狩人の夜明け   作:葉影

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次の回から、徐々にBloodborneの要素が強くなります。


第11話 旧友

2限目が終わり、休み時間。

教室内で一夏たちは談笑をしながら過ごしていた。

 

「皆、知ってる?二組のクラス代表の話」

 

話題を持ちかけてきたのは谷本癒子だった。

 

「なんでも、二組のクラス代表が新しい転入生に代わったらしいよ」

 

癒子に続き、同じクラスメイトの四十院神楽が説明した。

それを聞いたマリアは疑問に思い、尋ねる。

 

「転入生?こんな時期にか?」

 

そう、まだIS学園は新学期が始まって間もない。クラス代表決定戦などで時間は随分と経った気がするが、実際入学式はまだ数週間前に行われたばかりである。

 

「うん。中国からの転入生なんだって」

 

「その転入生、強いのかな?」

 

「今のところ専用機持ちは一組と四組だけだから、クラス対抗戦も余裕だよ!」

 

転入生についての話をしていると、教室の入り口からある少女の声が聞こえてきた。

 

「その情報、古いよ」

 

その言葉を一夏たちに言ったのは、小柄なツインテールの少女だった。

 

「二組もクラス代表が専用機持ちになったの。そう簡単に勝ちは譲らないから」

 

一夏はその少女を見て、咄嗟に立ち上がる。

 

「鈴……お前、鈴か?」

 

「そうよ。中国代表候補生・凰鈴音(ファン・リンイン)!今日は宣戦布告に来たってわけ」

 

教室中がザワザワとし始める。

一夏は呆けたような表情を浮かべた後、吹き出すように笑う。

 

「あっはっは!鈴、なにカッコつけてんだ?すげぇ似合わないぞ?」

 

鈴と呼ばれた少女は顔を真っ赤にする。

 

「な、なんてこと言うのよあんたはー!」

 

「おい」

 

その声と共に、鈴は後ろから頭を小突かれる。

鈴は小突かれた頭を抱える。突然の痛みに少し涙目だった。

 

「痛っ!……何すんのよ!……げっ」

 

鈴の後ろにいたのは千冬だった。

いつの間にか予鈴は鳴り、教師がクラスに戻ってくる時間であったらしい。

 

「ち、千冬さん……」

 

「学校では織斑先生だ。さっさと其処を退け、邪魔だ」

 

千冬は鈴に注意すると、教壇へと足を運んでいく。

 

「一夏!後でまた来るからね!逃げないでよ!」

 

鈴は一夏にそう言って、自分のクラスへと帰っていった。

一夏は久々に見る旧友の姿に、ついつい笑みが零れた。

 

 

 

 

 

 

昼休み、食堂。

一夏と鈴は、メニューの受け取りカウンターの列に並んでいる。その背後では、箒やセシリア達が二人の様子を探っていた。

 

「しかし久々だな!何年振りだ?」

 

「中学二年の時に中国に帰ったから、二年振りくらいね」

 

鈴は受け取り口からラーメンを受け取る。

 

「なぁ、お前……ひょっとして、まだ千冬姉のことが苦手なのか?」

 

一夏は、先程千冬に叱られた鈴の様子を思い出し、苦笑する。

 

「と、得意な人の方が少ないでしょ!」

 

「はは、かもなぁ」

 

一夏も頼んでいた定食を受け取り、鈴と共にテーブルへと向かっていった。

 

 

 

二人はテーブルに座ると、食事を始める。

 

「鈴、本当にラーメン好きだな」

 

「これを食べないと、なんかやる気出ないのよね」

 

鈴は美味しそうな表情で麺を啜る。どうやら鈴にとってラーメンはお気に入りの一品のようだ。

 

 

 

一方、隣のテーブルでは、箒やセシリア達が一夏たちの会話に耳を傾けていた。

セシリアが鈴を見て、小さい声で箒に聞く。

 

「あの方、一体誰なんですの⁉︎あんなに一夏さんと親しそうに……」

 

「私も知らん……一夏め、何故私に何も言わずに……!」

 

