GATE SF自衛軍彼の地にて斯く戦えり   作:炎海

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新春を寿ぎ春の彼岸の頃うららかな好季節を向かえ晩春を一時雲の晴れ間の青空も懐かしく暑気厳しき折柄残暑厳しき折まで片足突っ込まなくてよかった……。

はいすみませんしばらくスランプにかかってました。決してブラボが楽しかったとかニーアプレイしてやる気が戻ったとかそんなんじゃないんです。Fateの二次創作書いてたとかスカイリムで構想練っててやる気なくしたとかそんなんでもないです。

しばらくぶりの拙作ですが、楽しんでいただけたら幸いです。


第二十話 鬼さんこちら、暗闇の中へーLet's play tag.

「ん……?」

 

 衣擦れの音が聞こえ、伊丹は目を覚ました。見渡すとそこは旅館の部屋、皆で酒盛りをした後、そのまま寝入ってしまったのだ。

 

「いてて……、頭がじんじんする」

 

 伊丹の隣には、大の字になって栗林が寝こけている。思い出した、彼女のアッパーが伊丹の顎に入った後、そのまま彼女は寝入ってしまったのである。伊丹自身も疲れていたがゆえに、衝撃で倒れたままいつのまにか寝てしまったのだ。

 

「酔いが回ると頭がボケていかんな。酒とたこわさは無性に合うからつい飲みすぎちまった……」

 

 周囲を見渡すと、皆あちこちで寝こけていた。どうやら、全員が眠ってしまったことで、酒盛りはお開きとなってしまったようである。

 もう夜も深い、改めて眠ろうかと考えた伊丹は、ふと窓の外を覗く人影に気が付いた。

 

「ロウリィ?」

 

 はっきりとは断定出来ないが、レレイは近くで寝ている。となると背丈に合う人物はロウリィくらいだろう。だが、人影は応じることなく窓を見続けていた。

 

「どうかしたのか?こんな夜中に」

 

 不思議に思いつつもそう問いかけると、彼女は答えずに、ほぅと溜め息を吐く。

 ……何かが違う。窓辺に座るこの女は一体誰だ?疑念を浮かべる伊丹を置いて、彼女は物憂げに椅子へ身体を預けながら、ゆっくりと言葉を紡ぎだす。

 

「ヘカテーは動き出したわ。モルモはすぐ傍まで、ランパスの灯りを頼りに近寄って来ている」

 

 その言葉を、伊丹はぼうっと聞いていた。それは聞き覚えのある、懐かしい声だった。

 窓辺の彼女が席を立ち、伊丹の元へ歩み寄る。そのまま膝をつくと、その身体へ垂れかかった。

 目の前の長い髪から漂う、柑橘系の香りが鼻孔をくすぐる。白魚のような指が彼の胸板を這い、邪魔な布を解いていく。その動作をされるがままに、伊丹は彼女の腰へ手を回した。

 

「相も変わらず、男の扱いが上手いことで……」

「ふふっ、好き者ねぇ貴方も……」

 

 冷徹に見下ろす顔を撫でながら、彼女は妖艶な笑みを浮かべる。すでに彼女は伊丹の上へ、跨ぐように腰を下ろしていた。

 

「良いのよ、したいようにして」

「後を考えただけでゾッとするさ」

「もうっ、無粋な考えね」

 

 そう言うと、彼女は胸板から手を離す。そして、その手をそっと下ろしていった。

 

「ねえ、知ってる?スクブスは男の理想の姿で現れるのよ?」

「ああ、もちろん。ところで俺のカルーアは誰が飲んだのかな?」

「あらつれない。私は本物の方がいいわ」

 

 そう言うと、彼女は伊丹の後ろへ腕を回す。そうして自分の身体を寄せると、そのまま吸い付くように肌を重ねた。

 

「人肌、久しく感じていないでしょう?今夜は如何かしら?」

 

 淫靡な笑みと、潤んだ瞳。上気した頬から吐く息は、媚薬のように脳を狂わせる。並の男であれば否応なしに溺れるそれは、だがその実は致死の猛毒だ。

 

「『スクラサス』。俺は今のところ、カマキリの夫になるつもりはないな。だが望みと言うなら『ミルク』が欲しい、小皿一杯のミルクだ」

「失礼だわ、昆虫に例えるなんて。でも良いわ、許しましょう。そうね、お望み通りのものをあげる。濃厚で、焼けつくように熱いものを」

 

