狩人の夜明け   作:葉影

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マリアのIS、レッド・ティアーズはDMC4に出てくるギルガメスを参考にしています。
オリジナル機体でなく、申し訳ないです。


第9話 対峙

試合開始の合図が鳴ると同時に仕掛けたのはセシリアだった。

マリアに向けてレーザーライフルを一発放つ。

しかしマリアはそれを避けようともせず、顔を少しだけ右に傾ける。その直後、セシリアの放ったレーザーがマリアの顔の横を通り過ぎた。

 

「……威嚇射撃と分かってましたのね。舐めた真似を……」

 

「………」

 

セシリアはブルー・ティアーズに備わっている4機のビットを起動させ、マリアの方へ高速で突進しながら、ライフルとビットから交互にレーザーを撃つ。

マリアは上空に避け、セシリアとビットを見て、位置関係を把握する。

下方にライフルを構えたセシリアが、前方上空と背後にそれぞれ2機ずつビットがある。

まだレッド・ティアーズの機能を全て把握していないため、手始めに厄介なビットに焦点を当てる。

背後のビットからレーザーが撃たれる。

マリアは身体の重心を低く構え、試しにレーザーを回し蹴りする。

するとレーザーは跳ね返り、アリーナのグラウンドに穴を開けた。

それを見たセシリアは驚愕する。

 

「な⁉︎」

 

なるほど、どうやらこのISは近接武器の役割を持つのだろう。

恐らく、力を貯めることで、その分衝撃が増す、といった具合か。

 

「……なるほど、大体把握した」

 

今度はマリアから仕掛ける。

マリアは持ち前の速さで、目の前のビットに急接近する。

そしてビットを掴み、近くに浮かぶもう一つのビットに狙いを定めて投げる。

2機のビットはぶつかり合い、爆発を起こし破壊した。

セシリアは、いつの間にかマリアが自分のビットを2機も破壊したことに驚いていたが、同時にライフルをマリアに向けて放つ。代表候補生として、怖気付いてばかりではいられない。

 

しかし、マリアはそのレーザーを落葉で切り、セシリアに高速で近づこうとする。

セシリアは残りの2機のビットを急いでマリアに放つが、マリアはそれらを難なく避け、今度はパンチで破壊する。

 

残されたのはセシリアのみ。

マリアはすぐそこまで来ている。後1秒もしない内に自分に攻撃をしてくるだろう。

セシリアは横に飛びながらライフルを撃ち、マリアと距離を取る。

しかしマリアはセシリアの攻撃を全て躱す。

 

「く……速い……」

 

セシリアは焦り、思わず口に出てしまう。

誰がどう見ても、セシリアの分が悪い状況になっているのは確かだった。

マリアは続けて追って来ている。

セシリアも続けてライフルを撃ちながら距離を空ける。

すると、マリアは落葉を構え、先程のようにライフルから放たれたレーザーを切り落とすと思いきや、落葉をセシリアに向けて一直線に投げた。

セシリアは予想だにしなかった攻撃に面食らい、反応出来ない。

そして一直線に投げられた落葉はセシリアのライフルを弾き飛ばし、宙を舞う。

 

こんな筈ではなかった。

 

まるで全てがスローモーションになったような感覚。

セシリアは地面に落ちてゆくライフルを見る。ゆっくりに感じる故か、その銃口に刻まれた傷までも鮮明に見える。

顔を前に向けると既に眼前に迫っていたマリアが脚を空に向けて上げており、その脚を一気に自分に振り落とす。

蹴飛ばされたセシリアは地面に直撃し、少し遅れて落ちてきた自分のライフルが顔の横に突き刺さる。

 

こんな筈ではなかった。

 

空高くにいるマリアは、いつの間に取り戻したのだろうか、落葉を構え自分に向かって急降下で飛んでくる。

ここで何かしなければ、負けてしまうだろう。

しかしもう手元には武器が無い。

まだ2門のミサイル発射装置が自分の腰に残っているが、恐らく使う前に自分が落葉で切られる。

もう彼女は、目と鼻の先にまで迫っている。

 

こんな筈ではなかった。

 

まさか、見下していた彼女の力がこんなにも圧倒的なものだったなんて─────。

 

いや、そんなことは既に分かっていた。

自分は彼女に喧嘩を売った。

そして身の震える程の殺気を浴びせられた。

自業自得。

もう、あそこで勝負はついていたのかもしれない。

 

