お待たせしてすみません、ちょっとスランプってました。やっぱ日常パートになると速度が落ちちゃいますね、語彙力の無さが如実に出てくる…………。
バブみをください、男にも甘えたいときはあるんです。
特に課題作品が完成しないときとか……。
「いい湯だねぇ」
「本当ですねぇ」
暗い闇夜に輝く月を眺めながら、自衛官男二人は呟く。ここはとある温泉街のホテル、その露天風呂である。ここの湯は腰痛や肩こりに良いとされ、伊丹と富田もその効能に期待していた…………かもしれない。
「まあ義体に肩こりもクソも無いけどな。そんなもん起こったらただの整備不良だし」
「隊長、風情をぶち壊すことを言わんでください……」
二人の身体は義体であるが、傍目には生身の身体と見分けがつかない。よく耳を澄ませれば、人工筋肉や駆動関節の音が聞こえるものの、その程度の差異である。
「本当は女の子たちのキャッキャうふふを期待したんだろ?だが残念ながら今作では野郎の肉体のお披露目会だ。そんなものは湯煙温泉編でどうぞ」
「隊長、そろそろ本当に怒られますよ……」
ギリギリの発言をかました伊丹に、富田は半眼で注意を向ける。第四の壁を超える人間など、赤黒のタイツ傭兵だけで十分だろう。
「しかし本当にきれいな景色だ、自費で来ていたら高かっただろうなあ…………」
伊丹たちの止まっているホテルは、温泉街から少し外れた所に建てられている。そのため、露天風呂からは山の景色が一望できるのである。
「昼の間に入れば、もっといい景色が楽しめただろうに、この辺は少し損しちまったなあ……」
「自分は好きですよ、こういう景色。風情があっていいです」
手摺の向こう側には、地面を覆いつくすように雄大な山々が広がっている。その稜線をうっすらと照らしだすのは、薄黄色に輝く月である。今夜は満月ではないものの、確かにその景色には富田が言うような風情があった。温泉で温まった体を撫でる夜風もまた、その美しさに一役買っていた。
「本当、さっきまでの苦労が夢のようだよ」
「確かに、癒されるものがありますよねえ……」
そう呟きながら、伊丹は湯の中に身体を顎まで沈める。そうして、ここに来る道中までの出来事を思い浮かべていた。
◆
「はい皆さん到着でございま~す。腰痛肩こりそんなお悩みはこざいませんかぁ?」
そんな軽口を叩きながら、伊丹は先導するように電車を降りた。ここは温泉街の最寄り駅、とは言ってもそこまで賑わっているわけではなく、駅も有人の改札口という田舎っぷりであった。その割りには終点ということもあって駅構内は広く、誰も居ない様子が、余計に寂れ具合を強調していた。時刻は昼前というのに、降車する客もほとんど居ないのだ。
「しかしこんな時代でも、まだこういう雰囲気を残した駅って存在したんですね」
ようやく電車に慣れてきた特地の面々をフォローしながら降りた栗林は、開口一番にそう言った。
「こんな雰囲気が良いって客もいるんだろ。俺は嫌いじゃないな」
「まあ、確かに私も悪くないと思いますね」
珍しく伊丹と栗林の意見が合う。駅構内は設備もなにもかもが古いが、そこには懐古的な魅力が備わっていた。
「お、公衆電話だ。まだ実在したんだなぁ」
電脳通信などの、個人での情報伝達手段が発達したことにより、公衆電話などは一部を除いて殆んどが撤去されてしまっている。こんな田舎でもなければ、まずお目にかかれない遺物と言えよう。
そんな懐かしの数々を見つけながら、伊丹達は駅を出る。ここでは改札も、まさかの有人であった。
「驚きましたね、
富田が驚くように感嘆を漏らす。事実、この駅舎には時代を感じさせる貫禄があった。
「いや、WW3からだけじゃないさ、見ろよ」
そう言って、伊丹は錆びだらけの鉄骨を指差す。
「これ、下手すりゃ
