ぼっちな武偵   作:キリメ

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5.バスジャック

 

 朝から雨が降っていたので珍しくバスに乗ることにした。キンジはまだ準備してさえいない。昔は俺も遅刻ギリギリに起きて準備していたが武偵になってからはそうも言ってられなくなった。物事において事前準備は大切だ。何かあってから動いていては遅い。

 

 そんなことを思いながら先に家を出る。早めに学校に行って損はないからな。クエスト確認がしやすいし、向こうで発砲訓練もできる。放課後は結構混んでるからな...ん?ルームメイトなのに何も言わずに先に行くのかって?時間はまだ少し余裕あるし大丈夫だろ。決してどういう態度で接すればいいかわからないとかじゃないんだからね!...きもいな。

 

 諜報科棟の屋上からパラシュート強襲の訓練をしていたらポケットのスマホが震える。落下しながら確認すると発信者はアリアのようだ。

 

『女子寮の屋上に今すぐ集合』

 

 いきなり何だと言いたいがとりあえずパラシュートで向かう。もちろん飛距離が足りずに途中からパラシュート抱えて走ったけど...

 

「で、いきなりなんだ?」

 

「あら、思ったより近くにいたのね。バスジャックが起きたの、犯人は武偵殺し。詳しい話はレキが来てから!」

 

 武偵殺しって...理子じゃん。これ、俺参加しないほうがよかった気がする。理子には俺を巻き込むなって言ったけどアリアには行ってなかったもんな...それにレキか...随分と豪勢なメンバーだな。

 

そんなことを考えていると俺の横に座る気配を感じた。振り向くと相変わらずどこを見ているのかわからない表情で座り込んだレキがいた。

 

アリアが強い存在感を出しているせいで気がつかなかったが...来てたのか?いや、今来たのか。

 

「とりあえず無言で俺の横に来るの禁止な」

 

「...いつからいたの?」

 

「今です」

 

 

 

"レキ" 狙撃科のSランクで命中率99パーセントの天才スナイパーだ。昔、蘭幇で殺し屋を少ししていた時、ウルス族と抗争となり、俺はウルスに潜入することになった。

 

何人かを殺害したもののウルスの幹部に完全敗北し俺は捕虜として捕まえられた。捕虜になった時俺の世話をしていたのがレキだ。お互いにどこかシンパシーを感じたのかすぐに意気投合した。といってもお互いほとんど話さないから見た感じ仲がいいようには見えないけど。

 

 捕虜として一週間が過ぎ、蘭幇との捕虜交換で俺は解放された。その後レキとコンタクトを取りウルス族と蘭幇の和平が成立した。今ではイロカネの情報交換も行っているらしい。

 

 

 

 

 時刻は8時を過ぎアリアがキンジに連絡を入れる。それ以外にも様々なところに連絡して指示をとばしている。俺?俺はレキと何もせず待っているだけだ。

 

 キンジが来てアリアに色々言われているとヘリが来た。ヘリに乗って現場へと向かう。相変わらずアリアとキンジが口論しているため緊張感が感じられない。

 

 

「見えました」

 

全員窓から外を見るが何も見えない。

 

「何も見えないぞレキ」

 

「ホテル日航の前を右折しているバスです。窓に武偵高の生徒が見えています。」

 

「よ、よく分かるわね。あんた視力いくつよ。」

 

「左右ともに6.0です。」

 

うん、わかっていてもやっぱりおかしいくらいの視力だ。ヘリがレキの言った辺りへ降下していくと、武偵高のバスが走っていた。かなりの速度だ。

 

「空中からバスの屋上に移るわよ。あたしはバスの外側をチェックする。キンジは車内で、八幡はバスの屋根から状況を確認、連絡して。爆弾を発見次第処理するわ。レキはヘリでバスを追跡しながら待機。」

 

「内側...って。もし中に犯人がいたら人質が危ないぞ。」

 

「『武偵殺し』なら車内には入らないわ。」

 

「そもそも『武偵殺し』じゃないかもしれないだろ!」

 

「違ったらなんとかしなさいよ。あんたなら、どうにかできるハズだわ。」

 

キンジが怒りとも困惑とも取れる顔をしている。だがアリアの態度はセオリー無視すぎる。これが『独唱曲(アリア)』の理由か...あとキンジ、この事件は間違いなく理子のせいだから車内に犯人はいないぞ☆

 

 強襲用パラシュートを使ってほとんど自由落下するような速度でバスの屋根に転がった。キンジが滑り落ちそうになりアリアにどやされている。全員屋根にベルトのワイヤーを打ち込んでアリアはバスの背面に、キンジはワイヤーを切り離して車内に入った。俺は靴にスパイクをつけて銃を構える。すると後ろからものすごいスピードで二台のオープンカーが迫ってきた。無人座席にはUZIがこちらを向いている。