また、一夏と鈴を偵察する箒とセシリアの様子を眺めている者たちがいた。少し離れたテーブルに座る、マリアと神楽だった。

 

「必死だな」

 

「必死だね」

 

そうとしか言いようが無いので、神楽も相槌を打つ。

 

 

 

料理を食べ終わった一夏と鈴は、一息ついていた。

 

「そういや、いつ日本に帰ってきたんだよ?連絡してくれれば良かったのに」

 

「それだとサプライズにならないでしょー。あんたこそ、TV観てたらいきなり出てくるんだから、ビックリしたわよ。“世界初の男性IS操縦者”って。何があったのよ?」

 

「あー、あれか……」

 

一夏は自分がIS学園に入ることになった経緯を説明する。

一夏が受験する予定だった高校の試験会場は、偶然にも同日に行われていたIS学園の試験会場と同じ建物にあった。しかし、建物内の構造が複雑で、一夏は直ぐに迷子になってしまった。試験会場にいたスタッフたちに聞いてもよく理解できなかった一夏は適当に歩いていたが、最終的に行き着いた人気の居ない所で一つの部屋を見つける。

 

扉を開けると、そこにはISがあった。

 

冷たく暗い部屋の中にあったISは、一夏の目を釘付けにした。「何故ISが此処に在るのか」という驚きは不思議と湧き上がらなかった。一夏は徐にISに近づいていった。

 

「本当に何となく、そのISに触れてみたんだ。そしたらいつの間にか起動してたんだよ」

 

「ふーん。そうだったんだ」

 

「何というか……驚きって感情はあんまり無かったな。分かんねぇけど、“()()()()()()()()()”っていうか………───────あれ?」

 

 

 

一夏の脳内で、ある人物の姿がフラッシュバックする。

 

 

 

─────────

────────

───────

 

 

何があっても、()()()()()()()()()()。───────

 

 

 

以前にもこの人物を見たような気がする。

 

そうだ。

 

初めて白式に触った時だ。

 

女性だった気がする。でも思い出せない。

 

俺は、()()を忘れてるのか?───────

 

 

───────

────────

─────────

 

 

 

「…………一夏?」

 

虚空の一点を見つめるかのようにして何かを思いつめている一夏を、鈴は心配気な表情で見る。

 

 

 

 

 

バンッ!

 

テーブルの音で、一夏はハッとして我に返る。

テーブルに手をついていたのは、一夏と鈴の仲睦まじい様子を見て我慢ならなくなった箒とセシリアだった。

 

「一夏!そろそろ説明してほしいのだが」

 

「そうですわ!まさかこ、こ、此方の方とつ、付き合ってらっしゃるの⁉︎」

 

それを聞いた鈴は焦るような、しかし何処か満更でもなさそうな感じで否定する。

 

「つ、つつつ付き合うって、そんなんじゃないわよ!ね、ねぇ?一夏」

 

「そうだぞ。俺と鈴は幼馴染だ」

 

一夏が幼馴染と言った途端に、鈴の機嫌が悪くなった。

 

「なんだよ?」

 

「な、なんでもないわよ!ふんっ」

 

 

 

少し離れたテーブルに座るマリアと神楽も、その様子を眺めていた。マリアは、千冬が前に言っていた『弟は唐変木』という言葉を思い出す。

 

「鈍感だな」

 

「鈍感だね」

 

そうとしか言いようが無いので、神楽も相槌を打つ。

 

 

 

「そうだ、まだ箒には言ってなかったもんな」

 

一夏はそう言うと、まず鈴に説明を始める。

 

「ほら、前に話しただろ?篠ノ之箒。小学生の時の幼馴染で、当時の剣道仲間だ。んで、こっちは凰鈴音。丁度箒と入れ替わりで転校してきたから、箒はファースト幼馴染、鈴はセカンド幼馴染だな」

 

「ファ、ファースト……」

 

一夏から鈴の紹介を聞いた箒は、自分のことをファーストと呼んでくれたことに嬉しくなった。

 

「ふうん、そうなんだ」

 

