狩人の夜明け   作:葉影

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本当に遅くなってしまい、申し訳ありません。
また、僕の近況について、活動報告欄で少しご報告をさせていただいてます。
もしお時間のある方は、読んで下さると嬉しいです。


※今回の話、かなりブラボ要素強めです。これまでもこれからも、そのつもりですが…笑


第28話 自白

「う、ん……」

 

「セシリア⁉︎」

 

「お嬢様!ああ、良かった……」

 

セシリアは自室のベッドで、目を覚ます。

目を開け、視界に入ったのは、心配と安堵が混じった表情をしているマリアとチェルシーだった。

微睡んだ聴覚がはっきりとしていく。

窓の外では強い雨が降っていて、雷鳴もゴロゴロと聴こえてくる。

 

「マリアさん……チェルシー……」

 

「セシリア、具合はどうだ?」

 

「ええ……なんともありませんわ」

 

「そうか、良かった……。チェルシー、彼女に何か温かい飲み物を」

 

「かしこまりました」

 

マリアはホッとしたように深く息を吐いた。

チェルシーは扉を開け、部屋を後にする。

 

「どうして私は……ここに……?」

 

ベッドに手をついて、上半身を起き上がらせるセシリア。

 

「セシリア、無理に起きなくていい」

 

「いえ、大丈夫ですわ。痛みもありませんし」

 

セシリアは枕元のヘッドボードに背中を預ける。

そしてセシリアは何かを思い出したように、ハッと顔を上げた。

 

「そうですわ!確か……私たちはあの森の中にいて、そして……」

 

「……ああ」

 

「マリアさん、あの人が追ってきますわ!」

 

「大丈夫だ。彼女はもういない」

 

マリアがセシリアを落ち着かせるように伝える。

セシリアもそれを聞き、ホッとした表情をする。

 

部屋の中に、雨の音が響き渡る。

暫くの沈黙が続いた後、セシリアが口を開いた。

 

「マリアさん……あの女性は誰なんですの?」

 

「………」

 

「あの人は、マリアさんを知っているかのような口振りでしたわ。そしてマリアさんも、あの人のことを知っているように見えました」

 

「それは……」

 

マリアは答えに困るような表情をした。

 

「マリアさん」

 

セシリアはマリアの目を真っ直ぐに見る。

マリアも彼女の真剣な眼差しに、目を逸らすことは出来なかった。

 

「────何か隠していませんか?」

 

「………いや」

 

「嘘を聞くつもりはありませんわ。本当のことを教えてください」

 

「………」

 

マリアとして、セシリアを厄介事に巻き込みたくないというのが本心だった。しかし、蒼い雫(ブルー・ティアーズ)の血の修復機能、研究所の地下実験、家系の血筋、そして月の香りの狩人との遭遇……。

最早隠し通すことができない所まで彼女は来てしまっていた。

マリアは顔を伏せ、静かに口を開く。

 

 

「私が……」

 

 

「……?」

 

 

「私が一度死んだ身だと言ったら、君は信じるか……?」

 

 

思い掛けない告白に、セシリアは不意を突かれた思いになる。

何を言うべきか、言葉が見つからなかった。

 

 

「どういうことですの……?」

 

 

遠くの雷鳴が空に轟く。

 

 

雨はまだまだ、止みそうにない。

 

 

 

 

 

 

私が学園に入ることになった時、君は研究所から何と聞いた?

 

 

『記憶喪失のIS操縦者』だと………私はそう伺っています。

 

 

千冬から研究所にそう伝えられたのだろう……。確かにそれは正しい。しかし、真の事実ではないんだ……。

 

 

先程の『一度死んだ身』が関係している、というのですか?

 

 

……ああ。

 

 

………続きを。

 

 

────信じられないかもしれないが、私はこの時代の人間ではない。200年程前に生まれた、一人の『狩人』だった。

 

 

()()………。

 

 

そうだ。君の家に伝わる話にもあった、獣を狩る人間のことだ。あの森の廃家で現れた彼女も、狩人の一人だ。

 

 

200年なんて……タイムスリップでもしたというんですの⁉︎そんな非現実的なことなんて……。

 

 

………。

 

 

……いえ、今はそれを考えるのはやめておきましょう。それで、マリアさんと彼女は一体どういう関係なのですか?彼女と会った時のマリアさんは、これまでにないくらいに殺気立っていましたわ……。

 

 

……私は、彼女と一度剣を交え、血を流し合い、そして敗れた。私はそこで、死んだはずだった。

 

 

彼女と闘わなければならない、何か理由があったのですか?