 

 

 

怖かったのだ。

 

誰かに、自分の地位を脅かされることが。

 

自分が今まで必死に守り通してきたものを奪われることが──────。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

父は、母の顔色ばかり伺う人だった。

 

 

名家に婿入りした父。母には多くの引け目を感じていたのだろう。幼少の頃からそんな父を見て、『将来は情けない男とは結婚しない』という思いを幼いながらに抱かずにはいられなかった。

 

ISが全世界に発表されてからは、父の態度は益々弱いものになった。

母は、どこかそれが鬱陶しそうで、父との会話を拒んでいるきらいがあった。

 

 

 

母は、強い人だった。

社会の秩序が女尊男卑となる以前から、女でありながらいくつもの会社を経営し、成功を収めた人だった。

厳しい人だった。

けれど、意志を強く持っていて、憧れの人だった。

 

 

 

両親はもういない。

何年も前に事故で他界した。

いつも別々にいた両親が、どうしてその日に限って一緒にいたのか、それは未だに分からない。

 

越境鉄道の横転事故。

 

死傷者100人を超える大規模な事故で、一度は陰謀説が囁かれたが、今となっては謎のままだ。遺体も未だに発見されていない。

 

とてもあっさりと、両親は帰らぬ人となった。

不思議と涙は零れなかった。

 

それからは、あっという間に時間が過ぎた。

 

手元には、両親の遺した莫大な遺産だけが残った。

それを金の亡者から守るためにあらゆる勉強をした。その一環で受けたIS適性テストでA+の判定が出た。

政府から国籍保持のために様々な好条件が出された。

両親の遺産を守るため、即断した。

装備時の、原因不明のIS損傷など最初は苦労が多かったが、第三世代装備ブルー・ティアーズの第一次運用試験者として選抜された。

そして稼働データと戦闘経験値を得るため日本にやってきた。

 

しかし来日当時の自分はまだ、偏見が多かった。

男という生き物は皆媚び、諛うもの。女という生き物は女尊男卑社会に胡座をかき、力もないのに強くなった気でいるもの。

それが自分の思っていた男と女の像だった。

 

 

だが、出会ってしまった。

 

 

織斑一夏という、理想の、強い瞳をした男と。

 

 

そして、マリアという、憧れの、強い意志を持った女と。

 

 

先程戦った織斑一夏。

彼が何故負け、何故自分が勝ったのかは分からない。

しかし、勝ち負けはどうあれ、自分は彼に異性として惹かれている。きっと、そうなんだと思う。

 

 

そして、今目の前にまで迫っているマリア。

彼女もまた、強い意志を持ち、自分に挑んでいる。

そうでなければ、あの教室で、自分にあれ程の言葉を伝えない筈だ。

普通の人であれば、代表候補生に何か言われても力の差は歴然であり、言い返すことはなかなか出来ない。

『自分』という人間をしっかりと持っている彼女こそ、敬意を払うべき人間なのだろう。

ここで自分が敗れても、自分には何かを言う資格はない。

 

全ては自分の偏見が招いた衝突だったのだ。

 

彼女は悪くない。

 

悪いのは自分だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、だからと言って、自分が敗けるべき理由は何処にもない。

 

自分には、これまで遺産を守り抜いてきた力がある。

 

自分には、どんなに苦しいことでも耐え抜いてきた心がある。

 

 

そして何より、

 

自分には、祖国を代表する者としてのプライドがある。

 

 

 

 

 

ここで敗けるわけにはいかない。

 

 

 

 

─────私は、貴女に敗けるわけにはいかない!

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

「あああああああああ!!!」

 

「⁉︎」

 

マリアの落葉がセシリアのシールドを切り裂こうと剣先がつく寸前、突如セシリアの身体から強力な衝撃波が放たれる。

マリアは咄嗟に反応することが出来ず、その衝撃をまともに受け、100m以上離れたアリーナの壁に一瞬にして打ち付けられる。

 

「ぐっ……かはっ………」

 

壁は崩れ、マリアは理解が追いつかないために身体を起こすことが出来ない。

想像を絶する速さで壁に打ち付けられたため、内から吐き気がこみ上げるが、耐える。口の中は少し、血の味がする。

衝撃波のせいで、辺りはグラウンドの砂の粉塵が舞い上り、セシリアの姿は見えない。

 

