狩人の夜明け   作:葉影

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遅くなってしまい申し訳ありません。
1月末はレポートの提出があって更新出来ませんでした。
そして今も添削をくらい再提出をしなければならないという。




第15話 露台

「マリア、こうか?」

 

「そうだ。そのまま剣を振り下ろして……そう、良い感じだな」

 

その日の放課後。

廊下で偶然にも一夏と会ったマリアは、一夏に頼まれ一緒にアリーナのグラウンドに来ていた。剣の扱い方を見てほしいとのことだった。マリアも一夏の頼みを承諾し、今は一夏に太刀筋の練習をさせているところだった。

 

「マリアはいつもどんな感じで剣を振ってるんだ?」

 

「私の武器と一夏の武器は異なるタイプだからな。扱い方を教えてもあまり参考にはならないとは思うが……。ただ、どんな剣でも基本的なことは共通している」

 

一夏は剣を下ろし、マリアの方へ身体を向ける。

 

「大事なことは、型を失わないことだ。一夏は時々、剣に振り回される節がある」

 

「うーん……確かにそう言われればそうかもしれない……けど、なんかイメージがつかないんだよな……」

 

「一夏は攻撃をする時、体幹の軸が上半身と下半身とでブレてしまっているんだ。互いに不均等な動きをするから、バランスが崩れ、身体が剣に持っていかれる。ISは空を飛ぶものだから、宙に浮いた状態で軸を保つことは確かに容易なことではないが……そこを克服すれば今よりもかなり良い太刀筋を出せると思うぞ」

 

「なるほど!ちょっとイメージ湧いてきたぜ!」

 

一夏は再び剣を構えて、素振りを始める。

暫くすると、二人の所に見知った顔が近づいてきた。

 

「やぁ、二人とも。練習中かな?」

 

声の主はシャルルだった。

彼もまたISを身に纏っていた。

恐らく彼の専用機であるそのISは、全身オレンジ色の機体であった。

そのフォルムは、打鉄と同じように訓練機として扱われるラファール・リヴァイヴと似た造形をしていた。

 

「ああ、マリアに剣の振り方を教わってるんだ」

 

「シャルル、その専用機はラファール・リヴァイヴか?」

 

シャルルの専用機は、先日真耶がセシリアと鈴とで模擬戦闘をした際に使っていたものとよく似ていた。

 

「正確にはラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡだね。第ニ世代型のISで、原型である訓練機よりも武器装備の拡張領域(バス・スロット)が大幅に追加されたものなんだ」

 

真耶が訓練機のリヴァイヴを使っていたときは、武器はアサルトライフルのみであったが、シャルルは原型のものよりも様々な武器を使えるということだろう。

 

「ねぇ、一夏。よかったら相手してくれる?白式と戦ってみたいんだ」

 

「おお、いいぜ!」

 

「マリアも一緒にどうかな?」

 

「私はここで二人の戦い方を見ておくよ」

 

「分かった。じゃあ一夏、あっちで始めようか」

 

一夏とシャルルは、マリアの元を離れ、少し上空に移動する。

マリア自身も、シャルルがどういう戦い方をするのかに興味を持っていた。

地面に立って暫く上空を見上げていると、二人の戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

それから10分後。

一夏は先程まで言われていたマリアの教えをなんとか実践しようとしつつも、シャルルの巧妙な戦術に振り回され、シールドエネルギーが0になってしまった。

一夏とシャルルはグラウンドまで降り、一先ず一夏の戦い方を改めて振り返ってみる。

 

「つまりね、一夏が勝てないのは単純に射撃武器の特性を理解してないからだよ。マリアが一夏に教えてくれたことは、相手の武器を把握した上で生きてくるものだからね」

 

「うーん……一応分かってるつもりだったんだが……」

 

難しい顔をする一夏に、シャルルが白式について尋ねる。

 

「白式って後付装備(イコライザ)が無いんだよね?」

 

「ああ。拡張領域(バス・スロット)が空いてないらしい」

 

