GATE SF自衛軍彼の地にて斯く戦えり   作:炎海

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相変わらずの英訳。google先生、お世話になっています。

もう一日フルで授業が入っていても苦痛すら感じなくなりましたよ、人間って怖いなあ。
鉄オル二期も始まりましたね、あいかわらずの悪魔っぷりですわ。元ミグラントには本当見てて飽きないんですよねあの戦闘。会話劇も長いとか言われていますが、自分はあの内容なら長くても満足しています。泥臭くても今を必死に生きる、というのがよく伝わってきています。


第十三話 水面下の胎動ーGrowth in the amniotic fluid.

 その最初の報告を聞いた時、ピニャは目の前が真っ白になった。それくらい、もうどうしていいのか分からなかったのだ。

 彼女の目の前には第三偵察隊と三人娘、そして両腕を横から拘束されたボーゼスがいた。

 

「で、何をしたのだ?」

「わたくしが……、彼の頬をぶちました……」

「あぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!!!何てことをしてくれたんだぁぁぁぁあぁぁぁあ!!!!!!!!」

 

 一体何が起こったのか。ことはつい先程、ボーゼスが伊丹の泊まる部屋へ赴いた時の話である。

 さて、ここでなぜボーゼスが部屋へ赴いたのか。それは、ピニャから出されたある命令によるものであった。

 それは、今回の不祥事を報告させないこと。その身体を使い籠絡し、今回の件をうやむやにしてしまおうというものであった。

 無論、それはピニャ、ボーゼス共に苦渋の決断であった。さらに、ボーゼスは未婚、つまりは初めてを捧げよということである。そう言うことに女性としての願望を、少なからず持っていたボーゼスにとって、それは過酷な決断であった。

 しかし、その忠誠心から決意を決め、扉の前に立った彼女が見たものは、なんというか……和やかな雰囲気であった。 

 ピニャもボーゼスも、伊丹がこの件に内心怒り心頭で、肩を震わせているのではと思っていたのだ。だが、目の前ではメイドと客が紅茶を飲みながら談笑し、挙げ句は集まってピースをするなど、最早籠絡など出来るような雰囲気出はなかった。

 悲壮な覚悟を決め、清水の舞台から飛び降りるほどの覚悟で赴けばこれである。挙げ句、誰も扉の前のボーゼスを気にもしない。

 

 そして、彼女の今まで溜め込んだ感情全てが、目の前のヘラヘラと笑っている男へ爆発したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしようどうしようどうしようどどうしどうしどうどうどうし……」

 

 余りのストレスから、壊れたように狼狽え続けるピニャ。それをなだめるハミルトンと、自己嫌悪で周囲をブルーに染め上げるボーゼス。謁見の間は、混沌に包まれていた。

 だがその空気を読まずにぶち壊すのがこの男。はたかれたと言っても別に傷も負わず、強いていうなら少しメンタルに傷が入った程度の伊丹である。

 

「あのー、ピニャ殿下?」

 

 正直伊丹からしてみれば、メンタルが傷付いた以外、特に被害もなく終わったのである。むしろ伊丹としては今回の件は、適当にうやむやにして終わらせたかったのである。

 

「部下の迎えも来ましたので、そろそろ帰っていいでしょうか?」(レレイ意訳「部下の帰投準備が整った。今すぐ帰投の許可が欲しい」)

 

 この言葉に、ピニャは動揺する。彼女は伊丹が、自衛軍上層部へと報告するために、早く帰らせろと急かしているように聞こえたのだ。

 ピニャとしては、伊丹を説得するまでの時間が欲しい。しかし、下手に要求をつっぱねればどうなるか、彼女はその目で見ていた。故に、どうにか理由をつけて留めようとしたのだ。

 

「い、いや、それはこま………、あ、いや。い、イタミ殿、も、もう少しゆっくりしていかれてはどうだ?ほ、ほら、暗い夜道だ、迷っては危ないだろう。疲れもあるだろうし、上の部屋でゆっくりと……」

「あー、いや、それなんですけどねえ」

 

 伊丹は頬を掻きながら答える。先程、部下からあることを伝えられたのだ。

 

「上の方から、国会の参考人招致への出頭を命じられまして。なるべく早く戻る必要があるんですよ」

 

