敵から身を隠しながらチラッと腕時計を見ると短針が3を指している。どおりでさっきより視界が悪いわけだと思いながら狙撃手を探す。
「狙撃手の場所は...ここから北北西に150メートルもう一人は...」
ズドンッパシュッ!
二発の銃声ががほぼ同時に響く。発砲音の一つはβ4のいる場所だ。
「状況は」
「...北300メートル先に一人確認、同時発砲ののち利き腕に命中しました」
「すまん、それで」
「はい、この地点からならもう一人も少し移動すれば狙えます。副隊長...は増援をお願いします」
「...わかった。β4そこから絶対に動くな。もう一人は俺がやる」
「何故ですっ自分の方が安全に狙えます!」
「位置バレして何を言ってる。それに負傷してるだろ、お前」
「うっ」
「隠そうとするな。部下を失いたくはない。あとは...任せろ」
「...すみません。副隊長」
少し遠回りしながら敵の居場所へと向かう。気配を絶ったことで俺に向けられていた殺気も感じない。だが間違いなく近くにいるはずだ。
そちらにも気を張りつつ、狙撃手のいた場所近くに到着した。移動に少し時間をかけたので身軽な向こうも移動しているはずだ。
──バリバリバリバリバリバリッ‼︎
その時なんの前触れも感じることなく、空気を揺らすほどの爆音とともに大量の銃弾──弾幕──が襲ってきた。
今の服装は全て武偵高の防弾制服に使われるTNK繊維よりもずっと効率良く衝撃分散できるはずなのだが、トラックに追突されたような痛みと衝撃を受け続ける。俺はほとんど衝撃に身をまかせるような形で、少しは身を隠せそうな窪みへと飛び込んだ。
──ッバリバリバリバリッ!
一発受けるごとに姿勢が低くなりさらに移動が困難になる。敵の方が俺より位置が高いらしくろくな遮蔽物もないため耐えるしかない。
10秒後、リロードのためか一度射撃が止んだ。すぐさま飛び出し金属糸を展開しつつ発砲源に向かって走る。そこでようやく敵の姿を目視した。
あれは...っ!
全長3メートルにも及ぶ巨大な人型兵器がそこにあった。
遠目にはなるがその両腕にあるのは間違いなくGSh-6-23。これは旧ソビエト連邦が開発したガドリング砲でその連射性は毎分10,000発程度と高く、航空機銃などに使われる代物だ。200m程度なら航空機の装甲にもキズをつけることができる。いまはまだそこまでの距離はないが、破壊する以上その弾幕を躱すなりしないと即詰みだ。
他にも肩にはランチャーがあったり自動小銃みたいなものも見えるが、まずはこっちの間合いまで距離を詰めることが最優先だ。というかそうしないと何もできない。
金属糸を最大限に伸ばし全方向からの攻撃に対応しつつ敵に向かって走る。スーパースローとまではいかないが、敵に意識を集中する事で視界に入るもの全ての動きがスロー再生へと切り替わる。
──バリバリバリバリバリバリッ‼︎
1秒間に130発、2門で260発の銃弾がバラけながら俺に向かって放たれる。その銃弾全ての軌道一つ一つを見切ることなどできるはずもないので、視線誘導や体重移動など文字通り全身を使って射線を誘導しながら接近し続ける。
敵も誘導されていることをわかっているのか苛立っていくのを肌で感じる。
──バリバリバリバリバリバリッ!
が、近づいて行くにつれ誘導に限界が生まれ糸で銃弾を切り受ける必要がではじめた。それでも止まるわけにはいかない!
残り...50メートルッ!
糸の最長が20メートル。そこまで辿り着ければこちらの攻撃が届き...勝てる!
──バリバリバリッッ‼︎.........ガコンッ
その時、リロードを繰り返しながら猛威を奮っていたガトリングを両方ともパージした。
...弾切れ⁉︎好機!
人型兵器が右手に巨大な剣のような塊を構え、加速しながら突進しようとする。
だが───!
ガキンッ
重い...がいけるな。
射程圏内に入った俺の糸によってその動きを封じる。左手で手足と腰を拘束しつつ、そのまま右手で操縦室を中ごと縦に切り裂いた。
完全に機械が動かないのを確認して──俺は地面に、座り込んだ。
雪山の中、銃弾の豪雨の中、受けて、走って、斬って...ボロボロになりながら倒した。
その割に──あれほど強大な殺気を放っていたのに──戦っている間これに強敵と感じることは......なかった。攻撃も遠距離からの弾幕射撃だけだったし...なぁ?被弾箇所はもちろん痛むけど。
「くひっ」
!!!?
なんだ...何が起こってる?
「あーいてぇ、やっぱ実際に受けるのとみるのじゃ勝手が違うなぁ」
声のする方、倒した敵を見ると俺より少し若い少年が無傷でこちらを見ている。
......無傷で、だと?傷が浅かったとかそんなレベルじゃないぞ。実際、機会の方は真っ二つだ。
「だがもう覚えた。もう視える」
......。
無言で指を少しだけ動かし、生意気な少年の首を狙う。だが、
バチバチッ!
あ?
「視えてるって」
その攻撃は奴の腕で受け止められた。いや、腕でというには語弊があるか。
実際には腕にまで俺の攻撃は届いていない。なんかよくわからないが、力場的なもので防がれている。
...ステルスか?
