GATE SF自衛軍彼の地にて斯く戦えり   作:炎海

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海だ!夏だ!今さらだ!

今回はまあ、改変できるとこ少なかったんですよね。
そのため色々不整合な面が出てるかもしれませんが、見ないふりしてそっと教えてください。
いつも感想、楽しく読ませてもらっています。


投稿直後に卿を郷にするミス発覚
ハズイ………………。


第四話 前夜 未だ知らぬ思い人

帝都元老院議事堂、円形に作られた石造りの建物に、およそ三百人のいかめしい顔つきの男たちがいた。彼らは帝国を支配する元老院議員達であり、今この議会も、まさに帝国のこれからを決めるものであった。

 

 「此度の遠征、大失態でしたな皇帝陛下。帝国の保有する総戦力、その六割が失われたというこの損失。皇帝陛下は一体どのような策をご講じになられるのか?そして、一体どのようにこの国をお導きになるおつもりですかな」

 

 議事堂中央に立ち、皇帝モルト・ソル・アウグスタスへ糾弾の声を上げるのは、元老院議員カーゼル侯爵である。

 

「残りの遠征軍による再侵攻も失敗。兵の殆どが死ぬか捕虜となり、肝心の門とアルヌスの丘は敵に占拠される始末。奴等は今にでも、この帝都へ進軍を始めるやもしれませんぞ」

 

 彼が糾弾するのは、鳩派からの「まず外交交渉をもって敵を探るべし」という意見を無視し、遠征軍を向かわせたことである。

 

「数人ばかりの住民をさらって調べ、敵が軟弱であり怯懦であるなどと決めつけるのはやはり早計でした」

 

 カーゼル侯爵は身分のあまり高くない貴族の出身であり、それゆえに自らの努力により掴んだ元老院議員という職務に高い誇りを持っていた。彼の皇帝への言動の苛烈さには、自らが元老院におけるリベラルの一角であるという強い意思があった。

 しばらく糾弾を聞いていた皇帝であったが、少し息を吐くと、口を開き始めた。

 

「カーゼル侯爵、卿の心中は察する。此度の遠征により帝国の他国に対する軍事的優位は失われた。そして卿らは帝国に服した外国や諸侯が、今に槍先を揃えてこの帝都へ進軍してくると思い、……夜も眠れぬのだろう?」

 

 そうあざ笑うように言い切ると、皇帝は口元に薄笑いを浮かべ言い放った。

 

「…………痛ましいことよな」

「なに、なにをおっしゃる?」

 

 疑念を浮かべるカーゼル候へ、まるで諭すかのような声で皇帝は言葉を続ける。

 

「我ら帝国は幾多もの危機に瀕した際、皇帝、臣民、元老院、女男老人子供そのすべてが……。そのたびに一丸となって乗り越え、更なる発展を遂げてきたのだ」

 

 そう、それこそが帝国の歴史。かつて小国であった帝国が大陸一つを飲み込むまでにした過程を、ここにいる者は皆、誰に言われずともわきまえているのだ。

 

「戦争に百戦百勝など無い、ましてや常勝の将などな。ゆえに此度の遠征の責は問わぬものとする。…………まさかこの危機に、誰がその責を負うかなどということで裁判ごっこを始めるものなどおるまいな?」

 

 その言葉に議員たちからざわめきが走る。

 カーゼル侯爵は内心で舌打ちをした。現場の将帥の責を問わぬとなれば、皇帝の責を問うことも出来ない。上手く責任を逃れたものである。

 苦渋の表情でその場を下がると、皇帝はなおも言葉続ける。

 

「さて、此度の遠征において我々は、選りすぐりの軍勢を差し向けた。兵士に魔導師、怪異、そのすべてが精鋭の中の精鋭であり、それを指揮する将もまた優秀な者達であった。がしかし、遠征軍は壊滅し門のあるアルヌスの丘は逆に奪われた。これが此度の結果である」

 

 そうくくると皇帝は、アルヌス奪還を指揮した老将ゴダセンに、当時の様子を語るよう命じた。

 