しかし、彼女はそこにいる。

確かにそこで、呼吸をしている。

姿が見えなくとも、分かる。

 

マリアは遠く離れた、セシリアがいるであろう場所をじっと見る。

 

やがて粉塵は晴れ、その姿が明らかとなる。

 

 

 

 

蒼い機体の周りを、()のように赤い空気が漂っていた。

 

マリアを見据えるセシリアの目は、先程感じられた恐怖心などは一切無く、堂々としていた。

 

 

「私は……ここで貴女を倒します」

 

 

「貴女を倒して、私が今まで築き上げてきた力を証明します!!」

 

 

そう言って、セシリアはライフルをマリアに向けて構える。

マリアには分かった。

セシリアの顔からは、今まで自分に向けてきた高飛車な態度などは無く、一度全てを省みて、そして私という一人の人間に敬意を払い、闘いを挑もうとしているのが分かる。

セシリア・オルコット。

彼女もまた、敬意を払うべき人間だったのだ。

 

マリアはエマの言っていたことを思い出す。

 

 

─────彼女、実は頑張り屋さんなのよ。だから、仲良くしてあげてね。

 

 

(本当だな。よく分かったよ、エマ─────)

 

 

マリアは瓦礫を退かして、ゆっくりと立ち上がる。

 

「面白い……オルコット」

 

そして、落葉を変形させ、二刀に分ける。

 

「君がその気なら、私も敬意を持って其れに応えよう」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「あ、あれは一体……何が起こったんですか⁉︎」

 

真耶が身を乗り出して画面に食いつく。

 

「オルコットさんの身体から、凄まじい力が……」

 

千冬は口を閉ざし、画面の中のセシリアを見る。

先程一夏と戦っていたときに見せたつけあがった目ではなく、目の前の敵を誠心誠意で倒す、一人の戦士としての目をしている。

更に、セシリアの動きは先程と打って変わって、途轍もなく速い。エネルギーを消耗していないから、瞬時加速ではないだろう。

ということは、セシリア自身の基礎能力が上がったということだろうか。

詳しくは分からないが、セシリアの中で何かが変わったのは確かだ。

今のセシリアは強い。

最早どちらが勝つかは、神のみぞ知るといったところか。

画面を見つめる千冬達は皆言葉を発さず、その試合の行方を見守っていた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

セシリアが高速でマリアに突進する。

マリアも二刀の落葉を交差させセシリアを斬ろうとするが、避けられる。

背後に回ったセシリアはマリアに向けてライフルを撃つ。

レーザーがマリアの上半身目がけ迫ってくるが、マリアは身体を逸らしてそれを避ける。

しかし、そのまま素通りすると思われたレーザーが、なんと軌道を変えてマリアに直撃した。

 

「ぐっ⁉︎」

 

再び地面に落とされるマリア。

レーザーの偏向射撃というものは、かなり技術の高い技だ。

セシリアの覚悟が先程と変わったためか、今セシリアは一種の覚醒状態に入っているのかもしれない。ブルー・ティアーズの周りを赤い空気が纏っているのもそれに因るものだろう。

レーザーを直に受けてしまったマリアの身体や顔には傷口が出来てしまい、血が出ている。

そしてマリアは驚く。

 

「吸い込まれている……?」

 

空気中に滴り落ちたマリアの血が、ブルー・ティアーズに吸い込まれていることに気付く。

そして吸い込んだと同時に、覚醒前にマリアが負わせた機体の損傷が修復されていく。

 

(私の血で機体が修復されている……?ということは、恐らくシールドエネルギーも……とすれば、かなり不味い状況だな)

 

マリアの予測通り、事実セシリアのシールドエネルギーは少しながらも回復していた。

 

マリアは闘いながら、思う。

 

(何故、オルコットが……?血で回復するなど、まるで─────)

 

そう、まるで『狩人』だ。

狩人という言葉が頭に出るたびに、マリアは複雑な感情を覚える。

 

「余所見している暇はありませんわ!」

 

「⁉︎」

 

セシリアがライフルを何発も撃ち、放たれたレーザーはバラバラに動きを変えて迫ってくる。

マリアは落葉で斬り落としたり体術で跳ね返すなど、なんとかして耐える。

 

二人の攻防は、その後も長く続いた。

 

 

