ぼっちな武偵   作:キリメ

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分けてもよかったけど久々に6000文字書けたしそのまま投稿です。


32.血壊

「俺が...お前を殺す‼︎」

 

その声とともに葉山の目が赤く──明く──紅く充血した。

 

「......きたか」

 

『対象の目の充血と心拍音が大きくなったのがこっちでも確認できます。92%の確率ですけど、事前情報や近似例から【血壊(けっかい)】したんじゃないですか?』

 

【血壊】それは体内の血圧を限界まで高める超高血圧症状だ。本来高血圧とは血流が悪いことが原因となることが多い。なぜなら血流が悪いと血を末端まで行き渡らせるため、心臓が圧力を高めて血を送り出すからだ。

 

しかし日常時の血圧が正常な場合、血圧の高さはは血流の速度に比例する。つまり血流が良くなりすぎるのだ。そのため全身の血管に負担がかかる。そして何よりも血液を送り出す心臓に。

 

だが血流が良くなるということは酸素を多く取り込めるわけで、運動能力は著しく向上する。たとえそれが一時的なものだとしても、それは脅威になりうる。昔理子が言っていたある漫画の主人公が使うギア2(ギアセカンド)という技に近いんじゃないだろうか?

 

「ハロ、お前は観測機に移動しろ。遺伝形質の乗能力者は異能やステルス以上に貴重になるからな」

 

ハロは普段、俺の携帯や耳元の小型カメラから画像情報を読み取り、ワイヤレスイヤフォンから音声情報を読み取り伝達している。だがその処理能力には限界がある。

 

だから今回のような場合、事前に作戦決行場所を決め、近くに集音器や高画質カメラ、スーパースローカメラなどをオンラインで操作できる観測機を用意している。

 

『了解ですっと............はい、あーテステス、聞こえますかーっと』

 

「あぁ」

 

『ならいいです。あっそれとこっちで確認できたんですけど体育館に2人、こっちに3人武偵らしき人がいます』

 

対応が予想よりも早い...?いやこの場合雪ノ下家の関係者と考えた方がしっくりくるな。

 

「...フォーメーションをD8Bと7Dに変更」

 

『はーい、[捌足から全足:フォーメーションをD8Bと7Dに変更。接近する五蝶を三糸で無力化]』

 

そこでようやく葉山が立ち上がった。全身の痺れが解けるまで気の抜けたやりとりをしていたが、ここからの油断はどうなるか未知数だ。

 

「意外と遅かったな」

 

「.........殺す‼︎‼︎」

 

「ハロ、観測頼むっ⁉︎」

 

バゴンッ

 

その言葉を言い終わる前に今度は俺が吹き飛ばされた。

 

念のため俺の正面に展開していた金属糸による見えない網のおかげで直撃を喰らうことはなかった。だがその拳が生み出す風圧だけでも十分な威力があったらしく、内臓の一部で内出血を起こしたようだ。

 

ゲホッと込み上げてきた血を吐き出し、息を吸い込む...暇も与えずに葉山の追撃が来る。本能的に右に転がり、糸を使って反対の壁まで移動する。

 

『初速294m/s』

 

後手後手にまわる中、ハロが端的に今必要な情報だけを告げる。

 

キンジ使うベレッタの弾、9mパラベラムの初速が381m/s。音速が約340m/s。そんな中294m/sという速度はまさに人間砲弾みたいなものだろう。

 

視覚では追いきれないため、聴覚と金属糸による全方位防御でなんとか対応しているものの完全にかわすことは不可能だ。

 

そもそも俺が剣や銃弾など敵の攻撃を躱すことができるのは気配・感情の波を文字通り視ることができるからだ。そしてそこから相手の行動を予測するからだ。銃弾を放つ拳銃のトリガーに力を入れる時の筋肉の動き、相手の視線など様々な情報を元に予想し行動している。

 

かつてそれを予知と呼んだ奴がいたがそれは違う。俺のは大量の視覚情報などを処理し、直感と確率論の、反射と思考の融合からくる行動なのだ。

 

長くなったが何が言いたいかというと、要は思考にまわす余裕がない!ってことだ。

 

だがまぁ、だったらその余裕を作ればいいだけで...