「わしらは丘を奪還せんと騎兵を率い進軍した。逃げ延びたもの、侵攻せず控えていた軍、丘の上に構えていた敵兵などとるに足らんほどの数で攻めいったのだ。だが、そのすぐあとに我らは木の葉を掃くか如く叩き潰された。やつらの武器か魔導か、あるいは怪異の技か。パパパッ!という音と共に馬は倒れ、兵士は肉塊と化していた。……わしは何十年と生きてきたがあんなものは初めて見たわ!!わしらが得た情報はそれと、奴等が見たこともない怪異を使役しとるということだけじゃ!!」

 

 その報告に議事堂内が騒然となる。ゴダセンは決して無能ではなく、ここにいる議員達も彼を信用している。それ故に、彼らに与えた衝撃は大きかったのだ。

 議会内に様々な憶測や意見が飛び交う。そのなかで禿頭の老騎士、ポダワン伯がひときわ大きな声で叫んだ。

 

「戦えばよいのだ!!逆らう属国はすべて滅ぼし、その勢いで異世界の軍勢も滅ぼしてしまうのだ!!」

 

 あまりに強引過ぎる意見である。だが、何人かの議員はそうだそうだと野次を投げる。帝国は過去にも似た行為を他国に対して行ったことがあり、それを支持するものも現れる。しかし、同時に非現実的だと非難を叫ぶ声もあり、議事堂内はさらに混迷を極めた。

 

「兵が足りなければ属国から、物資が足りなければその村々から供出させればよいのだ!!いくら敵の技が優れようとも、当たらなければ造作もない、奴等を矢避けにでもして攻め込んでしまえばよいのだ!!」

「ふざけるな!!各地の防衛はどうするのだ!」

「そもそも奴等が従うものか!」

「引っ込め戦争バカ!」

「なにおうこいつめ!」

「ハゲ!」

「汚デブ!」

「○○○の、□□□□が!!」

 

 皆が口々に罵倒や暴言を撒き散らし、もはや乱闘もかくやという有り様となる。いよいよ議論という名の罵りあいが白熱し、誰かが拳を振り上げかけた頃、議事堂内に手を叩く音が響き渡った。

 野次の飛ぶ元老院内でも響き渡る音、その音を響き渡らせた張本人である皇帝が口を開き、議事堂内は一気に静まり返る。

 

「さて、敵は決して貧弱ではなく、強力な兵、あるいは魔導や怪異を保有するかもしれぬ。ゴダセンよ、どのようなものであったか?」

「はっ、我らが見たのは城塞もかくやという大きさの巨人でございました。さらにはその足元にも人とは思えぬ巨躯の異形どもがたむろしておりました。」

「なるほど、それだけの軍ならば苦戦するのも無理はない。しかし、そうといえども放っておけば奴等はじきにこの帝都へ攻めいって来るだろう。故に、余はここに『連合諸王国軍』を糾合する事を提案する!」

 

 その言葉にまた議会はざわめく。『連合諸王国軍』とはかつて帝国と諸王国が、異民族へ対抗するために作り上げたものである。

 

「しかし陛下、諸王国が素直に従うとは……」

「なに、大陸全土が狙われているとでも伝えれば、彼の者達も動かざるを得ぬだろう」

 

 カーゼル侯は皇帝が、一体何を目的にそれを提示したか思い至り、そのあまりの考えに血の気が引いた。

 

「へ……、陛下。アルヌスの丘は、人馬の骸で埋まりましょうぞ」

「なに、余としてもこの戦の勝利を期待する。しかししかし、敵はそれだけの強大な軍、いかに連合諸王国軍とて苦戦は免れまい。そして…………、万一に甚大な被害が出れば、それはとても悲しいこと。力を失った国々には、それらを統べるだけの勢力が必要よなぁ」

 

 そう、皇帝はアルヌスへ攻めいるためだけに連合諸王国軍を糾合するのではない。彼らが異世界の軍を打ち破ればそれでよし、万一敗北しても、帝国に翻意を持つ逆賊の芽を摘むことができるのだ。それも帝国が血を流すこと無くである。

 彼ら鳩派はその事に絶句し、生け贄となるであろう諸王国軍の身を心の中で案じた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

特地、門周辺地域

 