そして、決着をつけようと、セシリアが先に仕掛ける。

ライフルを十発以上撃ち、一つ一つのレーザーを屈折させマリアを追わせる。

空を飛んでそれらから距離を置くマリアに、すかさずミサイルを何発も撃つ。

レーザーがマリアを追い詰めた先には、火を吹いたミサイルが待ち構えていた。

 

セシリアは、勝ったと確信した。

しかし、マリアにレーザーとミサイルが当たる寸前、逃げ場を無くしたマリアが此方を見て、口の端を僅かに上げた。

 

(……⁉︎)

 

 

まるで、私の勝ちだというような表情だった。

が、直後にレーザーとミサイルに撃たれ大爆発を起こす。

マリアの飛んでいた場所に煙が立ち込める。

きっと、さっきのは見間違いだろう。

やがてマリアは地面に落ち、試合終了のブザーが鳴るだろう。セシリアはそれを待った。

 

 

しかし、試合終了のブザーが鳴らない。

セシリアは疑問に思いつつも、煙からマリアの血がブルー・ティアーズに流れ込んできたため、自分の勝利を確信した。

 

その時。

 

「な⁉︎」

 

回復されると思われたシールドエネルギーが、何故か急激に減っていった。

 

「な、何故ですの⁉︎」

 

セシリアが狼狽えていると、煙の中から二刀の剣が飛ばされ、セシリアの機体を刺した。

そして直後に、その身体を血に染めたマリアがセシリア目掛け猛突進し、強力な蹴りを食らわせた。

蹴飛ばされたセシリアは地面に直撃し、マリアがそれを追ってセシリアに力のこもった衝撃を放とうとする。

セシリアは恐怖のあまり、目を閉じた。

 

 

次に目を開けたとき、倒れた自分の目の前にはマリアがいた。

マリアはセシリアに攻撃せず、顔の横の地面に力を放ったのだ。地面は大きく抉れている。

セシリアのシールドエネルギーは既に0だった。

 

「な、何故ですの⁉︎確かに私のシールドエネルギーは回復される筈でしたのに……‼︎」

 

「……私の機体の足首に、刃が付いていたのを覚えているか?」

 

「え?」

 

セシリアはマリアの足首を見てみるが、刃が付いていた痕跡は見られない。

しかし、なんだか破損した後のように見える。

 

「ブルー・ティアーズをよく見てみろ」

 

「そ、それが何だというのです……な⁉︎」

 

ブルー・ティアーズを目を凝らしてよく見ると、数センチ程度の刃が無数に刺さっていた。

 

「君のミサイルが私に当たる直前、私は自分の足首にある刃を剣で切り刻み、それを自分の身体に刺した」

 

「何ですって⁉︎」

 

「そして爆発とともに私の身体には更に傷が出来る。そこから出る血を君の機体が吸収し、回復すると見せかけて、私の身体に刺さった刃も一緒に吸わせたんだ」

 

「ど、どうして⁉︎何故そのような危険を犯すのです⁉︎」

 

マリアは地面につけていた手を離して立ち上がり、二刀の落葉を一刀に戻す。

 

「君の全力で挑もうとする姿勢に応えただけだよ」

 

試合終了のブザーがアリーナに鳴り響く。

 

『勝者、マリア』

 

マリアはセシリアに背を向け、ゆっくりとピットに向かって歩き出す。

 

セシリアはその背を追うことも出来ず、ただ虚空を見つめていた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

ピットに戻ったマリアは直ぐに保健室へと連行された。

思っていたよりも大した傷ではなかったので、マリアは別にいいと遠慮したのだが、千冬があまりにも行くように重圧をかけてくるので、仕方なく保健室へと向かった。

それと、機体が損傷したので、一夏には戦えなくてすまないと謝っておいた。

すると一夏は、そんなことはいいから早く保健室にと言って、結局マリアは急かされた。

保健室で30分程手当を受けた後、アリーナを出て、寮へと向かうことにした。

 

 

寮までの道のりをゆっくりと歩くマリア。

箒と一夏には先に帰ってもらうよう言っておいたので、一人で歩いている。

もう夕焼けの時間は始まっていて、空は朱と金に染まっていた。

まるで空と雲を焦がそうとするように、西から太陽が強い光を浴びせる。

 

(暫くの間、また使えるのは落葉だけになったな……)

 