基本的に、どのISにも主武器と副武器があり、後付装備(イコライザ)は副武器にあたる。

拡張領域(バス・スロット)はその後付装備(イコライザ)を格納する土台のようなものであり、大きければ大きいほど所有出来る装備の種類も増えるというわけだ。

 

「多分だけれど、それってワンオフ・アビリティの方に容量を使っているからだよ」

 

「ワンオフ?」

 

「ISが操縦者と最高状態の相性になった時に、自然発生する能力。白式の場合は零落白夜がそれかな」

 

 

二人の会話を少し離れた場所で聞いていたマリア。

そんな彼女の肩を、トントンと誰かが触れる。

 

「ご機嫌よう、マリアさん」

 

「ああ、セシリアか。それに箒と鈴も」

 

マリアの肩に触れたのはセシリアだった。

セシリアの後ろには箒と鈴も一緒にいたが、箒と鈴は何故か訝しげな目で一夏とシャルルを見ている。

 

「一夏……何故私との特訓よりも彼を選ぶのだ……⁉︎」

 

「あたしの方が分かりやすく教えてあげる自信あるのに……!」

 

箒と鈴はボソボソと何か不満を言っているようだが、何を言っているかが分からない。

 

「………あの二人は何を言ってるんだ?」

 

マリアはセシリアに小声で尋ねる。

するとセシリアも、彼女たちを見ながら半ば呆れた顔をして小声で返した。

 

「気にする必要はありませんわ。きっと一夏さんを取られてやきもちを妬いているのでしょう」

 

セシリアの言ったことが聞こえたのか、箒と鈴は顔を赤くした。

 

「な、何を言うんだセシリア⁉︎」

 

「や、やきもちなんて妬いてないわよ!」

 

「お二人とも……デュノアさんも一夏さんと同じ男性ですのよ?別に咎めるような事はありませんわ」

 

「それはそうだが……」

 

箒と鈴はセシリアの言うことに納得はしつつも、シャルルを嫉妬の眼差しで見ていた。

少しでも自分と一緒にいてほしいと想い人に願うのは、きっと恋する乙女の特権だろう。

その光景を見て、マリアは少し微笑ましく思った。

 

 

暫く話した後、シャルルは一夏に自分のライフルを渡した。

 

「じゃあ、ちょっと射撃の練習でもしてみようか」

 

「他の奴の装備って使えないんじゃないのか?」

 

「普通はね。でも所有者が解除(アンロック)すれば、登録してある人全員が使えるんだよ」

 

一夏はシャルルに促され、50m程離れた的に向けてライフルを構える。

シャルルは後ろから一夏の構えをサポートした。

 

「えっと……構えはこうか?」

 

「そうだね、もうちょっと脇を締めて。あと左腕はこっち」

 

「よし、分かった」

 

 

後ろから見る一夏とシャルルの様子は、シャルルがまるで一夏に抱きついているようにも見え、箒と鈴はますます気が気でなかった。

 

「ちょっとあの二人、仲が良すぎるんじゃない⁉︎」

 

「鈴さん、少しは落ち着いてください」

 

不満を零す鈴を、セシリアが宥める。

一夏はシャルルにサポートされながら、次々と的の中心を撃っていった。

シャルルの適切な助力を見ると、非常に高い技術を持った操縦者であることが分かる。

きっと多くの訓練を積んできたのだろうと、マリアは思った。

やがて、二人は全ての的を撃ち終えた。

 

「どう?」

 

ライフルで一通り撃ち終わり、シャルルが一夏に聞いてみる。

一夏も初めての射撃経験とあってか、新鮮な気分を味わっていた。

 

「そうだな……何というか、とにかく速いって感想だ」

 

一夏はシャルルにライフルを返す。

すると突然、グラウンドにいる他の生徒たちから騒めきが聞こえた。

彼女たちは皆同じ方向に顔を向けており、マリアたちがその視線を追うと、ピットに一機の黒いISが現れていた。

操縦者はこちらに背を向けている。

 

「あれって、ドイツの第三世代じゃない⁉︎」

 

「まだ本国でのトライアル段階だって聞いてたけど……」

 

「ということは、あのISの操縦者は……」

 