 特地にて門周囲の安全を確保してから早数日。特地派遣軍は施設科の隊員を中心に、今日もフル稼働で拠点構築にいそしんでいた。作業用の機材が唸りをあげ、資材を担いだ隊員たちが駆ける。そんな中、陣地防衛を担当する第五戦闘団所属となった伊丹は、終了した警戒任務を引き継いで、休憩に入っていた。

 

「があぁぁぁぁぁあ!つっかれたぁぁぁあぁぁぁ!!」

 

 警戒任務である以上、常に集中をしていなければならない。無人機等の発達により敵影の発見は簡単になったが、それでも最終的には人の眼が必要となるのだ。伊丹は無人機の操作の担当ではないが、それでも自分たちの初動が防衛に少なからず影響する以上、下手に手を抜くこともできないのだ。結果彼にはらしくないことに、真面目にやらざるを得ないこととなったのである。

 

「ほんと人は選んでほしいよ。よりによってなんで一番ちゃらんぽらんな人間に任せるのかなあ……。おかげで同僚から気持ち悪いもの見るような目で見られて、最後なんて『おまえ、もうすぐ死ぬのか?」、みたいな顔されたしさあ……」

「それだけ頼りにされてるのでは?それに、なんだかんだで仕事はしてたみたいですし?」

「疑問形だねぇ……」

 

 彼の隣には泉が座ってコーヒーを飲んでいる。彼女も偵察行動が終了し、休憩に入っていたのだ。

 

「なあ、泉さ……ちょっといいかな?」

「なんです?」

 

 疲れのせいか、死んだ目で遠くを見つめる泉に、伊丹は先ほどから気になっていた問いを放つ。

 

「いやまあすぐに任務があるのはわかるから着替え云々は言わないからさ。けどね……、せめて隠すとかしないの君?」

 

 伊丹が指摘するのは、彼女の格好のことであった。

 通常戦術機のパイロットは専用の強化装備が支給され、これを着用しなければならないのである。これは使用者の生命維持機能や耐衝撃、間接思考制御に必要なものであり、そもそもこれなしでは戦術機の機動に耐えられず、操縦すら危ういのである。それだけ優秀な装備であるのだが、一つだけ問題があった。

 そう、それは身体のラインが丸見えになってしまうということである。仕様なのか何なのかは知らないが、素材として使われているのは極薄の特殊保護被膜であり、身体のラインがもろに出てしまうのである。無論これには事故率の高いが故の負傷個所の早期発見などの理由があり、断じてセクハラなどではない。そのため、養成課程においては羞恥心の鈍化などがある始末である。

 しかし、そんな訓練なぞ受けていない普通科の隊員からしてみればたまったものではない。むさい筋肉野郎ならともかく。若い、それも身体つきの良い女性であれば尚のことである。事実、通りかかった隊員の何人かが、前屈みになりながら通り過ぎて行ってるのだ。

 

「あー、うん。もうなんていうか、いちいち取りに行ったりするの面倒でさ。どうせまたしまいに行かなきゃってならもうこのままでいいかなって。何かが減るわけでもないですしー」

「あー、そう。そっちもお疲れー」

 

 少なくとも女性としての何かが減る気はするのだが、この様子だといっても無駄だろう。何より任務明けで疲れている伊丹には、その気持ちが少しわかってしまうのである。普段の敬語もかなぐり捨ててる当たり、相当疲れているのだろう。

 

「しかし敵さんも大概だねえ。えーと、一昨日で何回目だったっけ?」

「三回目……、ですね。人型の敵に限定すればの話ですけど」

「確か概算で敵の死者六万人だってさ。一度目と二度目は正面、三回目は夜襲、敵の方も徐々に学んでいるようだけど、明らかに犠牲の方が多い。……ちょっとした都市一個分の人口がなくなってるんだよ。これで一体敵さんはどうするんだか……」

 

 伊丹が考えるのは、敵の殉死者の数である。現代日本においても六万という人数は尋常ではない。ならば全く違う世界である向こうの国はどうなのか?わからないが、少なくとも尋常な被害ではないだろう。例として東日本大震災の死者数が約1万人半であることを思えば、どれだけ異常かがよくわかる。

 

「死体の中には、まだ子供くらいの容姿の奴もいたし。もしそういう種族とかなんじゃなくて本当に子どもだとしたら、それこそ子供を戦場に出す国なんていよいよ末期だろ?」

 