伊丹が指し示した先には、銃痕と思われる後が残っていた。それは、WW2での空襲で作られたものであった。
「この駅は、昭和から今の時代まで、ずっとここを利用する乗客達を見守ってきたんだ」
「もう百年以上昔なんですよね、WW2。そんな時代から建っていたんですか…………」
富田が感慨深く駅舎を眺める。駅舎の至るところに見られる時代の跡は、この建物が歩んできた歴史の重みが感じられた。
駅舎の手前は広く空けられており、バスや車が止められようになっている。とは言え、所々にトラックや旧式自動車の姿しか見られないが…………。
「バスが来るまであと………。ええ……、もう次来るのは昼過ぎかよ」
バス停の時刻表を見ながら、伊丹はそうぼやいた。実際、この運行量を考えれば、最早まともに商売をする気があるのかどうかすら疑わしくなってくるのだが。
(まあ、原因はおおよそ見当がつくんだがなぁ)
伊丹はバス停周辺を見回す。駅の周りには、一眼レフのカメラを持った男や、軍関係者とおぼしき制服の人物が散見されていた。
彼らを冷ややかな目で見つめていると、遠くから彼を呼ぶ声が聞こえた。
「おーい、イタミー!これこれー、これなーにー?」
「先輩先輩!これこれ、このカステラ面白いよ!!」
視線を向けると、梨沙とテュカが露店に売られたカステラを見てはしゃいでいる。どうやら名物として有名らしく、梨沙はさっそく買い食いをしていたのだ。
「この土人形は、一体どう使うもの?」
「それは………。埴輪ってよくお土産で売ってるけど、買う人いるのかなぁ…………?」
他に目を向けると、レレイが栗林を引き連れて、お土産物の埴輪に興味を示していた。
「魚の形の……、パン?ですか………」
「中に何か入っているのか?」
「食べてみてください、美味しいですよ鯛焼き。ああ、一気に頬張っちゃダメですよ。口の中を火傷してしまいますから」
「ふ、ふぁい……」
富田は、ボーゼスとピニャに鯛焼きをご馳走している。どうやらボーゼスが勢いをつけて食べてしまったらしく、端から見れば爆死して欲しいような状態となっていた。
「どう見ても初めて日本に来てはしゃいでいる外国人だよなぁ……。で、ロウリィ、君は行かなくて良いのかい?」
微かに笑みを浮かべながらその光景を眺めていた伊丹は、隣で同じように佇むロウリィに尋ねた。
「それも良いのだけど、どうにも肌がピリピリしてねぇ。ねえ伊丹ぃ、ここって本当に観光地なのぉ?」
その問いに、伊丹はぽりぽりと頭を掻く。山の上に見える『それ』から目を離し、ロウリィの方を振り向いた。
「あらま、気がついてたんだ」
「あの塔。あれ、ただの建物じゃないでしょう?ここからでもハッキリと疼くのよぉ。心がドキドキしちゃうわぁ」
「ご察しの通りさ、あれは尋常な建物じゃない。存在自体が異質、悪意の代物と言っても良いのさ」
ロウリィの夜のように暗い笑みを、伊丹は泥のような昏い瞳で返した。
「なあロウリィ、生命の境目ってなんだと思う?」
「そうねえ……。それは生きているか死んでいるか、それとも道具と人の境目ということかしらぁ?」
長柄の石突でコンクリートを叩くと、ロウリィは頬に指を当てる。だが、その目は値踏みするように妖しい光を湛えていた。
「生物と肉人形の境目、かな。生き物はどの段階で『生きている』と認識されると思う?」
「生命の創造。ふふっ、ずいぶんとぶっ飛んだことをしているのねぇあなた達もぉ」
「コスト削減において、最も切り捨てやすいのは倫理さ。あれだけのことをしておいて、今さら善人ぶる気など無いよ」
そう言って、伊丹は山の上に建てられた建造物に顔を向けた。
「対軌道掃射生体砲『アメノハバキリ』、生体兵器開発における一種の終着点さ。ここまで来ると狂気を通り越して執念だな」
「対軌道?」
