私立啓北学園2年D組――現在、そこでは如月と清水によるポーカーの勝負が行われていた。周りでは二人を囲むように大勢のギャラリーたちが、勝敗のゆくへを固唾を飲んで見守っている。
何故、他の生徒たちがこれ程までに、彼らの勝負に執着するのか? 当然のことながら、理由は勿論ある。簡単にいうとこの勝負に負けた側は、体育館とプールの清掃を一手に引き受けなければならないのだ。要するにこの対決は如月ハルVS清水信二ではなく、2年D組VS2年E組ということである。
この勝負は、絶対にドロップされる訳にはいかねえ……。清水は自身のカードを見つめる。そこには同じ数字のカードが4枚――ラッキー7のフォーカードだ。この役で負けることは、まずないだろう。だが幾らいい役が出来ても、相手にドロップされたらもともこもない。ここは慎重にいかねえと……。清水はそう思いつつ、対戦相手に目を向ける。すると如月はカードを机の上に伏せたまま、静かに瞳を閉じていた。
もう、カードを見る必要はない、やつはそう言っている。ってことはよっぽど自信があるということか? 先程のカードチェンジの際、如月は1枚しか交換していない。フラッシュ狙い? いいや、ストレート? それともフルハウス? 考えられる役は幾らでもある。とは言っても今の俺には遅るに足らねえ、何せこっちはフォーカードだ。
「レイズ」
清水は机の上に、チップ代わりのチロルチョコを1つ置いた。因みにレイズとは他のプレーヤーが賭けた金額を、更に高額に吊り上げるアクションである。逆にドロップが勝負から降りるという意味だ。
「1個とは随分と弱気な吊り上げだな。どうやら、よっぽど自信がないようだ」
如月は瞼を開くと、小首を傾げながら清水を見据えた。仕掛けた
「と、見せかけておいて実は良い役が出来上がっている。恐らくはスリーカード以上。敢えて小さくレイズしたのは、急激に吊り上げて僕にドロップされでもしたらかなわないから、といったところか?」
途端に清水の眉がピクリと引きつった。
「相変わらず素直だな」
だ、だめだ。見事に一瞬で見破られた。当然のことながら、如月は今回の勝負を降りるだろう……くそっ! 清水は自身のバカ正直さを呪った。だか彼の予想に反して、目の前の友人はこう続けた。
「レイズ、全部だ」
如月はチロルチョコを全て机の中央に寄せた。途端にギャラリーたちから歓声が起こる。
レイズ? こっちに良い役が入ってるのは、お見通しのはず……それにも関わらず全賭けレイズだと? よっぽど自信があるのか? それとも只のブラフか? 清水はカードから如月に視線を移した。
いつもの無表情――全然、なに考えてんのか分んねえ……はっきり言って、俺は心理戦とかには向かねえ。格好つけてポーカーで勝負を決めよう、なんて言わなければよかった。いまからババ抜きに変更してくれ、とか言っても無理だろうな……。清水は小さく溜め息を漏らした。
「随分と悩んでるようだな」
如月はメガネのレンズを拭きながら呟くと、吐息を漏らしながら腕時計に目を向けた。さっさと腹をくくれ、野郎はそう言っている。
「お前……相当良い役入ってんだろ?」
「どうしてそう思う?」
「だって全賭けしてんじゃんよ」
「だからといって、良い役が出来てるとは限らない。僕がカードチェンジしたのは1枚だけだ。ということはストレートやフラッシュ狙いに失敗して、ノーペア―ということも十分に考えられる」
如月は軽く口角を上げると更にこう続けた。
「さあ、どうする? 清水信二。ドロップか、それともコールか?」
冷たい微笑み――以前にも見たことがある。そうだ、あの時もまんまと、こいつにしてやられたんだった……。清水はそう思いつつ、半年前のあの日の出来事を思い起こした。