狩人の夜明け   作:葉影

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最近よく感想欄で、文の最後に必ずミコラーシュの叫びを入れる皆さんの団結力がたまらなく好きです。ありがとうございます。笑
ちなみにミコラーシュとはBloodborneに出てくる人間のボスで、その独特なセリフと風貌が印象的なために、よくネットでイジられている人物でもあります。
感想欄でミコラーシュの叫びが出ると、僕はそれを最近流行りの熱盛ならぬ『ミコ盛』と呼んでいます。ミコ盛て。


第38話 虚空

作戦開始5分前。

メンバーは砂浜で最後の準備を行っていた。

箒と一夏はそれぞれISを展開し、待機している。

一夏が自分の装備や福音のスペックデータの最終確認をしていると、そこにマリアがやってきた。

 

「……一夏」

 

マリアは一夏の側に寄り、白式を纏った一夏を見上げる。

 

「どうしたんだ?」

 

「すまない……私が一夏の代わりに出撃できれば良かったのだが……」

 

「マリア……」

 

 

─────────

───────

─────

 

 

数十分前、マリアは千冬に、自分が一夏の代わりに戦いへ向かうことを志願していた。無人機……一夏は無人機といえど、過去のことがあるので少なからず恐怖を覚えているはずだ。マリアはそれを考え、千冬に交渉したのだ。しかし、千冬はそれを却下した。

 

『マリア、確かにお前は強い。だがお前の機体───緋い雫(レッド・ティアーズ)は通常のISと全く異なった性能をしている。正直、未知数だ』

 

『だが────』

 

『今回の作戦の要は、いかに即座に目標を無力化できるかどうかだ。お前の戦闘力は高いが、ここは一撃必殺の零落白夜を持ったあいつが適任だ』

 

『………』

 

『私がお前を行かせない理由はもう一つある』

 

『もう一つ……?』

 

『もし仮に……作戦が失敗すれば、ここも襲撃される可能性は大いにある。お前には、最後の砦になってもらいたい』

 

『………』

 

ここを襲撃されれば、自分たちだけでなく、静寐や本音や癒子……彼女たちだけじゃない。一年生全員が危機に晒されてしまう……マリアは頭の中で想像した。そして、口を閉ざしてしまう。

 

『……分かってくれ』

 

千冬は僅かに震えた声でそう言い、踵を返した。

一夏を一番行かせたくないのは、きっと彼女だ。教師と生徒の関係である前に、二人は姉弟だ。適任が一夏ということは千冬自身も理解しているが、危険な目には遭ってほしくない。しかし自分の弟だからといって作戦に公私を混同させるのはもってのほかだ。彼女自身も、複雑な葛藤と戦っているのだ。

 

千冬の覚悟、そして自分に課せられた役目を認識したマリアは、それ以上千冬に何も言うことが出来なかった。

 

 

─────

───────

─────────

 

 

「そんな顔すんなって、マリア」

 

「だが……」

 

「俺にしか出来ないことなんだろ?むしろ誇らしく思うぜ。ま、確かに緊張はしてるけどな」

 

「一夏……」

 

「マリアの気持ちはすげー嬉しいぜ?ありがとな」

 

一夏は笑顔でマリアに明るく振る舞う。マリアの心が、ズキリと傷んだ。

やり場のない感情に襲われたマリアは、最後に一夏に告げる。

 

「一夏」

 

「ん?」

 

「作戦前にこんなことを言うべきではないかもしれないが………───無茶はするな。退くことも賢い考えの一つだ」

 

真剣な面持ちでマリアは告げる。一夏もその忠告を、しっかりと胸に刻んだ。

 

「……ああ、分かったよ」

 

「い、一夏さん……」

 

二人のもとに、セシリアが心配気な顔をしてやってきた。

 

「セシリア……」

 

一夏も彼女に振り向く。

 

「一夏さん……無事に、箒さんと帰還してください……陰ながら祈ってますわ」

 

「ああ」

 

「この作戦は一夏さんが要ですが、それは貴方が一人だという意味ではありません。セシリア・オルコットは……そして私たちは、常に貴方と共にあります。それを、お忘れなきよう」

 

「……ありがとう、セシリア」

 

「時間だ」

 

千冬が時計を見て二人に伝える。そして一夏と箒にオープン・チャネルを繋げる。

 

「織斑、篠ノ之、聞こえるか」

 

『はい』

 

『聞こえています』

 

一夏と箒はしっかりと返事をする。

しかし一方で、マリアと千冬はあることに気付いていた。箒の返事が、ほんの少し上ずっているように聞こえたのだ。

 

