狩人の夜明け   作:葉影

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いやー……グダリましたね、今回の話。
実は最近映画や海外ドラマばかり観てて、小説と少し離れてました。
おまけに就活も本格的に始まったので……。

それと、次回から少しオリジナル展開に入ります。
物語の重要なターニングポイントの一つになります。
では。


第21話 工作

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─────

 

 

お前は……何故強くあろうとする?

どうして、お前は強い……?

 

 

強くねぇよ。俺は全く強くない。

もし俺が強いなら、それは強くなりたいから強いのさ。

それに、強くなったら、やってみたいことがあるんだよ。

 

 

やってみたいこと……?

 

 

誰かを守ってみたい。

自分の全てを使って、誰かのために戦いたい。

 

 

それはまるで、あの人のようだ……。

 

 

そうだな。だからお前も守ってやるよ。

ラウラ・ボーデヴィッヒ……。

 

 

─────

───────

─────────

 

 

 

 

 

 

「目が覚めたか?」

 

自分でも気付かない内に、私は目を開いていた。

空間を隔てる白いカーテン。

身体に掛けられた白いシーツ。

仄かに香る薬品の匂い。

 

そして、左腕に刺された注射針。

 

管の中を流れる真っ赤な液体。

 

真っ赤な液体で満たされた、小さな袋。

 

私は、夢を見ていたようだ。

 

「お前を救急に運んだ時に、身体の血液量に異常が見られた。なに、心配することはない」

 

私を安心させるような顔で、彼女は言った。

 

「輸血……ですか」

 

「ああ」

 

沈黙が生まれる。

私は気になったことを口にした。

 

「私は……どうなったんですか……?」

 

すると彼女は少しの間考え込み、口を開いた。

 

「一応重要案件である上に、機密事項なのだがな……。V()T()()()()()は知っているな?」

 

Valkyrie Trace System(ヴァルキリー・トレース・システム)……」

 

「そうだ。アラスカ条約でその研究はおろか、開発、使用……全てが禁止されている。それがお前のISに積まれていた」

 

私は口を閉ざし、彼女の言葉に耳を傾けた。

 

「精神状態、蓄積ダメージ、そして何より、操縦者の意志……いや、願望か。それらが揃うと発動するようになっていたらしい」

 

「─────私が、望んだからですね」

 

あの時、底の無い闇の中で、私は力を望んだ。

自分を脅かす存在を消すために。

自分が最強でいるために。

 

しかし、それで私は何を得た?

 

否、何も得なかった。

 

力を望んだ代償に、私は人間としての尊厳を捨てた。

 

たとえ獣に成り下がろうとも、私は最強を選んだ。

 

結果、私は堕ち、力に飲まれた。

 

 

私は何に成りたかったのだ─────?

 

私の欲しかった力とは、一体何だ─────?

 

人間であることも捨て、獣にも成れなかった今の私は、一体誰なんだ─────?

 

 

私は─────

 

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ!」

 

「は、はい!」

 

突然、彼女が私を呼んだ。

 

『私』──────?

 

「お前は誰だ?」

 

「わ、私は……」

 

私は……。

考えれば考えるほど、私は自分を見失った。

 

「……誰でもないなら丁度いい。お前は今から、『ラウラ・ボーデヴィッヒ』だ」

 

「え……」

 

彼女は立ち上がり、扉へと歩いていく。

 

「それから、お前は私になれないぞ」

 

夕陽に照らされた彼女の微笑みは、扉の向こうへと消えていった。

 

 

 

 

 

不意に、笑いが込み上げてきた。

 

どうしてこんな簡単なことに気付かなかったのだろう。

 

そうだ、私は私だ。

 

誰が何を言おうと、私はこの世に生を受けた一人の人間だ。

 

私は、ラウラ・ボーデヴィッヒ。

 

それは決して揺らぐことのない事実だ。

 

 

 

 

 

窓の外を見る。

 

両目で外の景色を見るのは随分と久しい。

 