 そう言いながらも、その手は止まらない。互いに指を、足を絡め、確かめ合うように愛撫する。毒のように、蜜のように、その肢体は溶け合っていった。

 

「最後にひとつ、取って置き。だから今だけは感じさせて、この熱を……」

「強引だな。あまり好きじゃあないぞ」

「ふふっ、されるよりする方が好きかしら?」

 

 君は私で、私は君。ひとつになるように溶け合った身体は、熱くたぎるように求め合う。絡めあった四肢から感じる熱が、どうしようも無く愛しい。

 

「あなたは夢のままでいたい?それとも……」

「答えなんて、最初から決まっているさ」

 

 そう言うと、伊丹は抗うように彼女の肢体を掴む。されるがままであった彼の反逆に、彼女は思わず声をあげた。

 

「んっ、相も変わらず強引ね。良いわ、あなたの望むままにしてあげる。嬲りあってねぶりあって、堕ちることが望みなら、その通りに叶えましょう」

「もくろみ通りにはならないさ。今度こそ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今度こそ、かならず抜け出してやるさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 富田章は、一人暗い廊下に立っていた。

 

「ここは…………、旅館の廊下か」

 

 階数を見るに、恐らくは六階。自分達が泊まった部屋と同じ階であった。

 

「どうしてこんなところにいるんだ?」

 

 とにかく部屋へ戻るため、暗い廊下を歩いていく。廊下は壁の両方が部屋となっており、明かりと言えば足下の非常灯だけであった。

 

「しかし長い廊下だな、ここまで大きな旅館だったか?」

 

 歩いているのに、まるで廊下が延びているかのように部屋へたどり着けないのだ。流石にこれはおかしい、異常だ。

 富田は自分の電脳活性を調べようと、意識を自分の内部へ向けた。これで、今の状況の異常さの原因がわかるはずだ。

 だが、それを行おうとした直後に、さらなる異常が現れた。 

 靴の先がなにかに触れる。同時、水溜まりを踏んだような感触を足がとらえた。

 

「え………………?」

 

 否、それは水ではない。この鉄臭さも、このどろりとした感触も、富田は嫌と言うほど見ている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

血だ

 

 

 

 

 

 

 咄嗟に腰へ手を動かす。だが、その手には銃ではなく別の物が握られていた。

 血塗れの銃剣と、はやにえのように突き刺さった腕である。あまりのことに、咄嗟にそれを放り投げた。同時、別の音声が聞こえてくる。

 銃声、それも1つや2つではない。これは小銃、ないしはそれに近いものの音である。

 富田はすぐに姿勢を低くし、先程取り落とした銃剣を掴む。腕を引き抜き、逆手に持ち変えた。

 

「なんなんだ、何がどうなっているんだ!?」

 

 銃声はなおも近づいてくる。富田は身を隠すために近くの部屋へ入ろうとしたが、鍵かかっているのか扉はビクとも動かない。

 やがて銃声は止み、静寂と闇が辺りを支配した。出来る限り撃たれまいようにと、富田はほとんど寝そべるように地面へ伏せる。

 一分か一時間か、どれ程の時間が過ぎただろう。やがて静寂を破るように、固いブーツの音が聞こえてきた。

 その音に、富田は目だけを動かして相手を探す。どのみち下手を打てば死ぬのだ。ならばせめて敵の姿だけでも捉えよう。そう思って探した正体はすぐに見つかった。だが、それは富田の想像の遥かに上をいくものだった。

 

「なん………で?」

 

 ブーツの音の正体、それはフル装備の兵士であった。それも、富田がもっともよく知る国の武装である。

 

 

 日本自衛軍正式装備

 

 

 そこにあるはずのない、あってはならない装備に、富田は驚愕する。よりにもよって味方の兵士が、こちらに銃口を向けてたっていたのだ。だが、富田が驚いたのはそれだけではなかった。

 

「何でだ……、なんでお前達なんだ……」

 

 富田は、銃口を向ける彼らの顔を、一人残らず知っていたのだ。それは、大戦時に富田が背中を預けた、戦友達の顔をしていた。

 

「お前は逃げた」

「お前は守れなかった」

「お前は見捨てた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「臆病者め」

 

 

 

 

 

 

 

 

