狩人の夜明け   作:葉影

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イギリス編です。


第22話 六月

六月。

 

ラウラの暴走事件から1ヶ月弱程経った頃。

IS学園では一週間の連休が始まった。

故郷に帰省する生徒、寮に留まって過ごす生徒、旅行に行って息抜きをする生徒など、連休の過ごし方は様々だ。

 

日本では梅雨の時期に入り、今日も朝から雨が降っている。

そんな中、傘を差して静かに立っている者たちがいた。

セシリアとマリアだった。

二人は今学園前で、オルコット家の迎えの車を待っているところだった。

 

「もうすぐ着くそうですわ」

 

セシリアが携帯を見て、マリアに言う。

久しぶりに祖国に帰れるからだろうか、セシリアの表情は明るい。

 

「そうか」

 

「帰ってくる頃には、晴れてるといいですわね」

 

「……そうだな」

 

灰色の曇天を見上げ、マリアは呟く。

マリアはシャルロットのことを思い出していた。

 

シャルロットと風呂に入って話した翌日、彼女は自ら自分が女であることを明かした。

そしてラウラもあの暴走事件で一夏に助けられたこともあってか、一夏に好意を抱くようになったようだ。

一夏を巡る競争は激しくなったが、何はともあれ、一組全体には明るい雰囲気が出来ていた。

 

しかし、マリアは未だにシャルロットとのことを引きずっていた。

シャルロットはマリアに明るく接してくれる。それはマリアだけではなく、他のクラスメイトに対しても同様だ。まるで、あの風呂での出来事が無かったかのように……。

そんなシャルロットを見るたびに、マリアは「あれは夢だったのではないか」と錯覚してしまう。そんな日が続いていた。

 

そして昨夜、マリアは今日の為の準備を終え、シャルロットに伝えた。

 

「しばらくセシリアとイギリスへ行ってくる」

 

するとシャルロットは一瞬驚いた表情を見せ、すぐに隠した。

そして、

 

「……すぐに、帰ってくるよね………?」

 

その目は何処か悲しそうに、マリアは見えた。

その後、彼女は先に寝て、今朝マリアが起きた時もシャルロットは寝ていたので、マリアは静かに寮を後にした。

 

 

 

 

「……マリアさん?」

 

セシリアが、マリアの顔を覗き込む。

 

「どうかしましたの?」

 

「いや、少し考え事をしていてな……」

 

これ以上考えても仕方がない、とマリアは頭を振り払った。

やがて向こうの方から車の音が聞こえ、車は二人の前で停車する。

黒で統一されたその車は、いかにも高級車といった雰囲気を醸し出していた。

 

セシリアは運転手であるオルコット家の使いの者に荷物を渡し、扉を開けてくれるのを待つ。

 

その時─────。

 

「おーい!!」

 

後ろから声がした。

二人が振り向くと、そこには此方へと走ってくる一夏の姿があった。

まだ朝早いというのに、連休でもしっかりと一夏は起きているようだ。

一夏の姿を見たセシリアは、花が咲いたように笑顔になる。

 

「まぁ!一夏さん!」

 

「はぁ…はぁ……たまたま早起きして窓の外を見たら、二人が歩いて行くのが見えたんだ。二人とも、こんな朝早くにそんな大荷物で、一体何処に行くんだ?」

 

「私たち、これからイギリスへ行くんですの」

 

「イ、イギリス⁉︎」

 

セシリアの言葉に驚く一夏。

 

「ああ、一ヶ月ほど前にセシリアが誘ってくれてな」

 

「そうだったのか……」

 

一夏は寂しそうな目をする。

 

「日本にはいつ帰るんだ?」

 

「今のところ、五日後あたりを予定していますわ。今日が土曜日なので、木曜日に」

 

「そ、そっか」

 

先程から何となくソワソワとしている一夏。

そして何かを意気込んだような顔をし、セシリアの方へと向く。

 

「そ、その……セシリア!」

 

「は、はい!」

 

突然のことに一緒につられてしまうセシリア。

一夏は顔を少し赤くし、

 

「そ、その……前にセシリアが怪我をして保健室にいたとき、約束をしたの覚えてるか?今度、一緒に出掛けようって話……」

 

