最近の状況を活動報告に記載したので、お時間のある方は読んでくださると嬉しいです。
─────
それは私が最も
それが何故かはよく思い出せない。
今はただ、セシリアの家系を上ればその呪われた血族に辿り着くという事実に狼狽えることしか、私にはできなかった。
しかし、彼女は御伽話だと言った。それは一体どういうことだろうか。
「──────御伽話とは、どういうことだ?」
私は、汗に似たような唾を飲み込んだ。
「確かな証拠があるわけではありません。本来の史実とは異なった歴史ですし、この世界ではあり得ることのない存在も描かれているので……。ですが、この作り話の妙な所は、
セシリアは此方を振り向き、その御伽話を話し始める─────。
*
─────遥か太古の昔、宇宙には強大な支配者である『ゴース』という神がいました。宇宙を支配するゴース、またそれに従属する神々は皆『上位者』と呼ばれていました。
そして地球ではトゥメルと呼ばれた文明が繁栄していました。トゥメル文明の人間たちにとって、『月』は彼らの存在を支えるものとして考えられていました。後に、宇宙を支配するゴースの存在に気付いたトゥメル人たちは、ゴースを『月を司る指導者』として崇拝します。
徐々に親交を深めていった人間と上位者。ある時、トゥメルの女王・ヤーナムは、ゴースと交わり赤子をもうけます。カインハーストとは、その上位者と交わった穢れた血を引く一族のことである、と言われています。
宇宙の叡智と血の神秘を極めたトゥメル文明。しかし、ゴースによる宇宙の支配は悲惨な形で幕を閉じます。ゴースは、ある魔物に惨殺され、海へと打ち棄てられるのです。
月を司る神殺し────『
……結末が此処までなら、この話は単なる御伽話に終わっていたでしょう。
─────続きがある、ということか。
ええ。
*
─────時は19世紀初期に移り変わります。此処、イギリス国内でも遥か東に、古都ヤーナムという街がありました。人里離れた山間にある忘れられたこの街は、呪われた街として知られ、奇妙な風土病『
……
ええ。一方で19世紀はイギリスの医療が発展した時代でもあります。『輸血』の技術を生み出したことによって、獣の病を治せるのではないかという試みがありました。何故なら獣となってしまった人間には、
しかし、獣の病に冒される人は後を絶ちませんでした。獣となってしまった人間を葬る手段──────それが、『
……狩人に関する文献はあるのか?
─────こんな話があります。マリアさん、
………いや。
19世紀末にイギリスで連続発生した猟奇殺人事件の犯人のことですが、オルコット家に伝わる話の中では、ジャックは狩人の最後の生き残りだったそうです。
─────正直そんな話は信じていませんでしたが、ある日、私の中でその考えが揺らぎました。
オルコット家に伝わる御伽話……それが記されている書物、とは言ってもほとんど白紙ですが………その中で
この世界の史実では、ジャックが殺害した人間は全て売春婦。犯行手段は被害者の身体を切り裂き、性器等の内臓を摘出するという極めて残酷なものでした。被害者の数は8人や20人以上といった説がありますが、確実にジャックによる犯行とされているのは5人です。
私は狩人とジャックの繋がりを調べるために、被害者5人の遺体写真を入手しました。ジャックが彼女たちを殺害した理由が少しでも解るのではないかと思ったからです。
………それで、進展はあったのか?
はい。遺体写真はモノクロームでしたが、ISを生み出すまで技術が発展した今、それをカラー調に再現することは容易でした。そして、カラー調に再現した遺体写真全てに─────灰色の混じった血が写し出されていたのです。
………被害者は全員
もしそうであれば、書物に記されている『ジャックが狩人の最後の生き残り』という記述も頷けます。ですが、私はジャックが狩人としての正義を持っていたとはとても思えません。
………どうして、そう思う?