鈴、シャルル、そしてマリアが向こうにいるISについて話していると、そのISの操縦者がこちらを向いた。

紛れもなく、それは今朝新たに転入してきた彼女だった。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ……」

 

セシリアが、静かな敵意を持った目で彼女を見る。

 

「なに、あいつなの⁉︎一夏を引っ叩いたドイツの代表候補生って!」

 

鈴もセシリアや箒と同じように、ラウラを睨む。

マリアは何も言わず、ラウラを見る。

 

(黒………赤………)

 

彼女の黒いISには所々に赤いラインが施されており、マリアはその色合いに何処か既視感を感じた。

 

「織斑一夏」

 

静かに、しかし鋭い声でラウラは一夏の名を呼んだ。その視線は今朝と変わらず、敵意を持った目をしていた。

 

「なんだよ」

 

「貴様も専用機持ちだそうだな。ならば話が早い、私と戦え」

 

「嫌だ。理由が無い」

 

「貴様には無くとも、私にはある」

 

両者とも、自分の意見を譲らない。

一夏は溜息を吐き、言葉を続ける。

 

「今でなくてもいいだろ?もうすぐクラスリーグマッチなんだから、そのときで」

 

「………なら、──────」

 

次の瞬間、突然ラウラは自身のISの大型レールガンを放った。

シャルルが即座に一夏の前に出て盾を構えるが、放たれた電流の砲弾は一夏ではなく、マリアの方へと一直線に向かう。

ISを身に纏っていないマリアに当たれば、只の怪我では済まないだろう。

しかし、マリアはすぐに落葉を展開させ、砲弾を切り裂いた。

切り裂かれた砲弾は地面に衝突し、砂が舞い上がる。

マリアは静かにラウラを睨む。

 

「いきなり戦いを仕掛けるなんて、ドイツの人は随分と沸点が低いんだね!」

 

シャルルは二丁のライフルをラウラに向けて構える。

しかしラウラはあくまで冷静に、シャルルのISを見つめる。

 

「ふん……フランスの第二世代ごときで、私の前に立ち塞がるとはな」

 

「未だに量産化の目処が立たない、ドイツの第三世代よりかは動けるだろうからね」

 

シャルルの挑発に、ラウラは眉を顰めた。

二人は睨み合い、互いに火花を散らす。

誰も口を開かず、ただ静寂だけがその場を支配する。

暫くしてラウラは目を逸らし、再び一夏の方に顔を向けた。

 

「おい、織斑一夏」

 

「………」

 

「貴様は護られてばかりだな」

 

「……何が言いたい」

 

「私が撃ったのがそいつではなく、あそこにいるただの馬鹿な生徒なら、死んでいたぞ」

 

ラウラは一夏たちの遠い後方を顎でしゃくった。そこには一夏たちの場の雰囲気を見て怯えている数人の女生徒たちがいた。

ラウラは口角を上げ、一夏を挑発する。

 

「所詮、貴様の力などその程度のものだ」

 

「……なんだと?」

 

「一夏、やめておけ」

 

マリアが一夏にそう促すが、一夏の心は沸々と怒りがこみ上げていた。

一夏はますます眉を顰める。

 

「貴様に()()()の弟などという立場は務まらない。貴様に()()()を超えることなど、出来やしない」

 

「……黙れ」

 

「─────貴様は哀れなほどに、弱い」

 

「黙れって言ってんだよ!!」

 

一夏は抑えられなくなりラウラに歯向かおうとするが、マリアに止められる。

 

『そこの生徒!何をしている!私闘の一切は禁止だぞ!』

 

グラウンドに響いた声は、アリーナの管制室からのものだった。

ラウラはISを解除し、ピットに足を着ける。

 

「ふん、今日のところはここまでにしてやろう」

 

「待っ……──────」

 

「一夏、安い挑発に乗るな」

 

マリアが鋭い声で一夏に言う。

 

「わ、悪い……」

 

一夏もマリアに言われ、大人しく従った。

既にラウラの姿はそこにはなかった。

 

「おい一夏、一体どういうことだ⁉︎」

 

「あの人と一夏さんとの間に、一体何がありましたの……?」

 

