Hunter's Dream - Bloodborne OST
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夢を、見ていた。
真っ白な世界。
誰も、何もない世界だったが、優しい空気だけが広がっていた。
この心地よさに自分も目を閉じ、身体を委ねる。
耳を澄ませると、声が聴こえた。
『私を、見つけて』
女性の声。
優しい声だった。
『早く、私を、見つけて』
この声を、私は知っている。
いや、知っているなどという表現は当てはまるのだろうか。
『貴女を、ずっと────』
この声は、
しかし、私は口を開いていない。
私は目を開き、声の聴こえる方を向いた。
そこには、もう一人の私がいた。
もう一人の私は、人間味があるようで、しかし何処か造り物のようにも感じられた。
少し汚れてしまった帽子とスカートを身に付けてたもう一人の私が、優しい声で、しかし何処か焦ったような声で、私に言う。
『貴女を、ずっと、待っている』
『早く、私を、見つけて……────』
「待っ………」
手を伸ばすと、もう一人の私は白の世界に溶けて、消えてしまった。
夢も、もう終わりを迎える。
何故かそれだけが分かった。
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◇
金曜日・朝6時。
マリアは、じんわりと夢から覚める。
先ほどの白い世界がゆっくりと見慣れた部屋の天井の色に変わっていく、そんな感覚だった。
随分と、変な夢だった。
自分と全く同じ顔の人物が、まるで
しかしその格好に、何処か懐かしい雰囲気も感じていた。
マリアは、身体を起こす。
横を見ると、まだシャルロットは眠りの中だった。
休暇中の学園で、朝6時から目を覚ましているのも自分くらいだろうか、とマリアは思う。
なんとなく、行かなければならない、と思った。
しかし、何処へ?
マリアは取り敢えず、身支度を済ませ、外へと出ることにした。
◇
寮を出ると、梅雨の影響だろうか、外は霧がかかっており、空も曇り空といった様子だった。
立ち込める霧は、数十メートル先が見えないほどの濃さで、辺りは白い世界へと包まれていた。
さっきまで見ていた夢とまるで似ていて、未だ夢から覚めていないのかもしれないという錯覚に陥ってしまいそうだった。
そんな時、またあの声が微かに聴こえた。
『早く、私を、見つけて………』
振り返るが、辺りには誰もいない。
声の主は何処かにいるのだろうか。
しかし、全くもって見当がつかない。
そんな時、ずっと向こうから、誰かが走ってくる様子が見えた。
目を凝らし、霧に紛れたその姿をよく見ると、その人物は千冬だった。
運動着を着ているから、おそらくランニングをしているのだろう。
千冬もマリアに気付いたのか、マリアの所まで近づいた。
「休みだというのに、早いじゃないか」
「毎朝走っているのか?」
「まぁな。引退をした身とはいえ、教師をやっている以上、体力は落とせない」
「そうか」
千冬は首にかけているタオルで汗を少し拭く。
「イギリスに行ったのだろう?研究所で何か進展はあったか?」
「………いや。修復をしてもらっただけだ」
「………そうか。オルコットのISの覚醒の原因も気になるが……まぁ、いずれ分かることだろう」
「イギリスに行っていたこと、一夏から聞いたのか?」
「まぁな。あいつはオルコットと上手くいっているか?」
さすが姉。弟のことなど何でもお見通しらしい。
「ああ、セシリアも────」
『貴女を、ずっと、待っている……』
「……⁉︎」
「……?どうした?」
また、あの声が聴こえた。
だが、どうやら聴こえたのはマリアだけらしく、千冬はマリアの様子を見て首を傾げている。
「いや……何でもない」
「?そうか。まぁ、早起きは良いことだ。残りの休暇を有意義に過ごせ。ではな」
そう言うと、千冬はマリアの元から離れていく。
頭の中で、あの声がずっと反響していた。
マリアは、無意識のうちに千冬に尋ねていた。
「待ってくれ」
「なんだ?」
千冬が振り返った。
マリアの口からは、自然に次の言葉が出ていた。
「私はどこで発見された?」
「………なに?」
「確か言っていたな……私は学園の森林地で発見された、と」
「………何故そんなことを聞く?」