「い、一夏さん……」

 

セシリアの心臓の鼓動が速くなる。

 

「木曜日に帰ってくるんだよな?連休は日曜日まであるから……その、セシリアが帰国後に疲れてさえなければ、一緒に出掛けたいと思うんだけど……」

 

「本当ですの⁉︎」

 

無意識に一夏の手を握るセシリア。

一夏はキラキラとしたセシリアの顔を目の前にし、更に照れてしまう。

そして、それを見たセシリアも、自分が手を握ってしまっていることに顔を赤くした。

 

「ぜ、是非行きましょう!楽しみにしていますわ!」

 

「そ、そうか!ありがとうな!」

 

二人の姿を見て、微笑むマリア。

やがて出発の時間も迫り、別れの時間がやってきた。

車に乗った二人を、最後まで見送る一夏。

 

「じゃあな、セシリアにマリア!楽しんでこいよ!」

 

「一夏さんも、お身体を壊さないようにしてくださいね!」

 

「またな、一夏。他の皆によろしく伝えておいてくれ」

 

そして、車は出発し、学園と本島をつなぐ橋へと走り出す。

セシリアは一夏の姿が見えなくなるまで窓から手を振っていた。

やがて車は橋の上に着き、雲の隙間から僅かに差し込む太陽の光を海の波がキラキラと反射させていた。

 

「─────参りましょう、イギリスへ!」

 

 

 

 

 

 

数時間後。

オルコット家の自家用ジェット機に搭乗したセシリアとマリアは、高度5万フィート上空を飛んでいた。

セシリアは紅茶を飲みながら、英字新聞を自身のタブレットで読んでいた。

一方、生まれて初めて見る雲海の光景に、マリアは目を奪われていた。

 

「学園の外に出るのは初めてですの?」

 

セシリアがマリアに尋ねる。

 

「いや、入学前に千冬の家で世話になっていた」

 

「そうですの………えっ⁉︎」

 

セシリアは驚嘆し、思わず飲んでいた紅茶が喉につまり、咳き込む。

 

「そ、そそそそそれは、い、一夏さんと一緒に過ごしたということですのー⁉︎」

 

真っ赤に顔を染め、マリアに詰め寄るセシリア。

そういえば前に鈴と同じやりとりをしたな、とマリアは心の中で思い、少しセシリアを揶揄ってやることにした。

 

「ああ。あいつはなかなか良い男だぞ。それに……あいつの()()はすごく美味しかった」

 

マリアはうっとりとした表情を作り、わざと舌をなめずる仕草をした。

 

「な、な、な、何がですの⁉︎」

 

その言葉にセシリアは益々顔を赤くし、マリアに詰め寄る。

 

「あの家で過ごさせてもらったときは、()()一夏に世話になったな」

 

「ま、毎晩……⁉︎」

 

ワナワナと震えるセシリア。既に半泣きの状態だった。

 

「マ、マリアさんは……い、一夏さんと……そういうご関係なんですの……?」

 

目を潤ませながらマリアを見るセシリア。

少し可哀想になったマリアは、そろそろネタばらしをしようと微笑んだ。

 

「ああ、そうだな。一夏が()()()()()作ってくれて、私は他の家事や掃除を手伝っていた関係だ」

 

「り、料理……?」

 

ぽかんとした顔のセシリア。

マリアは堪えきれず、口を抑えて笑う。

 

「あははは、セシリア、一体何を想像してたんだ?」

 

「そ、その……男女が夜な夜な行うという……」

 

真っ赤な顔でボソボソと呟き、タブレットの電源ボタンを連打するセシリア。カチカチカチカチというタブレットの音が機内に響き、マリアはセシリアの素直さを見て我慢出来ずに爆笑する。

 

「もう!料理なら料理と最初からそうおっしゃってくれればよろしいんですわ!」

 

「そう言ってるじゃないか。()()()()()()って」

 

「そ、そうですけど……もう!マリアさんなんか知りませんわ!」

 

「ふふふ、揶揄って悪かった、セシリア」

 