 結局あの泉の話のあと、伊丹の参考人招致が決定したのである。既に上からは、とっとと戻ってこいとのお達しが来ているのだ。なのでこれ幸いと伊丹は理由に使い、早く基地へ戻ろうとしていたのだ。

 レレイの翻訳を聞いたピニャは、その瞬間に顔をみるみる青く染め上げていった。後に伊丹がレレイから聞いた話では、どうやら参考人招致を帝国の元老院への報告のようなものと取り違え、今に帝国が攻め滅ぼされるのではとおびえていたらしい。

 

「そ、そんな……」

 

 へなへなと崩れるピニャ。そんな彼女を見て、なんだか可哀想になってきた伊丹だが、そのまま話を押し通す。面倒なことが起こる前に、とっとと帰りたいのだ。

 

「では、いいですね?」

 

 項垂れるピニャに確認をとる。これでようやく解放される、伊丹はそう思っていた。だが、続いたピニャの言葉に彼は耳を疑った。

 

「……………っ!!ではっ、わらわも同行させてもらう!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 謁見の間に、凍りついたような沈黙が降りる。

 

「……………え、今なんと?」

 

 おそるおそる、伊丹がピニャに尋ねる。 

 

「同行すると……。わらわも同行し、そなたらの基地へ行くと言ったのだ!!!」

 

 その言葉に、偵察隊、ピニャの側近の両方からざわめきが起こる。

 余りの展開に訳がわからず、伊丹は内心で動揺していた。

 

「……理由を聞かせてもらっても?」

「今回の件、知らなかったとはいえ我が部下、ひいてはわらわの責任である。故に、そちらの長に対し、正式な謝罪を行いたいのだ」

 

 これには伊丹も唸る。こちらの思惑はともかく、ピニャの理由は至極真っ当なものだ。気は進まないが、とりあえず報告はする必要がある。特地側の重要人物との交渉の席を作り出すのは、今回の派遣の目標のひとつなのである。無下にはできない。  

 

「……わかりました。可能かどうか、確認をとってみます」

 

 そう言うと、伊丹は通信のため、部外へと出ていった。

 

「殿下、よろしいのですか?」

 

 伊丹の姿が見えなくなり、一時謁見が中止されると、ハミルトンはピニャに尋ねた。

 

「戦争中の敵陣に、わざわざ殿下自ら尋ねるなど……」

 

 不安そうに見つめるハミルトンを、ピニャは遮る。

 

「いずれは避けられぬ道だ。それに、使者として敵を探れるまたとない好機だ、多少の危険をおかす価値はある」

「ですが……」

 

 尚も不安そうに揺れるハミルトンを諭すように、ピニャは微笑みながら返す。

 

「向こうが理性を持たぬ蛮族ならばともかく、少なくとも交渉の余地はあるだろう。なら、そう心配することもないさ」

 

 気丈に笑いながら、しかし不安を隠しきれないその拳に、そっと誰かが手を重ねる。

 

「ピニャ様……」

「ボーゼス?」 

「ピニャ様、元はと言えばこの事態、全ての責任はわたくしめにあります。どうか、ご同行させていただけないでしょうか?」

 

 ピニャは少し驚くと、拳の上に置かれた手を包み、ボーゼスへ笑いかけた。

 

「無論、頼りにしているぞボーゼス」

「………っ!!!はいっ!!このボーゼス、どこまでもお供いたします!!!」

 

 

 

 

 

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「それで、どうだったんですかー?」

「丁重に送り届けろってさ。面倒くせー」

 

 高機動車の隣で興味津々に尋ねるヒチコマに、伊丹は投げ遣りに返す。運転席の倉田も困惑気味だ。

 

「マジで来るんですか、あの人?」

「みたいだね。あー、やだやだ。重要人物の護送とか、神経余計にすり減るっての」

 

 そんなことを話していると、高機動車に二人の女性が恐る恐る乗り込んでくる、ピニャとボーゼスだ。今回は非公式ということもあり、彼女達二人だけである。

 

「あー、それでは発車しますから。移動中は立ったりしないでくださいね、事故のもとですから。窓から外に顔を出すのも無しです」

 

