ぼっちな武偵   作:キリメ

35 / 41
はじめに
ここまでシリアスになるとは思っていませんでした。




31.覚悟

屋上のドアから一番遠いところに2人の少女が拘束されている。拘束は手足のみで叫ぶことは可能だが叫ぶと殺すの言葉が効いているのか黙っている。ひとりは一時的に意識を失っているが。

 

「なぜ...こんなことをするのかしら?私をどうしたところで雪ノ下家をどうこうできるとは思えないのだけれど」

 

もう1人の少女、雪ノ下雪乃は自分を拘束した男を咎めるように睨みつける。一方、八幡は屋上から少し離れた体育館の方を見続けている。

 

「くっ、黙っている気かしら。そんなことが許されるとでも?」

 

そもそも聞いているかすら怪しいように見えるが...

 

「...辛い、この空気」ボソッ

雪ノ下に背を向けた八幡の仮面の下の表情は重い。ちなみに、雪ノ下に正体はまだバレていない。シロを使ったことでバレる危険性があったのだが、「ある男から使えそうだったから奪った」という言い訳が通じたのである。あまりにあっけなく信用したことから雪ノ下雪乃の将来が不安になるとともに、比企谷八幡がどう思われているか疑問ではあるがそこはおいておこう。

 

『その割には表情がにやけているようですけど?』

 

「......作戦が順調だからだ」

 

『沈黙があったことには触れないであげますよー』

 

「いい加減何か言ったらどうなのかしら。あなたは誰?何が目的なの」

 

「はぁ、それでハロ...状況は?」

 

『体育館の制圧は完了したみたいですよ』

 

「そうか。陽乃さんは?」

 

『そっちも無事無力化に成功したみたいです。気にしすぎだったんじゃないんですか?』

 

「...引き続き油断するなと伝えてくれ」

 

『はーい』

 

その時バタンッと屋上の扉が開く。目を覚まさない相模以外の全員が昇降口へ顔を向ける。

 

『おっ』

 

「なっ」

 

「きたか...葉山隼人」

 

息荒く昇降口から飛び出してきたのはターゲットの葉山隼人。すぐに屋上を見渡し、2人が拘束されていることを理解したようだ。そしてその犯人()が自分のことも知っていると考えたのか波長の波が穏やかに、しかし気を緩めていない状態になった。

 

「君は...いや、お前は誰だ」

 

「そうだな...バージュ(捌足)とでも呼んでくれ」

 

「バージュ...?ふざけているのか。それになぜ彼女達をこんな目に」

 

「あぁ、こいつらは人質だ。お前をおびき寄せるためのな。まぁショートヘアの方は予定外だったがな」

 

「俺が...目的?」

 

「そうだ。その前にまず俺の自己紹介といこうか。もう分かってるだろうが俺達は俗に言うテロリストだ。そして既に体育館の方は俺の仲間によって占拠されている」

 

「バカな!向こうには陽乃さんがいるはずだ」

 

「その雪ノ下家次期当主様なら既に拘束済みだ」

 

「なっ!お前は一体!?」

 

「テロリストだといったろ?まぁ俺もできれば無関係な人たちを傷つけることはしたくない」

 

「だったら」

 

「だから葉山、お前には3つの選択肢をやるよ。ここにいる2人を助ける代わりに他の人間を見殺しにするか、向こうの人間を全員助ける代わりに2人のどちらかを殺すか。あぁ2人とも殺してもいいぞ」

 

「っバージュッ!お前は自分が言ってることの意味を分かっているのか!」

 

「【ひとりはみんなのために、みんなはひとりのために】だろ?以前(・・)お前が好きだと言っていた言葉だ」

 

「違う!俺はそんな意味で言ったわけじゃ」

 

「違わないな。本質は同じだ。何かの犠牲なしに何かを得ることはできない。大切な人の命かその他大勢の命、天秤にかけてみろよ?」

 

「...もう黙れ。これ以上言ったら俺は君を」

「無理よ。これは貴方と私が招いた結果よ。貴方だって分かっているんでしょう?」

 

雪ノ下が諦めたような表情で口を挟む。

その表情は前髪で隠れていて見えないが、きっと──

 

「あの時俺にどちらかを選べと?そう言いたいのか雪乃ちゃんは」

 

「まさか。貴方にそんな力があるなんて今更思っていないわ。それにその呼び方...本当にやめてくれないかしら。虫唾が走るわ」

 

 

──ありえたかもしれない未来を諦めている

 

 

「くっ」

 

「まぁまて、過去の思い出話はそこまでにしろ。それで葉山...どちらを選ぶんだ?」

 

「俺は...」

 

再び黙り込む葉山に呆れた様子の雪ノ下。その様子を見て再度問う。

 

「そうだな...今ならショートヘアの方は気絶してるし、見捨てても罪悪感は薄いかもしれないぞ?」

 

同時に色金合金の金属糸を展開する。そして右手を突き出し...

