如月ハルの人間考察   作:はるのいと

10 / 26
第二章「お人好しブルース 3」

 俺のやり方で東間を助けるなんて大見得を切ってはみたが……正直いって全く策が思いつかねえ。如月(あいつ)の口癖を借りると ”皆無” というところだ。ったくこういう時に自分の頭の悪さを呪いたくなるぜ。とはいっても、何にもしない訳にはいかない。

 さて、どうすっかな……取りあえず、早急にやることは一つ。まずは東間に自作自演を止めさせることだ。クラスの連中にバレでもすれば、もう俺の力ではどうすることも出来なくなる。だが言うのは簡単だが、どうやって止めさせる? 暫しの思案――例えばこういうのはどうだろう。

 

 おい、東間っ! お前がやってることは、全てお見通しだっ! そんなくだらねえこと、今すぐ止めろっ! 清水は目の前の気弱そうな少年を見つめる……却下。こんなどストレート言い方じゃあ、かえって事態を悪化させかねない。かといってオブラートに包んだとしても、やつは自分の殻に閉じこもってしまうかもしれん……打つ手なし、早くも万策尽きた。

 

「清水君、なんか今日は元気ないね……」

 

「そ、そうか? 俺はいつもと変わらねえよ」

 

 考えにふけっていると、東間が声をかけてきた。ここ数日、授業以外はなるべくやつと行動を共にしている。理由は自明だ。その甲斐あってか、自作自演の頻度は若干落ち着いてはいた。だが常に東間を監視している、という訳にもいかない。今のままでは、クラスの連中たちが感付くのも時間の問題だ。何か良い打開策はねえのかよ……。

 

「そんなことより、最近はお前への嫌がらせも大分減ってきたな」

 

「う、うん……清水君のおかげだよ」

 

「このまま無くなってくれると、俺も助かるんだけどな」

 

「……そうだね」

 

 この程度のジャブで気付いてくれたら、こっちとしても頭を悩まさずに済むんだけだけど……。清水は軽く溜め息を漏らすと、東間から窓の外へと視線を移した。

 

 

 

 3日が経過した。東間の自作自演は未だに続いている……というよりも、以前より酷くなっていた。俺は気付かないうちに、やつの地雷でも踏んでしまったのだろうか? 廊下を歩きなながら疑心暗鬼にかられていると、図書室から如月が出てくるのが見えた。因みにあの一件から、清水はD組で昼飯を摂るのを止めていた。全てを終わらせるまでは――それは彼なりのけじめでもあった。

 

 如月は小難しそうな本を小脇に抱えながら、こっちに向かってくる。相変わらずの活字中毒だ。そんな思いを胸に、清水も彼のほうに歩みを進めてゆく。

 

救出作戦(・・・・)の進展具合は?」

 

 先に口を開いたのは如月のほうだった。彼は相変わらずの低く良く通る声で、清水を見据える。

 

「上々だ、なんの問題もねえよ」

 

「そうは見えないな。むしろ以前よりも酷くなってると思うけど?」

 

 ぐうの音も出ねえ……この変わり者の友人が言う通り、事態は悪化していた。俺は一体なにを間違えた?

 

「興味がないわりには、随分と詳しいな?」

 

「興味がなくとも、噂というものは嫌でも漏れ聞こえてくるもんだよ」

 

 相変わらず口が減らねえ……。

 暫しの間、無言の睨み合いが続いた。そしてその沈黙を破ったのは、今回も如月のほうだった。

 

「イジメの自作自演――大概の理由は注目を集め、同情心をあおるのが目的だ。では何故にそんなことをする?」

 

「寂しかったから……助けてくれる友人が欲しかったからだろ」

 

「そうだ。自作自演が酷くなったのには必ず理由がある。そして間違いなくその原因を作ったのはキミだ。よく思い出せ、何気なく言った一言が彼を暴走させたんだ」

 

 何気なく言った一言……。清水は瞳を閉じて考えを巡らせる。 ”このまま無くなってくれると、俺も助かるんだけどなあ……” 3日前、俺は教室であいつにそう言った。今から思えばあの時、東間は不意に悲しそうな表情を浮かべていた。この件が片付けば、清水は自分のもとから離れてゆく。あいつはそう思ったのかもしれない……クソッたれっ! 何でこうもデリカシーがねえんだよ、俺ってやつはっ!