いつも見ていたはずなのに、今日の夕陽は今までに見たことのないような感覚を私に覚えさせる。

 

世界とは、こんなにも美しいものだっただろうか──────。

 

 

眩しい夕陽に、私は目に心地良い刺激を覚える。

 

今日は、少し疲れた。

 

今はゆっくりと、眠りに落ちてもいいかもしれない。

 

私はゆっくりと瞼を閉じ、眠りの中へと潜っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

意識が微睡んでいく中、ほんの少しだけ、獣に成り下がったときの闇を思い出した。

 

 

底の無い闇に溺れた感覚。

 

 

その闇の中で聴こえた響きが、眠りに入る直前まで、私の頭の中で蘇っていた。

 

 

 

湿()()()()()───────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごはん、美味しかったね」

 

「そうだな」

 

その日の夜。

シャルルとマリアは食堂で一夏と夕食を食べていた。

途中そこに箒がやってきて、一夏が何かを思い出したかのように箒の元へと行き、話しかけていた。

「付き合ってもいいぞ」という一夏の言葉に箒を含めシャルルとマリアはかなり驚いていたが、その後に「買い物のことだろ?」と一夏が言ったので、箒は一夏を蹴飛ばして帰っていった。

やはり一夏は鈍感だなとマリアは笑った。

 

シャルルとマリアは部屋へと帰り、扉を開ける。

マリアはベッドの上に座り、壁にもたれる。

その目は何処か疲れているようだった。

 

「……大丈夫?」

 

シャルルが心配気な顔で尋ねる。

マリアはシャルルに顔を向ける気力も無く、吐き出すように呟く。

 

「ああ……少し、疲れた………」

 

マリアは、今日ラウラに起こった事件を思い出していた。

()()は、間違いなく獣になろうとしていた。

その証拠に、彼女の機体からは灰色の混じった血が噴き出していたのだ。

あの血は、生前に嫌という程見てきた、獣から出てきた血だった。

以前の謎のISの襲撃事件もそうだった。謎のISは獣のような姿をし、獣の血を流していた。

他にも、セシリアの覚醒。シャルルの持つ鍵。

この学園で目覚めてからというもの、あまりにも自分が生きていた時の事柄と共通することが起きすぎている。

獣を見るたびに、マリアの心は痛み、疲弊していた。

目覚めても、まだ獣を狩らないといけないなんて──────。

 

「マリア」

 

「………」

 

「まーりあっ」

 

「あ、あぁ。すまない、なんだ?」

 

「シャワー、先に浴びて」

 

シャルルはマリアを気遣い、優しい顔で促す。

シャルルに名前を呼ばれても上の空とは、随分と考え事をしていたようだ。

マリアは大人しくシャルルの言うことを聞き、浴室へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

私は服を脱ぎ、タオルの横に置く。

髪を解き、何気なしに目の前の鏡を見る。

 

裸の私。

髪は少しだけ、伸びたかもしれない。いつも頭の後ろで結っているので気付きにくいが。

私は目線を下に向ける。

胸の下から横腹にかけて、青い痣が出来ていた。

獣の姿をしたラウラの機体に掴まれた痕だ。

 

私はその傷をなるべく見ないようにし、浴室の扉を開ける。

シャワーを浴び、身体の汚れを洗い流す。

ノズルから噴き出す熱い水が、疲れた身体に沁みた。

 

暫くシャワーを浴びた後、私は浴槽へと身体を沈める。

まだお湯を入れたばかりなので、いい湯加減だ。

一息つき、私は水の音に耳を澄ませ、何も考えず目を閉じていた。

 

 

 

 

 

「──────マリア?」

 

「……?」

 

どれくらい経ったのだろうか。

ふと名前を呼ばれ、私は夢から覚ましたように目を開く。

すると、カチャッという音がした。

それは浴室の扉を開けた音で、そこには裸のシャルルがいた。

 

「シャルル……どうして……?」

 

「えへへ、何だか身体が冷えちゃって。……一緒に入ってもいいかな………?」

 