たとえ獣となってしまっても、彼女たちはれっきとした人間でした。彼女たちの身体を酷く切り裂くことがジャックにとっての葬いなら、あまりにも狂っているとは思いませんか………?
………。
◇
いつの間に降っていたのだろうか、廃家の外から雨音が聞こえていた。雨音は次第に強くなっていき、天井からは時折雫が滴っていた。
セシリアは一息つき、マリアに目を向ける。
「カインハースト一族……獣の病……血の医療……。点と点で離れているようで、これらは全て『血』で繋がっています」
「………」
「皮肉ですわね……
セシリアは冗談のような、真剣のような、区別のつかない笑みを顔に浮かべた。
セシリアの話を聞いて、マリアは学園での出来事を思い出していた。
クラス代表対抗戦の時に襲撃してきたゴーレム。そして学年別トーナメントで起きたラウラのISの暴走。
どちらの機体にも共通していたのは、灰色の混じった血が流れたということだ。
きっと、セシリアの家系に伝わる御伽話というものは、虚構などではない。
間違いなく、真実の歴史だ。
ヤーナムという街がこの世界に存在しないのは、歴史が改竄されたということか……?
しかし、現実にこの目で時計塔やこの廃家を見ている。
解らないのは、ヤーナムという名前が存在しないだけでなく、地形までもが変化してしまっていたことだ。
その点を考慮すれば、自分のいた世界が別世界だと言われても否定は出来ない。
何かがおかしい。
まるで、
「マリアさん?」
セシリアに名を呼ばれ、ハッと顔を上げた。
どれくらい考え込んでいたのだろうか。セシリアが心配そうな表情で此方を見ていた。
「探し物は見つかりましたか?」
「………いや」
マリアは申し訳なさそうな顔で返事をする。
セシリアは優しく微笑み、マリアの横に来た。
「今日はもう帰りましょう。チェルシーも待ってくれていますわ」
セシリアが扉の方へと向かう。
そうだな、と口を開こうとしたその時。
後ろで、音がした─────。
マリアは振り向き、音の正体を確かめる。
が、何も起きていなかった。
「どうしました?」
セシリアが扉に手をかけていたところで、マリアに尋ねた。
「今、音がしなかったか?」
「……?いえ、何も聞こえませんでしたが………」
少し過敏になりすぎていたのか、音が聞こえたのも気のせいかもしれない。
そう思い踵を返そうとした、その瞬間──────。
「………⁉︎」
廃家の床に立つ灯りが、突然光り始めた。
それと同時に、灯りから深い闇が零れ出し、廃家の中を闇で満たし始める。
「な、何ですのこれは⁉︎」
「セシリア!私の側に寄るんだ!離れるな!」
マリアは持っていた落葉を構え、セシリアを庇うようにして立つ。
気付けば廃家の中は冷たい闇に包まれており、その中でただ一つの灯りが静かに光を放つ。
怯えたセシリアを背中で守りながら、辺りの様子を耳で探った。
鋭い音がする。
古く錆び付いた車輪が回転する音だ。
この音は車椅子だ。
灯りの向こう側から、その音は聞こえてきた。
目を凝らせば、かなり長い間使い古されたような車椅子が、闇の中から姿を現してきた。
誰かが座っている。
「誰だ!」
マリアの問いに、闇の中から密かに嗤う声が聞こえた。車椅子に座る人物の声だ。
「────
背筋が、凍りついた。
その声は女性のもので、マリアはその声を知っていた。
闇の中から、車椅子の女性が姿を現す。
顔は鼻の辺りまで服で隠されているが、マリアは直ぐに正体が分かった。
血のように赤い髪と、その瞳。
狩人の格好をした、
『
19世紀末にイギリスで発生した連続猟奇殺人事件の犯人の通称。未解決事件であり、犯人について様々な憶測が飛び交っているが、現在も犯人は不明。
被害者は売春婦であり、一般的には男性による犯行と見られているが、被害者の女性たちが警戒をすることなく犯人を迎え入れていた形跡があることから、