 やらないだろうとはいえ、万一怪我でもされたら伊丹の責任である。とりあえず思い付く限りの原因は絶っておく。

 

「あ、ああ、わかっている。しかし……、本当に馬も無いのにどうやって走るのだ?」

「ぴ、ピニャ殿下。この荷車、中々の座り心地で……、うひゃあ!!!」

 

 座席の感触を確かめていたボーゼスが、窓に貼り付くようにしてこちらを見つめるヒチコマに驚く。

 そう言えば彼女はヒチコマの存在に慣れていなかったらしい。高機動車の乗り心地ってそんなにいいものなのかと疑問に思いながら、伊丹は声をかける。

 

「これからアルヌスへ向かいます。念のために警戒レベルを上げますので、少し速度が落ちることになるでしょう」

 

 そう言うと、伊丹は別の車両へと指示をだし、ドローンを飛ばす。上空から警戒させ、進行ルートをクリアしながら進む方式である。

 ドローンが安全を確認し、いよいよ車列が発車していく。周囲の景色が流れていくのを、ピニャとボーゼスは貼り付くようにみていた。

 

「なんて速さだ、馬車が比べ物にすらならん」

「で、ででで殿下!!はや、わっ、ひゃあ!!!」

「何て言うか、愉快な人たちだよな……」 

 

 コロコロと表情を変えるピニャとボーゼスを、面白そうに伊丹は眺める。

 後ろの二人の叫びをBGMに、第三偵察隊はアルヌスへ帰還していった。

 

 

 

 

 

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「なんなのだ………、あれはいったい……」

 

 それが、アルヌス自衛軍防衛区域に入ったピニャの、第一の感想だった。

 基地へと続く斜面には、ホログラフ投影装置が敷設され、光る文字で空中に各区域や案内を表示していた。地上ではウォリアーが警備として歩き回り、上空をバッキーが監視する。これだけでもピニャ達にとっては未知の世界だが、無論それだけにはとどまらない。

 

「あれは……、あの時の鋼鉄の巨兵!!」

 

 少し離れたところで訓練を行う、戦術機の小隊が目に入る。アルヌス周辺の斜面は広く、また人もほとんど居ないため、こうして区域を決めて練習場としているのだ。

 現在行われているのは、二小隊による模擬戦闘である。両陣営の前衛が衝突し、轟音が響き渡った。降り下ろされるのは、『64式近接長刀 烈風』その模擬戦用武装である。鍔迫り合いが起こり、腕部アクチュエーターが唸る。後衛からの援護射撃が放たれ、銃声と言うには大きすぎる音が響き渡った。

 

「帝国の有する、オーガなどとは格が違う……。あの怪異には、明らかな業、知能がある……。武器を振り回すでも、本能に任せて暴れまわるでもない、明確な意思をもって動いているんだ……」

 

 巨大な兵士達が、明確な連携を持って動く様をみながら、ピニャはその余りの違いに愕然とする。イタリカでも同様の存在に出会ったが、ここではより明確に観察できたのだ。

 

「違う、あれは怪異ではない」

 

 だが、そんなピニャの推測を遮る声が、隣から発せられる。レレイである。彼女は自衛軍としばらく生活するうちに、おぼろげながらもその技術の概要を理解し始めていたのだ。

 

「あれはセンジュツキ、我々で言えば、鎧の様なもの。だが、使われる技術が根本から異なっている」

「センジュツキ?鎧の様なものだと?だが、そうであるなら……」

「そう、あれは人が中から操っているもの。人を模しているがゆえに、その応用性は広く、単なる兵器の域にはとどまらない」

 

 ピニャはその言葉の意味を理解し、凍りついた。その事が本当であれば、即ち自衛軍は、帝国が苦労して操る怪異に匹敵する暴力を、人の意思のみで自由に振るえるのだ。

 

「それだけではない。帝国とニホンは、根本的に戦術が違う」

 

 レレイは戦術機と、もうひとつ離れたところで訓練をする、歩兵部隊をそれぞれ指した。ピニャは、彼らの手に持つものの、その黒いものに気がついた。

 

「あれは……、魔導の道具か?」

「あれは銃、炸裂の力で鉛の鏃を打ち出す武器。あの武器を、彼らは歩兵の一人に至るまでが持っている。そして、それを使った戦術を彼らは行使する。あなたも、それをみているはず」