 

 

ああ。しかしそれを話すには、それよりも前のことを知ってもらわないといけない。

 

 

構いませんわ。

 

 

()()()()という都市が、嘗てこの国にはあった』─────オルコット家ではこう言い伝えられていると君は話していたな。

 

 

ええ。

 

 

その御伽噺を聞いた時、私は胸に重い石が落ちたように大きなショックを受けた。何故なら私が生まれたのも、()()()()と呼ばれた街だったからだ。

 

 

なんですって⁉︎

 

 

ヤーナムで生まれた私は、狩人として生き、そして()()()()によって死んだ。それが何かは思い出せない……が、それを思い出そうとすると、とても悲しい痛みが、私の心を覆うんだ……。

 

 

では、彼女に殺された、というのは……?

 

 

死後、私は『悪夢』に囚われた。何年も、何十年も……。そんな中、その悪夢を訪れたのが彼女・月の香りの狩人だった。私は彼女をそこで殺めるつもりだった。だが、最後に敗れたのは私だった。

 

 

………。

 

 

悪夢の中で月の香りの狩人と闘っていた時、少なくとも彼女の目はまだ穢れてなどいなかった……それは覚えている。だが、森で会った時の彼女の目は、最早穢れきってしまっていた。そうでなければ、あれほどの血の匂いを漂わせていなかったはずだ……。

 

 

………。

 

 

正確には、『二度死んだ』か……。彼女に殺された私は、目が覚めると、何故か学園の保健室で横たわっていたんだ。そこで初めて千冬と話し、聞かされた。お前は学園の敷地内で倒れていた、と……。そして、問い詰められた。『何故お前は此処にいる』とな。私が聞きたいくらいだった。この世界で目覚めてから、私の過去の記憶は断片的にしか残っていなかった。かつて捨てたはずのこの落葉も、何故か私の側にあった。

 

 

その『()()』とは、一体どのようなものなのですか……?

 

 

私もよく思い出せない……いや、思い出したくもないほどのものだった……。簡潔に言えば、地獄以上のようなものだ。私以外にも、多くの人間が囚われていた。

 

 

……その『悪夢』と、彼女の言っていた『罪』は、関係があるのですか?

 

 

それは……。

 

 

彼女は言っていました。『君の囚われていた悪夢で面白いものを見た』と。マリアさん、貴女は過去に、何をしたのです?

 

 

私は……。

 

 

………。

 

 

私は……多くの人を犠牲にしてしまった……。自分の最愛の親友でさえも……。

 

 

………。

 

 

だから私も、自分が狩人であったことに嫌悪した。今でも、夢に出てくるんだ。月の香りの狩人にも、私の罪の記憶の断片を見させられた。だが私は、自分が何をしたのか、思い出すことが未だに出来ていないんだ……。

 

 

………。

 

 

月の香りの狩人の言う通り、私は愚かだ。自分の犯した罪さえも忘れてしまうなど……本当に……。

 

 

……マリアさん。

 

 

………。

 

 

過去にマリアさんが何をしてしまったのか……それは私の計り知れるものではありません。

 

 

……ああ。

 

 

ですが、今のマリアさんはそれを省み、悔やんでいます。何か過ちを犯し、反省するという、人間が通すべき筋を、貴女はしっかりと行なっています。

 

 

………。

 

 

マリアさん自身が、その罪に押し潰される必要など何処にもありません。これから、その過ちを繰り返さなければいいのです。そのためなら、私は貴女への支えを厭わないつもりですわ。

 

 

………ありがとう、セシリア……。

 

 

 

 

 

 

「────セシリア、一つ質問がある」

 

「何ですの?」

 

あのことが気にかかっていた。

月の香りの狩人がセシリアに手を出した時。

恐らくセシリアは、私が彼女にされたときのように、何かを見た。

私の声でセシリアを目覚めさせることは出来たものの、その時セシリアの顔色は頗る悪くなったのだ。

セシリア自身に外傷はない。彼女自身も体調に問題はないと今は言っていたが……。

 

「君は、あの森の出来事で………何処まで覚えている?」

 

そう聞くと、セシリアは眉を顰めて考え込む。

 

「私は、確かマリアさんを庇った後………」

 

記憶をなんとか掴み出そうとするセシリア。

暫くして、彼女は口を開いた。

 

「そこから、記憶がありませんわ……」

 

「そうか………」

 

私はホッと胸を撫で下ろす。

セシリアのあれほど恐怖に怯えた表情は初めてだった。

そんな顔にさせる光景を、私は再びセシリアに思い出させたくなかった。

恐らくセシリアは恐怖の余り、ショックでその光景を見たという記憶を無意識に閉じてしまっているのかもしれない。

 