箒とセシリアが一夏に問う。

一夏はただ沈黙し、ラウラのいた場所へ鋭い視線を向けていた。

 

 

 

 

 

 

その後、訓練は終了となり、今日は解散することとなった。

シャルルは部屋でシャワーを浴びると言って、一番に帰った。

マリアも部屋のシャワーを使いたかったが、すぐに帰ってもシャルルを部屋で待たなくてはならないため、寮までの道をゆっくり歩いて帰ることにした。

空には夕映えに染まった雲の切れ端が漂い、暖かな微風が頰を掠める。

人工で作られた川辺の道を歩くマリアは、水面に反射した緋焼けを見て、今日の出来事を思い出す。

 

(眼帯の黒………右目の緋……)

 

マリアは歩みを止める。

 

(機体の黒……赤のライン……)

 

ラウラの機体を頭の中で思い浮かべる。

 

(この色合いに対する既視感は、あの夢のせいか……?)

 

今朝の夢に出てきた最後の女性。

血の湖から這い出た彼女の服も、黒と赤のラインが施されていた。

黒。赤。血。目。

ラウラの眼帯と目を見るたびに、マリアは今朝の夢を思い出していた。

 

 

川を見ていると、少しずつこちらに近づいてくる足音が聞こえた。

音の間隔は狭く、足音の主は走ってきているのが分かる。

足音の方へ目を向けると、見えたのは彼女、ラウラ・ボーデヴィッヒの姿だった。

しかしその姿は、走っているというよりも、何かから逃避しているようにも見えた。まるで何かを認めたくないというように。

暗い顔をした彼女は、やがてマリアとは反対方向にすれ違い、その場を後にする。

マリアも追うことはせず、彼女が走ってきた方向を見た。

そこには、先程のマリアと同じように川を見つめる千冬の姿があった。

マリアは千冬の方へと歩き、彼女の背中に話しかける。

 

「いいのか?追いかけなくて」

 

「構わん。放っておけ」

 

風が吹き、地面の草が擦れ合う音が微かに聞こえる。

 

「彼女の言っていた()()()とは、千冬のことか?」

 

千冬は少しの間沈黙を作り、口を開く。

 

「そうだろうな」

 

「何かあったのか?」

 

「………」

 

千冬の背中から、溜息が小さく聞こえた気がした。

 

「……数年前、第二回モンド・グロッソが開かれた。決勝戦はドイツで行われることになった」

 

「………」

 

「一夏は自分もドイツに行って私を応援したいと言ってくれた。勿論、私も断る理由など無かった。私たちは一緒にドイツへと出国した」

 

千冬の表情が強張った。

 

「……そして決勝戦当日、一夏は何者かに誘拐された」

 

千冬の声音は、僅かに震えていた。

 

「……誘拐?」

 

「ああ。私は試合を放棄して、直ぐに一夏の監禁場所へと向かった」

 

「………」

 

「……恐かった。たった一人の家族が自分の前から消えてしまうのではないかと気が気でなかった」

 

「……そうだったのか」

 

夕陽の光が、眩く目に射す。

 

「私は試合を放棄して一夏の元へと向かった。一夏を見つけたとき、あいつは意識朦朧となっていた。幸い、身体に傷は見られなかった。ただ……」

 

「ただ?」

 

「一夏の側には身元不明の死体が二つ、転がっていた。恐らくその二人が誘拐犯だろうという結論が出たが、監禁場所は血で溢れ、その光景はまさに異常だった」

 

「血……」

 

マリアは千冬の言ったことを深く考えてみる。

何故誘拐犯はその場で死んでいたのだろうか。たとえ自分たちの身元が暴かれたとしても、そこから逃げればいいだけの話だ。何も死ぬことはない。

 

 

 

──────ということは。

 

恐らく一夏の誘拐を企んだのは、その二人だけではない。

何よりも、誘拐犯が一夏を殺さずに自殺するメリットは何処にもない。

 

恐らくは、他殺。

 

仲間割れを起こしたか、それとも─────。

 

 

 