と謝っても、頰を膨らませそっぽを向いて座り、毛布を被ってしまうセシリア。

こんな素直な子に好かれる一夏も幸せ者だと、マリアは思う。

 

「そう怒らないでくれ。別に私は一夏をそういう目では見ていない」

 

そう言うと、毛布からゆっくりと顔を覗かせるセシリア。

まだ赤い顔をした彼女は、上目遣いのような疑っているような視線でマリアを見る。

 

「……ほんとですの?」

 

「ああ。だから安心してくれ」

 

うーっと唸るセシリア。

そんな可愛らしい姿を見たマリアは、素直に思ったことを言ってみた。

 

「……その可愛らしいセシリアを写真で見たら、一夏もオチるだろうな」

 

「こ、今度は何をおっしゃいますの⁉︎」

 

ガバッと起き上がるセシリア。

それを見てまた笑うマリア。

 

「いや、素直に思ったことを言っただけだよ。写真で撮ろうか?」

 

マリアは、先程自分の元に置き忘れたセシリアのタブレットを持ち、そう答える。タブレットにはカメラ機能も付いているのだ。

セシリアは再びうーっと唸った後に、

 

「か、勝手にしてくださいまし!」

 

と答え、毛布を肩まで被り、窓の外を見る。

マリアは優しく微笑み、セシリアにバレないようにタブレットを構えた。

タブレットのカメラ機能を開き、画面に毛布を被ったセシリアを捉える。

ほんのりと頰を赤く染めたセシリアの姿は本当に愛らしく、太陽の光と綺麗な金髪も相まって、写真映えがとても良かった。

 

 

パシャッ

 

 

シャッター音に驚いたセシリアが、こちらに振り向く。

 

「と、撮るならそう言ってくだされば……」

 

小さい声で拗ねるセシリア。

マリアもセシリアに微笑み、タブレットを返す。

すると、セシリアがマリアの手を掴んだ。

 

「せっかくの機会ですもの。私だけ撮っていただいても仕方がありませんわ。私の隣に寄ってください」

 

セシリアはタブレットのカメラを自撮り機能にして、画面を見る。

画面にはセシリアとマリアがすっぽりと収まった。

セシリアは画面の撮影ボタンをタッチする。

 

「これでおあいこですわね♪」

 

「ふふ、そうだな」

 

その後も、空の上でイギリスへの時間を楽しむ二人。

テーブルに置かれたタブレットには、仲の良い女子二人の笑顔が写っていた。

 

 

 

 

 

 

いつのまにか、寝てしまっていたらしい。

機内は消灯されているため暗く、寝ぼけ眼ではっきりと見えない。

セシリアは薄らと目を開け、首だけを静かに動かし、機内を見渡す。

 

マリアは、窓の外を眺めていた。

 

しかし、窓には太陽光を遮断する電子カーテンの機能が備わっているので、外は全く眩しくない。

電子カーテンのおかげで、まるで夜のように見える空の景色に、マリアの目は釘付けだった。

 

ふと、マリアが小さな声で呟いた。

 

「生きていた間は、こんな景色を見ることになるなんて思わなかった………」

 

()()()()()()──────?

 

一体、どういう意味なのだろう。

 

現に、彼女は今こうして私の目の前にいるというのに。

 

小さい声だったし、寝起きで意識もぼんやりとしているため、もしかしたら聞き間違いかもしれない。

 

それ以降、彼女は口を閉ざしたままだった。

 

セシリアも重い瞼に逆らえず、また眠りの世界へと沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

更に数時間後。

 

今度はパッチリと目が覚める。

セシリアは毛布を取り、固まった身体を解す為、伸びをした。

ふと、マリアが目に入る。

いつのまにか寝てしまっていたのだろうか、彼女は窓の外を向いて静かに寝息を立てていた。

マリアが何も被らず寝ていたことに気付いたセシリアは、音を立てないように毛布を掛けてあげる。

 

(あ!良いことを思いつきましたわ♪)

 

セシリアは静かにタブレットを取り、カメラを消音モードにして、マリアと共に撮影する。

今日撮った写真は全部現像して、彼女にも後で渡そう、と微笑むセシリア。

 

セシリアはタブレットを置き、ずれた毛布を直してあげた。

 