 家族の、学友の、元恋人の、気がつけば富田は多くの人間に取り囲まれていた。彼らは口々になじる、臆病者と、裏切り者と。

 

「やめろ……やめろっ!!」

 

 逃げるように後ずさりながら、富田は頭を振る。悪夢だ、これはきっと悪夢だ。そうでなければ何だと言うのか。

 

「お前はなにも守れない」

「お前はなにもかも取り零す」

 

 その声は富田の頭に、脳に染み込む。それは呪詛のようにとり憑き。富田の耳から離れなかった。

 わからない、わからないわからないわからないわからない。

 ふと、右手に拳銃が握られていることに気がついた。日本自衛軍採用の、富田も使いなれたものだ。

 富田の頭に考えがよぎる。これで頭を撃ち抜けば、この悪夢から抜け出せるのではないか?

 どこからともない、よくわからない衝動に突き動かされ、富田はこめかみに銃口を当てる。

 

「お前が死ねばよかったのに」

「お前が死ねば、彼女も助かったのに」

 

 その通りだ、きっと自分はあの日に死ぬべきだった。そんな後悔が、富田の胸をよぎる。この引き金を引けば、きっと楽になれる。これで全て終わりだ。

 引き金に力を込める。これで終わりだと、そう思った。だが、ほんの少し、たった少しだけ富田は迷ってしまった。脳裏に一人の女性の顔が思い浮かんだのだ。

 理由はわからない。だがたった一瞬、その迷いが隙を生んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それだけあれば、十分だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……田、富田!富田、生きてるか!?」

 

 声が少しずつ近くなり、意識が現実へ引き戻される。ぼやけた視界が回復すると、そこには自分の上官の顔があった。

 

「……あれ、俺はどうして?」

「……はぁ、ようやく戻って来たか。俺がわかるか?」

 

 誰と聞かれても、間違いなく伊丹である。身体を起こして見回すと、そこは自分達が酒盛りをしていた部屋であった。

 

「電脳ウイルスだ。くそっ、全員に感染してやがった。経由は恐らく旅館のLANだ、絶対に繋ぐなよ!」

 

 周りを見ると、ボーゼスやピニャを始めとした、特地の面々が心配そうな表情でこちらを見ている。反対にこちらを全く見ない者。否、起き上がりすらしない者もいた。栗林と梨沙だ。

 

「…………栗林と梨沙さんは?」

「栗林はかなり進行してる。電脳の自決用サージ電流が作動する寸前だった。今は電脳錠で生存に必要な機能以外をロックしてるが、ウィルスを除去しない限りは眠り姫のままだ。梨沙は寸前で気がついて自閉ロック中、あいつが自前の脳でウィルスを駆除するか、こっちで治癒プログラムを叩き込まない限りは起き上がらない」

 

 そう言う伊丹の顔は、今まで見たこともないほど険しいものであった。持ってきていたジュラルミンケースを開いて、てきぱきと何かを組み上げる。

 だが、この状況についていけない者達もいる。伊丹達日本側にとっては深刻な状態でも、レレイ達特地の面々には事態が理解できないのだ。何しろ、彼女らの世界には電脳など無い。そのため、伊丹達の様子から今の事態が切迫していることが理解できても、何がまずいのかわからないのだ。

 

「イタミ、説明を要求する。クリバヤシとリサに何が起きている?」

「あー、そうか。レレイ達はわからないんだな。…………どう説明すれば良いかな」

 

 うまい例えが見つからず、伊丹は少し考え込む。特地風、ファンタジー的な言い方をするならば……。

 

「そうだな……。洗脳や精神攻撃の魔法……、なんてのがそっちに在るのかはわからんが。ともかく二人は今思考に直接攻撃を受けているんだ」

「つまり、魔法による脳への攻撃?」

「魔法ではないがな、似たようなものさ」

 

 これで良いのかはわからないが、ともかくレレイ達はそれで納得してくれたらしい。

 

「攻撃を解くことは出来る?」

「可能さ。……だが状況が悪いな」

 

 そう言って、伊丹は渋い顔をする。星すら見つからぬ曇天の夜空を睨みながら、嫌そうに頭をかきむしった。

 

「こんな攻撃、そうそう出来るもんじゃない。富田、お前ならどう見る?」

 

 話を振られた富田は、同じく厳しい目で廊下へと続くドアを見ていた。

 

