけではない。まだまだ出来ないことは山程ある」

 

「………」

 

「この星は見ていて飽きなくてな……。私の求める知識が数多く眠っている。試した結果が成功だろうと失敗だろうと、それらは私の知識として蓄えられる」

 

月の香りの狩人の言葉を聞いて、私の中で確信が出来た。セシリアから聞いた()()()の犯人は────

 

「試した……そうか、貴様が………」

 

「?」

 

「貴様はこの200年の間、多くの人間を犠牲にしてきた。更なる力と、知識を求めるが故に……」

 

「………」

 

「反吐が出そうだ……それに、貴様が漂わせていたこの血の匂い……いや、ただの血ではない……()()の血の匂いだ……」

 

「………」

 

「さっき聴こえていた女たちの悲鳴も……この血の匂いも……全て貴様が過去にやったことか……!」

 

「………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────Jack the Ripper(切り裂きジャック)とは、貴様だな……⁉︎」

 

 

 

 

 

 

「貴様が現れたあの日……19世紀末にイギリスで連続発生した猟奇殺人事件について調べてみた」

 

「ほう?」

 

「ジャックと呼ばれた犯人は、狩人の最後の生き残りだったそうだ」

 

「ふん……」

 

「この世界の史実では、ジャックが殺害した人間は全て売春婦。犯行手段は被害者の身体を切り裂き、性器等の内臓を摘出するという極めて残酷なものだった」

 

「物好きもいたものだ」

 

「とぼけるな!何故殺した⁉︎何をしようとしたんだ!」

 

刃先が震えてしまう。

私は怯えているのだろうか。この反吐が出そうな狂気に。

 

「───当時は私も赤子の成長に興味があってな……ふと疑問に思ったんだ。『赤子に上位者の血を入れたらどうなるか』と……」

 

月の香りの狩人の目が、妖しく光る。

 

「売春婦は若い人間がほとんどだ。若いほど人間の身体というものは活力がある。その中でも私は、既に身籠ってしまった売春婦に目をつけた。様々な赤子を見たよ……子宮で育って半年程経つであろう赤子もいれば、手のひらに収まるくらいの赤子もいた」

 

想像し、吐き気が込み上げる。しかし私はじっと堪える。

 

「だが赤子に血を入れても、どれも直ぐ死に至るものばかりだった。赤子に飽きた私は、イギリスの街から手を引いた」

 

セシリアが被害者たちの遺体写真をカラー調に再現したとき、遺体には灰色の混じった血が写し出されたと言っていた。

つまりこれの本当の理由は、被害者たちが獣だったからというわけではない。上位者になり損なった赤子は獣と化し、そして死に至る。写真に写された灰色の混じった血は、もはや人間ではなくなった赤子が身体から撒き散らしたものだったのだろう。

 

「その後、私は夢の中の工房で考え続けた。人間を上位者にし、自分に仕えさせるにはどうすればよいのか……」

 

「………」

 

「そしてついに、一つの答えを見出した。上位者を創り出すには、()()()が必要なのだと……」

 

「赤い月……?」

 

「なんてことはない。ビルゲンワースの言っていた答えに再び戻っただけの話だ。だがこの200年、赤い月は現れていない。いや、隠されていたのだ。意図的にな」

 

「意図的に、だと……?」

 

「私が人形を探していたのは、それが理由だよ」

 

月の香りの狩人は、私の耳のイヤーカフスに目を向ける。

 

「────人形は赤い月を隠したまま、突然夢の中の工房から姿を消した。そして世界との繋がりを全て破壊し、私を工房に閉じ込めた」

 

「なんだと……⁉︎」

 

「君もイギリスに来た時、感じただろう?見知った街並みの地形が大きく変化した違和感……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……。人形が世界との繋がりを無茶苦茶にしたせいで、それがこの世界の地形に影響を与えたのだ」

 

私はイギリスでのことを思い出す。

ロンドンにある時計塔……あの先にあるのは海だったはずなのに、そこには川しかない。

そして時計塔の周りの地形も変化し、ロンドンの深部に残っているはずの古工房は、セシリアの領地の森の奥深くにあった。

 