 

「キンジ、どう!?ちゃんと状況を報告しなさい。」

 

「後ろから無人車が二台突っ込んでくる。迎撃するが一台が限界だ。」

 

「ちょっ!キンジなんとかしなさい!」

 

 そう言いながら銃を撃つ。右側の車のタイヤにあたり距離が離れるがもう一台がバスにぶつかる。

 

「あっ!」

 

 アリアの叫びと同時に、ドン!という振動がバスを襲う。少しよろめいただけだが思わず車から目を離してしまう。

 

「大丈夫かアリア!」

 

 キンジが呼びかけるが返事がない。今のでやられたのか?車から目を離したまま一瞬、次の行動を模索する。その隙に車は横に回り込みUZIの銃口が車内に向いている。

 

「みんな伏せろッ!」

 

キンジが叫んだ直後────バリバリバリバリッ!!

 

 無数の銃弾が、バスの窓を後ろから前まで一気に粉々にした。そのまま俺の方に向きギリギリのところで身をかがめて弾をかわす。...理子のやつ、車一つ壊したからって殺しにくんなよ、死なないけど。

 

キンジとアリアが屋上に上がってきた。両方ともヘルメットがない。

 

「アリア!爆弾は!」

 

「バスの下にあったわ。カジンスキーβ型のプラスチック爆弾!炸薬容積はおよそ3500立方センチ!ただ爆弾に薄いコーティングがされてるわ。何かわからないけど処理をお願い!」

 

俺は急いでバスの背面から下に潜り込む。インカムから二人の声が聞こえてくる。

 

「それよりキンジ!ヘルメットはどうしたの!」

 

「運転手が負傷して───いま、武藤にメットを貸して運転させてるんだ!」

 

「危ないわ!どうして無防備に出てきたの!なんでそんな初歩的な判断も出来ないのよ!すぐ車内に隠れ───後ろっ!伏せなさいよ!何やんってんのよバカっ!」

 

バチッバチッ‼︎

 

「アリアっ!」

 

何が起きた...?

 

「アリア──アリアああっ!」

 

 どうやらアリアに何かが起こったみたいだ。俺は急いで爆弾処理を進める。授業でも蘭幇でもよく訓練したからそこまで緊張することでもないが容積が容積だ。そして何よりもこのコーティングが厄介だ。正しい方法でコーティングをめくらないと発火する。まぁこの手のものも訓練しているからなんとかなりそうだが。それにしても全く理子のやつ...資源の無駄遣いしやがって、この量じゃバスどころか電車でも吹っ飛ぶぞ。

 

「アリア───‼︎」

 

パァン!

 

パァン!

 

ドオンッ!

 

 バスの下にいるせいで何も見えないが何かが爆発したようだ。俺も爆弾を取り外し屋根に戻る。後ろを見ると車が炎上している。そういやもう一台の存在忘れてた...。

 

 前方にはヘリが並走してきている。そして、屋根の上には、ぐったりと動かないアリアと抱えているキンジがいた。アリアの頭部から胸にかけて鮮血が飛び散っている。とりあえず...

 

「武藤!爆弾の処理が完了した。もう停車していいぞ!」

 

 バスを止めヘリの着陸を待つ。途中レキと目があったがスッと目をそらされた。え、俺嫌われてる?普段無表情なやつから露骨に目線そらされるとか俺何したんだよ。

 

 ヘリに乗り武偵病院へと向かう。キンジは自分を責めているようだ。理子はこの状況をどう思っているのだろう。そんなことを思いながら雨の降る空を飛んでいった。

 

 

 

 

 

_____________

 

 

 

side理子

 

台場駅直結の、ホテル日航東京

 

 壁に設置された52インチの大型プラズマテレビにアリアが頭部に被弾した瞬間のところで、動画が一時停止されていた。

 

「弱っ!アリア弱っ!余裕でステージクっリア〜♪」

 

ヘッドマウントディスプレイを頭から外して、露わにした笑顔で画面にウインクした。

 

「それにしてもはーくんが参加するなんて理子びっくりだよ〜。全然本気じゃなかったからよかったけど後で何かおごってもらお〜」

 

 そう言って立ち上がりシャルル・アズナヴールの名曲を歌い出す。

歌い終えた理子はカーテンコールでのお辞儀のように恭しく胸に手を当て───自らが起こしたバスジャックの現場に向かって頭を下げた。

 

外からは、拍手のような雨音だけがなり続けていた。

 

 

 

 

 


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