 

「どうやら原因が分ったようだな。では友人からの忠告其の二だ。一刻も早く彼に自作自演を止めさせろ。そろそろキミのところのクラスメイトたちも、陳腐なからくりに気付く頃だ。そうなったら、もう彼を救うことは出来ない」

 

 如月が一気にまくし立てると、清水はそんな彼を静かに見据えた。相変わらず素直じゃねえし、愛想もねえ。あの三島がやつをツンドラっていう気持ちが痛いほど分る。だけど、ここぞって時にはすげえ頼りになる……。

 

「お前に言われなくても分ってるよ」

 

「そうか」

 

 如月は満足そうに、ニヤリと口角を上げた。丁度その時だった、背後から清水を呼びかける声が聞こえてきた。彼が振り返るとクラスメイトの一人が、血相を変えて走ってくる姿が見えた。何かあった――清水は直感的にそう思った。彼の予想通り、クラスメイトが伝えてきた話は最悪なものだった。東間の自作自演がバレた。いいや、厳密に言えばバレてはいない。だがクラスの連中は、あいつを疑って掛かってるらしい。

 

「どうやら、遅かったようだね」

 

 遅かった……如月の言葉が頭の中で木魂した。いいや、まだ一つだけ方法がある。 ”しかも、それはとてつもなく簡単だ” 以前、如月が言ったセリフを清水は心の中で呟くと、自身に喝を入れながら東間が待つ教室へと急いだ。

 

 教室に到着すると予想通り、東間はクラスメイトたちから、吊し上げをくらっていた。清水は慌てて彼の無実を訴える。だが当然ながら、クラスメイトたちは納得しない。

 やっぱり、最後の手段を使うしかねえか……。彼は覚悟を決めると、スーっと大きく息を吸い込む。そして肺に空気が満たされたのを確認すると、大声でこう叫んだ。

 

「犯人は俺だっ!」

 

 静まり返る教室――あ、あれ、何この空気? かなりの核爆弾を投下したんだけど、この疎外感は一体なんだ? 清水はクラスメイトたちを見渡す。すると皆一応に、呆れ顔を彼に向けていた。

 

「お前なあ、庇いたいのは分るけどさあ…… ”犯人は俺だっ!” はねえだろ。今時、小学生だってもう少しマシな嘘つくぜ」

 

 クラスメイトの一人が清水に苦笑いを向けた。すると殺伐としていた空気が一気に和らいでゆく。その時だった、先程から俯いたままだった東間が、静かに口を開き始めた。

 

 東間は今回の一件のことを、涙ながらに謝罪した。その真摯な態度にクラスメイトたちも、真剣に彼の話に耳を傾けた。自作自演をするようになった切っ掛けは、中学一年の時だった。当時、クラスメイトだった男子生徒に彼は上履きを隠される、という悪戯をされたそうだ。クラスメイトたちは、犯人である男子生徒を糾弾した。そして逆に彼には優しい声をかけてきた。そう、今回のように。

 

 可哀そうな自分を演じれば、皆が優しくしてくれる。彼はその時にそう思ったそうだ。そんな事をしても、本当の友人が出来る訳じゃない。その後も、後悔と自己嫌悪を抱えつつも、自作自演を辞める事は出来なかった――東間は涙を拭うと声を詰まらせた。

 

「清水君、本当は分ってたんだよね? それなのに気付かないフリまでして……こんな僕の為に」

 

 東間……。

 

「謝って済む問題じゃないと思うけど……」

 

 東間はゆっくりとその場にひざまずいた。すると清水は咄嗟に彼に駆けよると優しく体を抱き起こした。

 

「お前の気持ちは分った。だから土下座なんてすんな……だろ?」

 

 清水の問いかけに、クラスメイトたちも頷きながら同意した。紆余曲折あったが今回の騒動は、これにて無事終了の運びとなった。因みに担任への報告は、クラスメイトとの協議の結果、犯人不明で通すことになった。

 

 それからひと月余りが経過した頃、東間の転校が決まった。父親が商社務めらしく、転校は慣れっこだよ、と彼は清水に笑顔を向けた。そして別れの日、東間は意を決したようにとある告白を清水に告げた。

 

「あの時の僕の謝罪なんだけど実は……実はあれは全て如月君の演出だったんだ」

 

「如月の?」

 

 清水の問いかけに東間は悪戯っぽく頷いた。そして事の真相を、微笑みながら語り始めた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。