何故。何故だろうか。
自分でも分からない。
だが、もしかしたら、そこに行けば何かが分かるかもしれないとマリアは本能で感じていた。
マリアは、それらしい理由を言うことにした。
「いや……もしかしたら、自分の私物が落ちているかもしれないと思ってな……」
「周辺は調べたが、何もそれらしいものは無かったぞ」
「自分の目で確かめたいんだ。本当に何もないなら、それで諦める」
千冬は暫く考え込んだ後、顔を上げた。
「………まぁ、良いだろう」
◇
IS学園の土地は広い。
学園そのものが一つの島になっているため、学園というよりも街の感覚に似ている部分もある。
当然、自然保護区として広大な森林が管理されている。
マリアは、自分たちの校舎や寮からずっと離れた森の中を歩いていた。
霧の立ち込める森は、少し気を抜けば迷ってしまうくらいに方向感覚を掴むのが困難だ。
この辺りは、島の中でも端の方に位置する。
校舎が島の中心にあることを考えると、マリアは随分長い距離を歩いてきたようだ。
千冬の話によれば、当時マリアは海辺の森で発見されたらしい。
木の根が凹凸に張り巡らされた道無き道を、マリアはひたすら進んでいく。
暫く歩いていると、ささやかな波の音が聴こえてきた。霧で見ることはまだ出来ないが、どうやら海は近いようだ。
海の音が聴こえる方へと、マリアは進む。
やがて、霧に包まれた海が見えた。
「この辺りか……」
マリアは、海沿いの木々の側を歩いていく。
歩いていくうちに、声の主の方へと近づいていく感覚が、無意識にマリアのなかで感じられた。
そして、十分程歩いたところで、マリアは足を止める。
「これは………⁉︎」
そこには、一本の木にもたれかかった、
今朝の夢に出てきたものと、同じ姿をしていた。
自分と同じ白い髪。
自分と同じ顔。
まだ、私は夢から覚めていないのだろうか─────。
そう思うマリアだったが、すぐに頭の中で否定した。
これはれっきとした、現実だ。
だからこそ、理解が出来なかった。
マリアは、恐る恐るもう一人の自分へと近付く。
もう一人の自分は、木に背中を預け座り、海の方をずっと見ていた。
こちらに反応しない。
マリアは、もう一人の自分の側に寄り、身体を調べる。
「
指を見ると、関節ごとに繋ぎ目があり、手触りも人間の肌ではなく、人工的に造られた物質特有のものだった。
帽子も、手袋も、スカートも、全てこの人形のために造られたようにみえる。
これほど精巧なまでに造られた人形が、こんな学園の果ての地で、打ち捨てられていた。
何故、この人形はここにある?
何故、この人形は私にそっくりなんだ?
何故、私はここに来れた?
千冬は、マリアが発見された場所付近には何も無かったと言っていた。
元々侵入を疑われていた身だ。彼女や学園の者たちが怪しい手掛かりを見落とすなどということはまずあり得ないだろう。
つまりこの人形は、それ以降にここに来た……?
「お前が……私を呼んだのか………?」
海に目を向けたまま、マリアの言葉に反応しない。
当然だ。ただの人形なのだから。
マリアは、自分と同じ白と灰の少し混じった髪に、なんとなく惹かれた。
マリアは、人形の被っていた帽子を、ゆっくりと外す。
人形の頭には、
それを見つけた途端、マリアの中で、懐かしい、温かい気持ちが蘇る。
無意識に、マリアはその髪飾りに手を伸ばした。
そして、マリアの指先が、人形の髪飾りに触れた途端────
「ぐあああああああ!!?」
マリアの中で、雷に打たれたような感覚に陥る。
頭の中に、次々と景色が入ってくる。
そしてその景色を、マリアは知っていた。
(これは、私の………記憶………?)
雷に打たれたような衝撃と、膨大な量の景色に頭が追いつかず、マリアは地面に倒れ臥す。
例えるなら、人間が死ぬ間際に見るという、走馬灯のように。
そして次々と、今まで思い出せなかった記憶の欠片が、割れたガラスが元に戻っていくように、復元されていく。
そして、
全ての時間がゆっくりと動くように感じて、マリアは倒れると同時に、意識を失った────。
『人形の服』
打ち捨てられた人形用の服。
着せ替え用のスペアであるようだ。
ごく丁寧に作られ、手入れされていたであろうそれは、
かつての持ち主の、人形への愛情を感じさせるものである。
それは偏執に似て、故にこれは、わずかに温かい。