「それならそれでいい。無理に思い出す必要もない」

 

「でも、もしかすれば過去の記憶への手掛かりになるのでは─────」

 

「大丈夫だ。思い出したところで、きっとセシリアの心に負担が残るだけだろう」

 

「お嬢様、お待たせしました」

 

ちょうど良いタイミングで、チェルシーが戻ってきた。温かい紅茶を持ってきていた。

 

「すまないな、チェルシー」

 

「メイドの務めです。お嬢様、今紅茶をお入れいたします」

 

「ありがとうございます」

 

私は雨に濡れた窓の外を見る。

今のところ、あの森からは何も感じない。

当分の間、月の香りの狩人が現れることはないかもしれない。

しかし彼女は、あの時こう言っていた。

 

 

 

一ヶ月後………

 

 

また、会えることを楽しみにしているよ………

 

 

 

彼女は一ヶ月後に再び現れるということか……?

一体、何を企んでいる?

以前学園に襲撃してきた機体と彼女は、関係しているのか?

それとも、ただの杞憂に過ぎないのだろうか……。

しかし、あまりにもタイミングが合いすぎている。

 

『私がこの世界で目覚めたのも、何か意味が在るのかもしれない』

 

その憶測がこのことにも当てはまるなら、彼女は一体………────

 

 

「マリアさん?」

 

気付けば、セシリアとチェルシーがこちらを心配そうな表情で見つめていた。

 

「すまない、何だ?」

 

「いえ、難しい顔をしていらっしゃったので……」

 

「ああ……いや、すまない」

 

「マリアさんの紅茶もお入れいたしますね」

 

「いや、私は遠慮しておこう、チェルシー。すまないな。考え事があるから、少し部屋に戻っておくよ」

 

「そうですか……」

 

