狩人の夜明け   作:葉影

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本当にありがとうございます。

今回は、第8話で少しだけ登場したオリジナルの人物が出てきます。


第25話 研究所

翌日。

マリアとセシリアは屋敷の前で立っていた。チェルシーが車を持ってくるのを待っているところだった。

空はうっすらと雲がかかっているが、太陽の日差しは辺りの広い庭にかかり、花々が美しくその姿を咲かせていた。

何も考えず辺りの花々に目を向けていたマリアに、セシリアが声をかけた。

 

「マリアさん、その……昨晩はありがとうございます」

 

セシリアは微笑み、マリアに礼を言った。

 

「彼女とはしっかり話せたのか?」

 

「ええ、おかげさまで。マリアさんのおかげで、胸の(つっか)えが下りましたわ」

 

「私は話を聞いただけだよ。頑張ったのは君たちだ。それより……」

 

そう言い、マリアは優しい顔から真剣な表情に変わる。

 

「今日は()()()向かうのだろう?」

 

マリアの眼差しは、当てもない遠くの方へと向けられていた。

セシリアも、何となくその先を見つめる。

 

「ええ……」

 

車の音が聞こえてきた。

行く準備は出来たらしい。

 

「何か、解るといいな─────」

 

心から、そう願う。

そのためにここへ来たのだから。

 

太陽の日差しに明るさが増し、二人の耳に付けられた緋と蒼のイヤーカフスが静かに輝いていた。

 

 

 

 

 

 

出発して一時間程経った頃。

マリアとセシリアは車を降り、目の前の真っ白な建物を見る。

小さな平原にひっそりと佇んでおり、規模もさほど大きくはない。

 

そして、入り口の横には『British Research Institute of Infinite Stratos(イギリスIS研究機関)』と刻まれていた。

 

この名称を見るのは、恐らく入学以来だとマリアは感じる。

自分の機体を造り上げた研究所。

そしてドイツと同様、ISに関する情報が得られ難い機関でもある。

 

「実は私がイギリスの代表候補生になったことをきっかけに、オルコット家でこの機関を所有する権利を得ることにしましたの」

 

セシリアが、少し誇らしげに言った。

しかしマリアはそれを聞いて、疑問に思う。

 

「ここは政府が所有するものではないのか?」

 

「政府が求めるのはあくまで研究所で造られるISに関する情報と技術提供。その条件さえ満たしてさえいれば、研究所の管理権を持つことが許されます」

 

「しかし、何でまた?」

 

二人は、入口の前に来た。

大きな鉄の扉の横には、施錠を解除してもらうためのブザーが設置されている。

 

「私は学園を卒業した後も、オルコット家としてISに関わっていくつもりです。ですから研究所を所有すれば、蒼い雫(ブルー・ティアーズ)の整備に更に密接に力を入れることが出来ると思ったのですわ」

 

そう言い、セシリアはブザーを押した。

すぐ上に監視カメラがあり、こちらに透明な顔を向けている。直に中にいる誰かが迎えに来てくれるだろう。

 

 

暫くして、扉が開いた。

そして、一人の女性が中から出てきた。

ショートカットの茶髪で切れ長の目をしており、研究用であろう白衣を着ている。

セシリアよりも少し背が高くスラッとして、顔立ちも美形に入るだろう。

そんな彼女はセシリアを見るや否や、

 

「セシリア〜〜!久しぶり〜〜!」

 

「ち、ちょっと⁉︎」

 

いきなり抱きついてしまった。

セシリアは横にマリアがいるので恥ずかしながらも、これがいつもの事なのか、半ば諦めているような表情だ。

茶髪の彼女はセシリアを抱きしめながらマリアの方を向き、

 

「初めまして、マリア。あ、この挨拶は二回目になるのかしら」

 

と微笑んだ。

 

「すまないが、君は……」

 

マリアはそう言いながら、どこか聞き覚えのある声だなと感じていた。

茶髪の彼女がそのまま話を続けようとすると、

 

「ちょっとエマ!そろそろ離してくださいませんこと⁉︎」

 

「あら、いいじゃない♪というか、あなた前よりおっぱい大きくなってない?」

 

「ひゃあ⁉︎ちょ、何で急に揉み出すんですの!」

 

「どうやったらこんなになっちゃうのかしらねー。Bしかない私への当てつけかしら」

 

「その余計なことを言う口を閉じないと怒りますわよ……!」

 

