18.水投げ
遠山キンジ
アリア先輩につく悪い虫
あたしはアリア先輩と遠山キンジがくっついて欲しくないけど、この半年でほぼ正式なパートナーになってしまった。それと同時にアリア先輩の機嫌もよくなっていったことも私を苛立たせる。でも、アミカの私が先輩に口出しなんておこがましいから何も言ってなかったのに...
そんなアリア先輩の機嫌は今最高に悪い。夜帰ってくるなり発砲。そのあと涙目で部屋に篭ってしまった。そんなアリア先輩が少し可愛かったのは内緒
とにかく!絶対に...絶対にあの人が原因だ。幸か不幸か今日は水投げの日。銃の名手とか言われてるあの人も今日は銃は使えない。徒手格闘なら...多分やれる!
始業式をサボって協力してもらうメンバーを集める。水投げに一対一のルールはない。流石に何十人で挑んでも褒められることはないけど、少数のチームで挑むことが許されるのもまた水投げの特徴なのだ
ひかり「前衛はボクとあかりだね」
間宮ひかり───私の従兄弟で一旦名古屋に帰ったんだけど、水投げで強い人とやってみたいと言って戻ってきた
ライカ「私は中衛か」
志乃「私は奇襲ですね」
ひかり「とどめはあかりに任せるよ。ボクの技だと決定打に欠けるからね」
あかり「わかったよひかりちゃん。みんな!頑張ろう!」
始業式が終わり、講堂から出てきた遠山キンジを志乃ちゃんが尾行する。人気のない場所に移動したのを見計らって強襲する作戦だ
私たち三人は少し離れた棟の屋上で待機している
いろはちゃんは比企谷先輩の方へ、乾ちゃんは別の用事で参加してないから人数不足な気もするけれど
志乃「目標を発見。ポイントE-27へ移動」
ライカ「了解」
ライカと志野ちゃんが連絡している間、私達は特にすることもない。あえてするならリラックスぐらいかな?そんなわけで私はひかりちゃんと雑談して待っている
ひかり「それにしてもその比企谷先輩って人も凄いんだね。こっちまで噂が広がってなかったから全く知らなかったよ」
あかり「まぁ私もあの時初めて知ったんだけどね。多分ここでも比企谷先輩のことを知ってる人って意外と少ないんじゃないかな?自称ぼっちだし」
ひかり「でもそれが逆に凄いよなー。そう言えば神崎先輩とどっちが強いんだい?」
あかり「もちろんアリア先輩って言いたいんだけど...前にアリア先輩がこんなこと言ってたんだ」
───
ひかりちゃん達が帰った後ぐらいだったっけ。アリア先輩が少し怒ったように話してきたんだ
「あかり。今回もなんとかなったみたいだけど、今のままじゃいつか勝てないわよ」
「どういうことですか」
「確かにあんたの技は初見なら私にも通用したわ。そしてこれまでの戦いでも新しい技と持ち前の頑丈さで勝ってきた。でもね、それじゃダメなの」
「どうして、ですか?」
「色々言いたいことはあるけど一番は戦い方。あかりは相手の土俵で戦いすぎ」
「相手の土俵?」
「そう、あかりは真面目すぎるのよ。それが弱みであり強みなんだけどね。例えば私と八幡ならどっちが勝つと思う?」
「そんなのアリア先輩です!アリア先輩が負けるはずがありません!」
「はっきり言われて悪い気はしないけど...あかり。そういうのはもうやめなさい」
「え」
「確かに私は強いわ。でもね、まだ私も学生、世界には私以上の武偵ももっとたくさんいる。あまり妄信的になりすぎないこと」
「でも...」
「しつこいわよ?」
「は、はい!」
「少し逸れたわね。そうそう、それで答えだけど正面での対決なら8:2ぐらいかしら。でも八幡が奇襲できたら2:8で私が負けるわ。レキと私でも同じ。同じ分野のキンジとでも...5:5かしら?これは関係ないかしら?まぁ流石にここまで言ったら分かるかしら」
「強襲と奇襲、狙撃とそれぞれ相性があるってことですよね?...!」
「そ、だから私は八幡からの奇襲を受けないようにするし、八幡は私と正面から対決しないようにする。そういう立ち回りが弱いのよ、あかりは」
「わかりました」
「そんなに落ち込まない!ほら、改善点がわかったんだからさっさと特訓してきなさい。これに関しては経験よ!」
「は、はい!」
───
話し終えてひかりの方を見るとなぜか頭を抑えている
あかり「どうしたの?緊張した?」
ひかり「あ、ああ。いや、まぁいいや。それで結局どっちが強いのかはわからないんだね」
あかり「そうなんだー。私はアリア先輩だと思ってるけど」
ひかり「ボクも比企谷先輩のことは知らないけどアリア先輩かなー。あの強さは超えられないよ」
ライカ「そんなことないぜ。私は比企谷先輩だと思うけどな。強襲科にとって諜報科は天敵みたいなもんだし」
あかり「でもあのアリア先輩だよ!流石に比企『ブブ、ブーブブッブ。ブブ、ブーブブッブ』!?」
ライカ「!?」
突然耳ピアスから微弱な振動を感じる。私とライカはその意味を理解し黙る。
ひかり「ん?どうしたんだいきなり」
あかり「ちょっとまって!」
この振動パターンは...いろはちゃん!?