 大の大人ならともかく、子供の死体を回収して埋葬するのは気が滅入る。と伊丹は加える。

 死体は放っておけば疫病等の事態を引き起こしかねなく、また隊員の精神衛生的にも悪い。現在の伊丹たちの仕事には、この防衛で死亡した敵兵士の埋葬も含まれているのだが、これが中々面倒なのである。何せ派遣軍全員の数倍の人数が存在し、埋葬に割ける人数もそう多くないのだ。なにより無人機等に任せるのは倫理的にまずい。そのため、手の空いてる自衛官が交代で埋葬作業に当たっていた。

 

「敵が自分でやってくれればいいんですけど、全滅しちゃってますからねえ。そういやその件を受けて、いくつかの深部偵察隊が作られる話も出てましたっけ?」

「あー、そういや倉田がケモ耳っ娘探しに行きてー、って話してたわ。冗談はともかく、確かにこんな様子だと敵の情報の調査は急務だよな」

「それだけじゃなく風習や宗教なんかも、賠償にしろ和平にしろ、そこのとこを知ってなきゃ話になりませんからね」

「もしできたら大変そうだよあ。何せ言葉もほとんど通じないんだから」

 

 そう、現在に至るまで、敵言語の完全な解読は未だできていないのである。勿論、ある程度の解読は進んでいる、片言な意思疎通であれば可能だろう。しかし、成功したはずの翻訳が間違ってるかもしれず、それを証明するには実際に使うしかないのである。しかし、情報源である敵の捕虜とは未だに上手くコミュニケーションが取れず、間違ったまま使用すればすれ違いからの争いを招く恐れもある。そのため、早期の文化調査が望まれるのだ。

 

「そう言ってると、伊丹さんに命令が来るかもですよ?」

「俺にぃ?まっさかあ」

 

 そう言ってからからと笑う。そうして話してるうちに時間が経ち、二人の戦士はまた元の戦いへ戻ってゆく。

 

 

 

 

 

 伊丹が直属の上官である檜垣三佐に、深部情報偵察隊の第三偵察隊隊長を命じられ、フラグの重要性を嘆くのはもう少し先の話である。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 栗林志乃二等陸曹は人間兵器である。それが、彼女の所属していた自衛軍体育学校内で共通の認識であった。

 『義体殺し』『栗林殺法開祖』『鋼の女』、様々な名で恐れられていたのはひとえに、彼女の白兵戦での強さが所以であった。かつて脱柵が起こりその追跡任務を受けた際、彼女は追跡対象である義体化しているはずの自衛官を、なんと素手で無力化したのである。脱柵した自衛官は決して無能ではない、訓練でも優秀な成績を残しているものであった。彼が脱柵したのは、やむにやまれぬ事情あってのことであったのだ。そして、現在の軍用義体は、出力も耐久性も、生身の人間をはるかに凌駕する。ここで知っておいてほしいのは栗林が、電脳以外の一切の義体化処置を行っていないという点である。強いて使用したものといえば、拘束するための電脳錠くらいであろう。それ以外は一切、武器はナイフすら使用せずに完封してしまったのである。

 そんな栗林が特地派遣を志願したのは、やはりというか強いものにあこがれてのものであった。

 彼女はかつての上官をして、「奴はただの脳筋ではない。頭のすべてを殴るために思考する、考える脳筋だ」と言わせるほどである。なまじほかの脳筋と違って、深く考えたうえですべて殴るを選択するからタチが悪いのだ。

 それゆえか、自衛官になったのち彼女が行った思考は、後に友人たちを絶句させるものであった。

 

「自衛軍とは強い男たちがいる場所だもん。なら私も強くならないと結婚だってできないよ」、と。

 

 そんな意味不明な思考の結果、気が付けば彼女は求婚どころか畏怖の視線を向けられる存在となっていた。勿論栗林自身も、その程度で尻込みする男など論外である。それ故に彼女は、更なる強い男を求めて最前線へとやってきたのである。

 そんな彼女が、『二重橋の英雄』と呼ばれる人物。伊丹耀司に興味を抱くのは当然であった。

 

「ふふっ、どんな人なんだろうなあ……。伊丹隊長♪」

 

