狩人の夜明け   作:葉影

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なんだかんだで書き始めてから一年が経ちました。
読んで頂いてる方々に感謝です。


第35話 女子会

海での自由時間を終え、陽も落ちた夜七時頃。

一年生は旅館の大広間で夕食を食べ始めていた。用意された食事は、高級な旅館とあってその名に恥じない豪勢な和食だった。旅館周辺の山地で収穫された新鮮な山菜。目の前の海の沖で獲れた、身の引き締まった活魚の刺身。季節の食材が入った温かい鍋料理に、脂の乗った高級霜降り肉。普通の高校生が頂くには些か高級過ぎる気もするが、さすがは世界に誇るIS学園である。あらゆる人種背景を持った生徒たちの精神的健康も配慮しているのだろう。

一夏の左隣にセシリア、右隣にはシャルロットとマリアが座っている。風呂上がりということもあり、一年生たちは温泉宿ならではの浴衣を着ていた。

 

「うん、美味い!さすが本わさ!」

 

本わさびとともに刺身を食べた一夏は、その美味しさに顔が綻ぶ。

 

「「本わさ?」」

 

横のシャルロットとマリアが一夏の食べる様子を見て、自分たちの皿に乗った本わさびに目を移す。

そして二人は互いに疑問の表情で顔を見合わせ、同じ挙動で本わさびを箸で取り、口に運んだ。本わさびを丸々口に運んだシャルロットとマリアを見て、一夏はギョッとした顔をした。

 

「「ん゛ん゛ん゛ん゛!!?」」

 

シャルロットとマリアは鼻を押さえて咳き込み、目から涙が溢れてきた。

 

「お、おい……二人とも大丈夫か⁉︎」

 

「だ、大丈夫だ……」

 

「ふ、風味があって、おいひいよ……」

 

マリアはとても辛そうな顔で、お茶の入った自分の湯呑みをシャルロットに渡した。

 

「あ、あひがほう(ありがとう)まいあ(マリア)

 

「き、気にするな……」

 

「マ、マリア、俺のお茶やるから。無理すんなって」

 

「ふ、ふまない(すまない)いひは(一夏)……」

 

「ははは、まさか二人して同じようにわさびを一気に食べるなんてな。挙動が何から何まで一緒だったから、一瞬双子かと思ったぜ」

 

笑いながら一夏が話すが、シャルロットとマリアはようやく鼻の奥から辛味が引いていき、重い顔で深く息を吐いていた。

一方、一夏の左隣のセシリアは、違う苦しみを味わっていた。英国人の彼女にとって慣れない正座は苦痛らしく、あまり食事に手がつかず(つら)そうにしている。

 

「うっ……はぁ……」

 

「セシリア大丈夫か?正座が(つら)いならテーブル席に移動したらどうだ?」

 

「へ、平気ですわ!」

 

セシリアは精一杯の笑顔で取り繕う。

 

(この席を獲得するのにかかった労力に比べれば、このくらい……!」

 

「席?」

 

「い、いえ!なんでもありませんわ!」

 

いつの間にか声に出してしまっていたらしく、セシリアは慌てて誤魔化した。

 

「一夏」

 

シャルロットが横から入る。

 

「女の子には色々あるんだよ」

 

「そうなのか?」

 

「そうなの」

 

『色々』の意味があまりよく分かってないまま話が終わってしまった鈍感な一夏は、不意に何処からか向けられている視線に気付く。

視線の主は箒だった。

箒は不機嫌そうな顔で一夏の方を静かに見ていた。

 

(あ、箒………あいつ何不機嫌そうな顔をしてるんだ?)

 

「んっ、うぅ……あっ!」

 

すると、隣のセシリアが我慢出来ずに脚を崩した。別に脚を崩したところで行儀が悪いわけでは全くないのだが、貴族のセシリアにとってはプライドが許さないらしく、悔しそうな顔を見せる。

そんな様子を見て、一夏はセシリアに提案をした。

 

「セシリア、そんなに(つら)いなら、俺が食べさせてやろうか?」

 

「ほ、本当ですの⁉︎」

 

「ああ」

 

二人の様子を見て、シャルロットはマリアに耳打ちする。

 

(これ、皆嫉妬しそうだね)

 

(ふふ、まぁいいじゃないか)

 

シャルロットとマリアも大人しく目の前の和食を堪能し続ける。

 

「最初は何がいい?」

 

「で、ではお刺身からお願いしますわ!あ、わさびは少量で……」

 

「はいよ」

 

一夏は手際よく刺身を箸で取り、わさびを乗せて醤油につける。

 

「はい、あーん」

 