私は席を立ち、廊下に出る。

廊下に響く足音は雨音に解け、消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




『セシリアの見た彼女の記憶』





─────────
───────
─────



「ここは………何処ですの?」


「マリアさんがいませんわ………マリアさん!何処にいるのですか⁉︎」


「叫んでも返事が無い……人の気配もないですし、私一人だけ……?」


「それにこれは……随分と長い階段ですわね。豪奢な装飾もありますし、何処かのお城……?」


「外へ繋がる扉も見当たりませんし、上るしかないですわね……」


私は、長い階段を上っていく。

階段の横には、規則的に並び置かれた、馬に乗った騎士兵達の銅像。

銅像は城内の薄暗い灯りを微かに反射させていた。







あと少しで階段を上りきる所までせまった時、階段の向こう側から嗤い声が聴こえた。


その奇妙な嗤い声は、男性のものだった。


長い階段を上りきると、そこは広く開いた場所だった。


城の最上部であろうこの場所は、見る限り城の主の居る、謁見の間のように思える。


辺りには乱雑に置かれた西洋風を思わせる人々の石膏像。


床にはいくつもの蝋燭の火。


そして、誰のものかも分からない血が辺りに染みついていた。


「な、何ですの……この血は………」


顔を上げると、奥の方に一人の男性が立っていた。


金色の角錐のような被り物をしたその男は、肩で荒い息をしながら、興奮冷めやらぬ様子で嗤っている。


とても、不気味だった。


思わず、私は立ち竦む。


『────師よ、ご覧あれ!私はやりました、やりましたぞ!』


『この穢れた女を、潰して潰して潰して、ピンク色の肉塊に変えてやりましたぞ!!』


『どうだ、売女めが!!』


金色の被り物に大量に付着した返り血は、ギラギラと色褪せることなく、今も生きているかのように輝きを放っている。


本当に、本当に。


狂っている。


『如何にお前が()()だとて、このままずっと生きるのなら、何者も誑かせないだろう!』


『すべて内側、粘膜を曝け出したその姿こそが、いやらしい貴様には丁度よいわ!!』


『ヒャハ、ヒャハ……』


『ヒャハハハハハハハハハハ!!!!』


目の前の狂気に、私は無意識に、気付かれないように、ゆっくりと後ずさる。


しかし、背中で何かにぶつかってしまった。


石膏の人物像だった。


その音で、男がゆっくりとこちらに振り向いた。


被り物をしているのに、その男の狂ったようなニヤついた表情が容易に想像できた。


『……おお、あなたでしたか!』


「ひっ……」


『見てください!あなたのお陰で、遂に私はやりましたよ!』


気付くと、男の背後には二つの椅子があった。城の王達の座る椅子だろうか。


私は、あまりの悲惨な光景に吐き気がこみ上げた。


片方の椅子には、人間の肉塊や血管がこびり付いており、夥しいほどの血が溢れていた。


側には、鉄の仮面を被った人間の生首。
きっとその肉塊は、その人間のものだったのだろう。


ピンク色の肉塊は、グチャグチャになりながらも、未だ妖しく蠢いている。


『どうです!素晴らしいでしょう!これで師を列聖の殉教者として祀れます!』


『ヒャハ、ヒャハ……』


『私はやったんだあーーー!!!』


気味の悪い笑みをこぼしながら、男はこちらへと近付いてくる。


「だ、誰か……」


あまりの悍ましさに、腰が抜け、身動きが取れない。


何か身を守るものはないかと手探りしていると、すぐ側に小さなナイフがあった。


「そ、それ以上近付くと、ただじゃおかないですわよ……」


しかし男はまるで聞こえなかったかのように反応を見せない。


「こ、来ないでっ!!」


私の投げたナイフは、男の右肩に刺さった。


男は動きを止め、自分の右肩にナイフが刺さったことを悟ると、わなわなと震えだす。


『……どういうことですか?』


「ひっ………」


『何故、私に刃を向けるのです?』


『嫉妬!嫉妬なんですか⁉︎』


男は背中に掛けていた車輪の形をした武器を取り出した。
一体今までどれ程の人間を殺してきたのだろう、その車輪にも大量の血が付いている。
そして、あのピンク色の肉塊も。


男は車輪を振り回し、狂ったように暴れ出した。


『売女めが!』


『汚れた売女めが!!』


周囲の像たちが、車輪によって破壊されていく。


(そ、そうですわ、ブルー・ティアーズを……!)


しかし直後、私は機体を展開できないことに気付く。
そうだ。ブルー・ティアーズは、研究所に預けたままだった。
つまり今、私の手元にはもう身を守れる物がない。


もう、逃げるしかない。
でも、何処に?


『あなたも血にのまれましたか!』


男は車輪から血を飛び散らせながら、どんどんと迫ってくる。


なんとか逃げようと走り回っていると、城の何処からか、声が聴こえてきた。


────……リア!


(い、今の声は……⁉︎)


私は逃げ惑いながら、その声に耳を傾けてみる。


────……リア!目を覚ませ!!


「マ、マリアさん⁉︎」


それはマリアさんの声だった。


しかし声は聴こえるが、姿は見えない。


「マリアさん!!私はここに……きゃ⁉︎」


私は何かに躓き、床に倒れてしまう。


足元を見ると、そこには石膏像の手から落ちた槍があった。


私はその重い槍を手に取り、男に突き出す。


男はそれを避けるが、槍の先が男の頬を掠め、血が滴り始めた。


男は自分の頬から流れる血を見ると、更に狂ったように暴れ出し、こちらに向かってくる。


『血が!』


『血が出たじゃあないですか!』


私は像の森を走り、先ほど上ってきた階段を目指した。


しかしどれだけ走っても階段は見えてこず、寧ろ石膏像の森は深まるばかりで、いつの間にか私は像たちに囲まれている状態だった。


男も見失った。


しかし、前に進むしかない。


目の前の石膏像を腕で退かそうとした、その時─────。





狂った男が、目の前にいた。


そして男は、容赦無く車輪を私に振りかざした。


「ああっ!!」


車輪に吹き飛ばされ、私は後ろにある像にぶつかる。


そして、石膏像の持つ槍に腹部を貫かれてしまった。


意識が朦朧とする。


貫かれた腹部からも、殴られた頭からも、赤い血がどくどくと出ていた。


「マ……リア……さ………」


『………狩人の嫉妬は醜いですよ』


『あなたは、あなたの狩りに邁進なさい』


『私のようにね………』


「や、め…………て…………」


男が車輪を私の頭に振りかざす。


全ての動きがスローモーションのようになる。









こんな時に。


こんな時に何故このようなことを考えているのか解らないが、一つ気になることがあった。


私の身体から流れているこの血と、あの椅子にこびり付いていたピンク色の肉塊の血は、どうして同じ妖しさを放っているのだろうか。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()─────。


いや、もう考えても無駄かもしれない。


男の車輪は、もう私の頭を潰す寸前の所まで来ていた。


私は、目を閉じる。


目を完全に閉じる寸前、男によって殺された鉄の仮面の生首が視界に入った。


仮面の下がどのような顔なのかは、別に気にならない。


でも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()
それだけが、気掛かりだった。





マリアさん、どうか貴女だけは無事で─────

























─────セシリアアアアアアアアア!!!!



─────
───────
─────────


『女王の肉片』

カインハーストの女王の、憐れななれの果て。

だがこのピンク色の肉片は、まだ呪われたように熱い。
素晴らしきかな不死、血の女王よ。

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