「ああ、つまる所この空のずっと向こう。雲よりも高い場所まで届くのさ、あの兵器は」
その説明を聞いたロウリィは、半ば呆れたように苦笑いを返した。今この時代を生きる伊丹達ですら呆れ返るような兵器である、ロウリィがどう考えるかなど想像に難くないだろう。
「この世界は、雲の上からすらも攻撃が来るんだ。だから撃ち落とすための方法がいる。それがこの兵器さ」
伊丹は上を見上げながら、アメノハバキリの解説をする。敵の上をとる戦術は、既に宇宙にすらも到達しているのである。月面こそ未だに開発中ではあるが、いずれはそこからすらも届く兵器も作られるだろう。
「本当にそれだけぇ?」
ロウリィは薄笑いを浮かべながら首をかしげる。まだ何かあるんじゃないかと言うように、その目は疑惑を湛えていた。
「これ、ただの道具では無いのでしょう?」
「…………まあな。ご察しの通り、この兵器は『生きている』のさ。もとあった生物の細胞を改造し、目的に最適な形となるよう繋ぎ合わせたフランケンの怪物、それがあの巨獣なんだよ」
遠い目で、しかしどこか親しむような顔で伊丹は語る。その顔は親愛のようにも、諦めのようにも感じられた。
「驚いたかい?それとも失望したかい?これがこの世界さ」
自嘲的な笑みを浮かべて、伊丹はロウリィに訊ねる。きっと彼女らにとっては、自分達の有り様など許容出来ないだろうと。だが、ロウリィの答えは伊丹の予想を越えていた。
「まさか、それはないわぁ。確かに貴方達は、我々の世界の禁忌に照らし合わせれば言語道断、軽く冒涜の領域に踏みいっているわぁ。きっと世の亜神全てに聞けば、全てが『断罪の必要あり』と答えるほどにねぇ」
だがと、それでもとロウリィは続ける。エムロイに善悪の区別などない、それが悪人だろうと、善人だろうと、自らを貫き通す者をこそ愛するのだ。
「伊丹ぃ、伊丹ぃは後悔しているのかしらぁ?今の自分を」
その問いに、伊丹は逡巡する。自分のしてきたこと、その事に後悔があるか。それをNOと言えば嘘になるだろう、しかし…………。
「自分のやったこと、積み重ねたことを否定などしないさ。胸を張れるような事をしてきた訳じゃないけれど、今さら過去を振り返る気はもうない。そんなことは散々し飽きたさ」
その答えに、ロウリィは満足げに首を振る。どうやらお気に召す答えを返すことに成功したらしい。
「いいわぁ。ならば私から、言うことなど無いわよぉ。人間が自分の意思で禁を破った。私はそれが、本当は凄く嬉しいのよぉ。我々の世界では禁とされる事を行い、それでも生き延び続けるこちらの世界を、私はいとおしく思うわぁ」
伊丹にとってその台詞は、意外なものであった。ロウリィの言う『禁』とは、単純な法律などでは無いだろう。それこそ、破ればただでは済まなくなるようなもののはずだ。だが、ロウリィはそれを良しとした。その驚きを受け取ったように、ロウリィは唇を三日月状に歪める。
「ふふっ、法律だって人の世の移り変わりと共に形を変えるわぁ。亜神が示すだけでなく、人間が自ら律し、自ら選んだ道。ならば私達がとやかく言うのは、無粋なことよぉ。庇護したものの独り立ちは、寂しくもあれ喜ばしいことなのだから」
その事で、伊丹はようやく合点がいった。ロウリィは喜んでいるのだ、自分達がなし得たことを。善悪に関わらず、身の丈に合わないと思われていたことへ到達したことを。
「それは、ありがたく受け取っておくよ。誉められて嬉しくないものではないからな」
「そう。なら最後にもうひとつ聞いてもいいかしらぁ?」
「構わないさ。何か疑問でも?フローレンス」
少し茶化して返す伊丹に、ロウリィは笑みを崩さずに目を向けた。
「伊丹ぃがあの建物へ向ける目、厳しくもあれど慈しみもあった。無粋なことを聞くけれど、あそこには知り合いでも居るのかしらぁ?」