鈴は箒の顔をじろじろと見る。

箒も負けじと鈴を見返す。ここで視線を逸らせば負けを認めるような気がしたので、箒は決して引かなかった。

 

「凰鈴音。よろしくね」

 

「篠ノ之箒だ。よろしくな」

 

二人の間に火花が散る。

一夏と箒と鈴が話しているのを横で待っていたセシリアが、痺れを切らす。

 

「コホンッ、私の存在を忘れてもらっては困りますわ!私はイギリス代表候補生のセシリア・オルコット。一夏さんとは先日、クラス代表をかけて戦った仲で───────」

 

セシリアが自己紹介を始めるが、鈴はそれを無視して、一夏に話しかける。

 

「一夏、あんたクラス代表になったんだって?」

 

「え?ああ、まぁ……」

 

「ねぇ一夏、何ならあたしがISの練習見てあげようか……?」

 

「……って、ちょっと!聞いていらっしゃいますの⁉︎」

 

またもや放って置かれたセシリアは怒りの表情を浮かべる。

 

「ごめん、あたし興味ないから」

 

「い、言ってくれますわね……」

 

「お、おい鈴……」

 

少しずつ怪しくなってくる空気におろおろし始める一夏。

すると今度は箒が鈴に歯向った。

 

「一夏にISを教えるのは私の役目だ!」

 

「貴女は二組でしょう?敵の施しは受けませんわ!」

 

「あたしは一夏に話してんの。関係無い人は引っ込んでてよ」

 

「関係無いとは何だ!」

 

「後から割り込んで来て何をおっしゃいますの⁉︎」

 

「後からじゃないけどね。あたしの方が付き合い長いし」

 

「そういうことを言っているんじゃありませんわ!」

 

三人の言い争いが更にヒートアップしそうなので、一夏は話題を変えようとする。

 

「ま、まぁISのことは置いといてさ。鈴、親父さんやおばさんは元気にしてるか?」

 

「え?」

 

幼少だった当時、千冬は家計を支えるため、アルバイトで夜遅くに帰ることも珍しくなかった。

まだ食事を一人で作ることが出来なかった一夏は、よく鈴の実家である中華料理屋に世話になっていたのだ。

 

「うん……元気だと思う」

 

そう答える鈴の顔は先程と比べ暗く、あまり親について語ろうとしない様子だった。

一夏が鈴を見て、何かあったのかと尋ねようとしたその時。

 

次の授業への予鈴が鳴った。

すると、鈴は食べ終わったラーメンのお盆を持って立ち上がる。

 

「一夏!練習が終わった頃にまた来るからね!」

 

そう言って、鈴は食器をカウンターに返し、そのまま食堂を出て行った。

 

「一夏、放課後は私と特訓だぞ」

 

「一夏さん、私との貴重な時間も大切であることをお忘れなく」

 

箒とセシリアも食堂を出て行く。

その後姿を見て、一体放課後はどうなってしまうのやらと思慮する一夏であった。

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

放課後、アリーナのグラウンド。

ISスーツを身に纏った一夏は息を切らして仰向けに倒れていた。

そしてその様子を見下ろす箒とセシリア。

 

「一夏さん、大丈夫ですか?」

 

「これくらいでバテるなど、鍛えてない証拠だ」

 

「いや、二対一じゃこうなるって」

 

そう、元々は箒と一対一でISを使った練習をする予定だったのだが、箒に負けじとISを纏ったセシリアも来て、結局一夏が二人の相手をすることになったのだ。

結果は当然、一夏の完敗である。

 

空はもう陽が沈み、辺りは夜の顔を覗かせていた。

 

「一夏、私たちも帰るぞ」

 

しかし、一夏の身体は動かなかった。

 

「先に帰っててくれ……俺はまだ動けない」

 

「ふっ、仕方ないな。シャワーは先に使わせてもらうぞ」

 

そう言うと、箒はアリーナの更衣室へと向かい、その場を後にする。

暫く経って、セシリアが一夏の横にしゃがんで、声をかけた。

 

「一夏さん、そろそろ立てそうですか?」

 