「やだ怖い♪」

 

「エマ……エマと言ったか?」

 

セシリアの発した「エマ」という名前を聞いて、マリアは思い出した。

「エマ」という彼女は、あの日……初めて緋い雫(レッド・ティアーズ)に出会った日に、側にあったテープに録音されていた声の主のことだったのだ。

 

エマはセシリアを離し、マリアに改めて自己紹介をする。

 

「ようこそ、マリア。私はエマよ。あのテープはしっかり聞いてくれたかしら?」

 

明るく微笑む彼女に、マリアも笑みを見せた。

 

「ああ、ずっと君に直接礼を言いたかった。私にISを造ってくれてありがとう」

 

マリアは深く礼をした。

 

「いいのよ、私も造ってて楽しかったから♪さ、二人とも。中へ入って」

 

エマは二人を中へと招き、一向は建物の奥へと足を踏み入れていった。

 

 

 

 

 

 

「なるほど……結構な損傷ね、これは」

 

「修復できそうか?」

 

研究所の中は仕切りをほとんど設けておらず、ワンフロア全てが見渡せるようになっている。エマと同じように、白衣を着た研究員たちがそれぞれのエリアで武器や装甲の製造、試験に打ち込んでいる。

マリアたちがいるのはその一角のエリアで、目の前には緋い雫(レッド・ティアーズ)蒼い雫(ブルー・ティアーズ)が整備台に並んで設置されていた。白く太い機械のリングが、二つの機体を何度も往復している。

エマは椅子に座ってディスプレイを見ながら、レッド・ティアーズの損傷具合を確かめていた。

 

「まぁ、このくらいなら少し時間をかければ直せるわ。足首部分に装備してある刃が損傷してるだけで、通信システムや展開システムには異常が無いから」

 

「すまない」

 

「いいのよ、そのための私たちなんだから。セシリアの機体も、せっかくだし整備しとくわね」

 

「ありがとうございます……」

 

セシリアは礼を言いながらも、その目はブルー・ティアーズに注がれたままだ。その表情は真剣なもので、明るいものとは言えない。

 

「どうしたの?浮かない顔して」

 

キーボードを素早く打ちながら、エマがセシリアに声をかける。

 

「その……エマ……」

 

セシリアがエマの方を見て、複雑そうな顔をした。

 

 

 

「ブルー・ティアーズと『血』は、何か隠された関係があるのですか……?」

 

 

 

ピタリと、エマは指を止めた。

 

そして、難しい顔をし、ゆっくりと彼女へと向き直る。

 

 

「─────何故、そう思うの?」

 

 

エマはセシリアの目をじっと見る。セシリアは瞳の奥を突かれるような気分になった。

 

 

「マリアさんと試合をした時、ブルー・ティアーズに異変が起きました。マリアさんの血を糧に、機体が修復を……」

 

「マリア、あなたもそれを見たの?」

 

「……ああ。その時だけじゃない。彼女がドイツの代表候補生と争った時も、同じことが起こりかけた」

 

「………そう」

 

エマは視線を離し、しばらくの間考え込む。

その後、何かを決意したように立ち上がり、セシリアを見た。

 

「セシリア、あなたに話さなければならないわね。ついてきて」

 

エマは二人に背中を向け、研究室の外へと歩き出す。

 

「マリア。あなたにも関係のあることよ」

 

真剣な声の彼女に、二人は口を開くことはなく、ただ彼女の背中についていった。

 

 

 

 

 

 

張り詰めた靴音が、暗闇の廊下に響いては、消える。天井に規則的に設置された電灯も、まるで何かから隠れるように、息を殺してその身を灯す。

仄暗い闇の中で暫く歩を進めた後、エマは足を止めた。目の前は行き止まりだった。

 

「この先よ」

 

エマはそう言い、壁の端に右手を(かざ)す。

すると手を翳した壁の部分が小さく光を放ち、エマの手にいくつものレーザーを発射する。レーザーはエマの手の平を何重にも駆け巡る。暫くすると光は消え、壁から鍵を解除したような機械音が流れた。

壁は細工箱のようにあらゆる方向に分解し、やがて奥には地下へと続く階段が姿を見せた。

セシリアとマリアは、巧妙に隠された空間に目を丸くする。

 

「な……こ、こんな場所、私は知りませんわ!」

 

管理主のセシリアでさえも、この場所を知らなかったと言う。

 