 

 

マリアの顔立ちを見て、ふと、思った。

 

 

 

(なんだか、亡くなったお母様を思い出しますわ……)

 

 

 

気のせいだろうか。

亡くなったお母様とマリアは、少し似ている気がする。

強い意志を持つ内面的な部分もそうだが、なんというか、外見の雰囲気も……。

 

セシリアの脳裏に、かつてマリアが自分に言っていた言葉が思い浮かんだ。

 

 

 

『私と君は、()()()()()()()─────』

 

 

 




僕がお風呂でマリアに気持ちを伝えたあの時から、僕とマリアには見えない壁が出来ていた。
僕はなるべく何事もなかったかのように接していたし、マリアも優しく接してくれていた。でも、僕たちの間には変な空気が流れていたんだ。

そしてそのままズルズルと時間が経っていって、一ヶ月という時間が過ぎてしまった。

カレンダーは六月のページに入って、日本の梅雨が始まった。
日本の梅雨はジトジトとしていて、この雨のように僕の気持ちも晴れずにいた。

金曜日の夜。
学園で連休が明日から始まり、多くの皆が帰省する予定を立てていく中、僕は帰る場所もないし、寮で生活すると決めていた。

でも、マリアは何やら荷物を整えていた。
僕が「何か予定があるの?」と聞いてみると、マリアは、

「しばらくセシリアとイギリスへ行ってくる」

と答えた。
僕はそれを聞いて驚いたけど、それよりもその事を今まで隠されていた気がして悲しかった。
だって、急にマリアが明日からいなくなるなんて、寂しいよ。

「……すぐに、帰ってくるよね………?」

たまらず、僕はそう聞いてしまった。
聞いた直後に、マリアを心配させてしまう気がして、自分に罪悪感を感じた。

でも、マリアは優しい声で、「すぐ帰ってくるよ」と言ってくれた。

マリアの優しさは嬉しかったけど、僕は何処かで、マリアが危険な目に遭いそうな気がして怖くなった。

それ以上僕らは会話する事なく、僕は先に寝ることにした。



翌朝。
物音がして、目を覚ます。
僕はマリアのベッドに背を向けていたから分からなかったけれど、スーツケースの音が聞こえたから、もう出るところだったんだと思う。
僕はマリアに「またね」と言わないといけないのが怖くて、寝たふりをしていた。

マリアは僕が起きていたことに気付いてなかったのかな。
マリアは部屋を出る前に、スーツケースを置いて、僕の背中に優しく触れて、

「行ってくる」

って、小さな声で囁いたんだ。

その後、扉が閉まる音がして、僕は一人になった。

なんだか、すごく温かい気持ちになった。



二度寝してしまって、起きたらもうお昼前になっていた。
さっきよりも目覚めが良かったのは、マリアが背中に優しさを分けてくれたからかもしれないって、僕は思った。

窓を開けると、空は相変わらずの雨模様で。

でも、不思議と憂鬱な気持ちは晴れていた。

今頃、マリアとセシリアはあの雲の上にいるのかな。

どんな会話をしているんだろう。

二人で写真、撮ったりしているのかな。

ちょっと羨ましいな。


そんなことを考えながら、僕は着替えることにした。
そして、テーブルに小さな手紙のようなものが置かれてあったことに気付いた。

そこには、『Dear Charlotte』と書かれていた。

ゆっくりと手紙を開けると、そこには、

『帰ったら、二人でゆっくり話そう。すまないが、それまで待ってていてくれ。

───────Maria』

と、書かれていた。

嬉しかった。

僕は手紙を胸に抱いて、温かい気持ちになる。




よし!
せっかくだし、今日は学園内を散歩してみよう。
雨の散歩も、新しい発見があるかもしれないしね♪

僕は着替えを終え、寮から出て、傘を差し、鼻歌を歌いながら散歩した。

どこまで行ってみようかな。

海岸まで行ってみようか。

それとも、森林を探検してみる?

案外、織斑先生とバッタリ会っちゃったりして♪


僕は、雨の降る曇り空を見上げて、二人に気持ちを込める。



マリア、セシリア……気をつけて行ってきてね──────。


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