「あ、ああ……いてて」

 

「無理に立とうとしなくてよろしいですわ。肩をお貸しします」

 

そう言って、セシリアは一夏の腕を自分の肩に回させる。

 

「わ、悪いな……ありがとう、セシリア」

 

「べ、べべ別に、大したことではありませんわ!」

 

グラウンドを照らす電灯は消され、辺りの視界は暗いが、それでもセシリアの顔は赤くなっているのが分かった。

一夏が一旦膝をついて、立ち上がろうと脚を伸ばした時、突然来た筋肉痛のせいかよろめいてしまう。

そしてその弾みで、ISスーツに包まれたセシリアの柔らかい胸が一夏に当たってしまった。

 

「きゃっ!」

 

「わ、悪い!わざとじゃないんだ!」

 

「い、いえ……気にしておりませんわ」

 

其処からは何とも言えない気まずさが二人を覆い、会話が途絶えてしまう。

一夏も変に意識してしまって、顔が熱くなっていた。

ふと横目でセシリアを見ると、彼女の顔も赤味を増している気がした。

申し訳ない気持ちになったが、ほんの少しだけ得をした気分になる一夏。そしてそれを感じてまた罪悪感に陥る。

思春期の男子ならば、当然の反応かもしれない。

 

 

 

 

 

 

更衣室の前に着いた二人は、気まずさからか、あまり目を合わすことが出来ずに別れた。

それでも一夏はしっかりとセシリアに礼を言い、今は更衣室の椅子に座っている。一夏は今日の練習を振り返っていた。

 

「この調子だと、クラス対抗戦も厳しいな……」

 

自分の弱さに落ち込んでいると、更衣室の扉が開く音が聞こえた。

 

「一夏、練習お疲れさま!はい、タオルと温めのスポーツドリンクね」

 

「おお、鈴か!サンキュ」

 

そういえば、練習が終わった頃に来るって言ってたっけ。

一夏は受け取ったタオルで汗を拭く。鈴は一夏の横に座り、何やら次の言葉を探しているように見えた。

 

「……やっと、二人きりだね」

 

「え?ああ、そうだな」

 

「一夏さ、やっぱあたしがいないと寂しかった?」

 

「まぁ、遊び相手がいなくなるのは大なり小なり寂しいだろ」

 

「もう、そうじゃなくてさー。久々に会った幼馴染なんだから、何か言うことあるでしょ?」

 

鈴の顔は何かを伝えようとしている感じで、しかし一夏に何かを言ってほしいようにも見えた。

一夏は、そういえばと切り出す。

 

「そうだ、大事なこと忘れてた!」

 

「えっ……」

 

鈴の顔が期待に満ちた表情になる。その顔はほんのりと赤い。

 

「中学の友達に連絡したか?お前が帰ってきたって知ったら、すげえ喜ぶぞ!」

 

それを聞いた鈴は期待外れといった落胆を見せる。

 

「もう!そうじゃなくて───────」

 

「あ、悪い。そろそろ身体冷えてきたから、部屋戻るわ。箒もシャワー使い終わった頃だし」

 

「……シャワー?」

 

鈴は立ち上がり、一夏に詰め寄る。

 

「箒って、あの黒髪の日本人の子よね?あんた、あの子とどういう関係なの⁉︎」

 

「どうって……幼馴染だけど」

 

「お、幼馴染とシャワーに一体何の関係があるのよ⁉︎」

 

「俺、今箒と同じ部屋なんだよ」

 

「はぁ⁉︎」

 

突拍子もない一夏の告白に唖然とする鈴。

 

「部屋を用意出来なかったんだと。だから───────」

 

「そ、それってあの子と寝食を共にするってこと⁉︎」

 

「まぁ、そうなるな。でも箒で良かったよ。これが見ず知らずの相手だったら、緊張で寝不足になってしまうからな」

 

それを聞いた鈴は俯いて黙り、一夏が「どうした?」と聞いた。

 

「……幼馴染だったらいいわけね」

 

「は?」

 

よく聞き取れなかったので、もう一度聞き返す。

 