セシリアとの試合で自らレッド・ティアーズを破損させたため、しばらくの間はISが使用できない。

今、レッド・ティアーズはマリアの右耳にイヤーカフスとして着けられている。太陽に照らされ、その小さな飾りは緋く輝いている。

ISの装甲自体は展開出来ないが、落葉や狩装束といった付属装備は展開出来るらしい。

マリアの機体は特別なため、整備科でも対応出来ないらしく、近々研究所に行く必要があるそうだ。

 

後ろの方で遠くから、足音が聞こえた。音の間隔は随分と速い。誰かが走って来ているようだった。

 

「お待ちください!」

 

振り返ると、遠くから此方へ走って来ている人物がいた。

声の主はセシリアだった。

マリアは足を止め、セシリアが来るのを待つ。

そして間もなく、彼女はマリアの元へと着いた。

頰に一筋の汗を走らせた彼女は、呼吸を整える。そして改めて顔を引き締め、マリアに向き直る。

 

「私は、貴女に謝らなければなりません」

 

「………」

 

マリアは何も言わず、セシリアを見る。

彼女もまた、マリアの目を真っ直ぐと見ていた。

 

「先日、貴女にあのような言葉を言ってしまったこと、深くお詫びします。本当に申し訳ありませんでした」

 

そう言って、セシリアは頭を深々と下げる。

マリアはセシリアに、顔を上げるよう促す。

 

「オルコット。私も君に謝りたいことがあるんだ」

 

「……え?」

 

「私にはかつて、あまり好ましく思わない人物がいた……いや」

 

ひどく厭っていたのかもしれないという言葉が出かけて、飲み込む。

自分でも誰のことを言っているのか曖昧だ。

生きていた時の記憶は、やはり霞んでいる。

確かその人物はセシリアと同じ金色の髪をしていて、しかし顔の記憶は……。

 

「あの時……初めてオルコットと話した時、私は無意識に君をその人物と重ねてしまっていた……同時に、私と君は何処か似ているとも感じていた」

 

「似ている……」

 

「変なことを言ってしまってすまない。とにかく、私は君のことを何も知らずに、オルコットという人物を決めつけてしまっていた。すまなかった」

 

マリアも頭を下げる。

 

「い、いえ!マリアさんは悪くないですわ!元はと言えば、私から始めてしまったことなのですし……」

 

セシリアはまさかマリアに謝られると思っていなかったので、驚く。

 

「オルコットと戦って、君が今までどれ程の苦労を積んできたのかが垣間見えたよ。君のよく知る人も褒めていた」

 

「え⁉︎だ、誰ですのそれは……」

 

マリアは少し微笑み、

 

「エマだ」

 

「エ、エマ……そんなこと言わなくてもよろしいですのに……」

 

セシリアは消え入りそうな声でぼそぼそと口にする。その顔は照れているからか、それとも夕日の光のせいなのか、少しばかり赤い。

 

暫く沈黙が流れ、セシリアがぽつりと言葉を口にする。

 

「私、怖かったんです」

 

「………」

 

「私は三年前に、両親を事故で亡くしました。それから家を守る為に、必死になりました。」

 

セシリアは俯き、胸に手を当てる。

 

「私は勉強でもISでも、常に一番を目指していました。でも、ある日研究所から貴女のことを知らされ、身がすくむような思いをしました。自分が今までしてきたことが、無駄になってしまうような気がして……」

 

「オルコット」

 

マリアに名を呼ばれ、顔を上げるセシリア。

すると、セシリアはいつの間にかマリアに優しく抱き寄せられていて、顔を彼女の胸に乗せていた。

 

「君のしてきたことは、決して無駄なんかじゃない」

 

「え……」

 

「本当に、頑張ったんだな」

 

それを聞いて、セシリアの目から、涙が零れた。

 

両親を亡くしてからというもの、涙を流す暇など無かった。

誰かに境遇を知ってもらいたいわけでもなかった。

いつか哀しみが自分を襲って壊してしまわないように、ただひたすら両親が遺した遺産を守る為の勉学に励んだ。

 

でも、本当は。

 

「あ、あら……可笑しいですわね……私、どうして………」

 

本当は、心の何処かで、誰かに知ってもらいたかったのかもしれない。

気づいてほしかったのかもしれない。

 

「私、泣くことなんて………ない、ですのに………」

 

ただその一言を。

「頑張ったんだな」というその一言を、誰かが言ってくれるのを待っていたのかもしれない。

その言葉で、全てが報われ、赦される感情になる。

拭えば拭うほど、涙が溢れる。

 