「あーん♡」

 

セシリアの口に刺身が運ばれた。

 

「どうだ?美味いだろ?」

 

「ええ!とっても美味しいですわ!」

 

「そっか!なら次は────」

 

一夏が今度はセシリアの肉料理に箸をのばすと、二人の様子を見ていた周囲の女子たちが一斉に異論を唱え始めた。

 

「あー!セシリアずるーい!」

 

「私もおりむ〜にあーんしてもらいたいな〜」

 

「織斑くん、次あたしにしてくれない⁉︎」

 

ガヤガヤと周囲が騒々しくなっていく。

 

(ほら、やっぱりね)

 

(学園唯一の男子ブランドはやはり高く売れるな)

 

シャルロットとマリアも、感心したような呆れたような目で笑った。

箒は一夏たちの様子を見て、ますます不機嫌になる。

 

(一夏め……明日が七月七日ということを完全に忘れているな……!)

 

一方で周囲はどんどんと騒々しくなっていき、一夏とセシリアは少し困った顔の様子。

すると突然一夏たちの後ろの襖が開いた。

 

「うるさいぞ!お前たちは静かに食事することができんのか!」

 

襖を開き怒声を浴びせたのは、浴衣姿の千冬だった。

 

「織斑、あんまり騒ぎの種を作るな。鎮めるのが面倒だ」

 

「す、すみません……」

 

「それとマリア。お前がストッパーにならないでどうする。この馬鹿が何かしでかす前に注意をしろ。いいな」

 

千冬はそう言って、ピシャリと襖を閉めた。

周囲の女子たちも千冬に怒られたくないため、静かに各々の座敷へと戻る。

 

(なぜ私が……?)

 

何故か自分も怒られたことに疑問の意を浮かべながら、マリアはお茶を啜る。

 

「わ、悪いセシリア。そういうことだから、後は自分で────」

 

「むー……」

 

セシリアはムスッとした顔で一夏を見る。

申し訳なさそうにしていた一夏だが、あることを思いついた。一夏はセシリアの耳元でゴニョゴニョと話す。

 

(お詫びといっちゃなんだけど、この後俺の部屋に来てくれよ)

 

「え⁉︎」

 

セシリアは驚いた顔をし、次第に顔を赤くする。

 

(そ、それってつまり……そういうことですのー⁉︎)

 

頭の中でよからぬ想像がどんどんと膨らむセシリア。その後の食事は緊張のあまり、味がよく分からなかったようだ。

 

 

 

 

 

 

一年生たちが食事を終え、各々の部屋へと帰って行った頃。マリアとシャルロットは自分たちの部屋でのんびりと過ごしていた。マリアは部屋の広縁で夜の海の景色を眺めており、シャルロットは自分の服を畳んでいる。

 

「美味しかったな」

 

「うん!実はお刺身初めてだったんだけど、想像以上に美味しかった!」

 

「わさびをあんなに食べたのも、な」

 

「それはマリアもでしょー」

 

「ふふふ」

 

涼しい風が、二人の間を静かに吹き抜ける。

マリアはなんとなく、部屋の隅に置かれたラウラの荷物を見た。

 

「そういえばラウラは?」

 

「喉乾いたからジュース買いに行くって言ってたけど、そういえば遅いね。迷ってなければいいけど……」

 

「よし、ならラウラを探しに行くか。ついでに私たちも何か飲み物を買おう」

 

「そうだね」

 

マリアは窓を閉め、シャルロットと共に部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

「〜〜♪」

 

旅館の廊下を歩く、金髪の少女。

セシリアは意気揚々と一夏に言われた部屋へと向かっていた。先程の食事中に言われた、一夏からの秘密の誘いだ。

 

(ふふ……ついにこの時が来ましたのね……!大人の階段を上るときが……!)

 

自分は今日この時のために生きてきたのかもしれない。今まで密かにしたためていたこの想いが、ついに報われるのかもしれない。

旅館の天然風呂でも、持参の良い香りのする高級シャンプーを使った。下着も普段は履かない黒色の勝負下着だ。

一夏をオトす準備は、出来ている。

セシリアは、深呼吸をする。

足を踏み出す度に鳴る僅かな床の軋みが、心臓の鼓動と混じる。

一夏の部屋は、角を曲がったすぐそこだ。

さぁ、大人の階段へ────!