「疑似体験を組み込んだ自決ウィルス、特徴からいくつか心当たりはありますが……。こんなものをこのタイミングで感染させてくるなんて、目的は多分…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「ーーーー襲撃!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鼓膜を破るような爆発音と共に、廊下側のドアが吹き飛ぶ。伊丹と富田は咄嗟に、意識の無い二人を抱えると、部屋の端へ飛び退いた。

 抑制された銃音が鳴ると共に、先程まで二人がいた場所に無数の弾痕が空く。煙から黒ずくめの人影が飛び出し、部屋へと踏み入ってきた。

 

「ーーーー!?逃げろ皆!!!」

 

 少しでも時間を稼ごうと、伊丹は床を蹴って駆け出す。軍用義体なら、少々の銃弾ならば耐えられる。工作員から奪っていた特殊拳銃を取り出し、狙いを定める。だが…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーーーー伏せろ、死にたくないならな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 銃声が響き、敵の胸元から赤黒い飛沫が飛び散る。同時、夜空を写し出す大窓が割れ、同じく弾丸の雨が降り注いだ。

 

「ーー誰だ!?」

 

 敵か、あるいは味方か。だが、伊丹の声に反しその人物は姿を現さない。消えたかあるいは……。

 

「光学迷彩……。そこか!!」

 

 パキリと、硬質な音が微かに鳴る。割れた大窓の、飛び散ったガラスの破片を踏んだ音だ。光学迷彩は姿を消しても、存在そのものを消すことはできない。必ず物理的には存在するのだ。

 僅かな音を逃さず、伊丹は銃口を向ける。動くと撃つ、その意思表示として。だが……。

 

「久しぶりだな、746。これであのときの貸しは返したぞ」

 

 その声に、微かに伊丹の銃口が揺れた。そして、それは決定的な隙となった。

 窓際で揺れる透明な影、わずかに光学迷彩が解けかけているのだろう。それは徐々に輪郭を作ると、一人の女の形となった。

 

「あんたは……、どうして」

「さてね。まあ、ゴーストの囁きが聞こえたってところか……」

 

 そう言うと、女は窓際に向かって歩きだす。そして、そのまま宙へと身を踊らせた。

 

「待て……!!」

 

 伊丹は止めようと駆け出すが、すでに女の身は窓の外、暗い闇へと吸い込まれていった。窓から下を覗き混んでも、そこには暗い地面が見えるだけだ。

 

「隊長……、今のは?」

「……………あー、少し昔の知り合いだ。それ以上はなんともな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………隊長、あれって」

 

 移動の途中、窓から見える光景に富田が絶句する。それもそのはず、景観豊かであったはずの旅館の窓の外は、今やドローンや攻撃ヘリの飛び交う戦場と化していたからだ。

 

「……ここ、一応日本国内ですよね?なんで」

「なんでこんなにヘリやドローンが飛び交ってるか?国内で国内の軍が作戦に従事して、文句を言うやつがいるかって話さ」 

「国内の軍ってまさか……」

「そこはご想像にお任せするさ。何しろ確証は無いからな」

 

 敵の襲撃の第一波を切り抜けた一同は、脱出の為に廊下を駆け抜けていた。動けない栗林と梨沙は男二人が担ぎ上げ、その他の面子は二人に続いて歩く。

 先頭を行くのは、奪った短機関銃で武装した伊丹と富田である。人一人を担いでいるとはいえ、二人とも義体である、戦闘に支障はない。

 

「富田、前から来るぞ」

「了解」

 

 例え敵が何者であろうと、二人の銃口に迷いはない。気取られぬように照準を向け、鉛弾を叩き込む。幸いなことに相手は二人一組、銃声が聞こえたときにはもう遅いのだ。

 

「にしても、いくら『VIP』がいるとはいえ、ここまで大規模な部隊を展開するものか?ここには一般人も大勢いるだろうに」

 

 ある程度予想はしていたとはいえ、それを遥かに越える敵の数に、伊丹も少し引いていた。武装集団による強襲位は予想していたが、まさかここまでの数と装備で攻めてくるとは思わなかったのだ。

 

「ここまで数が多いと口封じも……おっと?」

「……隊長、あれって?」

 

 下の階へ降りると、そこには予想外の人物達がいた。否、居ること自体は知っているが、まさかこうなっているとは考えていなかったのだ。

 