ライカ「志乃!今の」
志乃「はい、こちらでも確認しました。間違いなくいろはちゃんです」
あかり「作戦は中止。今すぐいろはちゃんの所へ向かうよ!」
ライカ「場所は...そう離れてない。志乃、念のため増援を要請してくれ。私達は先に向かう」
志乃「わかりました。気をつけて」
これがなったってことはそう時間はない
ひかり「どうしたんだよ、いきなり。しかも作戦は中止?」
あかり「ごめん!でもひかりちゃんも付いてきてくれる?いろはちゃんが危ないの!」
ひかり「なんでいきなりそんなことわかるんだよ」
ライカ「あとで説明すらから。行くぞ!」
side いろは
比企谷八幡
私の先輩で目標
いつもどこにいるかわからない先輩は見つけようとすればするほど見つからない。水投げの日に先輩にこれまでの成長を見せたいのに...全く、まーーーーーったく見つかる気配がない
先輩は人気のない場所にいることが多いから私も必然的に人気のない場所に入る。この広い高校には誰も通らない場所がいくつもあるから探すのも一苦労だ
始業式には参加しないみたいだったからどこかにいるはずなんだけどなー
今頃あかりちゃんとかは遠山先輩に挑んでるのかな
そんなことを考えながら次の目的地に着く。案の定というか、やっぱり先輩はいない
「もー何処にいるんですかーせんぱ〜い」
こんなことで見つかるはずがないことはわかっているけど叫ばずにはいられない。人気のない場所に私の声だけが響く。ちょっとはずかしいかな
「うるさいネ。こんな場所で大きな声出さないヨ」
「誰!?」
全く気配を感じなかったこの場所から突然声が響く。これでも先輩を探すうちに索敵能力は上がったとおもう。それなのに全く感じ取れなかった
驚きと同時に身の危険を感じた私は、声がした方から距離を取りつつ視線を向ける
似てる...アリア先輩に
ツリ目にツインテールの髪。身長もアリア先輩とほとんど変わらない。ただ服装からして中国人だろうか。チャイナ服を着ているのと、片言の日本語からそう推測する。
「ハチマンのアミカに相応しいか確かめてやるネ!」
!!
一瞬で距離を詰めてきた少女は動く間も無く私の首を掴んだ。しかも明らかな殺気を纏って。でも私はそれ以上に先輩の関係者とも取れる言葉に驚いていた
チク
首に何かが刺さったような痛みで現状を理解する。首を掴む力が次第に強くなる。このままでは本当に死んでしまうかもしれない。私は咄嗟に掴まれた手を離そうと両手で掴む。しかし私の首を片手で掴んでいるにもかかわらず、両手の抵抗をものとのしない。だが流石に邪魔に感じたのかもう片方の手で両手を払った
払われた右手を自然に耳ピアスまで持って行き一瞬だけ触れる。同時に首から下が麻痺したように動かなくなり、脱力した私は地面に倒れこんだ
それでもなんとか危険を知らせることはできた。あとは状況に応じて行動してくれるはずだから、それまでなんとか時間を稼がないと
このピアスは先輩が初めてくれたものだ。私だけじゃなくてあかりちゃんやライカ、志乃ちゃんにまで渡したのは納得いかなかったけど。まぁ先輩はお互いに危険を知ることができるように渡してくれたんだけどね
直径5ミリにも満たないピアスの中にはGPSとバイブレーション機能が内臓されていて、特定の触り方をした場合のみ動く。バッテリーは太陽光発電らしく、切れる心配はない。でも動く時間は1分だけなので、一度動かしたら充電にしばらく時間がかかるのが欠点だったっけ
先輩が香港に戻った時、知り合いに作ってもらったって言ってたけど...流石にこの人じゃないよね?
「弱い、弱すぎるネ。どうして八幡ははこんな女を。私の方が絶対いいのにネ!」
仰向け状態の私のお腹を蹴りつけられ、痛みに耐えながら、この少女の正体について考える
(「香港武偵高から来た諜報科の比企谷八幡、諜報科で唯一のSランクだ。アミカ試験で連続五十人失格にしている」)
ふと、ライカの言葉を思い出す。もしかしたらその中の一人かもしれない。先輩も個人で挑んでくる奴もいたって言ってたっけ。そんな人からしたら私のような人間は許せないんだろう。弱いくせに...か...