「だから!幼馴染だったらいいわけね!」

 

その目は何やら、闘志のようなものに燃えていた。

 

 

 

 

 

 

マリアは寮の廊下を歩いていた。

丁度寮内にある大浴場から自分の部屋に向かっているところで、格好も軽い服装に着替えている。

曲がり角を曲がった所で、マリアは誰かとぶつかってしまった。

相手は走ってきたせいか、マリアとぶつかり派手にコケてしまう。

 

「いだっ⁉︎」

 

そう言って尻もちをついたのは、ツインテールの小柄な少女だった。この少女は確か……

 

「ぶつかってしまってすまない。大丈夫か?」

 

「……大丈夫、ごめんなさい」

 

少女の顔は暗く、その目には僅かに涙が浮かんいた。少女に何かあったのかと、マリアは気になってしまう。

 

「おい、どうした?」

 

「な、何でもないわ。あたし、行くから」

 

「待ってくれ」

 

マリアは少女の行こうとする手を掴み、尋ねる。

 

「君は、確か一夏の友人だろう?何かあったのか?」

 

「べ、別に、何もないわよ………」

 

少女は涙を見られたくないのか、マリアと目を合わせようとしない。

果たしてこのままでいいのかと心配になる。

しかし、マリアは其処からすぐ近くにランドリーと自販機と椅子が設置されているスペースがあることに気付く。

 

「そうだ、少し喉が渇いてな。少々付き合ってくれないか?飲み物は何がいい?」

 

そう言って、マリアは少女の手を優しく引く。

少女も抵抗することなく、マリアの後についていった。

 

 

 

 

 

 

ガコンッ。

自販機の中で、缶がぶつかりながら落ちる。

マリアは下に屈み、取り出し口の透明な蓋を開ける。

 

(我ながらよく手慣れたものだな……)

 

ついこの前までは自販機の存在すら知らなかったというのに、今では自由にそれを使用出来ている。

新しい環境に順応している証拠だった。

マリアは今買ったばかりのジュースを鈴に渡す。

 

「オレンジでいいか?」

 

「あ、ありがとう……」

 

鈴は渡されたジュースを、おずおずと受け取る。

マリアも鈴の横に座り、自分の缶の蓋を開けた。蓋を開ける音が、その場に響く。

マリアは何も言わず、自分のジュースを飲んでいた。

 

「………何も聞かないの?」

 

鈴がジュース缶を手の中で転がしながら、横目でマリアを見る。

マリアも缶から口を離し、

 

「まぁ……色々あったんだろう?」

 

と鈴に優しく答える。

鈴は曖昧に反応し、また押し黙ってしまう。

それを見たマリアは、私から何か話すべきかと考えた。

 

「君は……一夏の幼馴染、で合ってるのか?」

 

「へ⁉︎う、うん……そっか、あたしが一組に行ったとき、一夏の近くにいたもんね……」

 

「ああ」

 

もう彼女の名前は知っているが、取り敢えず改めて挨拶を交わすべきか。

 

「私はマリア。君は?」

 

「あ、あたしは凰鈴音。鈴でいいわ」

 

「そうか。私のこともそのまま呼んでくれればいい」

 

「そ、そう」

 

二人の周りには、ただランドリーの低い機械音と、その中でもみくちゃにされているであろう衣類の音が響き渡る。

数多く並んでいるランドリーの中で、マリアは目の前で回されている誰かの洗濯物を、何も考えずに眺めていた。

暫くして、横に座る鈴が小さな声で話し始める。

 

「一夏とね……その、喧嘩しちゃった………」

 

「………」

 

「昔ね、一夏と約束してたんだ。でも、一夏はそれを憶えてなくて……」

 

マリアは鈴の顔を見る。

その出来事を思い出したのか、鈴はまた泣きそうになっていた。

 

「大切な約束だったのか?」

 

「うん……。『料理が上達したら、毎日あたしの酢豚を食べてくれる?』って約束したの」

 

「そうか………」

 