 そして彼女は今、願いが叶いあの憧れの『二重橋の英雄』が新しく率いる、第三偵察隊の一員に抜擢されたのだ。このときの栗林の顔は、まるで意中の男性に告白されたような乙女の顔をしていた。その時の様子を見ていた檜垣三佐が、彼女の様子を哀れむかのように見ていたことも、栗林は全く気にならなかった。

 

 「ふんふんふふーん、ふんふふーん」

 

 鼻歌すら交え、殆ど上の空で歩いていた彼女が人とぶつかるのは、ある意味で自然だったかもしれない。

 全面に衝撃が走り、栗林の思考は現実へ引き戻される。

 

 「ーーうわぁっ!ごめんなさい。怪我はないですか?」

 

 憧れの自衛官に出会ったとき何を話すか、どんな質問をするか考えていた栗林は、前からヨロヨロと歩いてきた人間に気が付かなかったのである。

 これがいざこざの英訳を冠するギャグ漫画などであれば、栗林の凶器にすら喩えられる乳は揉まれ、相手が血祭りにあげられるであったろうが。今の栗林にそんな隙はない。

 幸い向こうも大したことはなかったらしく、少しのけぞっただけであった。

 

「……ん?ああ、そっちも大丈夫かい?」

 

 栗林が激突したのは、壮年の自衛官であった。風貌はお世辞にもかっこいいとは言えず、死人のようにも、お通夜のようにも見える雰囲気のせいで余計にそれが際立つ。だが、栗林が注目したのはもっと別の場所であった。

 これだけのやる気の無さでありながら、栗林と正面から激突し、少しのけぞっただけであった程度で終わったことである。

 

(義体適用者ね、間違いなく)

 

 栗林は全身生身であるが、義体に理解がないわけではない。手足を失った人間の悲しみを、彼女はよく見てきたからだ。

 だが、それ故に彼女は安易に義体化するもの、或いは義体の性能に胡座をかく者へ嫌悪を示していた。それは、自身が義体を素手で倒せるほど強くなって、さらに増していたのだ。なぜ努力をしないのか、なぜ機会を無駄にするのか、全身義体の隊員たちが怠けている姿をみると、栗林はいつもやり場のない怒りに襲われるのである。

 それ故に目の前の覇気のない男に対して、ある意味で理不尽とも言える怒りをとっさに抱いてしまった。

 いつもであれば冷静な判断が出来ただろうが、今の彼女は人事のことで少々舞い上がってしまっており。咄嗟に説教を初めてしまった。

 

「あなた……、もしかして義体適用者でしょう?」

「………?まあ、そうですけど。それがなにか?」

 

 その言葉に、やはりと栗林は形のよい眉を吊りあげる。

 

「………やっぱり!なんなんですかその覇気の無さは!?疲れたなんて言葉受け付けないわよ!!」

 

 突然のことに動揺する男性。しかし、栗林はなおのこと続ける。

 

「だらしないわね、仮にもサイボーグなんだからもう少し頑張りなさいよ!そうやっていつもいつも努力するべきときにしない奴を見てるとイライラするのよ!!」

 

 サイボーグだから。普段の栗林なら絶対言わないような言葉まででてくる。それはなにも、舞い上がっていたからだけではない。

 栗林はこの特地に来るまで、派遣軍に尊敬に近いものを抱いていたのだ。正体の知れない敵であろうとも、自らの危険を省みること無く戦う姿勢に感銘を受けていたのだ。そのため覇気のない同僚の姿を見ると、自分の希望は馬鹿だったのではないのかと思ってしまったのである。無論それは身勝手な希望であるし、その事は栗林自身がよくわかっていた。だが、割り切りというのはそう簡単に出来るものではない。

 そうして栗林の説教はどんどん白熱していきそして…………。

 

「もし、もしもこれが『二重橋の英雄』だったら……」

 

 そう続けようとして、栗林ははっと我に帰る。自分が『二重橋の英雄』のことを語るなどおこがましいこと、先程から様々な失言をしたことに気づき、徐々に顔が赤くなっていく。

 

「ええと……」

 

 気まずい沈黙のなか、さっきまで栗林の罵声のような説教を受けていた男が声をあげる。

 