 

「あら?」

 

角を曲がると、何故か見知った人物たちが目の前にいた。箒・鈴・ラウラだった。誰かの部屋の前で耳をそば立たせている。

 

「皆さん、何をして────」

 

「しっ!」

 

箒が唇に人差し指を置いて閉口のジェスチャーをする。よく見ると、部屋の扉には『織斑千冬・織斑一夏』と書いてあった。なるほど、ここが一夏の部屋か。

しかし皆の意図がよく分からないので、とりあえずセシリアも部屋の前で聞き耳を立てることにした。

すると聴こえてきたのは、自分たちのよく知る男女の声。

 

『千冬姉、ちょっと緊張してる?』

 

『そんなわけあるか馬鹿者……っ、あっ……少しは加減をしろ……』

 

『はいはい。じゃあここは?』

 

『なっ……そ、そこは……あっ』

 

『すぐに良くなるって。だいぶ溜まってたみたいだしな』

 

「こ、こ、こ、これは一体、なんですの⁉︎」

 

何故姉弟の部屋から甘い吐息と声が聴こえてくるのか。セシリアたちは顔を真っ赤にして、更に扉に耳を押し付ける。

 

 

 

「ラウラ、どこだろうね」

 

「どこかですれ違ったか?」

 

シャルロットとマリアは喋りながら廊下を歩いていた。大体探し回ったのだが、未だにラウラが見つからない。

すでに部屋に帰ってしまったのだろうかと二人が思い始め、曲がり角に差し掛かると────

 

「あ、ラウラだ」

 

「箒と鈴もいるな。それにセシリアも。皆で何を───」

 

ガタッ

 

セシリアたちが耳を押し当てていた扉が突然外れ、部屋へと倒れてしまう。

 

「「「「きゃああ!」」」」

 

「うわっ」

 

「何をしてるんだ……」

 

シャルロットが目を塞ぎ、マリアが呆れている一方で、セシリアたちは真っ青な顔をしていた。

何故なら、彼女たちが顔を上げたその先には………

 

「……お前たち、何をしている」

 

鬼の形相をした千冬が立っていたからだ。

 

 

 

 

 

 

「全く……何をしているか、この馬鹿共が!」

 

「「「「す、すみません……」」」」

 

広縁の椅子に座り説教をする千冬。その横で、一夏も同じように座り静かにしていた。

セシリアたちは皆正座をさせられていた。因みにシャルロットとマリアは面白そうだったので同席させてもらっている。

 

「マッサージだったのですか……」

 

ホッとした表情でセシリアが言った。それに続きラウラが、

 

「しかし良かった。てっきり……」

 

「何やってると思ったんだよ?」

 

一夏がラウラに尋ねる。ラウラは冷静沈着といった表情で、

 

「それは勿論、男女の────」

 

瞬間、鈴と箒、セシリアがラウラの口に手を当てる。

 

「べ、べつに……」

 

「な、何というわけでは!」

 

「お、おほほほ」

 

「ん……?」

 

一夏が鈍感なおかげで難を逃れた少女たち。

すると、千冬は少し誇らしげな顔で少女たちに話し始める。

 

「こう見えて、こいつはマッサージが上手い。そうだ、順番にお前たちもやってもらえ」

 

予想だにしなかった千冬の提案に、セシリアたちは目をキラキラとさせる。

 

「よし、じゃあ最初はセシリアだ」

 

一夏が布団の横に座る。

 

「わ、私から⁉︎」

 

「そのつもりで呼んだんだ。ここに寝てくれ」

 

セシリアは嬉々とした様子で顔を赤らめる。

 

 

一夏はうつ伏せになって寝転んだセシリアの腰に、ゆっくりと指を押し当てた。

 

「い、いたっ…!」

 

「あ、悪い。優しくする」

 

一夏は指ではなく、手の平全体を使って揉むように動かす。

 

「どうだ?このくらいなら痛くないだろ?」

 

「気持ちいいですわ……気持ちよくて、何だか眠くなってきましたわ、私……」

 

ウトウトとし始めるセシリア。

すると、突然セシリアのお尻に魔の手が伸びる。

 

ガシッ

 

「きゃっ!」

 

次に千冬は有無を言わさずセシリアの下着を覗く。一夏は顔を赤くして驚き、目を逸らした。

 

「ほう、マセガキめ。年不相応な下着だな。その上、黒か」

 

「せ、先生!離して下さい!」

 

「やれやれ。教師の前で淫行を期待するなよ、15才」

 

「い、い、い……」

 

セシリアは沸騰寸前の真っ赤な顔で、ワナワナとする。

 

「おい一夏。ちょっと飲み物を買ってこい」

 

「え?あ、ああ」

 

千冬は一夏にお札を渡し、部屋から退場させる。千冬は一夏が扉を閉めるのを確認すると、少女たちと向き合った。

 

「さて、と」

 

 

 

 

 