つまり、鈴にとっては一夏に対する告白のつもりだったのだろう。毎日料理を食べるということは、生活を共にするということだ。

なるほど、しかし……

 

「一夏、意味を履き違えてて、『奢ってもらえる』ってことだと思ってたらしいの。ほんと、有り得ないと思わない⁉︎」

 

「しかし、鈴の言い方にも直すべきところはあったかもしれないぞ」

 

「え、ど、どうしてよ⁉︎」

 

「一夏だからだ」

 

鈴は要領を得ないといった顔をする。

つまりだな、とマリアは続ける。

 

「一夏の鈍感振りは私よりも鈴の方がよく分かっているだろう?一夏に遠回しな表現をしたところで、其れが伝わる保証は無いぞ」

 

「そ、それはそうだけど……そんなの直接言えるわけないじゃない………」

 

鈴は頭の中で想像して、顔を真っ赤にする。

そんな鈴を見て、マリアは優しく微笑む。

 

「まぁ、それでも、女との約束を履き違える一夏が悪いな。鈴はずっと想ってくれていたというのに。千冬の言っていた通り、確かに女心に疎い男だよ」

 

マリアは笑いながら言い、自分の缶をまた口につけ、一息つく。

 

「でも、あまり冷たくしてやらないでくれ。一夏もきっと、鈴と話せないと寂しがるだろうからな」

 

「………うん」

 

「ありがとう、鈴」

 

「な、なんであんたが礼を言うのよ………お礼をするのはあたしの方じゃない………」

 

「ふふふ」

 

微笑み、マリアは鈴の頭を撫でた。

礼を言う彼女の顔は本当に優しく温かな表情をしていて、鈴は思わず照れてしまい、視線を逸らしてしまう。なんだか、彼女に話したら少しスッキリした。

鈴は、話題を変えようとして、先程彼女の言っていたことを思い出す。

 

「そ、そういえばさっき、千冬さんのことを『千冬』って呼んでたけど、どういう仲なの?」

 

「ん?そうだな……彼女には暫く世話になってたんだ。丁度ここに入学する前に」

 

入学前の事を思い出しながら、マリアは話を続ける。

 

「帰る宛ても無くてな。短い間だが、家に厄介になっていたんだ」

 

「そうなんだ……………え⁉︎」

 

マリアの言った事に心底驚く鈴。

 

「それって、一夏とも一緒に過ごしたってことじゃない!」

 

「ははは、心配するな。怒ると怖い千冬も一緒だ」

 

それに、とマリアは続ける。

 

「私は一夏をそういう目で見ていない。いい男だとは思うがな」

 

鈴は「そ、そう……」と言って、先程までの調子を落ち着かせた。

マリアはまた微笑み、そしてゆっくりと立ち上がる。

 

「さ、もう遅い。鈴も部屋に帰ろう」

 

「う、うん」

 

鈴は暫く座ったままでいたが、一つ気になった事があったので、後姿のマリアに尋ねてみる。

 

「ね、ねぇ………マリアはさ、好きな人とかいるの………?」

 

そう聞かれたマリアは足を止め、振り返らないまま自分でもはっきりとしない所に視線を惑わせ、「そうだな………」と呟く。

 

 

 

()()、かもしれないな………」

 

 

 

そう呟く彼女の顔は、少し翳りが差していた。

()()()()()()()()()()()()()

しかしそう思うことに自信も根拠も無く、マリアはただ呆然とする。

いつの間にかランドリーは動きを止めており、二人の間には沈黙が流れる。

マリアの事情は分からないが、しかし彼女の表情を見て鈴は理由を聞くことも出来ず、只々時計の盤上で針が時間を刻む音だけが聞こえた。

 

 

 

 

 

 

クラス対抗戦当日。

一夏は試合が行われるアリーナのピット内で白式を纏い、待機していた。

側には箒とセシリアが来てくれている。

一夏の試合相手は、昨日少々喧嘩をしてしまった鈴だった。

 

「一回戦から鈴が相手か……」

 

一夏の前に、空間ディスプレイが投影された。その画面には鈴の機体の概要が載っている。それを見ながら、真耶が通信を通して説明をしてくれた。

 