 

 ピニャの頭に、イタリカでの蹂躙が甦る。地上の兵士達が肉塊となり、蟻のように潰されていく光景である。

 

「なら……、奴等はあれだけの事を、何時でも行えるということか……。なんと、なんということだ……」

 

 力が違う、余りにも違いすぎるのだ。その余りの差に顔を青ざめるピニャに、レレイは目を細める。

 

「恐らく、あれですら彼らは本気ではない。彼らはまだ、手加減をしている」

「手加減…………、だと?」

 

 レレイはこくりと頷く。

 

「彼らの技術は底が知れない。恐らく、ここにある兵器も一端に過ぎないだろう」

 

 もしそれが本当であれば、帝国は自分達とは、遥かに格の違う相手に戦争を仕掛けたということである。

 

「あれはグリフォンの尾ですらも越える、もっと別の存在。そんなものに帝国は喧嘩を売った」

 

 ピニャもボーゼスも、声すら出なかった。それほどまでの圧倒的な力の差であったのだ。

 

「やつらは……、何をするつもりなんだ……」

 

 

 

 

 

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 弾薬の返納、車両やヒチコマの洗浄、帰還してすぐに休める訳ではない。とはいえ、こういった苦労はいつの時代も変わらないものである。伊丹はぼやきながら、人のいない廊下を歩いていた。

 

「おまけに特地の重要人物の護送とか……。なに?疫病神でもついてんのか?」

「よう伊丹、ごくろうさん」

 

 背後から陰湿そうな声がかかる。聞いた瞬間に、伊丹が顔をしかめる相手などはそうそういない。

 

「………柳田かよ。なに、お前あの二人の接待とかあるんじゃないの?」

「おいおい、随分な言いようだな伊丹よぉ。さては嫌なことでもあったな?」

「トイレはあっちだ柳田。顔洗って正面を見ろ。」

 

 薄ら笑いを浮かべながら絡んでくる柳田に、伊丹はぶっきらぼうに応える。

 

「んで、なんか用かよ?お前が用なく絡んで来るとも思えんが?」

「くくっ、俺とお前でそれ以外あるかよ。まあこの状況さ、わかってんだろ?」

「………国会の参考人招致か。だが、理由がわからんね。お偉い方々へのご報告に、なんでお前が口を出す?」

 

 実質は吊し上げに近いこれに、柳田が関わる理由がわからない。それ故、伊丹は柳田の言動に眉を潜める。だが、柳田は薄ら笑いを崩さずに続けた。

 

「お前さんだけが呼ばれるなら、な。だが実際に呼ばれるのは、お前の他に特地住民数人。そして、その候補は……」

「テュカとレレイは確実だろうよ。そしてお前のいう通り、確かに『来客』どもは情報が欲しいだろうさ。だが、ガチガチの警護の中で彼女達に何かするとは考えにくいが?そもそもメリットが釣り合わないだろ。それこそ青田刈りにもならない、苦労して作ったルートを自滅で潰すだけだぞ」

「それだけならな」

 

 伊丹は柳田の言わんとすることを考える。確かに各国は血眼で特地を狙っている。だが、折角浸透させた工作ルートを潰す危険と、重要かも不明な特地住民へ干渉するメリットが、果たして釣り合うのか?そこまで考えて、伊丹は柳田の言わんとすることを察した。

 

「おい柳田、まさかとは思うが、『貴賓客(VIP)』を増やすつもりか?それも飛び入り参加の……」

「非公式で来た今が好機さ、特地の国家と交渉する絶好のチャンスだぞ」

「ふっざけんな、柳田テメェこのバカヤロウ!!!そうか、そう言うことか!だからあの時上の連中、何も言わなかったのか!?」

 

 罵声を吐きながら頭をかきむしる伊丹に、柳田は笑みを深める。柳田の言うことが伊丹の予想通りなら、増えるのは……

 

「正解さぁ。これで非公式ながら、日本は特地と交渉の席を持てるのさ。それも帝国の最重要人物ときた。『戦争とは外交の1手段にすぎぬ』、これでようやく特地と『外交』が出来るんだよ」