「一夏の監禁場所についての情報を提供してくれたのはドイツ軍だった。私はその恩を返すために、一年間ドイツ軍のIS配備特殊部隊で隊員育成の指揮を取った」

 

「そこで出会ったのが─────」

 

「そう、あいつだ」

 

千冬の溜息が、川の水面へと消えてゆく。

 

「私が部隊にいた頃から何処か妄信してる節があってな。それは今でも続いているらしい。何かきっかけがあればいいが……」

 

「………」

 

千冬は横を向き、歩き始めようとする。

そして一度マリアを見やった。

 

「……悪いが、今話したことは全て内密にしてくれ」

 

「何故私に話した?」

 

「……さぁな。自分でもよく分からん。だが、もう全て過ぎたことだ」

 

千冬は校舎へと戻ろうとする。

マリアは、千冬にある事を尋ねた。

 

「───── 一つ、聞きたいことがある」

 

千冬は立ち止まり、マリアを見る。

 

「先日の襲撃事件だが………何を隠している?」

 

「………」

 

夕陽の逆光で、千冬の表情はよく見えない。

先日の地下室での千冬は、あの事件について何かを知っていそうな目をしていた。それ以来、マリアは彼女に少しばかりの不信感を拭えきれずにいた。

千冬は暫くマリアを見た後、視線を外し厳かな雰囲気になった。

 

「……篠ノ之束は知っているな?」

 

「ISの開発者、か。それで?」

 

「……恐らく、奴が関与している」

 

千冬の目は鋭く、しかし彼女自身も答えを探しているようだった。

川の音だけが、耳に入ってきた。

 

「……少し話し過ぎたな。今日はもう帰れ。ではな」

 

千冬はそう言うと、今度こそ校舎の方へと歩き出した。マリアも、それ以上問わなかった。

 

夕陽は既に地平線から姿を消し、夕闇が辺りを支配し始める。

その背中に夕闇の一部を背負いながら、マリアは寮へと帰っていった。

 

 

 

 

 

 

私は部屋の扉を開け、中に入る。

入ってから直ぐ水の音が聞こえたため、彼がまだシャワーを浴びていることが分かった。

私は荷物を置いてベッドに座り、今日の出来事を振り返る。

一日の終わりには、その日の出来事を振り返ることが最近の日課だった。

朝に見る夢は夜になると曖昧になり、深く考え込まないと思い出せないことも珍しくなかった。

 

上着を脱ぎ、クローゼットを開ける。

クローゼットの中には、予備のシャンプーが置いてあった。

 

(そういえば………)

 

そういえば、そろそろシャンプーの中身が切れる頃だった。

私はシャンプーを持って、浴室の扉の前に行く。

まだシャワーの音が聞こえるから入っても大丈夫だろう。彼の着替えの横にシャンプーを置いておくことを伝えれば、それで済むことだ。

 

私は扉を開ける。

 

そして彼の着替えを見つけ、そこにシャンプーを置こうとした。

 

 

 

 

 

 

私の手が止まる。

 

 

 

 

私は、そこにあった彼の所有物を見て絶句した。

 

 

 

 

 

 

何故なら、それは────────。

 

 

 

 

 

 

 

横で扉が開く音がした。

 

 

 

 

見ると、こちらを見て目を白黒させている彼がいた。

 

 

生まれたままの姿でいる彼の胸は豊かに膨らんでいて、下を見れば、男にある筈のものが、そこには無かった。

 

 

 

 

「きゃっ!」

 

 

 

 

彼─────いや、彼女は顔を真っ赤に染め、胸と股を必死に隠す。

 

 

 

 

 

だが、今の私には、それよりも彼女の所有物に目を奪われていた。

 

 

 

 

 

 

何故ならそれは、私がかつて()()に渡したものだったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

心臓の鼓動が、耳に響くほど速くなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シャルル───────。

 

 

 

何故、君が───────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何故君が、その()を持っているんだ──────。

 

 

 




『露台の鍵』

実験棟一階、露台の扉の鍵。

時計塔のマリアが、患者アデラインに渡したもの。
せめて外気と花の香が、彼女の癒しとなるように。


だが彼女は、それを理解できなかった。

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