『あちらのISは『甲龍(シェンロン)』。織斑君の白式と同じ、近接格闘型です』

 

鈴のIS『甲龍』は全体的に紫とピンクが混ざり合ったような色で、その中に黒と黄色のラインが入っている。

見るからにパワータイプの機体で、鈴の持つ大型の刀『双天牙月(そうてんがげつ)』はかなりの重量があるように見える。

すると、側にいたセシリアや箒も一夏に声をかける。

 

「私の時とは勝手が違いましてよ。油断は禁物ですわ」

 

「硬くなるな。練習の時と同じようにやれば勝てる」

 

一夏は、改めて画面の中の甲龍を見た。

 

「あれで殴られたら、すげぇ痛そうだなぁ……」

 

『それでは両者、規定の位置まで移動してください』

 

アナウンスが流れ、一夏は二人に行ってくると言い、ピットを飛び出た。

 

 

 

 

 

 

目の前にいる鈴が、一夏に話しかける。

 

「今謝れば、少し痛めつけるくらいで済ませてあげるわよ?」

 

「そんなのいらねぇよ。全力で来い」

 

「一応言っておくけど、絶対防御も完璧じゃないのよ。シールドを突破する攻撃力があれば、殺さない程度に甚振(いたぶ)る事は可能なの」

 

「分かってる」

 

鈴の譲歩を受け取らんとする一夏。

 

『それでは両者、試合を開始してください』

 

試合開始のブザーが鳴った。

鈴は双天牙月を、一夏は雪片弐型を展開する。

 

先手を打ったのは鈴だった。

片手に持った双天牙月を一夏目がけて一気に振り下ろす。

 

「ハァ!!」

 

「ぐっ……!」

 

一夏は鈴の重いパワーをなんとか防ぎ、双天牙月を弾き返す。

鈴は一旦、一夏から距離を取る。彼女の表情からは、『余裕』という二文字が読み取れた。

 

「ふうん……初撃を防ぐなんてやるじゃない。けど───────」

 

一刀だけと思われていた刀を、鈴はもう一つ展開する。『双天牙月』という名前は、この由来か。

鈴は二刀を持って一夏にぶつかり、内の一刀を一夏の頭に振り下ろす。

一夏は其れを雪片弐型で防ぐが、鈴のもう片方の刀で胴を打たれ、吹き飛ぶ。

 

(くっ……このままじゃ消耗戦になってしまう………ここは一度、距離を取って───────)

 

「甘い!」

 

鈴は二刀を繋ぎ、双天牙月を大きな一刀にする。

そして空かさず刀を回転させながら、一夏に向かう。

雪片弐型でなんとか鈴の攻撃を流そうとするが、隙を突かれ、鈴の刀が当たり、またもや吹き飛んでしまう。

一夏が姿勢を持ち直し鈴に再び向かおうとすると、鈴の肩の装甲が一気に光り出した。

そして次の瞬間、一夏は途轍もない衝撃に襲われる。

 

「ぐあっ!!」

 

一夏はグラウンドに叩きつけられ、辺りには粉塵が舞う。

 

「今のはジャブだからね」

 

上空にいる鈴は、余裕の表情で一夏に告げる。

 

───────衝撃砲。

 

甲龍の持つもう一つの武器『龍砲(りゅうほう)』は、空間自体に圧力をかけ砲身を作り、衝撃を砲弾として撃ち出す物だ。

目には見えないため、放たれた砲弾の弾道は把握することが出来ないというのがこの武器の強みである。

 

「くっ………」

 

一夏は立ち上がり、鈴の放つ砲弾から逃げる。

しかし目に見えない上に彼女の攻撃には死角が無く、どうすればよいのかが思い浮かばない。

そうこうして逃げている内に、また鈴の衝撃砲が放たれ、一夏に直撃した。

 

「ふん。さっきの威勢はどうしたの、一夏」

 

鈴が挑発する。

一夏はグラウンドに倒れ、口の中には砂が入ってしまった。

 

一夏は起き上がりながら、先日千冬に教えてもらったことを思い出す。

 

 

───────瞬時加速(イグニッション・ブースト)。ただし、通用するのは()()()()だ───────

 

 

(しっかりしろ。俺は千冬姉と同じ武器を使っているんだぞ)

 

一夏は立ち上がり、雪片弐型をしっかりと握る。

 

(バリア無効化攻撃………使えるか……?)