「まだ出来上がってそれほど時間も経ってないのよ。ここには私とごく一部の研究員だけが入ることが出来る」

 

着いてきて、とエマは言い、地下へと続く階段を下る。

二人もその背中に着いていき、暗闇の階段を下る。

 

 

 

階段を下り終えると、再び厳重なセキュリティを備えた壁に辿り着いた。

エマの権限によりセキュリティが解除され、壁が開く。

 

 

「これは……!」

 

 

セシリアとマリアは、目の前の光景に驚愕した。

その空間には、実験用として規則的に設置された数え切れない程のISのアームやレッグの装甲部分。

 

 

そして、それらに繋がっている管をたどって見ると………

 

 

 

 

 

─────それらは、赤い液体の入った、丸く薄いガラス製の容器に繋がれていた。

 

 

 

紛れもなく、それは()()だった。

 

 

 

 

 

「一体、ここは何だ……⁉︎」

 

地下の空間の中に所狭しと並べられた研究台と血液の容器は、まるで何処かの診療所のような光景を彷彿とさせる。

マリアとセシリアは、目の前にあった血液の入った容器を見た。

容器には「B/RH+214」と記載されている。他の容器にも目を配らせてみると、「A」「Null」「Kidd」「Lewis」などの文字も見受けられる。そしてまたそれぞれの文字にも異なる番号が配られていた。

 

「血液の識別記号よ。血液にも色々性格があってね……他にも見せなければならない物があるわ」

 

そう言って奥へと案内するエマ。

肩にぶつかりそうな血液の管を避けながらも、未だ謎に包まれた血の森を抜けていく。

 

 

 

暫く歩き、血の森の先に出口が見えた。

 

三人がやっと開けた空間に出ると、目の前にはマリアたちを更に驚かせる事実が隠されていた。

 

 

 

「見覚えがあるでしょう?」

 

 

 

エマが告げる。

 

 

目の前にあったのは、記憶に新しい光景。

 

 

初めてISに触れたときに起こった、()()()()()()()()()()だった──────。

 

 

 

 

 

 

驚くほど形が禍々しく歪んだIS。

半分以上が剥がれ落ちた腕や肩の装甲。

所々に見られる機体の赤黒い変色。

不規則に棘のように鋭くなった脚部分。

内部の機器回路などが殆ど見えてしまっているカスタム・ウィング。

もはや飛ぶことすら不可能となってしまった哀れなその姿を、マリアはしっかりと覚えていた。

何故ならマリアもまた、以前にこのような哀れなISを生み出してしまった当人であるからだ。

 

「この打鉄は、セシリアが数年前、初めてISに触れたときの物よ。これが、ISと『血』に隠された関係の全て……」

 

「ど、どういうことですの……?」

 

得体の知れない事実に、驚きと恐ろしい感情を隠せないセシリア。それはマリアも同じようで、背中に冷や汗の流れる嫌な感触がする。

 

「セシリア、あなたには伝えてなかったけど、マリア自身もこの現象を起こしてしまったのよ」

 

歪んだ打鉄を見て、エマは言う。

セシリアは驚き、マリアの方を見た。

 

「マリアさん、本当なんですの……?」

 

「……ああ、そうだ。学園で打鉄を装備した直後、機体が大きく歪んでしまった。ダメージレベルはEと診断された」

 

「あの現象は、私だけだと思っていましたわ………」

 

「IS学園の織斑先生からマリアのことで連絡が来てね。セシリアのデータだけでは分からないことだらけだったから、マリアの専用機もウチで造らせてもらえないかって依頼したのよ」

 

エマは一息ついて、再び話し始める。

 

「私たち自身、未だに分からないことが多い。いえ、多すぎるのよ。血の研究を始めるようになったのは、ある出来事がきっかけよ」

 

エマは、打鉄の横にいくつかある血液の容器を手に取る。

 

「セシリア、あなたがこの打鉄を装備した当時、身体検査を行なったわよね?」

 

「ええ……」

 

「血液採取をしたことは覚えているかしら?」

 

「その時から血の研究を始めていたのですか⁉︎」

 

「いえ、そうではないわ。血液採取もあくまで検査の一環のつもりだった。他にもDNA検査などもして研究に励んだけど、原因を見つけることはできなかったの」

 

エマは研究台の上に置いてある、打鉄の一部の装甲を手に取る。それは歪んだISの物ではなく、新品の打鉄の装甲だった。

 