「あぁ!?最初からそうなるよう仕向けてやがったな!!このタヌキ野郎!!」

 

 そう、彼らは参考人招致に、ピニャとボーゼスも連れていくつもりなのだ。無論発言をさせるのではなく、政治的な交渉を行うために。

 

「クソッ、てことは陸将より上にも根回し済みか!?どこまで行ってる?」

「『マルニ』が既に護送ルートを計画してるさ。特戦第七課へ書類上のみの出動も来ている」

「まて、まてまてまてまてまて!!特戦第七課だと!?…………柳田、お前何者だ?」

 

 後ずさる伊丹に、問い掛けられる柳田はとぼけるように肩を竦めた。

 

「他人の便器を覗いてもいいことはないぜ、そいつはお前さんも知ってるだろうよ」

「………少なくとも、気を抜いていいやつじゃないってだけはわかったさ。チッ、ろくな奴が居ないな」

「そいつはお前のご友人もか?」

「答える義理があると?」

 

 棘のある返事を返された柳田は、含み笑いを漏らしながら、持っている書類を伊丹へ押し付けた。

 

「なんだこれ?」

「詫びさ、見てみなよ」

 

 柳田には謝罪の態度など欠片もないが、伊丹は押し付けられた書類をめくる。そして、その内容に顔をしかめた。

 

「…………おい待て柳田。俺は国会の参考人招致に行くんだぞ、戦争しにいくんじゃねぇ。こいつはなんの冗談だ?」

「戦争さ。まさに俺たちは、戦争をしにいくんだよ」

 

 そこに書かれていたのは、装備品の使用許可リスト。それも、普通はまず市街地での許可は下りない品々である。

 

「必要なものをチェックしろ、不足なら書き足せ。物はそこに書かれたポイントで渡す」

「命令書………、拒否権は?」

「ハッ!!逃がさねぇよ。精々こき使われろよ、英・雄・殿」

 

 そう吐き捨てると、用は済んだとばかりに柳田は立ち去っていく。

 

「ああ……、クソッ!休暇、とれねぇじゃねえか……」

 

 押し付けられた書類から目を離すと、伊丹は誰もいない闇へぼやいた。 

 

 

 

 

 

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 辺りも暗くなり、終業ラッパがなり始めた頃、伊丹は自分のデスクに座り、報告書を仕上げていた。

 柳田から押し付けられたものもあるが、通常の任務の報告書、加えて参考人招致の準備などで忙しかったのである。

 

「ねむ………」

 

 支給されたホロキーボードを閉じ、電脳のメーラーを起動する。どうやらここしばらく忙しかった内に、メールがたまっていたらしい。机から缶メシを取り出すと、遅めの夕食を食べながら目を通す。

 

「梨沙のやつ、またすかんぴんになったのかよ……。あいつその内ヤミ金に手を出したりしないだろうな?」

 

 元妻である梨沙とは、別れてからの方が上手くいっているのだ。カードローン扱いされるが、それでも離婚前の様なぎこちなさはない。

 梨沙のメールを省き、続いて他の差し出し人のメールに目を通す。内容は様々で、近況報告やご機嫌いかがですか、帰ってこいやなどである。

 

「………。まったく、三十路越えたおっさんよりもいい奴なんていっぱいいるだろうに、あの娘らは変わらんねぇ」

 

 中には、特地へ会いに行くとか言うヤバい文面も見つかる。そろそろ此方から会いに行かんとなぁ、などと思いながら、ひとつのメールに目が止まった。

 

「閣下から?あー、カタログかぁ………。そろそろそんな時期だよなぁ」

 

 伊丹が思い浮かべるのは、冬の同人誌即売会のことに他ならない。夏のイベントには参加出来なかったのだ。冬には必ず参加しなければならない。そんなことを考えながら、返信をしていた伊丹は、部屋のドアが開く音に気がついた。誰かと思い振り替えると、そこにはレレイが立っていた。

 

「イタミ、送って……」

 

 そう一言だけ呟くと、彼女はその場に倒れ、眠り込んでしまった。

 

「………あー、御苦労様」

 