 

一夏はしっかりと鈴を見据える。

口の中に混ざってしまった砂を唾と共にグラウンドへ吐き出す。

 

「鈴」

 

「な、なによ?」

 

「………本気でいくからな」

 

「なによ⁉︎そんなの当たり前じゃない!とにかく、格の違いってのを見せてあげるわ!」

 

鈴は怒り、一夏のいるグラウンドに向かって猛突進する。

 

「───────どうかな」

 

一夏はニヤリと笑い、雪片弐型をグラウンドに突き刺す。

そして向かってくる鈴を無視し、雪片弐型を引きずりながらグラウンド上を移動する。

 

「ちょっと、ふざけてんの⁉︎」

 

「………」

 

「くっ……なんとか言いなさいよ!」

 

鈴は一夏を追いかけるが、ちょこまかと移動してなかなか追いつけない。

暫くして、一夏は動きを止めた。

 

「………これでやっと、有利に戦える」

 

「はぁ⁉︎何言ってんのよ⁉︎」

 

そう言いながら、鈴はあることに気付く。

まさか、一夏は──────。

 

「お前が素直に追いかけてきてくれたおかげで、お前が何処に衝撃砲を撃つのか、はっきりと見える。撃つためには、空間に歪みが出るからな。砂埃がそれを教えてくれるってわけさ」

 

鈴の周囲には、一夏が雪片弐型を引きずりながら走ったせいで発生した大量の砂の粉塵が舞っていた。しかも一夏は結構な距離を走り続けたため、粉塵が収まるのはまだ当分先のことだろう。粉塵は高い上空にまでどんどん上がっていく。

そう、鈴はまんまと一夏の策に嵌ったのだ。

 

「くっ……!こんなの、上に行けば済む話───────」

 

「させるか!」

 

途端に一夏が鈴を攻め始める。

鈴は一夏の攻防からなかなか抜け出せず、その表情からは焦りの感情が浮き上がっていた。

 

 

 

 

 

 

「ふっ……一夏、考えたな」

 

一方、マリアはアリーナの観客席で二人の試合を見ていた。両隣には本音と静寐が座っている。

 

「織斑くん、優勢だね!」

 

「リンリンの雲行きが怪しくなってきたよ〜」

 

静寐たちも一夏の攻防を見て盛り上がっている。

試合は順調に動いているように見えた。

 

 

 

しかし、なんだろう……。

何か、胸騒ぎがする………。

 

 

アリーナ自体に異変は見当たらない。

周囲を見渡しても、皆試合に釘付けだ。

おかしな部分は何も無いのだが………。

 

何かよくないことが、()()()()を感じているような気分だ。

 

 

 

一夏の攻防は最高潮に達し、焦る鈴に一瞬の隙が生じた。

それを見逃さず、一夏は瞬時加速(イグニッション・ブースト)をし、鈴に一気に詰め寄る。

 

 

マリアは上空からの異様な気配に気付き、直ぐ立ち上がり、上を見る。

直後、アリーナの天井の防御シールドを破り、何か黒い物体が目にも止まらぬ速さでグラウンドに墜落した。

 

物体は落ちた瞬間爆発を起こし、周囲に舞っていた粉塵を全て吹き飛ばす。

 

一夏や鈴、そして観客席にいる生徒達は、一体何が起こったのか理解が出来なかった。

 

 

 

 

 

マリアは爆発で舞い上がっている炎と煙の中に、一つの巨大な人型の物体を見た。

 

 

 

それは黒く、禍々しく、異形とも呼べる機体で、どの不穏な表現も当てはまるが、最も其れを表す言葉を使うとするならば───────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────其れはまるで、『獣』のようだと言えるだろう。

 

 


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