「……その、『二重橋の英雄』っていうのは……」

「ごっ、ごめんなさいぃぃぃぃいぃぃ!!」

 

 その場にいることができず、栗林は一目散に駆け出していった。説教気取りで暴言を吐いたこと、ろくな謝罪もしなかったこと。穴があったら入りたい、いっそ穴があったら入りたい衝動に駆られ、その日の栗林の課業は失敗続きであった。

 

 

その夜

 

 

 栗林は簡易官舎のベッドのなかで一人、打ち上げられた魚のように悶絶していた。その様子は、一緒の官舎の住人が皆、気味悪がって近づかないほどであった。

 

(うがぁぁぁぁぁあぁぁあ!!やっちゃったやっちゃったやっちゃったぁぁぁぁぁ!!)

 

 内容は当然自己嫌悪、今日の日中のあれである。確かに栗林は怠ける隊員が、特に伸びしろがありながらそれを棒に振る人間が嫌いだ。だが義体化するのは何も自分の意志でだけではない。人によってはやむを得ず、全身を義体化した人間もいるかもしれない。その例を自分は見てきたはずなのに、そのことを忘れて暴言を吐いてしまった。それが、栗林にとっては何より許せなかったのだ。

 

「ううぅ……、最悪だぁ。私最悪の人間だぁ……」

 

 課業終了後も結局謝る相手は見つからず、こうしてベッドで悶絶する他無かったのである。

 そうしてベッドでのたうつのやめて少しした後、彼女に声をかける女性がいた。

 

「栗林二曹、落ち着かれましたか?」

「……ん、クロ。どうかしたの?」

 

 彼女は黒川二曹、栗林と同じ第三偵察隊に配属されたWACである。

 

「よろしければ何があったか、ご相談に乗りましょうか?」

「え……?」

「一人で悩むよりも誰かに聞いてもらった方が、案外解決しやすいかもしれませんよ?」

 

 栗林は少し迷う。なぜなら、これは自分の壮絶な自爆だからである。しかし、一人で悩んでいてもどうにもならないのも事実だ。

 

「わたくし達は同じ隊です。だから、私になら相談しやすいかとおもいまして……」

「そっか、…………うん、ありがとうクロ」

 

 そうして、栗林は黒川に自分が思い悩んでることを話す。しばらく何も言わず聞いていた黒川は、話し終わった後に少し考えたのち、口を開いた。

 

「まあ、ほぼ全面的にクリが悪いですわね」

「でしょうね……」

 

 遠慮なくぐさりと刺さる一言であった。

 

「ですがまあ、名前を知らないのでは謝ろうにも何もできないでしょうね」

「そうなのよね。あとわかっているのはたぶん全身義体ってことくらいかな……」

「どうしてわかるのですか?」

 

 黒川は首をかしげる。確かに現在は技術の向上で、ぱっと見では人の義体率というのはわかりづらい。それこそ見た目が意図的に変わっているのでもなければだ。

 

「一応あの時、それなりの大きさでぶつかったの。それこそ驚くくらいには。それでこけるどころかゆっくりとした反応しかしないなんて、それこそ全身義体か、それに近いくらいの義体化率だろうし」

 

 かなり暴力的ではあるが、一応栗林の意見は理に適っている。そして、相手が全身義体ということは……。

 

「なるほど、もしかしたらその方、見つけられるかもしれませんわ」

「----っ!?本当!!」

「ええ、腕や足だけ、あるいは複数の部位という方は多くても、全身義体となればやはり限られてきます。それでも数千人以上はいるでしょうが、その時勤務外だった自衛官を当たれば、調べはつくかもしれません」

「そっか、ありがとうクロ!!やっぱり話して正解だったよ!!」

 

 今にも黒川に抱き着きそうな顔をして喜ぶ栗林。どうどうとなだめつつ黒川は続ける。

 

「ですが、明日からは偵察任務もあります。調べるのはしばらく日が経ってからになってしまいますね」

 

 その言葉に、栗林は一気に萎れる。

 

「そっか……、そうだよね。大丈夫かな……」

「何の報告も呼び出しもないのなら、向こうが忘れてしまっているかもしれませんわね。少なくとも、すぐに謝らなければということは無いでしょう」

 

 そういう黒川に、そういうことじゃないんだけどなー、と答える栗林。

 