「そんなに私は長く浸かっていたのか……すまない、直ぐに出よう」

 

「ま、待って!」

 

浴槽から出ようとする私の肩を、シャルルが抑える。

湯気に火照ったせいだろうか、彼女の顔はほんのりと赤い。

 

「大事な話があるの……聞いてくれる?」

 

─────きっと、彼女の上目遣いに勝てる者などいないだろう。

私は再び浴槽へと座り、彼女のシャワーが終わるのを待った。

 

 

 

 

 

 

「その……前に言ってたことなんだけど……」

 

「ああ」

 

私の脚の間に座ったシャルルは、背中を向けたまま話し始めた。

 

「僕ね……ここにいようと思う。マリアがいるから、僕もここにいたいと思えるんだよ……?」

 

彼女はそう言って、静かに自分の手を私の手に添えた。

 

「そうか……嬉しいよ」

 

「それにね……もう一つ決めたんだ。僕の在り方を……」

 

彼女はくるりと此方を向いた。

そして彼女は私の方へと身体を近づけ、私の唇へと口付けをする。

 

何が起きたのか、一瞬理解出来なかった。

私は驚いて目を見開き、ただ時間が過ぎるのを待つ。

やがて彼女は私の唇から離れ、頰を赤く染めて私を見る。

 

「……シャルル……これは……」

 

「……僕のことはこれから、シャルロットって呼んでくれる……?」

 

「それが、本当の……?」

 

「そう、僕の名前。お母さんがくれた、僕の本当の名前……」

 

潤んだ目で、彼女は言った。

 

「……分かった、シャルロット」

 

私が彼女の本当の名前を呼ぶと、彼女も嬉しそうに微笑んだ。

と思うと、シャルロットは突然更に顔を真っ赤にし、あたふたとした。

 

「ご、ごめんね⁉︎急に、その……キス、しちゃって……」

 

「あ、いや……」

 

どことなく気まずくなり、私たちは互いに視線を逸らそうとする。

しかしシャルロットは私の身体に密着したままで、顔は目と鼻の先にあるため視線を逸らすに逸らせなかった。

 

「マリアって、結構大きいんだね……なんか悔しいな」

 

彼女は私の胸を見て、微笑みながらそう言った。

 

「な、何を言い出すんだ⁉︎」

 

恥ずかしくなり、私は俯く。

下を向くと、互いに密着しているためか、私たちの胸が形を歪めてそこにあった。

そして速くなった自分の心音が彼女に伝わっている気がして、更に恥ずかしくなった。

 

「ふふ……わかる?僕ね……今すごくドキドキしているんだよ……?」

 

「………」

 

「マリアが僕のことを守るって言ってくれた時ね……すごく嬉しかった」

 

「そ、そうか……」

 

「僕……マリアのことが好き」

 

シャルロットは、私の目を真っ直ぐに見て、そう言った。

そして、彼女は再び唇を近づけてくる。

 

甘い空気に満たされていた私の脳は、彼女の唇を受け入れるように促してくる。

しかし私は、その甘い導きに従いそうになる寸前のところで、彼女の肩を掴み、ゆっくりと離した。

 

「……すまない……」

 

シャルロットは少しだけ悲しそうな目をした後、直ぐに微笑みを作った。

 

「……ううん、僕の方こそごめんね。突然こんなことしちゃって……」

 

「嫌、というわけじゃないんだ……ただ……」

 

「……?」

 

シャルロットが唇を近づけてきたとき、私の頭の中に、()()の姿が浮かんだ。

何度も夢に出てきた、私と同じ、白い髪の優しい彼女。

私はまだ、彼女にしてしまった罪の記憶を取り戻していない。

それなのに、彼女の子孫であるシャルロットとこうしていることに、私は罪悪感を感じずにはいられなかった。

 

私が黙っていると、シャルロットは目を伏せ、静かに立ち上がった。

 

「先に上がるね。おやすみ、マリア」

 

「シャルロット……」

 