 

「...データは取れたか?」

 

『許容誤差±5%とした場合、必要な各標本データ数400を達成。基礎統計量を算出可能』

 

閃光弾(武偵弾)で動きを止める場合どれくらい稼げる」

 

金属糸での拘束は糸がもっても俺の指が使い物にならなくなる可能性が高い。一方閃光弾なら遮光マスクにもなる仮面のおかげで時間が稼げる。

 

『──p=0.38──有意確率。閃光弾(フラッシュ)だけなら0.64秒、音響弾(カノン)との組み合わせで2.37秒の筋肉の硬直が期待できます』

 

「上等。それと一旦カメラだけ切れ」

 

『了解』

 

イヤホンを外し、両目両耳で動きを感知する。幾度の攻撃から葉山の攻撃パターンはある程度掴めている。右─左後ろ─腹─腹─アッパー─足払い─なら...ストレートか突進それか

 

「上だろっ」

 

上段かかと落とし。半ば直感に従った回避とともに投げた閃光弾は見事葉山の目の前で破裂した。

 

1秒にも満たない一瞬の硬直。だがその一瞬は葉山の全身にこめた力を抜かせる。300m/sにもなる奴の体に触れればカウンターだろうと此方だけが一方的に傷つくだろう。だが力が抜けた今、触れることぐらいなら...できる!

 

迫るかかとに左手の掌底をあて、そこに気功を集める。

 

そして

 

───軟射気功拳‼︎‼︎

 

その気功を葉山の体に打ち込んだ。

 

中国武術の一つ硬射気功拳。それは自身の気功を敵に打ち込み、体の内部だけを破壊する拳法。打ち込まれた気功が体内で反射するため外傷がなく、暗殺術として使われている。

 

その術を諸葛静幻(義父)が改良し、殺さないようにしたのが軟射気功拳。体内で反射した気功は、内部を破壊するのではなく不活性化させるので相手を行動不能にすることができる。だがこれにも問題があり、加減を間違えると回復できなくなり植物人間してしまう危険性があるらしい。

 

今回は威力も打ち込んだ気功も多くはないので、血壊のエンジン部とも言える心臓の活性化を本来の動きに戻す程度だろう。

 

勢いよく吹き飛んだ葉山は気絶し動く気配はない。それにもし動けたとしても、血壊を使用した後は良くて全身筋肉痛、ひどい時は全身内出血ときく。初めてなったため加減ができていないと考えると、目を覚ました時の全身の痛みはかなりのものだろう。

 

そんな戦闘も終わり静かな屋上の至る場所にはヒビや血痕がある。

 

(流石にこの状態での処理は厳しいか)

 

この屋上を爆破焼却すれば早い話なのだが、三人がいる状態でそれを行うことは流石に気がひける。

 

仕方ない、撤収だ

 

壊れかけた──ドアはない──昇降口から俺は何もせずその場を離れた。

 

 

 

 

 

「ハロ、撤収だ」

 

『了解。観測機の爆破シークエンスを開始.........テステス、聞こえますか?』

 

「あぁ、それと他のメンバーにも撤収を伝えてくれ」

 

『...[捌足から全足:作戦は成功。即時撤収、フタマルマルマルにポイント46で]』

 

「助かる」

 

『それよりその左手。すぐに治療しないと』

 

「まだいい。っとよし、これでいいだろ。撤収するぞ」

 

『あーもう、あとでどう言われても知りませんよ』

 

そう言いながら撤収ルートを提示してくる。

 

「それは困るが...まぁ作戦は大成功だし許してくれんだろ」

 

そのまま2人は学校のマンホールから外へ脱出し、姿をくらませた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブルルル──ブルルル

 

時刻は18時過ぎ。俺のスマホに雪ノ下陽乃から連絡が来た。

 

「...もしもし」

 

『どういうつもり』

 

「何がですか?」

 

『とぼけないで。過度な攻撃は禁止。そう契約したはずよ』

 

「誰か大ケガでも?」

 

『ええ、雪乃ちゃんと相模さんが銃で撃たれてるわ。精密検査の結果、臓器に傷はなく銃弾も貫通しているから後遺症は愚か傷跡も残らないというおまけ付きでね』

 

そう、俺は誰も殺していない。撃たれたショックを死と連結し殺気を加えることで気絶させたが、心臓はおろか臓器一つ傷つけていない。

 

「なら良かったんじゃ。それに正確には後遺症の残る攻撃は禁止、ですよ。残らないなら問題ないんじゃ?」

 

『ふざけないで。撃たれたという死の恐怖だけは簡単には消えないわ』

 