「む、あの者達は……」

「従業員……でございますよね?」

 

 ピニャとボーゼスが、唖然として見送るその姿は、そう疑念を抱かざるにはいられないほど異様なものであった。

 従業員達は皆虚ろな顔をし、夢遊病でもあるかのような覚束ない顔をして徘徊していたのである。その様子は、さながらB級映画に登場する動く死体を連想させる緩慢なものであった。

 

「電脳汚染の影響……ですかね?」

「俺達に感染したのとは別の種類だろうな……。おいおい、噛まれたら感染するとかじゃないだろうなあれ」

 

 電脳に深く携わる伊丹や富田も、この光景には流石に躊躇せざるをえなかった。それほど、今の光景は異様なのだ。

 

「なあ富田、この手口って……」

「ええ、地下鉄の時と同じですかね……」

 

 ひとつのエリアにおける、大規模な同時ゴーストハック。それは、二人に数時間前の出来事を連想させた。

 

「全員、あの傀儡どもに見つからないように動け。特に電脳化したやつ……つっても俺と富田しか生き残ってないか。絶対に視界に入らないようにしろ」

 

 視線の誘導、あるいは死角へ潜り込み、慎重に下の階へと進んでいく。上からは敵の部隊、速度を緩めれば追い付かれる。だが、急ぎすぎれば傀儡どもに見つかる。慎重な判断と行動が要求される逃避行である。

 

「くっそ、ただの自衛官にスネークみたいなステルス求めんなよ。こちとらサボり上等のすちゃらか人間だっての……」

 

 伊丹の口から、思わず愚痴がこぼれだす。それだけに、いまの状況は切迫しているのだ。

 何度も踊り場を越え、一階へとたどり着く。少し前に、卓球大会に興じた場所である。

 

「悪いが、命をボールに卓球勝負はごめん被るね」

 

 ここには傀儡もうろついていない。一気に突破すれば、あとは山道を駆け抜けるだけだ。闇に乗じて駆け抜ければ、発見も困難だろう。逃走は伊丹の得意分野である。こちらの土俵に持ち込めば勝ちだ。

 ホールを駆け抜け、玄関まで一気に突き進む。このまま突っ切ればこちらの勝ちだ。

 

 

 

 

 

 だが…………、それは轟音と土煙によって遮られた。

 

 

 

 

 

 突如館内の明かりが灯り、眩しさが増す。義眼である伊丹や富田はともかく、特地の面々にとっては突然の不意討ちであった。

 何人かが思わず目を眩ませ、その場でたたらを踏む。そして、だめ押しとばかりにそれは来た。

 

 63式多脚戦車、大戦末期に投入され、未だに紛争地帯にて現役の座を誇る主力戦車である。それだけではない、62式機械化歩兵装甲、崩れた壁の瓦礫の向こうにはジガバヂの姿も見える。どれも特地はもちろん、アルヌス駐屯地にも置かれていない最新型である。

 伊丹の顔から血の気が引く。それは、富田も同じであった。

 

「全員……、伏せろぉ!!!」

 

 隣にいたレレイを引き倒し、そのまま伊丹自身も床に飛び込んだ。多脚戦車の主砲が火を吹き、強化外骨格に装備された機関砲が轟音を鳴らす。腹の底を突き上げるような衝撃と共に、玄関ホールの壁が、調度品が、粉々に砕けて宙を舞った。 

 地面を這いながら、伊丹は義眼のモードを切り替える。すると、敵の足元に予想外のものが見つかった。

 黒い部隊、伊丹達を襲撃した部隊と同じ装備のもの達が、あるいは潰され、あるいは撃たれ、兵器達の足元に転がっていたのだ。

 

「どういう……ことだ?あいつらが仕掛けてきたんじゃないのか?それとも…………」

 

 だが、その思考はすぐに中断させられた。伊丹の視界に小さな影が飛び込んできたからだ。

 

「ロウリィ!?」

 

 黒い影はまっすぐに飛び込むと、強化外骨格の腕にハルバートを叩き込む。突進と全体重、そしてハルバートの規格外の重さを重ねた一撃は、しかし敵の片腕に突き刺さった。いくら装甲を堅くしようとも、必ずどこかに弱点は現れる。九百年以上もの時を戦い続けた彼女の経験は、すでに未知の世界の兵器とすらも渡り合えるほどに蓄積されているのだ。

