── バ カ キ ン ジ ぃ ぃ ぃ────!
ユアンの部屋で一泊した後、道中で
(もうあんたはクビ!どうせ外に出したら女の子と遊んでばっかりなんだから!この作戦には参加しなくてよし!帰国までずっと正座してなさーーい!)
慣れない海外で、慣れない状況で、疲れていた。そう言い訳できたならどれだけ良いだろう。
でも本質はそこじゃないんだ。俺とアリアには、差がある。ありすぎる。それはきっと一生埋めることのできない、大きな差。
(俺は海外なんか初めてなんだッ!お前みたいな帰国子女とは違うんだよ!)
アリアにふさわしいパートナーになることができない。それを思い知ってしまった。世界に一歩踏み出た、ここで。俺とアリアの差を象徴するかのような、このリッツ・カールトンと、あの北角で。
アリアは全てを持っていて何でもできて、俺は何も持ってなくて何もできないから。
(お前こそもうクビだ!藍幇ぐらい俺1人で何とかしてやる!)
だが武藤らキャリアGAの連中の話を聞いて、アリアが八幡から連絡が来た夜遅くまで、俺が消息を絶った香港島の
..........謝りに、行こうかな?
とも一瞬思ったが、あれだけ啖呵を切って飛び出した以上それもできん。
意固地なのは俺も同じか...などと思いながら香港島の市街地を歩いていく。アリア達のお陰で携帯が手元に戻ったので復活したメールによると、白雪、理子共に疑餌作戦を再開している。
街角では爆竹の音がぱんぱんぱん!と銃声のようにあちこちで鳴り響いている。春節はまだだがクリスマスに向けて爆竹のテストをしているらしいな。それにしても人混みひどい。クリスマス商戦か親にスケートボードをせがむ子供や大きな荷物を持った大人達。東京も人混みが多いがこっちは規模が大きいな。押されて思うように進めない。
こう多いとまたスリにもあっても気がつかないな、などど気を引き締めつつも人の流れに押されていき...
「キンチ、お前もこれで終わりネ!」
押されて飛び出した先、どこかはわからないが大きな広場の中央で猴とココと接敵してしまった。
「なっ、ココッ!」
「キンチ!日本では姉ちゃんたちが世話になったネ!ゆっくり話したいところだけど諸葛の命令で孫が相手するヨ」
そういうと無言で猴が此方へ近づいてくる。「クル・ククル・カララロル」などと意味不明な言語を独り言しているが、あれは...あの人格は猴じゃない。日本に来た時と同じ人外のオーラだ。一方のココは...
目の前には猴と眼鏡をかけたココが、そしてそれを囲むように藍幇の構成員と思われる人達が隙間なく何重にも立ち塞がる。ここまで無意識に誘導されたわけか。気がつかなかった。
そして...包囲されたぞ。それも最も抜け出しにくい、
「ココ!お前も藍幇の人間なら知ってるだろ。極東戦役では、決闘で勝敗を決めるルールになってる。俺たちを囲む人たちが全員それに耐える人員とは思えない。非戦闘員で敵を取り囲むのはルール違反だぞ!」
「ぷっぷー!キンチ間違いネ」
なに...?
「非戦闘員で敵を囲んではならないというルールはないネ!これはお前を閉じ込める檻。逆にここから出るために非戦闘員に手を出すことは決闘を無視したとしてルール違反ある!」
バカにするようにベロを出したココは、愛らしいツリ目の脇で両手をヒラヒラさせた。だが、その態度がココのいう事が間違ってはいない事を示している。
「さぁ猴...孫ッ!キンチを捉えるネ!」
「コルカラロス、アララス、クルアラル」
ダメだ、言葉も通じる気配がない。こっちで会った人懐っこい気弱な猴とは根本から違うんだろう。
得も言われぬ超越的なムードに近づいてくる孫に対し、ただみていることしかできない。
そしてついに俺の顔面の真ん中1センチに、孫の幼くも鋭い目つきの顔がある。鏡高組本家の屋上でジーサードを撃ったレーザーの発射口、その緋い右目も、俺の、目の前に......!
「孫ッ!」
反射的に叫んだ俺の口、露わになったその舌を
ぺろっ。
なめた。
口を俺の口に押し付けた、孫が。
一瞬、呆然とした俺だが、
「猴は臆病で、いけないよな」
それは孫が俺の口調で日本語を喋り出したことで、すぐに判明した。
ドクンッ......
「よし遠山。時間は限られてるし殺したら面倒でダメらしいが...ちょっと闘るか」
「俺と戦いたい...そういうことかい?」
ドクンッ......!