 

「...いい加減にしウッグアッ」

 

やはり選ぼうとはしないと判断した俺は言葉を話し終える前に突き、そして吹き飛ばした。

 

璃璃色金を使った武器──色金金属糸。ウルスとの抗争時手に入れた色金を使って開発されたそれは、膨大な訓練の元、俺の意思で自在に操ることが出来るようになった。動きだけでなく硬度まで変化させることが出来るため、鞭として衝撃を与えたり、針として点穴を突くことも出来る。

 

これには一つデメリットがある。それは...

 

「もう、選ばないなら選ばなくていい。俺が......殺す」

 

──本当はそんなことする覚悟もないくせに。

 

(覚悟ならしたさ。義父と出会ったあの日から)

 

声が聞こえるということだ。幻聴か、はたまた自分の心の声なのか、それとも別の何かかまではわからないが、この武器を使うとたまに聞こえてくる。その心の声を一蹴し、突き飛ばした葉山に詰め寄る。

 

「立てよ。この程度でくたばるのか?未来の武装弁護士さんよ」

 

煽りながら思う。動けるはずがないと。

一本の金属糸によって、ハ不打の一つ”会陰”を軽くではあるが突いたのだ。今の葉山はかなりの激痛と下半身をはじめとする全身の痺れで指一本動かせないだろう。

 

だからこそ煽り、語りかける。

 

打ちひしがれた体と心の奥底に植え付けるように。

 

聖人ぶった仮面を壊し、本心をあばきだすために。

 

──仮面を被った君が言う?

 

葉山に足りないのは覚悟。

 

──(諸葛八幡)がまだ(比企谷八幡)でいるのは覚悟がないからじゃないの?

 

1人のために全てを犠牲にする覚悟。

 

──未だ彼を残しているくせに

 

なら教えてやる。

 

──俺自身が半端者(どっちつかず)なのに

 

結局みんな自分が一番大切。誰かのために、なんてこと大義名分でしかない。

 

──その大義名分に縋って動くことしかできないのに

 

話をしている相手が葉山なのか自分なのか、それとも別の何かなのか曖昧になりつつも続ける。

 

「───だから葉山...一回本当の意味で全部失ってしまえ」

 

失ってわかるだろう。失うことの辛さ、背負うことの重さ、そしてそれでも進むしかないことを。

 

──俺がそうであったように

 

「な...にを...」

 

予定通り首から上だけの痺れが溶けてきたのか、少し顔を上げ声を発する。

 

それを一瞥し葉山から離れると、相模と雪ノ下2人の前に立ち───銃を構えた。

 

「なっ」

 

声を上げる葉山と俺を見る雪ノ下。心のブレが大きいから緊張しているんだろうが大したもんだ。ここで死ぬには惜しいな」

 

「そう思うのならその銃を下ろしてさっさと自首しなさい」

 

「それはできない」

 

安全装置を外しトリガーに指をかける。そこでようやく、今更だが相模が目を覚ました。

 

「う、う〜ん。あれっ?うち何して......ひっ!」

 

記憶が混濁しているのか状況を掴めていないようだが、銃を突きつけられているのは理解したのだろう。明らかに怯えている。

 

「だっ、あっ葉山くん!?やだ!助けて!」

 

「騒ぐな、煩い」

 

「ひいっ!やだっ殺さないでおねが」

 

バンッバンッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「死んだ...の?」

 

長い沈黙に響く雪ノ下の透き通った声。そして

 

バンッ

 

その声もまた、銃声にかき消された。

 

 

...

 

......

 

.........

 

 

「さて、葉山。これで2人死んだが...」

 

これは賭けだ。それもかなり成功率の低い最低最悪の作戦だ。考えた自分に吐き気がする。だが、

 

「お前も死ぬか?」

 

選択を躊躇し、2人を見殺しにした自責の念。そしてそれに押しつぶされない”死にたくない”という生への執着。そして最後にみんなのために1人を殺すという覚悟。そこまでして初めて能力解放の前提条件を達成する。

 

『葉山隼人の能力を解放してほしい』

 

雪ノ下さん、貴方の依頼達成のため、雪ノ下の()、使わせてもらいましたよ。

 

「...俺は...」

 

だからあとはお前の可能性次第だ、葉山隼人。

 

「俺が...お前を殺す‼︎」

 

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告