「何度も確認したが、最後の確認だ。今回の作戦の要は一撃必殺だ。短時間での決着を心懸けろ」

 

『はい』

 

『織斑先生。私は状況に応じて一夏のサポートをすればよろしいですか?』

 

マリアと千冬の表情に、険しさが増した。

 

「そうだな……だが無理はするな。お前はその専用機を使い始めてからの実戦経験は皆無だ。突然何かしらの問題が出るとも限らない」

 

『分かりました。出来る範囲で対応します』

 

「ねぇ、何かあの子、声弾んでない?」

 

「ええ、そう聞こえましたわね」

 

「分からなくもないけど……」

 

「……作戦に影響しなければいいがな」

 

他の専用機持ちたちも勘付いたらしく、怪訝な表情を見せる。

 

「……千冬」

 

「ああ、分かってる」

 

マリアの呼びかけに、千冬も頷く。千冬はもう一度耳に手を当て、回線を繋いだ。

 

「……織斑」

 

『は、はい!』

 

「安心しろ、これはプライベート・チャネルだ。篠ノ之には聞かれない」

 

『は、はぁ……』

 

「………どうも篠ノ之は浮かれているな。新しい専用機を手に入れたと気が緩んだか……とにかく、あんな状態では何か仕損じるやもしれん。いざという時は、サポートしてやれ」

 

『……分かりました。意識しておきます』

 

「……頼むぞ」

 

千冬は回線を切り、オープン・チャネルに切り換える。

 

「では、作戦開始!」

 

千冬の号令が海の空気に響く。

箒は一夏を背中に乗せ、急発進した。

福音のいる海の彼方へと────。

 

 

 

 

 

 

「暫時衛生リンク確立。情報照合完了。目標の現在位置を確認。……福音がいたぞ」

 

「ああ」

 

作戦開始から約10分が経過しようとする時。

二人の遠く前方に、銀色に輝くIS・福音が視認出来た。福音はジッと動かないまま、海の彼方を見つめている。

 

「一夏、後12秒で目標に到達する」

 

「ああ」

 

「私が福音を引きつけて動きを止めるから、そのタイミングで零落白夜を当てるんだ」

 

「分かってる」

 

福音が、ゆっくりとこちらを振り返った。二人の手に、力が篭る。

 

「そろそろだ……3、2、1、ゼロ!」

 

箒の合図で一夏は箒の背中から離脱し、真上に跳んだ。箒はそのまま福音に突進し、雨月で刺突攻撃を放つ。

紅椿の高速で繰り出される刺突攻撃を、福音はヒラリと交わし、箒の背後に回る。雨月の突きから放たれたレーザーは虚空を貫き、彼方の雲に穴を開けた。

しかし箒もそれを見越していたのか、左手に空裂を即時展開させ、背後へ一閃する。背後にいた福音は箒と鍔迫り合いのような形になった。

 

「はああああああ!!」

 

上空に飛んでいた一夏が、一直線に福音へ下降する。零落白夜を発動し、これを福音へぶつければ、カタをつけられるかもしれない。

しかし福音は瞬時にそれを察知し、箒にレーザー弾を連発した。

 

「くっ……!」

 

箒は福音の連撃のために、やむなく福音を放してしまう。

 

「すまない一夏……」

 

「そう簡単には終わらせてもらえねぇってことだ。もう一回いくぞ!」

 

「ああ!」

 

今度は一夏が福音に突進する。一夏は上から牽制に雪片弐型を振り下ろした。福音は身を翻して下降すると、下降した先には急速で近づいてくる箒がいた。箒は刀を福音に押し当てるが、福音はガードをする。そして福音は再び箒にレーザー弾を連発するが、箒はシールドエネルギーを削られながらも耐える。福音は更にレーザーを増やし、そのレーザーは空だけでなく海にも落とされていった。

 

「一夏、今だ!」

 

「ああ!」

 

一夏は零落白夜を発動し、ぐんと福音へと距離を縮めた。

 

しかし、一夏は箒と福音の元を通り過ぎ、海の方向へと下降していった。

 

「⁉︎」

 

箒は目を疑った。箒の隙を見逃さなかった福音は箒を遠くへと蹴り飛ばし、一夏に向けてレーザーを放つ。

 

「一夏、何をしている⁉︎せっかくのチャンスを────」

 

「船がいるんだ!海上は先生たちが封鎖したはずなのに……」

 

「船だと……⁉︎」

 

箒はハイパーセンサーで波に揺られた一隻の船を視認する。船体には国籍は記されておらず、何かの番号だけ書かれていた。それは明らかに国籍不明の密漁船だった。

 