「ふざけているのはそっちだろ?俺たちがサンドバックみたいな都合のいい存在とでも思いました?」

 

『...そうね。でもそれならこっちもそれ相応の対応をさせてもらうわ』

 

「わかりました。まぁ...俺は直接は関係ありませんし」

 

『......⁉︎っそんな屁理屈』

 

「だってまず、俺が直接何かをしたって証拠あります?」

 

『.........』

 

沈黙。それもそうだろう。俺たちが撤収し雪ノ下や葉山が屋上から運び出された時点で屋上を完全焼却爆破したのだから。血痕や毛髪など一つも残っていない。

 

「雪ノ下さん。契約の5項で決めたじゃないですか『諸葛八幡以外の人間を使用する場合、不逮捕特権はないものとする。但し上記の規則には従うものとする』って。俺は藍幇にこの取り決めを伝えて人を送って貰っただけですよ」

 

『...逆に君があの場にいなかったってことを証明できる?』

 

「できますけどいいんですか?そうしたら完全に俺が白って証明されますけど」

 

『.........わかった。じゃあ今すぐ会って、糸使いの男と一緒に』

 

「...はぁ、わかりましたよ。じゃあ今から1時間後、海浜公園球技場の海岸沿いで会いましょう」

 

『ええ』

 

 

電話を切り、ため息をつく。痛む左腕はどうやら手首を骨折したらしい。

 

『どうするんです?予想はつきますけど』

 

「あぁ...それでいい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side 雪ノ下陽乃

 

───してやられた

 

目を覚まして最初に思ったのはその言葉だ。

 

「比企谷くんをちょっと侮ってたかな」

 

自分の不得意な分野に持ち込まず、有利な環境下に持っていく。それが私の戦い方だ。自慢じゃないけど小中高ではそれで学校を表も裏も支配していた。

 

今回、最初の勝負で実力では劣ると考えた私は、駆け引きなら対等か有利に持ち込めると文化祭の話を持ちかけた。

 

小町ちゃんのことや千葉村のこと、他の交渉材料から予想通り引き受けさせることに成功した。不逮捕特権も本人だけで情報隠匿もあとでどうとでもできた。

 

そして何よりも比企谷くんの実力や藍幇の構成員のデータや武装など貴重な情報が手に入り、隼人の血壊化や構成員の身柄の確保も視野に入れていたというのに...

 

───してやられた

 

繰り返し思う。

 

新幹線ジャックでは実行犯を取り逃がし痕跡もなかった。比企谷くんにつけていた監視は二人が殺されたが不逮捕特権で動けず証拠もない。そして文化祭では狙撃手、異能、蟲使いが1人づつとその他4人。それと隼人と対峙した糸使いの計8人が藍幇にはいるという簡単な情報。予想でしかないが糸使いが比企谷くんである可能性。そして隼人が血壊したということしか得るものはなかった。

 

それに対して彼らは血壊個体の情報、雪ノ下家の情報、ここ最近の非合法活動などなどなどと得るものは大きかっただろう。

 

ある程度状況が落ち着くと比企谷くんに連絡し糸使いと比企谷2人に会うことを取り付けた。ここまできたら少しでも情報が欲しい。たとえそれが糸使い≠比企谷八幡でも。

 

 

 

 

 

 

 

海浜公園球技場の沿岸で待っていると2人が近づいてくる。1人は比企谷八幡、もう1人は糸使いの服装をしている。

 

「すみません、待ちましたか?」

 

「ううん、今来たところ」

 

普通は男女逆じゃない?という言葉を飲み込んで本題に入る。この場の雰囲気はそんな甘いものじゃないから。

 

「それで彼が例の糸使い?」

 

「そうです」

 

「初めまして雪ノ下さん。俺のことはバージュとでも呼んでください」

 

この自己紹介は隼人からの聞いていた通り

 

「それで比企谷くん、まさかこれが人違いの証明になるとは思ってないよね?」

 

確かに声も雰囲気も比企谷くんとは似ても似つかない。でも見るべきところは糸使いじゃない。比企谷くんの左手!

 

隼人の話では最後左手の掌底を受けたと言っていた。でも亜音速の攻撃をただの人間(・・・・・)が生身で受けて無事なはずがない。良くて突き指、なんなら骨折や脱臼していてもおかしくない。

 

「思ってませんよ。だからほら」

 

そういうと比企谷くんは突然上半身を脱ぎ出した......!?