でも
それでも私は先輩のアミカになった
いつまでも弱いままじゃいられない。仲間の助けを待つだけじゃいけない
蹴りつけてきた足に向かって口に含んだ毒針を飛ばす。先輩から教わった護身術の1つで、いわゆる初見殺し技だ。麻痺して動けないと思っている少女に躱せるはずがない
しかしそんな期待を裏切るかのように、少女は難なく避けた
「タメが大きすぎネ。タイミングも場所もありきたり。全然怖くないネ」
(「ダメだ、タメが大きすぎる。タイミングも場所もありきたり。これだと当たらないぞ」)
先輩からのダメ出しが頭によぎる
やっぱりこの子は先輩の「いろはちゃん!」
「援軍?無駄なことネ」
援軍だ。でも、この人数じゃダメだ。いろはちゃんにライカ、ひかりちゃんに乾ちゃん。志乃ちゃんは見えないけど五人で勝てる相手じゃない。先輩の関係者ならなおさらだ
少女は私から目を離し顔をみんなに向ける。アリア先輩に似た顔つきにみんな少し驚いたみたい。私も人のことは言えないけど
あかり「あ...あ...」
「ン?お前は確か」
あかりちゃんの表情が険しい。まるで仇を見るみた...!
その瞬間あかりちゃんが先行する。フォーメンションも何もない。他のみんなもどうするべきか悩んでいる。そんな中二人の戦闘が始まった
あかり「なんで!お前が!ここに!いるの!」
「ただの仕事ネ。あの時も今も。それだけヨ」
あかり「そのせいで間宮は!お母さんは!」
ひかり「!!」
え...あかりちゃんのお母さんって確かイ・ウーに...
ライカ「ひかり!くそっ」
ひかりちゃんが飛び出し後を追うように二人も出てくる。しかも上空からは志乃ちゃんが奇襲をかけ、地上からも高千穂さん達が援護にきて、陽菜ちゃんが私を解毒してくれたりと人数もチームワークも悪くない状況のはず
なのに...
一人、一人と倒されていく
残っている私と志乃ちゃんと乾ちゃんで、できるだけ接近戦を続けている。あかりちゃんは後ろで一瞬の隙を探り、私たちは隙をつくろうと頑張っている
そして...
私から視線がそれた隙に胸から閃光グレネードを取り出し、起動させる。目をつぶった瞬間、強烈な光と熱さを感じた。でもこれで隙はできた。位置的にあかりちゃんは直視していないはず
鷹捲
ひかりちゃんが使おうとした時は距離を詰められて失敗したけど、この距離ならいけるかもしれない
あかり「はっはっはっ。ふぅー。...」
一閃
雷のように一直線に駆け抜けていく。その指先が触れ【バンッ】なかった
銃声が鳴り響きあかりちゃんが吹き飛ぶ。防弾制服に当たったのか血は出てないけど、逆転のチャンスを逃した
銃声の方へ目線を向ける
そこにいたのは黒いマスクで目を隠し、全身黒ずくめの服装の......せん、ぱい?
「ココ。何してる」
男は中国語?と思われる言葉で少女に話しかけた。声は先輩よりもずっと低く冷たい
「べ、別に何もしてないし」
「はぁ全く、こいつらに手を出すなって言っただろうが。しかも負けそうになったし」
「あれは少し油断しただけ!次はない」
「当たり前だ。こんなことで失敗したらお前だけ降格になるぞ?」
「悪かったよ!ここまでやる気はなかったし」
「後で罰則な。ほれさっさと本命に行ってこい。汚名挽回という感じでな」
「だー!後で覚えてろよ!」
「...」
少し話した後少女の方は何処かへ行った。何を言っているかよくわからなかったけど状況が良くなったようには感じられない。それに...
