如月ハルの人間考察   作:はるのいと

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第三章 「その嘘を愛そう 3」

 加奈の病状に対し、琴音が下した診断結果は ”特に問題なし” というものだった。虚言症についても、その可能性は極めて低いという結論に至った。

 診断の説明――虚言癖とはその殆どが無意識下で吐く嘘であり、大体が特に意味のないものです。加奈さんの嘘にも、無意味ないものは多々ありますが、その全てが意識的に吐いている印象を受けたました。敢えて言うなら何かしらの理由があって、致し方なく嘘を吐いているという感じです。

 

 一体どんな理由で? 

 

 その理由につきましては本日のカウンセリングでは、解明することは出来ませんでした。ですが、今後カウンセリングを続けていくうえで、その理由が明らかになる可能性もあります。勿論、それは今ここで確約できるものではありません。以上が今回の診断報告になります。

 

 これから、どうすれば?

 

 幼い子が何度も嘘を吐くということは、間々あることです。そしてその対象の殆どは親に対するものです。私としては現時点では週一回のカウンセリングと並行して、ご家族が温かく見守るのが最善だと考えています。診断の報告の最後、琴音はそう締め括った。

 

 3年D組――教室ではいつものメンバーに加え、有紀と奈々が先日の報告も兼ねて彼らと昼食を囲んでいた。

 

「――というわけで、以上が琴音先生の診断結果だそうです……っていうか、お兄ちゃん聞いてんのっ!」

 

 有紀は眉間にしわを寄せながら、目の前の如月を睨みつけた。一方、彼はといえばスマートフォンを片手に、小夜のお手製弁当に無言で箸を伸ばしていた。

 

「因みにその診断結果は一体誰から?」

 

「誰からって……奈々からだけど、それが何?」

 

「大事な妹さんの個人情報なんだろ? ならベラベラと喋るもんじゃないよ。特にこのての口の軽い子にはね」

 

 如月はスマートフォンから、奈々に視線を移すと冷めた口調で言い放った。すると彼女は小声で「すみません」と言って俯いた。

 

 うっ、正論過ぎてぐうの音も出ない。だけど……口の端にポークチャップのソースつけてる人に言われたくないっ! 有紀は心の中で叫び声を上げた。

 

「もうっ! みっともない。口にソースがついてるじゃない……ご飯食べる時は、スマホ弄るの止めなさいよ」

 

 小夜は眉間にしわを寄せながら、ハンカチで如月の口元を拭った。

 すると早苗が「こうなると恋人っていうよりも、ただのオカンね」と苦笑いを浮かべた。

 

「ほっといてよ」

 

 小夜は不機嫌そうに頬を膨らませると、相変わらずスマートフォンに目を向けている如月に視線を移した。

 

「ねえ、さっきから何見てるの?」

 

「アメダスだよ」

 

「アメダス……あっ! もしかして明日の?」

 

 如月が無言でコクリと頷くと、小夜はすかさず彼のスマートフォンを覗き込んだ。

 

「それでそれで、お天気のほうは?」

 

「文句なしの快晴だ」

 

 如月の答えに小夜はパッと表情を明るくさせた。すると早苗は、小首を傾げながら彼女の顔を覗き込んでゆく。

 

「何よ、あんたら明日なんかあんの?」

 

「デートよ、デートっ! 因みにお昼は映画&パフェ。夜はロマンティックに天体観測のフルコース」

 

「へえ、そうなんだ……でもなんだか疲れそうね」

 

「何言ってんのよっ! 明日は折角の祝日なんだから、おもいっきり満喫しなきゃでしょ。ねえ?」

 

 小夜の問いかけに、如月はいつものように生返事で応えた。

 

「へいへい。相変わらずお熱いことで、ようござんしたね」

 

 早苗は浮かれる小夜の様子を眺めながら、呆れ顔で焼きそばパンを頬張った。一方、如月はようやくスマートフォンを弄る手を止めると、ジャケットの内ポケットにしまい込んだ。その様子を見て、先程から声をかけるタイミングを計っていた奈々が、意を決したように口を開いた。

 

「あのう如月先輩、今回は本当にありがとうございました」

 

 深々と頭を下げる奈々に対し、如月は「僕は別になにもしてないよ」と素っ気なくポツリと呟いた。

 

 相変わらずのツンデレならぬ、ツンドラ対応――有紀は大げさに溜め息を漏らした。

 

「この人が無愛想なのはいつものことだから、あまり気にしないでね」

 

 小夜はすかさず微笑みながらフォローを入れる。その様子はさながらダメ亭主を陰から支える、出来た良妻といった感じであった。

 

「僕が無愛想?……まあ、それはさて置き、妹さんの虚言の原因、その糸口は少しか掴めたのかい?」

 

「いいえ……色々と考えてはいるんですが」

 

 如月の問いかけに、奈々は俯きながら首を横に振った。

 

「因みに虚言が始まる少し前に、何か変わった出来事などは? どんな些細なことでも構わない」

 

 奈々は無言で考え込んだ。そして暫くすると自信なさ気に口を開いた。

 

「今から2か月くらい前になるんですけど……あの子、体調を崩して1週間ほど入院をしたことがあるんです」

 

「入院?」

 

「はい。城南大学の付属病院に……あの時は寂しい思いをさせてしまいました」

 

 両親は共働き、加えて奈々は学校で見舞いに行けない。必然的に平日の昼間は、病室では加奈一人となる。

 

「その寂しい思いが、彼女の虚言を発症させたと?」

 

「分りません。でも変わった出来事といえばそれくらいしか……」

 

「入院してたのは今から2か月前。虚言が始まったのは凡そ1週間前からか……」

 

「あのう……やっぱり何か関係があるんでしょうか?」

 

 奈々の問いかけに如月は「うーん……どうかな」と言って小首をかしげた。そして暫く無言を貫いた後、何かを思い出したように小夜に視線を移してゆく。

 

「そういえば、僕が無愛想だという根拠をまだ聞いてなかったね」

 

 あっ、やっぱ気にしてたんだ……っていうか誰がどう見ても無愛想じゃん。有紀は噴き出すのを堪えながら、その後の展開を無言で見守った。

 

「誰がどう見ても、()愛想で()表情の()精者じゃないの」

 

「ふん、言うじゃないか。だがそっちこそ荒唐()稽な言いがかりや、傍若()人な態度は有害()益にしかならないぞ。後輩女子が2人も目の前にいるんだ、先輩として少しは気をつけなきゃ」

 

 強引に四字熟語で返した。しかも嫌みったらしくご丁寧に ”無 ”まで入れて……言い争いでお兄ちゃんに勝とうとするのは、無理というものだ。私はこれが精一杯……。有紀が一人納得していると、争いの種を蒔いた小夜の眉がピクリと引きつる。一方、如月の方は相変わらずの無表情のままだ。そして程なくして、恋人同士の静かな睨み合いが始まった。

 

「ねえ、早苗さん止めなくていいの?」

 

「いいの、いいの。どうせいつものことなんだから。ねえ?」

 

「ああ、全くだ」

 

 早苗の問いかけに、清水は苦笑いを浮べながら頷いた。そして有紀はその後に続く、二人の丁々発止な言い争いを寄席(よせ)でも見るように心の底から楽しんだ。


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