 

「ちょっと比企谷くん⁉︎こんな外で裸に」

 

「別に少しくらいなら大丈夫じゃないですか?夜ですし」

 

確かに夏とはいえ19時は日も落ち始めている。だが幾ら何でも外で脱ぐのは

 

「それに雪ノ下も見たいんでしょう?俺に傷がないか」

 

「え、ええ」

 

まずいわね。主導権を取られた。確かに傷を見たいとは思っていたけどこうなると裏があるようにしか思えない。

 

「古い傷が結構あるのね」

 

それに筋肉もある。最近聞くようになった細マッチョってやつかな。でも肝心の生傷がない。左手も違和感なく動かしている。

 

念のため幻術の類に注意して確認しているけど...

 

「どうやら君に傷はないみたいね。じゃあ次はバージュ、貴方だけどいい?」

 

「構わない...と言いたいが、断らせてもらう。俺に露出趣味はない」

 

「じゃあどうやって確認させてくれるのかな」

 

「はぁ」

 

バージュはため息つき右手でコートの半分を開け中を見せた。

 

「俺は......()だ」

 

コートの下には黒い防弾服とある程度の大きさのある胸......胸?

 

「えっ...え?どういうこと」

 

「どういうことも何もこいつは口調こそ男だが体は女性なんですよ。だから俺≠此奴、Q.E.D.証明完了」

 

「そういうこと」

 

「まって。そんなの影武者とかでどうとで」ムグッ

 

言い終わる前に口が塞がれる。ほんのりバニラのような甘い香りがするそれは糸使いの髪の毛のようだ。それが私の口を塞いでいる。

 

「バージュ、やりすぎだ」

 

「わかったよ。でもこれで信用したか?俺が糸使いだってこと」

 

「...ええ」

 

信用というより納得せざるを得ないというべきかな。不規則に動く糸という話から凄腕と予想していたけど超能力者で細いものを動かすのに長けていると考えたら、この女性が糸使いでも違和感がない。

 

「じゃあもういいですね。多分もう会うことはないでしょうけど、葉山を覚醒させたんですから小町をないがしろにするのだけはやめてくださいよ」

 

「わかった」

 

そういうと2人は来た道を戻っていく。そして一度立ち止まり振り向くと

 

「そうだ...あの時の質問ですけど小町と藍幇どっちが大切かってこと...藍幇ですから」

 

そして日の落ちた海岸から見えなくなり、緊張から解放された私は力なく座り込むことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

「今回も助かった。ありがとな理子」

 

「理子にできることならなんだって手伝うよ」

 

雪ノ下さんに証明するにあたって糸使いに変装してくれた理子に礼を言う。

 

「でもはーくんもよくやるよね。骨折した左手を腫れはともかく違和感なく動かすなんて」

 

「糸を左手に刺し通してるからな。言っとくがかなり痛いぞ」

 

雪ノ下さんは超能力者や異能の部類に入る。そういう人は大抵ただの人間を本能的に下に見る。だから怪我も幻術を疑うことはしたが、理子仕込みの変装術による偽装を真剣に疑うことはしなかった。だから嘘が通じたんだけどな。

 

「当たり前だって...まぁこれで一件落着って感じかな?」

 

「そっちはどうなんだ?ヒルダが向かってるみたいだが」

 

「えっ...あー、うん。大丈夫大丈夫。ブラドのこともあるしなんとかなってるよ」

 

波が揺れる。嘘だ。

 

「...そうか」

 

そう言って左手を理子の右頬に当て────そのまま右側の髪を少し上に持ち上げた。

 

「...っ」

 

(...悪い)

 

強張った表情の理子に心の中で謝罪し右耳を見る。髪で隠れていた右耳には蝙蝠のイアリングがつけられている。

 

「......ヒルダか」

 

「...っ」コクリ

 

「...なぁ理子、最悪俺が」

 

「大丈夫!...大丈夫だから。今度こそ1人でやるから。だから......はーくんは...手を出さないで」

 

その強く脆い言葉に俺は何も言うことができない。否定も肯定も理子を傷つけそうだったから。

 

「...頑張れよ」ボソッ

 

消えそうな声でそう言うことしかできなかった。

 

 

 

 

 




陽乃さんにいいとこなしみたいな感じになったけど、嫌いで書いてるわけじゃないからな!

だからアンチじゃないぞ!

嘘だと思うのなら陽乃さんのSSでも書くぞ!





...不愉快に感じた方、本当にすみません(反省)

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