その問いに、伊丹は少し驚いた顔をする。ロウリィ相手であっても、少々答えづらいものであったからだ。だが、伊丹は多少濁しつつも、正直に答えることとした。
「まあ、そんなところさ。あそこには見知った顔が居る。親代わりをしてるようなものでな、複雑な気分だよ」
それでもと、伊丹は慈しむような目を向ける。
「どれだけ血に濡れても、向き合ってやるって約束したんだ。だから目を逸らさないさ、彼女達がやることからはな」
◆
さて、土産物や温泉を巡るのも構わないが、まずは今日の宿である。雨露をしのぐ場所というのは重要なものだ。それが冬の季節であればなおのこと。夜通し雨に打たれれば、いかに屈強な兵士と言えども長くは持たない。昼飯をその辺の飯屋で食べた伊丹達は(なお食費は全額伊丹が負担)、政府指定の旅館にチェックインしていた。
「ふー、無事にチェックイン終了。なにもなくてよかったよ」
「ですねぇ。バスも無事に来てくれましたし良かった良かった」
五階建てのその建物は、旅館と言うよりもホテルに近い形である。無事に到着したことに安心した伊丹は、旅館のLANへ接続し、建物の見取り図をチェックし始めた。
「……ん?なんかノイズが……」
「イタミー!!これ、これなに!?」
LANに接続した際の微弱なノイズに顔をしかめた伊丹であったが、テュカの物珍しそうな声に詮索を1時中断した。
「ああ、それは卓球台さ。っておお!?おいこれインベーダーゲームの筐体じゃね?まだ実在したのかよ!!」
ロビーに置かれた機器の説明をしていた伊丹は、予想外のものに驚愕する。今日はとことん昔のものに驚かされる日である。
そんなこんなで騒がしくも部屋に到着した彼ら一行は、テュカの発案で卓球をすることとなった。しかし…………。
「ふっ……、ほっ……。なかなか難しいですわね」
「武器を振るうのとは、感覚が違うわねぇ」
いま、卓球台の前には二人の女性がいた。ロウリィとボーゼスである。浴衣を部屋で見つけた彼女らが、伊丹から浴衣なら卓球と聞いたのが始まりであった。
「なかなか……やるわねぇ」
「手合わせ頂けるとは……、光栄です聖下」
つい数十分前に初めてラケットを握った彼女たちであったが、技術さえまだ初心者ではあるものの、既にコツを掴み始めていた。審判役をしていた伊丹は、その上達の速さに舌を巻いていた。
「なかなかやるなあ二人とも。そう思わないか?富田」
「全くです。二人とも流石ですね」
彼女たちに卓球を教えたのは、隣で腕を組む富田である。片手にラケットを持ち、くさり柄の浴衣を着こなす姿は、非常に様になっていた。
「基本的なラリーだけを教えましたが、どうやら隊長と自分とが戦ったときに参考にしたようですね。見よう見まねで身に着けるとは、流石というべきですか」
「義体制御ソフト無しのガチ勝負だったとはいえ、いや……だからこそかな?」
そういう伊丹は吉原柄の浴衣を着て、呆れるように腕を組んでいた。少々だらしなく気崩してはいるものの、それがかえって中年男性特有の渋い雰囲気を引き立てていた。
「しかしまあ、皆浴衣が似合うもんだな」
「ええ、皆さんそれぞれがきれいですからね」
眼前で真剣そうに対戦する二人を見ながら、男性陣はそう呟いた。そう、確かに皆美人である。そして浴衣もよく似合っていた。
まずはボーゼスである。輝くような金色の髪に、スラリとした肢体。胸部や臀部も、出るところはしっかりと出たプロポーション。西洋人に近い白く透き通った肌は上気し、汗に濡れて艶めかしい色気を醸し出していた。その彼女の身体はくさり柄の浴衣に包まれ、気崩れた浴衣からわずかにのぞく鎖骨が見るものを魅了する。