 

「まぁ、飲み物はあるんだがな」

 

そう言って、千冬は横のワンボックスの冷蔵庫からジュースやラムネ、お茶などをポイポイと出し、その場にいる全員に放る。

ジュースを手に取るが、何となく次の一言が発せない少女たち。

 

「ん?どうしたお前ら。何を緊張している」

 

「い、いえ」

 

「織斑先生とこうして話すのは初めてですし……」

 

箒とセシリアが強張った表情で答えた。

 

「そうか?まぁいい、せっかく来たんだ。ジュースでも飲め」

 

千冬がそう言うので、各々は取り敢えずジュース缶の蓋を開け、一口飲む。

 

「飲んだな?」

 

千冬がニヤリと笑い、再び横の冷蔵庫から缶を取り出した。大人にとっての合法の毒だ。

 

プシュ

 

千冬はビールを喉に注ぎ込む。

 

「くぅ〜!仕事後の一杯は最高だな」

 

マリアは呆れたように笑う。

しかし他の女子たちは呆気に取られているようで。

 

「し、仕事中なのでは?」

 

箒が恐る恐る指摘する。

 

「まぁ固いことを言うな。口止め料はもう支払い済みだろう?」

 

「「「「「あっ」」」」」

 

皆は自分の手元にある、すでに開いてしまったジュースを見る。

マリアは最初からなんとなく千冬のしようとすることが分かっていたので、遠慮なくジュースを飲んでいた。

 

「さて、そろそろ肝心な話をするか」

 

千冬はもう一口飲んでから、箒たちに目を合わせる。

 

「お前ら、あいつのどこがいいんだ?」

 

ドキッとする箒たち。一方でシャルロットとマリアはニヤニヤとし始める。

 

「確かにあいつは役に立つ。料理に洗濯、掃除、おまけにマッサージもできるときた。どうだ、欲しいか?」

 

「「「「くれるんですか⁉︎」」」」

 

箒たちは目をキラキラとさせて千冬に詰め寄る。

だが千冬は嘲るように笑った。

 

「やるか馬鹿共」

 

途端にガッカリと項垂れる女子たち。

 

「女ならな、奪いにいくくらいの気持ちでいかないでどうする」

 

千冬は缶の中に残った最後のビールを喉に注ぎ込んだ。

 

「もっと自分を磨けよ、ガキ共」

 

 

 

 

 

 

夜も更け、女子たちは千冬の部屋を後にしようとした。ちなみに一夏は一度帰ってきたが、今は風呂に行っている。扉を開け、箒たちが廊下へと出ようとしたその時。

 

「あー、オルコット。それにデュノアとマリア。三人は少し残れ」

 

「「「?」」」

 

言われるがままに三人は千冬の部屋に残る。

シャルロットが扉を閉め、皆と一緒にちょこんと座ると、千冬がセシリアに問いかけた。

 

「オルコット。最近随分と一夏と仲が良さそうだが」

 

「は、はい!」

 

「緊張するな。別に怒ってなどいない」

 

セシリアはホッと一息吐く。いきなり一夏とのことを言われてかなり驚いたようだ。

 

「お前らの様子を見ていたら直ぐに分かるさ。お互い好意を持っているとな」

 

シャルロットとマリアは、やはり千冬も知っていたかと心の中で相槌を打つ。

 

「本気なのか?」

 

千冬が真剣な表情でセシリアに問い詰める。

 

「本気ですわ」

 

セシリアも、一人の女性として、真っ直ぐに答える。千冬はセシリアの目を見て、「そうか」と呟く。

 

「お前たちの行く末について、私はとやかくは言わん。付き合おうが喧嘩しようが、お前たちの自由だ」

 

ただな、と千冬は続ける。

 

「あいつを(たぶら)かすような真似だけはするな。約束できるか?」

 

「勿論ですわ」

 

凛とした目で、セシリアは答える。

 

「反対に、あいつがお前を誑かすような真似をしたときは、直ぐに私に言え。そのときはあいつの性根を叩き直す」

 

「一夏さんはそのようなことをなさるお人ではありませんわ」

 

「……そうか。少なからずあいつも認められてるようで、姉としては嬉しいよ」

 

千冬は背筋をピンと伸ばす。

 

「とやかく言わんとは言ったが、私としてもオルコットは良い女だと思っている。出来れば、あいつとこれからも仲良くしてやってくれ。姉としての、ささやかな願いだ」

 

千冬はセシリアに頭を下げた。まさか頭を下げられるなんてとセシリアは驚くが、真摯に応える。

 

「はい!勿論ですわ!」

 

 

 

 

 

 