「密漁船……⁉︎クソッ!こんな非常事態に!」

 

箒は歯軋りをする。

一夏は福音と密漁船の間に立ち、福音からの攻撃を必死に防いでいる。

 

「放っておけ!奴等は犯罪者だぞ!庇うな!」

 

「見過ごすわけにはいかない!」

 

懸命に一夏は攻撃を防ごうとするが、あまりにもレーザー弾の数が多く、半分は海に被弾してしまう。

二度も零落白夜を失敗した上に福音からの被弾を受けた白式は、ついにエネルギーがゼロとなってしまった。作戦は絶望的局面を迎えてしまう。

そして福音が更にレーザー弾を一夏に放った。

 

(マズイ…!)

 

どうしようもなくなった一夏は、腕で顔を隠した。

 

ドォン!

 

大きな被弾音がしたが、一夏に攻撃は届かなかった。顔を上げると、煙から箒が現れる。

 

「一夏!何故奴等を庇う⁉︎犯罪者など、守る価値が────⁉︎」

 

箒は、ゾッとした。

 

一夏が、一夏の目が、箒を真っ直ぐに見つめていたのだ。

 

優しくも見え、しかし怒りを含ませた目にも見える。

 

「箒」

 

箒の身体が強張る。

 

「新しい力を手に入れて、弱い人間が見えなくなったのか?」

 

「ち、違う!わ、私は……」

 

「らしくない。らしくないぜ、箒」

 

「ち、違うんだ!私はただ────」

 

「────変わっちまったな、箒」

 

「わ、私は……」

 

箒は自分の顔を手で覆い、首を横に振り続ける。そしてショックのあまり、右手に握った雨月を海に落とした。雨月は光の粒子となって消滅する。

 

福音が機体全部を光らせ、エネルギーを貯めていた。そしてそれが最大限となり、背を向ける箒に放つ。

 

「箒!」

 

「え……」

 

一夏は急速で箒に接近し、箒を出来るだけ遠くに蹴飛ばした。それと同時に、一夏は箒の左手に握られていた空裂を掴み取り、福音へと迫る。

福音の強大なレーザー弾は一夏に全て被弾した。しかし一夏は最後の力を振り絞り、福音の頭部を空裂で一閃する。

しかし一夏の振りは僅かに弱く、頭部を完全に破壊するまでには至らなかった。

福音の虚空な顔面。その両目となるであろう部分を一直線に、刀で一閃した(ひび)が入る。

福音が動きを止め、じっとこちらを見ている。福音の顔面は恐ろしいほどの虚空で、少しでも気を許せば、その虚空に吸い込まれそうな感覚に一夏は襲われる。

 

静寂が、空を支配する。

 

一夏の汗が、頰から滴り落ち、海の一部となった。

 

「なっ……⁉︎」

 

一夏の身体中に、悪寒が走る。

福音の顔面の(ひび)から、ドクドクと()()()()()()()()が溢れ出したのだ。

 

(そ、そんな……無人機のはずじゃ……生体センサーだって……)

 

身体中が震え出す。あまりの恐怖に、一夏は手に握っていた空裂を海に落とした。その後を追うように、福音の血が海に滴る。

 

パキッ

 

福音の顔面の(ひび)が割れ、破片となり、海に落ちる。

内側に見えた福音の両目は刀で一閃され、一直線に眼球が切断されていた。

しかし、その目は傷を負いながらも、こちらをジロッと見続けていた。

 

虚空の中の瞳孔は崩れ、()()()()()

 

「ひっ……!」

 

一夏の脳内で、過去の襲撃者の記憶が再び蘇る。一夏はあまりのショックに口元を抑えた。

 

福音が、空に手を掲げた。

 

福音の手にはみるみるうちにエネルギーが蓄積されていき、そのエネルギーからは稲妻が走っている。

空もそれに呼応するように暗雲が福音の頭上に出来ていく。そして暗雲の中で稲妻が暴発し、福音の掲げた手に何度も稲妻が落ちる。

 

そして、福音は稲妻で溢れたエネルギーを、一夏の全身に落とした。

その力はあまりにも強大で、一夏は雷の何倍もの攻撃を直に受け、その衝撃で恐ろしい速さで海に落ちていった。

 

「い、一夏ぁぁあああああ!!!」

 

我に帰るのも遅かった箒。

箒は泣きそうになりながら、海の中に落ちた一夏を追いかけた。

その姿を、福音は血を滴らせながら見つめていた。

崩れた、蕩けた目で────。


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