 だが、経験にも限度はある。いくら神の域に達する技量でも、元々の戦力に違いがありすぎるのだ。強化外骨格の腕の一振りで、ロウリィの肢体は容易く振り払われた。腐っても最新型、この程度では倒れはしない。

 

「やるわねぇ……。でも、捉えられるかしらぁ?」

 

 駆動系により振るわれる腕を、彼女は巧みに掻い潜る。機械でトレースされただけの動きなど、彼女の敵ではないのだ。

 そのまま腕をすり抜け、多脚戦車へと肉薄する。他よりも大きな兵器、黙らせなければ後ろの彼らが逃げられない。

 その無骨な脚を駆け上がり、砲塔の近くまで肉薄する。直接戦ったことはなくとも、彼ら自衛軍が乗り降りするところを彼女は知っている。そこさえ叩けば黙るだろうということも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、彼女は知らなかった。誰かが肉薄するところも、そもそもこの兵器が配備されなかったことも。そして、それが要因となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ……………、がぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 大気を切り裂くような絶叫と共に、ロウリィの身体が大きく痙攣する。今までの彼女を知るものすら見たこともない、身体の底から上げられた悲鳴である。身体のあちこちから煙を上げ、肉の焦げるような臭いが立ち込める。身体中から火花があちこちに飛び散り、アンモニアの臭いが噴出する。

 通電式装甲、取り付いた歩兵などを排除するための兵器である。身体の芯を流れる電流、そのあまりの苦痛に、ロウリィは思わず膝をついた。いや、普通の人間なら意識すらろくに保てないだろう。四つん這いになり、がくがくと痙攣する身体の中で激痛に耐え続ける。なまじ生命力が桁外れな亜神の身体が、このときばかりは仇となった。再生は内蔵までおよび、脳髄すらも再生させる。それは今においては焼死と蘇生を繰り返し、絶え間ない拷問を与え続ける要因となるのである。

 一体どれだけの死を迎えただろうか。繰り返し繰り返し焼かれ、その度に再生する。だが、それは無限ではない。追い付かないほどに焼き焦がされたロウリィの身体は、糸の切れた人形の様に装甲へと倒れ伏した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロウリィの敗北、それは彼らにとっては信じられないものであった。黒い死神、斬っても死なないような不敵な笑みを浮かべていた彼女が、悲鳴と共に倒れ伏す。

 彼女を乗せた多脚戦車は、脇に控える強化外骨格を引き連れ、そのまま闇へと消えてしまった。

 

「………………」

 

 伊丹達には何も出来ない。ただ、それを見送ることしか出来なかった。

 しばらく、誰も口を開かない。わかっているのだ、自分達がいかに無力であったか。何も出来なかったと言うことを。

 土煙が過ぎた頃、伊丹がぽつりと呟いた。

 

「…………いくぞ、みんな。すぐにここを離れる」

 

 それは、事実上の敗北宣言、諦めに近いものであった。だが、行かねばならない。仲間の屍を踏み越えてでも、生き延びねばならないのだ。伊丹も富田も、ずっとそんな場所で戦ってきたのだ。

 

「イタミ殿……、あの方は」

 

 ロウリィの身を案じるピニャに、伊丹はかぶりを振る。今は考える時ではない。

 

「今なら敵も混乱しています。暗闇に乗じて逃げるなら、これ以上のチャンスはありません」

 

 自分が握っているのは、自分一人の命ではない。ここにいる全員を背負っているのだ。ならば、己のわがままで皆を危険にさらしてはならない。

 

「はやく、敵もすぐに追ってくる」

 

 入り口へ先導しようとする伊丹を、しかしそれに待ったをかける者がいた。レレイである。

 

「イタミ、ロウリィは……」

「レレイ、もう一度いうが今は彼女のことは……」

 

 急かす伊丹を遮るように、レレイは訊ねる。

 

「イタミ、ロウリィはもう助からないと思ってる?」

「なに言って……、あの高圧電流だぞ。生身はもちろんサイボーグだって……」

 

 

 そう、助かるはずなどない。どんな人間であっても、生身であるならばまず死は避けられないほどの電流だ。だが、そんな伊丹の考えをレレイは否定した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「イタミ、彼女は亜神。どれだけの矛を向けられようと死なない存在。故に彼女は死ぬことはない。まだーー、彼女は助けられる」

 

 

 

 


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