ぼっちな武偵   作:キリメ

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27.集い

「はっはっはっはっ」

 

走っても走っても後ろからついてくる。後ろを見ても人影はない。だが確実に...いる。

 

奴から逃げ続けてどれくらい経ったのだろう。長い廊下を走り、階段を駆け上がり、目の前には窓しかない。行き止まりだ。その間にも後ろからついてくる気配を感じる。

 

当たり前だが上に上にと逃げ続けたせいで今いる高さは一般的な高層ビルの最上階より高い。

 

もう逃げ道は後ろの窓からフライアウェイするしかない。だがこのままだと確実に奴に追いつかれてしまう。それだけは避けないと!

 

覚悟を決めて少し助走をつけ、窓ガラスに肩から身を投げ出すようにしてぶつかる。

 

バリン!と言う音とともに衝撃と浮遊感が訪れる。目を開けるとまず見えたのは海。同時に強い海風を全身に感じる。しかしその心地よさに浸っている時間はない。なぜなら今現在も落下中だからだ。

 

すぐさまロングコートの左襟を弄る。同時にコートが固く伸びる。俺はパラグライダーの要領で気流に乗りそのまま一気に上昇し、飛び出した窓の上、つまり屋上に着地した。

 

相手が下に行ったと思ったなら逃げ切れたことになるがもしついてきたなら...

 

「にゃーお」

 

「ふぅ、合格だ。シロ」

 

目の前には白猫が一匹。割れた窓から壁を登る驚異的な身体能力と、高度な追跡能力を見せつけた。

 

もちろん逃げ側の俺は本気で逃げてはいない。だがもともと飼い猫として育っていた背景を考えると十分だろう。

 

長時間走り続けたことで疲れたのか、俺の足元にすり寄ってきたと思うとそこに座り込んでしまう。訓練とはいえ目的達成後の気の抜け方はまだまだだな。全く、誰に似たんだか。

 

俺はシロを抱えるようにして座り込んだ。海風が髪を揺らして心地がいい。思えば久しぶりに1人でゆっくり時間を楽しんだ気がする。因みにこの白猫の名前の由来は白いからだ。断じて名付けが面倒くさいからではない。

 

気分的に30分ぐらいは立ったのでそろそろ動こうと立ち上がった。あくまでも気分的なもので時計を見ると予想通り10分しか経っていない。気を抜いていても体内時計は正常だということを確認した後、ぐぐっと伸びをする。猫背だと背筋が伸びている感じがして気持ちいいんだが健康的にどうなんだろうか。

 

「それじゃ戻るか」

 

そういえばそろそろ奈落が帰ってくるころだ。依頼のこともそうだがシロのこともしっかり説明しないとな。

 

 

「なにしてるんですか」

 

そんなことを思っていると、噂をすればなんとやら。若干呆れ気味の表情をした奈落が現れた。相変わらず難しい顔をしているな。元気そうで良かった。

 

「シロの訓練だよ」

 

「...そうですか。なんのひねりもありませんね」

 

「別にいいだろ。な?シロ」

 

「...」

 

「え?嫌だったの?ショックなんだけど」

 

「にゃぁ〜お」

 

「はぁ。そうだ奈落。ひとつお願いがあるんだった」

 

「いいですよ」

 

「今度千葉での任務に夜蜘蛛を貸してくれないか?」

 

「だからいいですよ」

 

「えっマジで?」

 

「もちろん条件があります」

 

「シロなら貸さないぞ」

 

「何行ってるんですか。僕ははっさんがまた夜蜘蛛に戻ってきてくれたらそれでいいんですよ」

 

「そんなんでいいなら...というか怒ってないのか?」

 

「もちろん怒ってますよ。勝手にいなくなったんですから。でもそれ以上にまた一緒に仕事ができることが...それだけで嬉しいんです!」

 

「そ、そうか」

 

言葉だけ聞くと感情的になっているように感じるが、表情は一切変化していない。依然難しい顔のままだ。そのせいでその言葉が本心かどうかわかりにくいが、根はいいやつだ。

 