「けれどある日、決定的な出来事が起きた。いつものように研究をしていた時、私は側にあった試験管に腕をぶつけてしまったの。その試験管にはあなたの血液が入っていた」

 

「………」

 

「試験管から零れた血液は、すぐ横にあった打鉄の装甲にかかってしまった。すると、みるみる内に赤黒く変色して、装甲は歪み、剥がれ、損傷した。こんな風にね……─────」

 

エマは手に持っていた容器からスポイトで血液を吸い込み、新品の打鉄の装甲に数滴垂らす。

セシリアとマリアは目を見開いた。

血液に触れた装甲は驚くべき速さで変色し、歪んだ形になっていったのだ。

 

「恐らく『血』が関係していると踏んだ私は、地下に新たに研究室を設けた。今まで多くの種類の血を集めてきたけど、今のところ打鉄が損傷してしまうのはセシリア……そして、マリアの血だけ。私や他の人間の血では何も変わらなかった………」

 

「何故それを今まで隠していた?」

 

マリアがエマに問い詰める。セシリアも聞きたかったらしく、エマを見る。

 

「ごめんなさい……あなたたちにはいずれ話すつもりだったの。ただ、今の時代、通信を盗聴されるのは決して珍しいことではないわ。私たち自身、通信技術に関しても他国に負けないくらいの性能を開発してるけれど、念の為を考えて、ね………」

 

「……事情は分かりました。ですが、政府への対応はどう考えているんですの?」

 

隠されていたことに少し怒りの感情を声に含めるが、納得せざるを得ないといった顔をするセシリア。

 

「確かオルコット家には、政府へISに関する情報提供をしなければならない、という話だったな」

 

「現時点では黙秘を貫いているわ。血の研究に関しても、知っているのは私を含めてごく一部の数人の研究員たち。そしてこれからも、この空間は秘密にしておくつもりよ」

 

「理由は?」

 

()()を避けるためよ。『血』が何らかの事実に関係しているとはいえ、不確定な要素が多すぎる。研究自体はまだまだ発展途上の状態だし、情報を公開したところで悪用されたりしたらたまったもんじゃない」

 

「………」

 

「政府にはあくまで従来と同様、主にブルー・ティアーズや他のISの研究についての情報を開示しているわ。私たちがさっきまで居た、一階の研究室で行われている研究についての情報よ」

 

「地下の研究は秘匿し、表向きはあくまで通常機についての情報提供、か……」

 

複雑な顔をするマリア。

今も昔も、どうして人間は『血』に惹かれる運命にあるのだろうか。

背後にある夥しい量の血の森は、何処までもマリアに擦り寄ってくるように自己主張をする。心臓の音が、やけに胸の内を叩く。

 

「勝手なことをしてごめんなさい。私はセシリアの辛い過去を見てきたから、ISの開発は全力でサポートしたかったの。理由も分からず装備するだけでISが損傷してしまったあなたを見た時、私は本当に悔しかった。何とかして、あなたに空を舞ってほしかった……」

 

エマがセシリアに頭を下げる。

セシリアは複雑な心境になりながらも、溜息を吐き、口を開く。

 

「エマ、顔を上げてください」

 

セシリアがエマの肩に手を置いた。

 

「一つ、約束してください」

 

「ええ、何でも言って」

 

「もう今後、私に隠し事はしない、と」

 

セシリアは真っ直ぐな目でエマを見る。

 

「……ええ、分かったわ」

 

エマもしっかりと約束を交わした。

互いに和解が出来たのか、彼女たちの間の空気は、少しだけ柔らかくなった。

 

 

 

 

 

 

だが、彼女たちを他所に、マリアの表情は暗いままだった。

 

マリアは心の中で勘付いていた。

 

どれだけ隠していても、秘密というものはいつか必ず暴かれる。

 

いつの時代でも、人間は秘密を知ることに快感を覚える。

 

それが深いものであればあるほど、人間はそれに惹かれてしまう。

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()─────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オルコット家の領地である森を、一台の車が駆け抜ける。

マリアたちは研究所を後にし、再びオルコット家の屋敷へと戻っていた。

二人の専用機は研究所で修復してもらっており、後日取りにいくこととなった。

しかし、マリアは落葉だけは離したくないと言ったため、落葉は今マリアの横に置かれている。

 