あぁなってるな、これは。まさか小5ぐらいの孫と唇を重ねて、ヒステリアモードになってしまうなんて。
「そういうことだ。強い男と闘りたい。それだけだ。最近じゃ骨のあるヤツが殆どいないからな」
「藍幇にはいないのかい?強い男が。例えば...諸葛八、とか」
「あぁ...アイツは...嫌いだ。正面から闘わない。それに今じゃあいつとくっついちまって顔も合わせたくない」
なるほど。やはり諸葛八は存在し強いらしい。それも諜報系か。孫も苦手、ということは強襲系と見ていいだろう。くっつくというのが比喩なのか、諸葛以外のあいつが誰のことなのか疑問は残るが...会話は成立するぞ。
「じゃあ、孫。ここじゃ銃は危なくて使えない。打撃戦といこうじゃないか」
半分本音で半分嘘だ。銃はいずれ使うつもりだし、そもそも対策を立てれていない状態でのレーザーなんて勘弁だからな。
「いいねそういうの、嫌いじゃないぞ」
そういうと重心を低くし徒手格闘の構えを取る。
互いに戦闘態勢に入り、周囲の爆竹の音も喧騒も聞こえなくなった瞬間、
バンッ!ババンッ!と空気を破裂させるような音を立てて、素手で
一撃一撃は鋭く、速く、直撃をもらえば即・致命傷といった印象だが...ギリギリ読める。日本で常日頃から受けている理子やアリアによる
それに技術より威力重視か複雑な動きは多くないから『橘花』で減速防御するとこで躱せない攻撃も受けることができる。広くはないスペースでしゃがみやターン、ジャンプとある種のダンスのように打撃戦を繰り広げる。といっても孫からしか手は出してこないけどね。
だが......孫は跳び上がり、
「キヒッ!」
空中で回転したと思うと尻尾で叩きつけてきた。
「──ッ!」
人にはない攻撃手段に反応が遅れた俺は、上からの一撃を両腕をクロスすることで受け止める。しかし今度は俺の腕を足場に逆回転したかと思うと腕を掴まれ...
バスバスッ!また空気の破裂音を上げ、右足、左足による二段蹴りが俺の胸に無防備に突き刺さり大きく吹き飛ばされてしまう。
「────カハッ!!」
不十分な態勢だったせいで『橘花』で受け流せなかった衝撃が肺の空気を押し出し、一瞬無呼吸状態に陥る。
つ、強いな。全身の骨が軋む。孫の攻撃は、通常打撃でも俺やジーサードの『桜花』『
「キヒヒッ、いいねお前。よく耐えた。」
「女性から褒められるのは嬉しいね。じゃあそろそろこのダンス会場から飛び出して二人きりのデートといこうか」
俺たちを囲む円は直径約15メートル。彼らを掻き分けて脱出することもできるだろうがこの状況、孫に背を向けるのは良くない。だがココ、詰めが甘いぞ。安全のため自分だけ装甲車に乗ったんだろうが、そこがこの陣形の穴だ。
「ココッ!」
叫びながら装甲車めがけて走る。声に反応したココが装甲車のターレットから銃を構えるのが見える。そして俺の後ろからは、
「逃げる気か?遠山!」
孫が追いかけてくる。ヒステリアモードの頭が銃が発射されるまでの時間、孫が追いつく時間、そして俺が装甲車にたどり着く時間を算出する。時間、形、そのどちらも失敗できないぞ。
そして、
ババババババッ!
重機関銃の弾が俺の目の前に迫る。だがまだだッ!
孫の鉤爪が俺の首にゼロ迫る。今だ!
ヒルダ戦での片手桜花、そして今の孫の桜花気味の動きを思い出し、地面を蹴り出す足に桜花気味の力を全身から伝える。
バスンッ!と大きな音と共に跳躍する。その後ろで、俺が壁で見えなかったココの弾が孫を襲う。勿論これで倒せるなんて思っていないが、思惑通り孫はバックステップで大きく後退し、ココも射撃を中断する。そして、
ただの鉄の塊となった装甲車を足場にもう一度跳躍し円陣の外へ、香港名物のネオン看板をつたい脱出することに成功したぞ。
「キンチ!逃げる駄目ヨっ!」
派手さがアダになったね。ココ。装甲車じゃ、この細い路地に入ってくることはできないよ。
「...孫ッ!お前、キンチ追っかけるネ!」
ココはそう言い残し、回り込むつもりか装甲車で大通りを直進していく。そして俺を取り囲んでいた人たちは...道を開けるだけで追いかける様子はないようだ。よかった、籠の鳥は白雪を思い出してあまり好きじゃないんでね。
だが、まさか昨日、俺を助けてくれた北角のユアン。部屋に泊めてもらった時にも言っていたが、彼女が通っていた学校も藍幇系の学校。
そして、昨日彼女が語っていた学校指定のお尋ね者とやらは。どうも......俺の事、だったらしいな。
『
俺は『ムリって言うの禁止』と昔アリアに無茶振りされたから、いろいろやっただけ。だから正確には『不可能を禁じられた男』かな。
あー、可哀想になってきたね。自分が。
と、孫に追いつかれても困るし本格的に逃げるとしよう。アリア達にも連絡しないとな。この感じだと拠点もバレているだろうし。
幸い白雪のガイドブックから香港の街並みはヒステリアモードの頭で全て思い出せる。とはいえ、地図と実際に誤差もあるわけで。このままだとジリ貧だ。
逃げ切れた、のか?だとしたらあいつらに連絡入れとかないと
────ハ
...なんだ?
おい、電波が繋がらないぞ。それにさっきまでの喧騒が嘘みたいに静か...
「
「......!」
「流石エネイブル...あの孫から逃げ切るは見事ヨ。香港に渡すのが勿体無いネ」
静かな裏路地に声が響く
「誰だッ!」
銃を声のした方に構える。だが姿が見えない。
「リリオパラ・マイオパラ・ワァサイダーホゥ!」
突如神経に障る甲高い声が響き、たんっ。
臙脂色のアンダースコートの周囲にヒラヒラ広がるスカート。赤を基調にした、理子が好みそうなアニメっぽい衣装。たしか...
「...魔法少女...か?」
「
殱はアリスベル4巻から登場