「いや、俺は
「...なに?」
心の中の疑問に対しさも当然のように回答した敵に、さっきより警戒度を上げる。
ここまで一言も声を出していなかったはずだが、心の中でも読めるのか?
「へぇ、やっと声を出してくれたな。どうやらそれだけ驚いたということか...。あぁ一応言っておくが別にお前の心の中を読んだわけじゃねぇぜ。今までの相手が揃って同じ反応をしていたからってだけだ」
...今まで...ねぇ。その喋りグセも死人に口なしってことかよ。驕りじゃないが...死神とまで言われた俺もまた随分と舐められたもんだ。
だが...認めよう。こいつは強い。弱者を演じ油断させ、ワザとこっちに技を出させたこともだが、この糸を受け止めた奴なんて片手でいいくらいだしな。因みに葉山の時は殺しにいってないから数に入れてない。
「...そうかよっ!」
さっきのはクールに一撃で沈めようとしたから防げたんだろうよ。
1本でダメなら...6本でどうだ!
【吸血糸!!】
攻撃が単調にならないようタイミングをずらしながら全方位攻撃で攻める。この攻撃に強い殺傷能力はない。代わりにつけた傷口から血が止まらない現象を引き起こす。敵の能力がはっきりしない以上、下手に近づくのは危険だ。
バチッバチッバチッ
だが敵は両腕でガードするだけでなく空中にも力場を生み出し6本全てを防がれる。
......!⁉︎
これは普通の金属糸と違って一本一本に意思を込めて動かしているんだぞ。その動きをいくら見えるからって普通見切れるかよ!
「いい武器だ!それでこそ奪いがいがある!」
奪いがい?こいつらはウルスの璃璃色金が目当てのはず...じゃ......!!!!
その瞬間最悪の予想がよぎる。
「どうした?攻めが止まってるぜ」
だがそれに今気がつくべきではなかった。ほんの一瞬意識をそっちに持っていかれ...
ほぼゼロ距離までつめられた俺は直上からのかかと落としに対し必要以上に避けてしまった。すぐさま追撃され、なんとか躱しつつも形成は徐々に劣勢へと追い込まれる。
苦し紛れに腕─いつもは指先をほんの少し動かす─を大きく振るうが...
「はっ脇がガラ空きだぞ!」
空いた右脇に向かって回し蹴りが襲う!
回避...できない!!
少しでも衝撃を和らげようと左へ跳び...
「かはっ!?」
それでも銃弾よりも強く重い衝撃と痺れが右肩から全身を貫きそのまま地面に叩きつけられた。
...う、動けない。全身が麻痺し、芋虫のように地面を這うことしかできない。
だが、それ以上の反撃ができた。五本の糸を合わせ威力を高めた一発は敵の右足を斬りとばした。
これで...敵も動けない筈だ。
動けるまで銃など遠距離からの攻撃に警戒するため敵を見る。右足を失ったためバランスを崩しこっちに足を向けて倒れている。
この感じだと良く反撃はないな。と安堵するもすぐにそれが安直だと思い直す事態がおきた。
足が...再生してる?ステルスじゃなくて異能...人外かよ。しかも吸血鬼並みの再生能力とか...まるでヒルダだな。
「今のは見えなかったぜ。まぁ無駄だが」
「...まさかロシアにこんな大物が隠れていたなんてな。本当に人間かよお前」
「...正確には人間でもない。だがそれをお前に説明する理由もない。黙ってこのままここで死ね」
バチバチバチバチチッ!!
奴の右手にプラブマ球のようなものができ、次第に大きくなっていく。あれを食らえばひとたまりもないだろうが...まだうごけない。
武力ではもはや
だが力とは武だけを指す訳ではない。言葉...人を動かすこともまた力だ。
「...キメラ・プロジェクト...」
「......何を」
「人間でもステルスでもない存在、お前はそれか?」
「......どうやら少しお喋りが過ぎたらしいな。そうだ、俺は人と
「ウプイリ...どおりでヒルダを連想するわけだ」
あの再生能力はやはりそこからきていたか。魔臓があるかまではわからないがやっかいなことに変わりはない。
「ルーマニアのドラキュラか。彼女もいい研究対象だと聞いている」
「そうかよ。どうせならそのままそっちに向いていてほしいものだが」
「安心しろ。狙いはお前だ、諸葛八」
やっぱりか...いい武器って言ってたし、これに含有されてる璃璃色金を狙ってたんだな。
「ウルスを狙うってのはガセか」
「ガセではないが本命は別にあっただけだ。わざわざ危険を犯さなくても手に入るならそっちの方がいいだろう?」
舐められてるってことか。ウルスの化け物じみた連中と高校二年生を比べる方が変な話かもしれないが。
バチバチ!!
そうしているうちに膨張したプラズマ球が収束し...安定した。
やはりというか俺にはまだ言葉で人を動かすほどの力はない。
だがあと一手、打てる手は残っている。姿は見えないが色金を通してその存在をかすかに感じられる。それに頼るのが吉となるか凶となるか...
だがそれ以外に手はない。あとは向こうにその気があるか...
「話は終わりだ。武器を捨てて投降するか?中国人は退くときは退くと聞いたが」
「残念、俺には日本人の血が流れてる。最後まで足掻いてやるさ」
この博打、気づいてくれるなよ
「ほぅそれは意外、そして死ね!」
「俺に力を貸せ!───ッ!」
バシュッ!!!
視界が朱に染まる。
その先では敵の頭が弾け───
今度こそ完全に動かなくなった。