車の中で、会話が弾むことはなかった。

運転をしているチェルシーも、二人に何があったのか聞いてみたいが、最早車内はそのような空気ではなく、ただ屋敷への道のりを運転するしかなかった。

マリアは研究所でのことを思い出し、考え込んでいた。

窓を流れる木々は、研究所での血の森を彷彿とさせた。

 

「結局……」

 

「……?」

 

セシリアの声に、マリアは振り向く。

 

「何も分からずじまいでしたわね……」

 

恐らく、彼女はブルー・ティアーズが血で修復する理由のことを言っているのだろう。

エマが言うには、現時点では血の研究で出た結果を、ブルー・ティアーズとレッド・ティアーズの機体に実験的に搭載しているそうだ。

セシリアやマリアがISに乗って空を飛ぶことが出来るのは、血の研究によるデータに支えられている部分が大きい。

しかし、セシリアの覚醒はブルー・ティアーズに依るものなのかどうかは依然として不明だった。ブルー・ティアーズ自身に血で修復させる機能を、エマは作っていないからだ。

血が何らかの因果関係を持つとはいえ、結局のところ、具体的なことは何も解決していない。

 

「そうだな……」

 

マリアは再び、窓の外へと目を向ける。

 

視界を流れる木々に自分の思考も任せてしまおうとした、その時──────。

 

 

 

 

 

 

 

「止めてくれっ!!」

 

 

突然のマリアの声に、チェルシーは車を止める。

 

「ど、どうなされましたか?」

 

「マリアさん、どうしたんですの?」

 

チェルシーとセシリアがびっくりした表情をし、マリアを見た。

マリアはそれに答えることなく、無言で窓の外を見ている。

視線の先は森の奥深くのところだったが、そこには何も無い。

だが、マリアは確かに()()()()()()

 

マリアは扉を開け、外に出る。

 

「マリアさん⁉︎何処に行くんですの⁉︎」

 

セシリアもマリアに続き、外に出る。

 

「お二人とも、危険です!雲行きも怪しいですし、この森は一度迷えば出ることは容易ではありません!」

 

チェルシーの言う通り、先程から空は曇天に変わっており、今にも雨が降りそうな空気だった。ただでさえ迷いやすい森の中、雨が降れば更に帰ることは困難になるだろう。

 

マリアは振り向き、二人に告げる。

 

「チェルシーとセシリアは、先に屋敷へ帰ってくれ。大丈夫、直ぐに私も帰る」

 

「いけませんわ!チェルシーの言う通り、屋敷へ帰りましょう。それに、いきなりどうしたんですの⁉︎」

 

「………この奥に、()()()()()。私には分かる」

 

真剣な表情で言うマリア。

突然訳のわからないことを言うマリアだが、あまりに真剣な顔に、セシリアは何も言えなかった。彼女の言う通り、本当に何かがあるのだろうか。

 

「とにかく、私は行ってくる。一時間経っても帰って来なければ、警察でも何でも呼んでもらって構わない」

 

踵を返し、マリアは森の奥へと歩き始める。

セシリアはどうすればよいのか分からなかったが、暫くしてチェルシーに告げる。

 

「チェルシー、私もマリアさんを追います。あまりに心配ですわ」

 

「ですが、お嬢様……」

 

「チェルシーはここで待っていてください。直ぐに帰ってきます。何かあれば直ぐに携帯に繋ぎますわ」

 

「あっ、お嬢様!」

 

セシリアはチェルシーの言葉を待たないまま、マリアの後を追った。

ぽつんと一人残されたチェルシーは、半ば諦めたように溜息を吐く。

暫くの間待っていたが、二人は依然として戻ってこなかったので、エンジンを切り、ラジオをつけて車内で待つことにした。

 

 

 

 

 

 

暗くなりつつある道無き道を、マリアとセシリアは歩き続ける。

 

「一体何があると言うんですの……?」

 

セシリアがマリアの背中に尋ねる。

 

「分からない……だが何か、放ってはいけないような……そんな感触だ」

 

「……?」

 

的を得ないマリアの主張に困りながらも、歩を進める。

歩きながら、ずっと黙っているのも気が重いと感じたセシリアは、独りでに話し始める。

 

「そういえば幼い頃、私もこの森で迷ったことがあります」

 

「そうなのか?」

 

「ええ、それからもう10年近くは経ちますわ。あれ以来此処へ来るのは初めてです」

 

「一人で入ったのか?」

 