「せんぱい?」
「......一色いろはか。悪いが俺はお前の先輩ではない」
「そんな...でも」
「死神」
体を起こしながらあかりちゃんが呟く
「間宮の者か。大きくなったな」
「黙れ、お前がお母さんを!」
「やめとけ。今のお前じゃ勝てない」
圧倒的な殺気に何も言えなくなる
「...そう言えば夾竹桃を倒したんだったよな...ならいいか」
「?」
「俺の正体が知りたいのならバンディーレに参加しろ。その先に俺はいる」
ライカ「...なんだよバンディーレって」
「詳しいことは夾竹桃にでも聞け。その上で考えろ。ここから先は人間のまま入ることは許されない。知りたいのなら強くなるんだな」
誰も何も話さない。いや、正確には話せない。さっきのココとか言う少女に散々な目にあった私たちがこの先に進んでいいのかわからない。でも
いろは「...そこに先輩も、比企谷八幡先輩もいるんですか」
「比企谷八幡か...あいつもこの件に関わってるな。勿論神崎アリアや遠山キンジも。これ以上は自分で調べろ。武偵?なんだろ。ただ...そうだな、最後にヒントをやろう」
いろは「ヒント...ですか?」
「予測は常に悪い方向へしておくものだろう。戦場では常にね。...以上」
そう言うと死神は姿を消した。残ったのは傷ついた仲間となんとも言えない空気だった
夜
ホテルに戻った俺はトランプしている曹操達から炮娘を連れて小部屋に入った
「おい、炮娘。何であんな事をした。目標でもなんでもないだろ」
「一色いろはがハチマンのアミカに相応しいか少し見ようとしただけよ。あそこまでやる気はなかったし...ていうか!原因ハチマンでしょ!あのピアス!機嬢が見せてくれたものと同じに見えたし。」
「いや、それは...」
「そのせいで援軍なんか呼ばれて...殺さないようにするの大変だったんだからね!つまり私は悪くない!ハチマンのせい。わかった?」
「いや、それはちが「風穴」アリアかよ...まぁいいや」
なんだかんだで年下に甘い俺。ロリコンじゃないのに最近じゃロリコンの八幡なんて別の意味で恐れられたり...
「んん。それで、アリアとはどうだったんだ?」
気を取り直して今日の本題に入る。勝てば儲けものだが厳しいだろうな...
「互角と言いたいけれど私の負けね。本気のようでそうじゃなかったから」
「あぁ、なるほどな」
噂になってるキンジとレキが組みアリアが切られたっていうのが原因だろうな。理子もこの状況を面白く思ってないだろうが、俺からは何もできない。レキに関わらないって決めたからな
「まぁその辺は勝手に解決するだろうし、戦役までの我慢だろうな。その時はなんでもありだ。強いぞ」
「わかってるよ。...それにしても一色いろはに関わりすぎよ。さっきの時もハチマンの劣化版だったからわかったものもあったけど、いやらしさがそっくり」
「おいおい、最後に一発かまされたからって負け惜しみか?」
「うるさいわよ!でもまぁ、そうね。ハチマンが教えてるってのもあるけど、あれは成長するわね」
「意外だな。さっきはあんなに狡い、弱いを連呼してた気がするが?」
「本人の前で言ったところで図に乗るだけよ」
「それは同感。にしてもあの後大変だったんだぞ。なぜか一色の奴、俺だと気付きそうになるし...顔も声も雰囲気も別人のはずだろ?」
「んーそういうのはやっぱり...過ごした時間が長いほどわかるってのもあるけど...ま、女の勘とでも思ってなさい」
「女の勘ねぇ...」
「そんなもんよ」
若干はぐらかされたがこれ以上追求する必要を感じなかったのでそこで話は終わった。その後、全員で反省会と今後の作戦などを話し合い解散した。時間の大半が京都のどこを旅行するかだったのには心配するが...俺は一乗寺に行ければそれでいい
スマホを見ると一色やアリアから通知が来ていた。いつものように適当な返事を送り電源を消した
一色の予想外の態度に思わず必要ないことまで話してしまった気がする。バンディーレの事を話す気なんてなかったのにそれとなく言ったのもそのうちの1つだろう。なぜ、と考えて、やめる。
その先にある答えなど俺のエゴでしかないと気がついたから
日本政府
公安委員会 危険武偵リスト C中位等級
No.48 比企谷 八幡 (17)
諜報科 Sランク
SDA 88位
主な解決事件
・連続誘拐犯単独逮捕
・香港A級指定マフィア壊滅
・バイオテロ集団の未然逮捕
経歴
1992.8.8 千葉県千葉市総武区総合病院で誕生
1998.8.9 香港九龍城地区にて行方不明*1
2000 未明 香港児童厚生施設にて所属を確認*2
2005.3.28 香港武偵高付属中学校に入学 Aランク
2005.10.9 香港永久住民権所得
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2008.3.26 香港武偵高校に入学 Sランク
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2009.3.8 東京武偵高校に転校
2009.4.15 一色いろはのアミカ申請受領
*1 調査の結果、比企谷夫妻の計画的犯行であることが判明。容疑者は犯行を認めたものの、外交関係の悪化により調査中止
*2 強盗致傷などの容疑がかかっていたものの、未成年であることなどから、施設に保護される。しかし勉学だけでなく、銃刀類の扱い方などについての指導を受けていた模様