彼女は振り向かないまま、扉を閉めた。

 

冷めていく心音と、水の音だけが、私の中で響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それから、お前は私になれないぞ」

 

私は彼女にそう言って、保健室を出た。

そして建物の外に出て、夕陽に染まった誰もいない道を一人歩く。

 

今日起こった、黒い雨(シュヴァルツェア・レーゲン)の暴走事件。

VTシステム、と表面上は報告されたが、きっと裏があるに違いない。

シュヴァルツェア・レーゲンの豹変した姿は、以前学園に襲撃してきたゴーレムの姿と似ていた。

これは、恐らく偶然などではない。

そんな一言で済まされないようなことが、私の知らないところで起きている気がする。

もしこの二つの事件が繋がっているなら、裏には必ず()()()がいるはずだ。

 

 

私は周囲に誰もいないことを確認し、携帯を取り出す。

そして、恐らく私しか知らないであろう番号を打っていった。

 

私は携帯電話を耳に当て、コール音を待つ。

 

しかし聞こえてきたのはコール音ではなく、「この番号は現在使われていない」というアナウンスだった。

 

少なくとも私と篠ノ之からの電話は必ず出るはずの彼女が、電話に出ない。

こんなことは初めてだった。

私は携帯電話を閉じ、繋がらなかった彼女に思いを馳せる。

 

 

「束……一体何を企んでいる……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ラウラの暴走事件が起きた、その日の夜。

一夏は歯磨きを終え、そろそろ寝ようと、部屋の電気を消した。

ベッドに入り、一息つく。

一夏はなんとなく、今日の出来事を思い出していた。

 

今日のラウラの暴走した姿は、以前のゴーレムの姿に少し似ていた気がする。

 

一夏は暗い天井を見つめ、そしてゆっくりと目を閉じる。

 

 

 

 

 

風の音がした。

 

そういえば窓を少し開けたままだったことを思い出した一夏は、目を開けて起き上がる。

 

案の定、窓が少し開いており、カーテンが風に乗って少し揺れていた。

 

一夏は、なんとなくその様子を見つめる。

 

 

 

 

 

揺らめくカーテンの隙間から、月明かりが漏れる。

 

 

 

 

その瞬間、一夏に()()が起きた。

 

 

 

 

一夏は咄嗟に口を手で塞ぎ、洗面所へと駆け込む。

 

 

「うおえええ!!!」

 

 

あまりの気持ち悪さに、嘔吐する。

嘔吐する間は呼吸がままならず、目に涙が溢れてくる。

 

この感覚を、一夏は覚えていた。

 

豹変したラウラの機体に自分の拳を包まれたときに感じた気持ち悪さだった。

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 

血管の中を流れる血が騒ぎ、全身の毛が逆立ち、汗が噴き出す。

吐瀉物を流すために、一夏は震えた手で蛇口を捻った。

そして、水を流してる間に、もう一度吐いた。

 

 

目の前の鏡を見ると、とても()()()()顔をした自分が、そこにいた。

 

 

目には涙を溜め、息を切らしている。

 

 

一夏は洗面所を出る。

真っ暗な部屋で、一筋の月の光が窓から差していた。

一夏はその月の光を見て再び血が騒ぐ感覚がして、急いで窓とカーテンを閉めた。

 

 

そしてそこから逃げるように、ベッドの中へと潜る。

 

 

ベッドの中でも震えは止まらず、一夏は背中を丸くして、早く眠りが迎えに来てくれることを願った。

 

 

その日は、ちょうど満月の夜だった。

 

 

 

 





Valkyrie Trace System(ヴァルキリー・トレース・システム)

通称・VTシステム。
過去のモンド・グロッソの部門受賞者(ヴァルキリー)の動きを模倣するシステムで、アラスカ条約で現在どの国家・組織・企業においても開発・研究・使用全てが禁止されている。

シュヴァルツェア・レーゲン暴走事件に関して、名目上はドイツ軍によるVTシステムの工作とされているが、その実態は謎に包まれている。

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