第1話 目覚め
「………う、ん……」
気がつくと、マリアはベッドの上にいた。
天井や壁は白く、部屋の棚には薬品と思われるような瓶がたくさんある。
どうやらここはどこかの診療所のようだ。
目覚めたばかりなので、まだ視界がぼんやりとする。なんだか長い夢を見ていた気分だ。
窓の外を見ると、色が映えた青空に所々雲が漂っている。時刻は昼間、といったところか。こうして青空を見るのはひどく久しいことのように感じる。
しかし、改めて部屋を見渡してみると、今までに感じたことのない違和感を感じる。
「ここは……いったい……」
自分の寝ているベッドの向こう側に、大きな四角の機械の箱のようなものが備え付けられてある。あのような物は見たことがない。その横には、いくつもの小さなスイッチが付いた長方形の物体が置いてある。あれであの機械の箱を操作するのだろうか?
それに、自分の枕元の壁にも機械の板のようなものが備え付けられていた。板の中で文字が流れている。
見たこともない文字だったが、何故か読み取ることはできる。今日の日付、天気、気温などの情報がその板の中で流れていた。
また、部屋の奥を見ると、扉のようなものがあったが、自分の知っている扉とは違う。少なくともドアノブは見当たらない。
この部屋にある物はマリアの知っている物とはずいぶんとかけ離れていた。なんだか、近代的で発展したもののような……。
ぼんやりとしていた視界がだんだんとはっきり見えるようになってきた。
ベッドの横の机には、自分の着ていた狩装束が畳まれており、その側には小さな手鏡が置いてあった。
なんとなしにその手鏡を持ってみる。
「これは………」
自分の着ている服装もあまり見たことのない物だった。生地は布で、色は薄い水色だ。この診療所では患者にこのような服を着せるのだろうか?
色々思慮を巡らしていると、部屋の外からカツカツと足音が聞こえた。
足音は部屋の前で止まり、扉からプシュッと空気の抜けるような音がし、扉が開いた。
扉の向こうには、長い黒髪の女性が立っており、マリアを見て部屋に入ってきた。
「目が覚めたか?」
その女性は黒い服装を着ており、黒のヒールを履いている。ストッキングも履いており、細身の体型のため、全体的にスラッとした印象だ。
髪は肩の辺りで一つに結ってあり、背中の中心辺りまで伸びている。
目は鋭く、マリアのような西洋系の顔とはつくりが違うが、美人の部類に入る人物だろう。
「ここは……私の知っている場所とはずいぶん違うように見えるが……」
「IS学園の保健室だ。お前は学園の中の森林地で倒れていたんだ。私がたまたま倒れていたお前を発見したから良かったものの、あのままの状態では死んでいたぞ」
「IS……学園……?」
聞いたこともない単語だ。ここがどこかの学校というのは分かったが、「IS」など初めて聞く。
「私は織斑千冬だ。この学園で教師をしている。まぁ、大抵の人間は私の名前をメディアで知っているみたいだが、お前の表情から見るに、どうやら知らないみたいだな」
「………」
「とりあえずは名前を聞こう。名前は?」
「……マリアだ」
「そうか。ではマリア、ISは分かるか?」
「……いや、初めて聞く言葉だ」
「……ふむ。では質問を変えよう。これは私が最も聞きたかったことだが、この学園にどうやって入ってきた?自分がどこから来たか覚えているか?」
「私は……」
私は何故このような場所にいる?
元々私は……そうだ。
私は悪夢に囚われて、時計塔で死んだはずだ。
月の香りの狩人に敗れたことまでは覚えている。
しかし、気づけば知らない部屋で目が覚めて……。
「……全く覚えていない。そもそもこんな学園があることも知らなかったんだ。私も何故自分がここにいるのか分からない」
「……記憶喪失、というやつか?」
本当は記憶喪失というわけではないが、否定すると話がややこしくなりそうな気がしたため、マリアは他の話をすることにした。
「私からも質問がある」
「なんだ、マリア」
「ここはどこの国で、今は何年だ?」
「ここは日本。IS学園は学園自体が一つの島で出来ているんだ。そして今は2020年だ」
「2020年だと⁉︎」
「ああ、そうだ」
信じられない。自分が生きていたのは19世紀だ。それを考えると、私は200年も未来に来たというのか⁉︎
マリアは驚きの表情を隠せない。
「信じられない、と言った表情だな。まぁ記憶を失っているのならば無理もない。演技をしているわけでもなさそうだしな。どこかのスパイ、ということはまず無いだろう」
「………」
なるほど、しかし200年も経っているならば、文明が発達しているのも理解出来る。この部屋に知らない物がたくさんあっても当然だろう。それに、日本という国も何かの文献で読んだことがある。まさか異国で目覚めるとは……。
今自分が直面している事実に驚きつつも、マリアは冷静に考えていた。
「もう身体は動かせるか?」
そう言われて、マリアは自分の身体を動かしてみる。
「ああ、大丈夫だ。痛みもない」
「そうか……。ならここを出ても大丈夫だろう。しかし、帰る宛てはあるか?」
「………」
「ふっ、冗談だ。酷い質問をして悪かった。今日はひとまず私の家に来い。生意気な弟がいるが、料理はそこらの店より美味い。食事面は安心するんだな」
「………ありがとう、千冬」
「構わんさ。ああ、そうだ。行く前に一つ」
「……?」
「お前が倒れていた所に、これが置いてあったんだが、お前の物か?」
そう言って千冬が見せたものは、かつてマリアが使っていた狩武器で、長い刀身を持つ『落葉』だった。
「これは……確かに私の物だ」
「剣でも学んでいたのか?珍しい形の刀だが……。まぁなんにせよ、人前では出さない方が身の為だ。この国では持ち歩くだけで罰せられるからな」
「すまない、ありがとう」
「気にするな。さぁ、行こうか。あぁそうだ、買い物に付き合ってもらうぞ。弟から食材の買い出しを頼まれているからな。それと、服はこれを着るといい。一般的な女性服だ。サイズは大丈夫だろう」
千冬はそう言うと、マリアに白のシャツと黒のジャケット、そして深緑色のパンツを渡した。
千冬はマリアに背を向け、扉を開けた。
「私は外で待っている。準備が出来たら行くぞ」
そう言って、千冬は扉を閉めた。
マリアは千冬の渡してくれた服装に着替えつつも、自分がここに来たことには何か意味があるのだろうかと考え続けた。