「さて、話は変わるが」

 

千冬は、今度はシャルロットとマリアへと向きなおる。

 

「デュノアにマリア……お前ら、女同士にしてはやけに仲が良いが……まさか、できたのか?」

 

そう言われたシャルロットは途端に顔を真っ赤にして俯く。マリアもどう答えたものかと、少し紅潮させて頬を見せる。

セシリアは二人の様子を見て、「え?え?」とオロオロしていた。

千冬も察したようで、「やはりな」と笑った。

 

「そ、その……織斑先生。セシリアにも聞きたいんだけど……」

 

「なんだ?」

 

「は、はい」

 

「やっぱり………女同士って、変ですか……?」

 

シャルロットが不安気な表情で二人の顔を伺う。

だが千冬とセシリアは全く怪訝な顔は見せなかった。

 

「誰がそんなことを言った」

 

「私も少し驚きましたけど、おかしくなんてありませんわ。素敵だと思います」

 

シャルロットは驚いた顔で二人を見る。

 

「人間、誰を愛しようが自由だ。誰にでも、誰かを好きになる権利くらいある」

 

プシュッと、二缶目のビールの蓋が開いた。

 

「堂々としていればいいんだ。愛に真理は幾らでもある。それが無ければ作ればいい」

 

千冬の言葉に、マリアは心を打たれていた。

愛に真理が無いならば、自分たちで作ればいい。

その通りだ。いや、それこそが真理なのかもしれない。

 

「しかし、何故分かった?学校で私たちが過度に仲良くすることはしないようにしていたのだが」

 

シャルロットも気になっていたようで、頷きながら千冬を見る。

すると千冬は、マリアの髪を指差した。

 

「その髪飾り、あげたのはデュノアか?」

 

「は、はい」

 

「やはりな。休み明けからマリアが常にその髪飾りを着けているのを見て、思ったんだ。『恋人でも出来たか?』とな」

 

千冬はビールを一口飲む。

 

「だが、一夏ではないことは直ぐに分かった。なんとなくマリアたちの周りを見ていると、マリアが皆に向ける笑顔とほんの僅か違う笑顔を、デュノアに向けていた」

 

マリアは隠していたつもりだったが、千冬にはバレていたようで、恥ずかし気な顔をした。シャルロットも同じく顔を赤くする。

 

「き、気づきませんでしたわ……」

 

一夏を見つめることで頭が一杯になっていたセシリアは、マリアの学園での様子を思い出してみるが、彼女の笑顔の違いが全く分からなかった。

 

「ま、ほとんどの人間は分からないだろう。マリアも表情を隠すのが上手な方だからな」

 

いつの間にか、千冬のビールは空になっていた。

千冬はマリアの髪飾りを見て、ほんの少しだけ、うっとりとした目をした。

 

「夕食のときは悪かったな。お前に当たってしまって」

 

「気にしてないよ」

 

「そうか……。綺麗な髪飾りだな……大切にしろよ、マリア」

 

「ああ」

 

その目は酔ったせいなのか、髪飾りに見惚れているためかは分からない。だが、マリアは自分の気に入っているこの小さな髪飾りを綺麗だと言ってもらい、嬉しかった。

次第に話すことも無くなり、夜更けにひっそりと行われた女子会は、ここで幕を閉じた────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




臨海学校一日目・6:00pm
海辺・崖端



「………」


「───こんな所にいたのか。何をしている」


「あ、ちふ………織斑先生」


「気もそぞろといった様子だな。何か心配事でもあるのか?」


「それは……」


「───束のことか?」


「っ……」


「………」


「………」


「……先日、連絡を取ってみた」


「……あの人は何か言いましたか?」


「いや、繋がらなかった。珍しいこともあるものだ」


「そう、ですか………」


「………」


「………」


「……あいつと何か話したのか?」


「いえ、それは……」


「………」


「………あの人は、少し様子が変でした」


「……何か気掛かりになることでも?」


「あの人は昔から……妹である私に、暗い表情を見せたことがありませんでした」


「………」


「ですが、一ヶ月ほど前に電話をしたとき………あの人の弱音のような声を、初めて聞きました」


「束は何と?」


「………“巻き込まなくちゃならないのかな……?”と……」


「“巻き込む”……?」


「はい……」


「他には?」


「……いえ」


「……そうか」


「………」


「………」


「………」


「………明日は七月七日だ。来るかもしれないな、あいつ」


「………はい」


「………私はそろそろ旅館に戻る。夕陽が沈む前に、お前も戻れ」


「はい」


「ではな」


「………」


「………」


「………」


「………」




















































「紅、椿────」

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