 レレイは特地と日本、両方の言語をよく理解している。それ故、彼女は幹部から翻訳を頼まれていたのだ。そして、ピニャと陸将の翻訳を務め、ようやく先程終わったのだろう。

 さて、ここアルヌス駐屯地からキャンプまで、二キロほどの距離がある。その程度の距離ならば、伊丹一人で背負って走り抜けられることは可能だ。だが、ここは一応戦争の最前線であり、単独での夜間外出は禁止されている。他の隊員に頼もうかどうか迷ったのち、伊丹はレレイを抱えると、空き部屋を探すことにした。

 彼女の小さな体を背負い、プレハブの外へと出る。ひんやりとした夜風が体を覆い、その冷たさが心地いい。隊舎までの距離はそこまでではない、今夜はそこへ寝かせれば良いだろう。

 

「ここの月、日本よりだいぶ大きいな……」

 

 見上げる夜空、そこに浮かぶ月は、日本で見られるものよりも随分と大きい。 

 

「漫画とかだと、こういう書かれかたってよくするけど、実際に見ると綺麗なもんだ……」

 

 月だけでなく、星も綺麗である。この特地には、夜でも明るい光源など、この基地くらいであろう。それ故か、満天の星空がよく見えるのだ。

 

「いよいよ明日か………。また疲れるんだろうなぁ……」

 

 おまけに更に厄介なものまでついてきたのだ。伊丹としては、そろそろ勘弁してほしいものである。

 背中のレレイは、もうぐっすりと眠り込んでいる。彼女達にも、無理をさせたものだ。

 

「早く運ばんと、見られたら色々面倒だよなぁ。ぐっすりと眠る少女と、それを運ぶ三十路過ぎたおっさん。絵面だけなら犯罪臭しかしないっての」

 

 隊舎の中へ入る。もうすっかり夜になり、廊下は誰も歩いていない。暗闇の中に浮かぶ自販機の光や、部屋から漏れる灯りを越えて、ようやく空き部屋へとたどり着いた。

 ベットを用意し、レレイを寝かせ、その上にシーツを掛ける。いくら眠くても、染み付いた一連の動作に狂いはない。

 

「ありがとさん。ふぁ………寝みぃ……」

 

 ベットの完成と、レレイがよく寝ていることを確認すると、伊丹は部屋を出ようとする。が、ここに来て今までの疲れが祟り始めた。

 

「うあ………、早く部屋に戻んないと。明日は………早、い……」

 

 しかしその意思に反し、動作は鈍い。そのまま頭が朦朧となり、伊丹は床に突っ伏して眠り込んでしまう。

 結局そのまま部屋へと戻ることなく、伊丹が朝まで起きることもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「るるりら、るるらら♪るるりら♪ふんふーん、ふふっ!」

「ご機嫌そうですね、どうしました?」

「ふふっ、だってあの人が帰ってくるんだもの。ああ、気分がいいな!」

「そうでしたね、確かにもうすぐその日です。でもあなた、もうしばらくは日本に帰れないでしょう?彼には二霞と十夜が会うのでしょうし」

「水を差さないでよ!!折角いい気分だったのに。ああもう、目標の集落、一気に消し飛ばしていいかな?」

「調査部が絶望するのでダメです」

「そっか、残念。異動は出来ないの?」

「あなたの立場では厳しいでしょうね。最高戦力を最前線から異動できるほど、余裕があるわけでもありませんし」

「むぅ………。じゃあ、せめてお土産話でも期待しようか」

「ええ、積もる話は沢山あるでしょうし。………おっと、予定通りです。目標を視認しました。もう一度確認しますが、作戦は潜伏中の工作員の捕獲、或いは排除です。あと、建物への被害は最小限に」

「了解、全機能活動正常。いけるよ………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……それじゃ、早く終わらせないとね♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 夜も深くなり、新しい朝へ向かう。まだ開けぬ闇の中、様々な思惑が目覚め、動き出そうとしていた。

 

 

 

 

 




用語集

『ホロキーボ-ド』
自衛軍内でデスクワーク用に採用されているキーボード。非実体の空中、机上投影型で、現在主流のデバイス。コーヒーをこぼしても壊れたりしないことが人気。




ちなみに強毒版だと、私はダントツで白い闇のシーンが大好きです。あの時の伊丹のセリフって、描写はされていないけど、やはりそういうことなのかなあって思っています。


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