お次はロウリィ。流れるような黒髪に、黒曜石の様な闇色の瞳。だがしかし、その肌は対照的に冷たささえも感じられるような白磁である。その姿は夜という言葉が似合うような白と黒のコントラストであり、同時に妖艶な魅力を持っていた。その彼女はたてかん柄の浴衣を纏い、優雅に笑っていた。
「そうら行くわよぉ」
「くっ、早い!!」
ロウリィがボーゼスの側へスマッシュを叩き込む、よくまあこの短時間で覚えたものである。その一点が最後となり、勝負は決した。ロウリィの勝ちである。
「お手合わせ、感謝しますわ」
「ふふっ、いい汗をかいたわぁ。いずれまた、手合わせをしましょう」
死なない程度に、とボーゼスは柔らかな笑みを返す。二人とも大いに満足したらしい。最初はロウリィ相手に緊張していたボーゼスも、すっかり卓球で意気投合したようである。
そして、完成は隣でも響いてきた。
「わらわの負けだな……」
「楽しかったわよ、皇女さま」
二つ目の卓球台では、ピニャとテュカが対戦をしていたのであるが、どうやら結果を見るに勝者はテュカのようである。
「やはり力加減が難しいな、剣を振るうようにはいかん」
「そうね。私は球技をやったことは殆どなかったけれど、ただ力任せに売ってはダメなのね」
向こうで審判をしていたのは栗林である。吉原柄の浴衣の下では、はち切れんばかりの胸部が主張していた。これで天然ものだというのだから恐ろしい。
「十点先取、結果は10対8ね。テュカの方が先にコツをつかんだみたいね」
「うん。最初はラケットに当てるのも難しかったけども、だんだん板の部分の持ち方がわかってきたわ」
彼女も、この短時間でコツを掴み始めていたらしい。ラケットを素振りしながら、満面の笑みを浮かべていた。
「楽しいわね!!ねえ、次はイタミとやってみたいわ!!」
「えっ、俺!?」
いきなりの名指しである。どうやらテュカは相当に楽しかったらしい。
「ねえクリバヤシィ。次はわたしとやりましょうぅ?」
「おっけ、受けて立つわよ!!」
ロウリィもロウリィで、中々に乗り気である。栗林とラケットを持つと、早々に卓球台へ向かい始めた。
「まあいいけど。富田ー、審判やってくれ。富田?」
伊丹は仕方がないと言うように肩をすくめるとラッケトを手に取った。だが、肝心の審判役である富田はというと…………。
「ボーゼスさん。飲み物をどうぞ」
「まあ、ありがとうございます。それでは……あっ!!」
「えっ?」
「いえその、わたくし着衣が少々………」
「―――――っ!?いえっ、ごほん!!失礼、ええと……」
野郎調子に乗ってやがるな、すぐに異端審問へ連絡を…………。もとい、少々トラブルに巻き込まれていた。まったく仲のいい二人である、後で
「ねえ伊丹、どうしたの?」
「ん……。いや、何でもないさ。さあ、始めようか」
こうして、参加者総当たりの卓球試合が開始された。なお、常識破りのいかれた試合であったことをここに記しておく。これ以降の惨劇については、彼女たちの名誉のためにも伏せておこう。それがだれにとっても幸せなことだろうからである。
◆
「梨紗、これはどうやって動かせばいい?」
「インベイダーゲームじゃん、懐かしいもの置いてあるなー。ほらここ、これを動かすのよ」
「なるほど、この棒状のものが連動している」
「そうそう、んで攻撃は……。おお!!」
「大体分かってきた。……ふふ、うふふ……」
「ぇ……あの?レレイちゃん?」
「ふふ……、あたる。当たる!!」
「おーい、レレイちゃ~ん?」
「ひゃはっ!!死ねっ、豚の様に朽ち果てろ!!この○○野郎!!」
「怖っ!!この子レバー持ったら人が変わるタイプだ!!ゲーセン行ったら生き生きしてる感じの……」
「いい的だよノロマども!!そのどてっ腹ブッコ抜いてやる!!」
「だめだこりゃ…………」
宵は深まり、世界は闇へと沈む。焚火はやがて消え、旅人は夜へ飲まれる。日は落ち、時は満ちた。狼達が顔を上げる。闇は彼らにとっての友、狩りはすでに始まっている。