「一応聞いておくけど他のやつはなんか言ってるか?」

 

「特に何もありませんでしたよ。全員それなりにショックは受けてましたけど。あぁ確か青娥は僕が隊長になってから遊びやすくなったって言ってますけど」

 

青娥は俺が夜蜘蛛の隊長だった時一番手のかかる部下だった。なぜなら青娥はひきこもりだからだ。どれだけ重要な任務であってもゲームのイベ攻略や即売会があればそっちを優先するようなやつだ。そんな奴でも実力はあるし頼りになる時もある。

 

「まぁそこは俺から言っておく。それでいきなりで悪いんだがメンバーを全員集めてくれ」

 

再着任の挨拶と作戦の詳細を伝えておきたいからな。こういうのは早ければ早いほうがいい。

 

「わかりました。それでは1800に夜空の間で」

 

 

無駄に広い部屋に漫画とかで出てきそうな長テーブル。そこにはたったの9席しか用意されていない。一番上座の席には諸葛静幻が座っているが、他のメンバーは若い。諸葛八幡と同世代ぐらいの男性ばかりだ。

 

「おいおい、青娥のやつはまだ部屋かよ」

 

「たしか今やってるゲームのメンテが18時からとか言ってたから、もうそろそろくるだと思うぜ?」

 

「こんな時にまでゲームしなくていいだろうが。はっさんが戻ってきてくれたことの歓迎会だっていうのによ」

 

「今に限ったことじゃないぜ?この間だって...」

 

2人の会話に熱が入ろうかというところでガタッとドアが開き、話題の青娥が眠そうな顔で入ってきた。

 

「遅かったんじゃねーか?10分遅れだ」

 

「先に食べてればよかっただけのこと。どうせ僕はソイジョイしか食べないんだし」

 

「普段ならともかく今日はそういうわけにはいかねーんだよ。なんたってはっさんの復帰祝いだからな」

 

「そうだったのか?」

 

紫円の言葉に素で驚いた表情をする青娥。その様子から紫円の追求の矛先が奈落へと向いた。

 

「隊長、まさか言ってなかったのか?」

 

「もちろん言ったさ。大方ヘッドホンでもしてたんだろう」

 

「なに。まるで僕が悪いみたいな言い方だけど」

 

「「そこは同意」」

 

「ふむ、まだ話し足りないのなら後で私の執務室にきたまえ。たっぷり躾けてあげましょう...何か文句は?」

 

「な、ありません!」

 

「右に同じ?」

 

「遅刻したこと反省する。だから躾は勘弁して欲しい」

 

「よろしい。それではいただこうか」

 

義父の一声で場が収まる。武ではなく、知で人を束ねる力。定期的に教育を受けてはいるがどうも苦手だ。

 

ある程度食事を済ませ一段落したところで義父が話を切り出した。

 

「さて、改めて報告しようか。この度夜蜘蛛の隊長に息子の八幡が戻ってくることになったわけだ。色々思うところがあるかもしれないけど問題は起こさないように」

 

「冗談きついですよ。諸葛さん?」

 

「完全同意」

 

「そうそう、俺たちがはっさんに言いたいことなんて決まってるじゃないですか」

 

「まぁその辺のところはまた個人的には話したらいいさ。それじゃあ八、君から一言挨拶を」

 

「え、まじで」

 

この雰囲気の中で改まった挨拶とか地獄だろ。いや、こんなものただの精神的ダメージが大きいだけだ。こんなものが地獄になるはずがない。だいたいちょっとやそっ──

 

「はいはい、自分の世界に入るのはそれくらいにしてさっさと済ませた方が楽だよ」

 

うへー、と言いながら席を立ち周りを見渡す。これほど挨拶をしぶっていたにもかかわらず嫌な顔ひとつしないメンバーに苦笑しつつ俺は軽めの挨拶と作戦の概要を伝えた。

 

 

「実行日は文化祭2日目だ。初日はまぁ楽しめ」

 

 

 




最近書きたい話はたくさん浮かんでも文字にする気力が起こらない。

逃亡する気は無いので気長に待っていてください。

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