更新が遅くなってしまい、申し訳ありません。
今回は本編というよりも、サイドストーリーとして書きました。
ああ……大掃除……。
保健室に一夏たちを残して、マリアは先に寮へと向かう。
時刻は午後7時。
夕闇が空を埋め尽くし、辺りはしんとした空気に包まれていた。
街灯の続く道なりをマリアは歩く。
謎の機体による襲撃事件の発生後、学園の全生徒達には自室での待機命令が出されていた。そのため、今外を歩いている人影はマリア以外見つからない。
──────無人機、だったんだよな………?
あの時の一夏は、酷く不安な表情を浮かべていた。
本当に、あの答えで良かったのだろうか。
真実を伝えてやるべきだったのだろうか。
たとえ獣の姿をしていても、お前は人であったものを斬ったのだと。
だからこの先、お前は人を斬った重みを背負って生きていかなければならない、と──────。
いや、きっと違う。
伝えて何になる。
それを知った一夏が地に足をつけて生きていける保障など何処にも無い。
今の一夏に、事実を伝えて立ち直ることなど想像出来ない。
落ち込むところまで落ち込んで、剣を握ることすら恐くなってしまうだろう。それは人間として当然の反応で、誰にも責める権利は無い。
だが、もし今日のような事件がまた一夏の元に降りかかってしまえば──────。
一夏は自分を守ることが出来ないだろう。
私にも、常に一夏を守ってやれる自信は無い。第一、守ってやれたのなら、今日のような出来事を起こさせてやらずに済んだのだから。
一夏には、自分を守る力が必要だ。
今、一夏が剣を握ることを恐れてしまえば、きっとその恐怖が一夏に制御をかけてしまう。
真実を隠すことも、時には必要なのだ。
私のしたことは、きっと間違いではない。
きっと──────。
◇
考えている内に、目の先にはもう寮が見えていた。
部屋に帰ってシャワーを浴びて、疲れた身体でも癒そうと思い、マリアは寮の出入口へと向かう。
扉が開くと、そこにはベンチに座った本音と、本音の肩にもたれて目を閉じている静寐がいた。
「……!マリリン!無事だったんだね……よかったぁ………」
マリアに気付いた本音は此方を見て、ホッとしたような様子だった。
「あぁ、すまないな。迷惑をかけてしまって」
「ううん。マリリンの顔が見れただけで嬉しいよ〜。それよりも、しずねんに言ってあげて」
本音は優しく微笑んで、静寐を見やる。
静寐は小さく寝息を立てていた。
彼女の目は、泣き腫らしたように真っ赤になっていた。
本音は静かな声で、マリアに話す。
「しずねん、さっきまでずっと泣いてたんだ。マリリンのことが心配だって……」
「………」
「襲撃が起こった後、私たちには自室待機が言い渡されててね。部屋から一歩でも出たら先生に拘束させられるって言われてたんだ」
教師にとって何より優先すべきは、生徒の安全だということだろう。
「でも、廊下を歩く足音が聞こえて、扉を開けて見たらしずねんだったんだ。自分を見失ってるように見えるほど落ち着かない様子だったから、心配して声をかけたの。そしたら凄く泣き腫らして、『マリアさんに何かあったらどうしよう』って………」
それを聞いて、マリアは心に棘が刺さったような気持ちになる。
「外に出たら危険だから、マリリンを信じて部屋で待っていようって言ったんだけど、しずねんはそれでも戻ろうとはしなくて。だからせめて、寮の入口で待とうって一緒にいてあげたんだ」
「そうだったのか………」
マリアは屈み、静寐の顔を見る。
泣き疲れたであろうその顔は悲しみに満ちていて、自分のせいで彼女をこんな気持ちにさせてしまったことを罪深く思った。
「本当にすまない、本音。彼女と一緒にいてあげてくれてありがとう」
「うん。しずねんもきっと嬉しいと思うよ〜」
マリアは、静寐の頰に手を添える。
少し冷たい彼女の頰を、マリアの温かな手が優しく包む。
すると、静寐はゆっくりと目を開けた。
微笑むマリアの顔を見た静寐は目を大きく開き、直ぐにマリアへと抱きついた。
「………静寐、心配かけたな」
「マリアさん………良かった……生きてて………」
マリアの胸に顔を埋める彼女からは、小さく啜り泣く声が聞こえた。マリアも彼女の背中を優しく抱く。
「本当に………ひっく……心配、だったんだから………」
「………ああ、すまない」
静寐の涙が、マリアの制服を湿らせる。
静寐は、マリアの袖から少し覗かせる肌に巻かれた包帯に気付いた。
「マリアさん……!これ………」
静寐が手を見て言っていることに気付き、マリアは答える。
「ああ、少し怪我をしてな。軽い擦り傷だから心配ないよ」
静寐はゆっくりと、包帯で巻かれたマリアの手を包む。
そして静寐はマリアを見て、真剣な目で言った。
「もう、一人で無茶はしないで」
「だが、静寐………」
「皆を守ってくれるのは嬉しいよ……でも、一人で立ち向かったら、一体誰がマリアさんを守るの……?」
「それは………」
静寐の真剣な訴えに、マリアは何も言うことは出来なかった。
泣き腫らして、これ以上涙は出ないと訴える彼女の真っ赤になってしまった目からは、それでもまだたくさんの涙が溢れている。
「マリアさんが強いのは知ってるよ……。でも、それでも心配に思う人がいるの………」
「ああ………」
「だから、約束して。もうこんな無茶はしないって」
静寐はマリアの目を真っ直ぐに見て訴える。
この涙に、勝てる人間はいないだろう。
「分かったよ、静寐。すまなかった」
「ううん……本当に、良かった………」
静寐はまた、マリアに抱きつく。
その様子を見ていた本音も、涙で少し滲んだ目を擦っていた。
「さぁ、一緒に帰ろうか。静寐、本音」
「うん!」
「は〜い!」
満面の笑みで、二人は答える。
自分の為に、涙を流してくれる人がいる。
この温かな気持ちは、きっとこの先も忘れることはないだろう。