「はあ……。うん、よし!とりあえず明日からは切り替えよう!!うじうじしていても仕方ないしね」

「そうですわ。では、明日からよろしくお願いしますわね」

「まかせてよ!!」

 

 時計を見れば、もう直ぐ消灯時刻である。明日のために備え、二人はすぐに寝ることにし始めた。

 布団の中で栗林は彼のことを思う。

 

「『二重橋の英雄』伊丹耀司、………いったいどんな人なんだろうなあ」

 

 栗林は頭の中で、精悍かつ屈強な軍人を思い浮かべ、夢の世界へ旅立っていった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「うっひょう、これ欲しかった新作の同人誌じゃん!!」

「手に入れるの苦労したんですよ。会場設営手伝って、サクチケ譲ってもらったんですから」

「うおお……、まじかよ。なあ!なあ!これ少し借りていいか!!」

「構いませんけど……。そうだ伊丹二尉、確か『めい☆コン ドキドキ!!愛と魔法のクッキング』の限定版持ってましたよね?」

「……知っていたか。よし!ならそれで手を打とう!!」

「うっしゃあ!!」

 

 お互いに手をがっしりと握り合い、不敵な笑みを浮かべるおっさん二人。

 

 「幸せの絶頂から落とされる絶望もまた格別」とは、いったい誰が言っただろうか。

 

 栗林の夢の果ては、もう直ぐそこであった。

 

 




用語解説

『強化装備』
様々なものを指し示すが、ここでは戦術機操縦士用のものを解説する。
戦術機用周辺装備の一つであり、高い伸縮性を持つ特殊被膜で主に形成される。
戦術機の機動に耐えるための耐G性能のほか、生体モニタや各種電子機器等を内蔵し、脳波と体電流による戦術機の間接制御の役目も果たす。そのため、戦術機搭乗においては必須ともいえる装備品である。
なおその性質から身体にぴったりとくっつき、ボディラインがくっきりと見えてしまうが、これは事故率や撃墜による負傷の際、いち早く患部を発見することが可能とするためである。
気密用のヘルメットを装着することで、人体に有害な場所での活動も可能となる。
(元ネタ:マブラヴシリーズ)

『電脳錠』
電脳化が主流になった際に開発された、いわゆる電脳へかける手錠のようなものである。
基本的に使用には非対象者のQRSプラグ(電脳に優先で接続するコネクタ。大概はうなじのあたりにある)に直結することが必要であるが、そのぶん効果は強力であり、生命維持以外の一切の電脳機能をロックさせられる。この状態で電脳のロックを解くことは理論上は可能であるが、自前の脳のみで暗号全てを解くことはほぼ不可能に等しい。
(元ネタ:イノセンス)

『無人機』
いわゆる遠隔操作や自立駆動で動くロボット。その形状、目的は様々であるが、基本的に偵察や警邏などに使用される。戦闘用も存在するが、衛星通信が不可能であり、敵性識別が困難な特地ではほぼ使用はアルヌスの丘等に限られる。
(元ネタ:色々あるが今回はサイコパス、およびメタルギアシリーズを参考)

『めい☆コン ドキドキ!!愛と魔法のクッキング』
人気アニメ、『めい☆コン』の携帯ゲーム用ソフト。
電脳通信が発達した現在でも物質的なデバイスは需要を持ち、本作は『project mei☆kon』の初代作品である『めい☆コン』の久しぶりの新作ゲームである。
他にも『めい☆コン シュバイン!』とか『トゥーレン♪めい☆コン』とかあるがこれ以上は色々やばいので割愛する。
(元ネタ:ゲート 自衛隊彼の地にて斯く戦えり)


うーん、流石にクリボーの下りは強引すぎたでしょうか?ただ、このシーンは書いておきたかったので(あと前半の補填)、多少強引にでも入れさせていただきました。
元老院の部分も、これカットしていんじゃね?と思いましたが、入れないと話がわけわからんくなるため残させていただきました。
めい☆コンネタ、自分でも酷い自覚はあります。……綴りあってるかな?

なお、本作で戦術機操縦士のことを衛士と呼ばないのは意図的です。不快に思われる方がおられれば、その辺はご容赦ください。

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