「うっ……ひっく…………」

 

マリアの抱きしめてくれるその手が、強く、温かい気がした。

彼女の制服が、涙で湿る。

 

「ごめん、なさい、マリアさん………今だけ、ですから………」

 

「ああ」

 

「ひっく………お母様………」

 

心が深い湖に溶け込むように、今まで閉じていた感情が、大粒の涙となって一気に溢れ出す。

まだ大人にもなれない内に両親を失うというのは、辛いことだ。

しかし彼女には悲しむ時間さえ持つことが出来なかった。家を守る為には、子どもでいることはもう許されなかった。

こうして彼女が誰かに打ち明けたことは、彼女にとっても次に進める一歩となるかもしれない。

 

でも、今だけは。

 

今だけは踏みとどまってもいい。思い切り悲しんでいい。

その為に自分の胸が拠り所となるのなら、幾らでも貸してあげようとマリアは思う。

 

夕焼けの空に暗闇の色が混じる。

もうすぐ陽が沈む。

その光は緋と蒼に輝くカフスを照らし、一人の少女の涙を優しく包んだ。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「お恥ずかしいところを見せてしまいましたわ」

 

「いいさ」

 

泣き腫らして少し落ち着いたセシリアは、恥ずかしそうに言う。

 

「それと、マリアさん」

 

「なんだ?」

 

「私のことは、オルコットではなく、セシリアとお呼びください」

 

セシリアはマリアを見る。

マリアも少し微笑む。

 

「分かったよ、セシリア」

 

「ふふ、ありがとうございます」

 

セシリアも笑った。彼女の笑った顔が見れて良かったと、マリアは思う。

 

「なんだか、分かる気がします」

 

「………?」

 

「私とマリアさんは、『何処か繋がっている』」

 

マリアは、セシリアが何故そう思ったのかが気になった。

 

「例えば、これ」

 

セシリアはマリアに寄り添い、マリアの右耳を指す。

 

「マリアさんの緋と、私の蒼。お揃いのイヤーカフスですわ」

 

「ふふ、そうだな」

 

そう言うセシリアの表情は無邪気で、お揃いという言葉を使う彼女に可愛げを覚える。

そういえば、とセシリアは話を切り出す。

 

「私、ブルー・ティアーズにあのような機能があるなんて全く知りませんでしたわ」

 

「………ああ」

 

「まさか、血で機体を修復するなんて……少し、恐いですわね………」

 

そこからは複雑といった感情と、出会ったことのない自分の力に恐れている感情が見える。

きっと自分も、彼女と同じような顔をしているのだろう。

 

「マリアさんは、何かご存知ですか?」

 

セシリアはそう聞きながらも、自分が答えの無い質問をしているようなものだと自覚しているようだ。

 

「……いえ、変なことを聞いてしまってごめんなさい。マリアさんが私の機体について何でも知ってるわけじゃありませんものね」

 

「………いや、大丈夫だ」

 

中身のない返事を返してしまう。

しかし、確かにセシリアが血で機体を修復させることは予想外だった。

本当は自分でも分かっている。

血を自分に取り入れるなど、『狩人』のすることだと。

しかしマリアは、セシリアをそんな世界に引き込みたくはなかった。

彼女は彼女のままでいい。

関わらせないことの方が、彼女の為にもなる。

 

「セシリア、もう帰ろう」

 

「ええ、そうですわね」

 

もう、夜が始まる時間だった。

学園内の建物の光や路上の電灯が辺りを照らす。

先程までの話とは切り替え、寮に着くまでセシリアとはその後も談笑していた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

マリアがアリーナを出る一時間程前。

一夏と箒は、寮までの道を一緒に歩いていた。

 

「マリアとセシリア、強かったな……」

 

「………」

 

「これでマリアが、クラス代表なのかな」

 

「………」

 

一夏が話すが、反応が無い。

箒は一夏の顔をチラチラと見ている。

 

「さっきから何だよ」

 

一夏にそう言われ、箒は伏し目がちになり、切り出す。

 

「その……なんだ、敗けて悔しいか」

 

「そりゃ、まぁ……」

 

「そ、そうか……」

 

箒の意図が読めない一夏。

すると箒は、少し上ずった声になる。

 

「あ、明日からは、あれだな。ISの訓練も入れないといけないな」

 

「だな」

 