「チェルシーと一緒に追いかけっこをしていたんですの。二人で一緒に迷ってしまって……。やっとの思いで出られた時は、二人ともお母様にこっぴどく怒られましたわ」

 

「……そうか」

 

再び、二人の間に沈黙が漂う。

地面に落ちた朽ち木の枝を踏む音が、辺りに響く。

 

 

かれこれ10分以上は歩いただろうか。

マリアはずっと向こうにある木々の間に、何か朽ち果てた階段のようなものを見つける。

 

「何かあるぞ」

 

「えっ?あ、マリアさん!」

 

マリアは少し歩調を早め、その場所へと向かう。セシリアも急いでマリアの後を追った。

やがて、その場所にたどり着いたマリアは大きく目を見開く。

 

「ここは……!」

 

木々の先に見つけた場所は、森の中で不自然に開けた場所。

不自然に存在する石の階段には蔦や草が茂っていた。左の階段は放物線を描くような丸い形、目の前の階段は真っ直ぐに伸びている。

そして、階段の先には、木で作られた一つの家がそこにあった。

この場所を、マリアは記憶の何処かで覚えていた。

 

「何故……これが此処に……」

 

この光景を、マリアは見たことがある。

それどころか、かつて此処で暮らしていたのだから。

 

 

 

 

()が作った、この()()で─────。

 

 

 

 

何かを思い出せそうなマリアは、必死に自分の記憶の中を探る。

 

『彼』とは一体、誰のことだ?

 

何故、私はこの場所を知っている?

 

『工房』とは、一体何のことだ?

 

しかし、思い出そうとしても記憶の糸口は掴めなかった。

 

 

「な、何ですのここは⁉︎」

 

後からたどり着いたセシリアも、目の前の光景を見て驚く。彼女もこの場所のことを知らなかったようだ。

 

「これが……マリアさんの探していたものなのですか?」

 

「……分からない。だが、何処か懐かしい感じがする」

 

マリアはゆっくりと階段を上がり、今にも崩れ落ちそうな家の扉に手をかける。

そして、腐食した木が崩れないように、ゆっくりと扉を開いた。

扉の先には、机や棚、そして床に立つ一本の灯りがあった。

 

「この森にこんな家があったなんて……。でも、ここで今誰かが住んでいるような形跡は見当たりませんわ……。この灯りも随分古いようですし」

 

光を失った灯りを見ながら、セシリアは呟く。

マリアは棚や机の引き出しを探るが、手がかりになるような物は何もなかった。

 

部屋の奥を見ると、小さな祭壇のような物もあった。

どのような目的で作られたのか分からないが、祭壇には、こびり付き、時間が経って変色した血も見える。

 

しかしそれらを見てもマリアは一向に思い出せず、他に手がかりを探すしかなかった。

 

祭壇に付着した古い血を見たセシリアが、小さく呟いた。

 

「その……血の研究について思い出したことがあるのですが………」

 

「何だ?」

 

マリアは部屋を物色しながら、セシリアの話を聞く。

セシリアは暫く黙った後、独りでに話し始めた。

 

「こんな御伽話が、オルコット家では伝えられています」

 

祭壇を指でなぞるセシリア。

 

「イギリスは……とても長い歴史を積み重ねてきた国です」

 

指に、少しばかりの埃が付く。

 

「ですが、()()()()()()()()()()()()()がこの国には存在する─────オルコット家では、そう言い伝えられています」

 

「どんな内容だ?」

 

 

 

 

 

「『()()()()という都市が、嘗てこの国にはあった』」

 

 

 

 

 

マリアの手が、止まった。

 

 

マリアは耳を疑い、セシリアを見る。

 

 

彼女は背を向けたまま、続きを話す。

 

 

「イギリスの歴史において、そのような都市は存在しません。これが、御伽話と言われている所以でもあります。ですが、私たちオルコット家という血族は、その御伽話の中では、嘗てこう呼ばれていました──────」

 

 

心臓の鼓動が、速くなる。

 

 

胸を打つ音が、酷く頭の中で響いた。

 

 

()()()()()()()()()、と──────」

 

 

 

 

 





『廃城カインハースト』

カインハーストは、かつてヤーナムと交わった、古い貴族たちの城である。

彼らは古い血縁の先にあり、閉鎖的であり、また豪奢であったが、あるとき忽然と姿を消し、交わりも途絶えたという。

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