「時間をかけ、やっとのことで一つだけ世界との繋がりを回復させ、そこへ飛んでみた。すると驚いたことに、そこは私のいた夢の中と同じ古工房……そして君と、カインハーストの生き残りがいたわけだ」

 

「だが、あの時古工房に出現した灯りはセシリアが破壊したはずだ!それなのに何故────」

 

「忘れたのか?」

 

月の香りの狩人が突然鎌を構え、私に突進する。

私はレッド・ティアーズを展開し、鎌を左手の装甲で受け止め、エヴェリンを展開し月の香りの狩人の心臓を撃つ。

しかし、撃ったつもりの身体は消えており、私は背後に気配を感じて落葉と共に振り向いた。

 

しかし、もう遅かった。

 

「ぐっ……!」

 

月の香りの狩人の鎌は私の胸を貫き、私は血を吐いていた。熱い痛みが、胸からどんどん広がっていく。

 

そして月の香りの狩人は、私の胸から鎌を引き抜いた。

私の視界は大量の血液に溢れ、そして空中に散らばった私の血は、空をも赤く染め上げた。

 

私は地面に倒れ、赤く染まった空を見上げる。

 

「今日はあの日から一ヶ月……()()()()だ」

 

「うっ……はぁ……」

 

「月には二種類ある。一つは人間たちが普段見る月。もう一つは……常に赤く染まった月だ」

 

「き……さ…ま……」

 

「人形が隠しているのは、常に赤く染まった月。だが人形はその月を隠すことに力を全て使っている。普段人間たちが見ている月の方には手が出せないのだよ」

 

私は目を見開く。

水平線の上、空には先ほどまで立ち込めていた雲は全て姿を消し、赤く染まった月が現れていた。夜なのに、まるで夕方のように明るい。

 

「その普段の月が皆既月食となり、偶然私もここに来ることができた……」

 

月の香りの狩人の持つ鎌の先から、赤い血が滴る。

 

「赤い月……海に浮かぶ銀の彼女も、また新たな顔を見せるだろうな……」

 

地面が血に染まっていく。血を流しながら這いずり、月の香りの狩人から離れようとする私の視界の遠く彼方に、見知った人物たちが現れた。

 

それは、ISを身に纏った箒、セシリア、鈴、シャルロット、ラウラだった。彼女たちは皆海の上を飛んでいき、水平線へと消えていく。彼女たちの向かっている方向は、福音のいるであろう方角だった。

 

「だ……めだ……に……げ……」

 

「さて、せっかくの赤い月だ。私も今の内に会える人物に会っておこう」

 

「や……め………」

 

「ではな」

 

 

 

 

 

ザンッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月の香りの狩人は、マリアの心臓に突き刺した鎌をゆっくりと持ち上げる。地面は血に染まり、崖下へと滴り、海の一部となっていく。

息絶えた彼女を見て、月の香りの狩人はマリアの腕に鎌を添える。

 

「手間をかけさせてくれたものだ……ここ(機体)に隠れていたとはな」

 

マリアの遺体にまだ装着されている手足の装甲、レッド・ティアーズに刃先をつける。

 

 

 

 

 

 

 

しかし、月の香りの狩人は少し考えた後、鎌を引っ込める。

 

「ここでお前を殺すのも悪くはないが……」

 

月の香りの狩人は鎌を背中に背負い、マリアの遺体を見下す。

 

「まだ楽しめるかもしれんな」

 

月の香りの狩人は踵を返し、その場を後にする。心臓を貫かれたマリアが目覚めることはなく、彼女の穢れた血が、崖下の海を真っ赤に染め上げた。

 

 

 

 

 

 

「───さて、久しぶりに会いにいくか。なぁ、()()()

 

 

 

 

 

 




『葬送の刃』

最初の狩人、ゲールマンが用いた「仕掛け武器」。

すべての工房武器の原点となるマスターピースであり、その刃には星に由来する稀少な隕鉄が用いられている。

ゲールマンは狩りを、弔いになぞらえていたのだろう。せめて安らかに眠り、二度と辛い悪夢に目覚めぬように。

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『赤い月が近づくとき、人の境は曖昧となり、偉大なる上位者が現れる』

───ビルゲンワース建物2F 本棚

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