「あ……その……」

 

箒が立ち止まる。

 

「い、一夏は、私に教えてほしいのだな」

 

「そりゃ、まぁな。他の女子よりかは気が楽だし、束さんの妹だから、ISに詳しいだろうし」

 

「そ、そうか……」

 

箒の顔が紅くなる。

きっと夕焼けのせいだろうと、一夏は思う。

 

「そうかそうか、なるほどな。仕方がないな」

 

そんな箒の顔は、何処か嬉しそうでもあった。

 

「よし、ではこれからは私が教えてやろう。これからは必ず、放課後は空けておくのだぞ?」

 

「お、おう」

 

「ふふふ」

 

「あ、待てよ」

 

何故か上機嫌になって先を歩き出す箒。

何がそこまで嬉しかったのか分からないが、まぁいいかと、一夏は思った。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

シャワーノズルから熱めの湯が噴き出す。

水滴は肌に当たっては弾け、またボディラインをなぞるように流れていく。

白人にしては珍しく均整の取れた身体と、そこから生まれる流線美はセシリアの自慢でもある。

しゅっと伸びた脚は艶めかしくもスタイリッシュで、並のモデルには引けを取らないどころか優っているくらいである。

胸は同い年の白人女子に比べると幾分慎ましやかではあるが、それが全身のシルエットラインを整えている要因でもあるので、本人としては複雑な心境らしい。

しかしそれも白人女子と限定すればの話であって、日本女子と比較すれば充分どころか大きいくらいだ。

シャワーを浴びながら、セシリアは物思いに耽っていた。

 

(今日の試合──────)

 

セシリアは改めて一夏との試合を思い出していた。

どうしていきなり一夏のシールドエネルギーがゼロになったのかは未だに分からない。

しかし、あの時に見た強い意志の宿った瞳。

 

「織斑、一夏………」

 

その名前を、口にする。

不思議と、胸の内が熱くなるのが自分でも分かる。

どうしようもなく心臓は高鳴り、セシリアはそっと自分の唇を撫でてみる。その唇は、触れられることを望んでいたかのように、不思議な興奮を覚える。

 

「………」

 

熱いのに甘く、切ないのに嬉しい。

─────この気持ちは。

 

意識をすると途端に胸をいっぱいにする、この感情の奔流は。

 

─────知りたい。

 

その正体を。その向こう側にあるものを。

 

─────知りたい。一夏の、ことを。

 

「………」

 

浴室には、ただただ水の流れる音が響く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢を見ている。

 

 

城の中。

床にはいくつもの蝋燭の火と、誰のものかも分からない血が染みついている。

目の前には金と赤で作られた二つの椅子。

その一つに、金色の髪の女性が座っている。顔はよく見えない。

謁見の間と呼ばれるこの場所に本来相応しくない態度を、私は取っている。

私は跪きなど、しない。

 

「………血族の者よ」

 

女は、此方に話しかける。

 

「私は女王。たとえ血族とて、冒してはならぬ分がある」

 

「そんなもの、私の知ったことではない」

 

「………」

 

右手には、落葉を握る。

手には少しばかりの汗。

私は今、この女を殺そうとしている。

 

「それでどうする。殺したところで、私は不死の身。尽きることなく、何度でも蘇るぞ」

 

「………」

 

言われなくても分かっていた。

この女の身体に流れている血は、彼女を永遠にしている。

分かっていても、この女を斬らなければならない。

この女が、両親を殺したということは分かっている。

しかし、いくら探しても、証拠は無かった。

落葉を構えようとするが、腕が上がらない。

私の心は、こんなにも弱かったのか。

 

「………去れ。血族の者よ」

 

女は、何も出来ずに去る私を嘲笑いなどしないだろう。

しかし、どうしても自分の心の弱さに哀しくなる。

私は女に背を向け、外へと繋がる大階段を一段ずつ降りる。

 

暫く降りた後に、後ろから声が聞こえた気がした。

 

「─────貴公に、カインハーストの名誉のあらんことを」

 

 




蒼の雫(ブルー・ティアーズ)

イギリス代表候補生、セシリア・オルコットの第三世代型専用IS。
彼女がISを初めて装備した際に、謎の損傷を起こした経験があることから、この機体は実験・試作機という意味合いが濃い。
故に機体にも謎が多く、血を取り入れる機能なども研究所が意図したものでは無かった。

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