◆
頭が痛い、飲みすぎたせいだろう。気怠さが、石のように身体にのしかかる。
「はれ……。ここは?」
寝ぼけ眼をこすりながら、栗林は起き上がる。確か自分たちは風呂のあと、酒盛りをしていたはずだ。
記憶に靄がかかっている。それに、仄かに生臭い香りが辺りへ立ち込めていた。
電気が消え、真っ暗になった部屋には、自分の他にも何人かの寝そべる影が見える。どうやら、酒盛りをしたまま寝入ってしまったらしい。
見回した栗林は、立ち上がろうと畳へ手をついた。
――べちゃり
手のひらに、ぬるりとした温かな感触が感じられる、何か液体のようなものに手をついたのだ。最初は誰かがゲロでも吐いたのかと思った。だが、それにしては妙に色が濃い。窓の外で雲が晴れ、月明かりがあらわとなる。その光が部屋へ入り込んだ時、栗林は手についたものの正体を理解した。
――血だ。
彼女の座る場所へ、大量の血が流れてきていたのだ。鼻の穴へ鉄の匂いが入り込み、一気に彼女の脳が覚醒する。だが、その流れる元を追った栗林は、その思考が真っ白になった。
「……え、なに……………これ」
そこにあったのは一面の血、血、血。床だけではない、壁に、障子に、天井に、一面に飛び散るようにドス黒い血がぶちまけられていたのだ。
「――っ!?富田!!隊長!!」
明らかに異常事態である。だが、栗林が大声で呼ぼうとも、誰も返事をしない。彼女は、恐る恐る目線を下に向ける。そこには、栗林が最も恐れた光景が広がっていた。
「う……そ…………」
月明かりが、人
強い衝撃がはしる、同時に腹部から焼き鏝のように熱い痛みがせりあがってきた。思わず、身体が畳の上に倒れる。自分の腹部から、温かい液体が流れだすのが感じられた。
――誰だ、何時やられた?
――いつの間に襲われた?
そんな思考が栗林の脳内を駆け巡る。だが、急速にその思考も薄れ、指先が冷たくなっていく。直感的に悟った、自分はここで死ぬのだと。瞼を閉じれば、もう二度と開けられないと。
倒れ込んだ先、そこにいるのは誰かはわからない。だが、その手元に書かれた血文字に気が付いた。
――αποδοκιμασίες
その言葉の意味を理解する前に、栗林の意識は暗い闇へ沈んでいった。
『対軌道生体砲アメノハバキリ』
対衛星軌道用掃射砲。読んで字のごとく、衛星軌道上に位置する兵器の破壊が建前の巨大砲塔。通常の砲身とは異なり、生体素材を用いていることが主な特徴である。生体砲の走りとなった兵器であり、以後の生体兵器にはこの兵器に用いられている技術が応用されている。
かつて生体兵器は、その維持コストともたらされるメリットが釣り合わず、『役立たず』の烙印を押されていた。しかし、大戦以前に蒲田で起きた事件と、世界大戦時の制御技術の飛躍的な革新により、現在ではその汚名を返上しつつあった。
アメノハバキリはとある細胞の被膜を応用することにより、本来通常の素材では耐えきることのできないほどのエネルギーを、衛星軌道上に到達しうる威力で長時間照射し続けることができる。さらに砲身展開により、広範囲かつ連続で低威力の迎撃を行うことも可能である。この内部構造まで変容する柔軟性は、生体兵器特有の長所であり、他の兵器では困難となる。この際の形状から、敵軍人からは『ピンギキュラ』の別称で忌み嫌われている。
最後の方、中々駆け足で移入しずらかったかもしれません。難しいんですよね、日常パートは。首をかしげる描写がございますが、温かい目で見守っていただけるとありがたいです。
ここからなかなかのネタバレにつながるものがぶち込まれているため、もし気が付いた方はそっと仕舞っておいてください。感想欄でバラしたら泣くわよアタシ。
温泉?湯煙編でどうぞ(無慈悲)。