肝試し、と言っても林間学校でのイベントだ
脅かす側の数も少なければクオリティもそこまで高くない。それでも夜の森というだけで恐ろしく感じるものだ。見えないものを過度に恐れ、誇大化して受け取る
自由時間の後、今の留美の環境を破壊し問題の解消をする案の概要だけ伝え、いくつかの点で手伝ってもらうことにした
葉山が留美と接触する役割を担おうとしたが、俺がやると事前に伝えてあったので拒否した。キンジは困ったような顔をしていたが、俺に任せるようだ
肝試しの準備中、平塚先生に呼び集められ、小学生に怪談話をして欲しいとの要望が来たことを伝えられた
持ちネタのあったのは俺、戸部、キンジだけだった。ただ最初に手を挙げたのは戸部だけで俺とキンジは仕方なくと言った感じだが
とりあえず被らないように話してみることになり、戸部から話し始めた。内容は走り屋の先輩の話だったのだが
戸部「最近は幽霊よりも奥さんが怖いってよ」
平塚「誰がほのぼの漫談をしろと言った...」
戸部の怪談のオチに聞いていた全員ががっかりとした表情になり、最後の先生のツッコミで苦笑が広がった
キンジ「この次だったらハードル低いかもな。次、俺が行くわ」
八幡「ハードルも何も怪談じゃないだろ、いまのは」
結論から言うとキンジの話も怪談というよりは漫談だった。だってさ話の内容がアリアのことなんだもん。武偵的な部分は隠してはなしていたが、それでもアリアの怖さは確かに伝わった。けどな...実話すぎるだろ、普通にキンジの日常を聞いて全員が引いただけなんだけど
八幡「じゃあ、最後は俺か」
キンジはともかく戸部のが怪談なんて名乗られたらたまったもんじゃない
俺が本当の恐怖というものを教えてやろう
八幡「これは最近起こった出来事なんだがな...
俺はMAXコーヒーが好きでな。1日一本飲んでるいる。だから冷蔵庫にはいつもマッカンが5本は常備されてるんだ
ああ、俺はキンジとルームメイトでな。冷蔵庫も共同で使ってるが家事全般を俺が行なっているから、冷蔵庫も俺のものが多いんだ
あるとき個人的な用事で2、3日部屋に帰らなかったんだ。そして久しぶりに冷蔵庫を開けたらマッカンがなかったんだ
俺は恐怖で叫びそうになったね。だってな...
リビングの端に置いていた箱の中のマッカンまで綺麗さっぱり無くなっていて、部屋には飲み捨てられたマッカンでいっぱいだったんだからな
...ちなみに犯人はアリアだった。結局俺は泣き寝入りすることになったのさ...」
語り終えて、俺は蝋燭を吹き消す
静まり返った室内で、なぜかため息が広がった
由比ヶ浜「結局二人ともそのアリアって人の話じゃん...」
雪ノ下「恐怖、とは少し違うわね。普通に可哀想な人達と言ったらいいのかしら」
八幡「おいおい、わかってないな。アリアが怒ったらマジでやばいからな」
平塚「やれやれ、君たちは残念漫談しかできないのか」
キンジ「いやいや、俺たち素人ですし」
平塚「この様子では他の人も同じような感じだな。仕方ない、DVDを上映するか」
キンジ「最初からそれでいいじゃないですか」
平塚「なぁに、私が聞きたかったのだよ」
八幡「横暴だ...」
雪ノ下「まぁいつものことよね」
戸塚「でも、僕も楽しかったよ。ショートコントみたいで」
戸部「そりゃないっしょー、俺、真剣に会談したつもりだしよー」
葉山「いや、あれは無理があるだろ」
三浦「てか戸部のが一番よくわかんなかったし」
戸部「ちょ、隼人くんに優美子まで、ショックっしょ」
小学生がDVDを見ている間に、高校生組がお化けグッズに着替えるのだが...
八幡「小悪魔衣装に...、ネコ耳、しっぽ。白い浴衣、魔女に巫女服...」
キンジ「これ、完全に向こうの趣味だろ」
*今回の衣装は小学校の教師からの提供です
とりあえず順番に衣装を取っていくことにした
海老名は巫女服、三浦は鬼、戸塚は魔女?の衣装を選んだみたいだ
逆に葉山と戸部の衣装は宇宙人と...ピエロ?よくわからんのが入ってるな
雪ノ下は浴衣を着て雪女になったようだが、似合いすぎだろ。由比ヶ浜は胸を強調したコスプレでキンジが目をやられた。仕方ないね。爆弾級だもん
キンジと俺は裏方として小学生の安全確認と見えないように脅かす役だ。司会進行は戸塚と由比ヶ浜が務める
留美の班を最後に持っていくようにくじ引きで行く順番を決め、ルート操作は俺とキンジで行う。そして俺と雪ノ下で彼女らに接触する
目的はグループの破壊と恐怖を植え付けることだ。そのための作戦と準備、能力は整った
片方の道を封鎖してある場所のカラーコーンを逆にしてルート操作を行う。あとはこのままルートに従って動いてくれればいいが
キンジ『ターゲットがルートから外れた。ポイントC-18。予想通りだ』
八幡『了解。すぐに向かう。そっちは任せる』
キンジ『了解』
八幡「予想通りコース外に行ったようだ。いけるか?」
雪ノ下「あたりまえ、と言いたいところだけれどこの後のことを考えると少し厳しいわね」
八幡「ほれ」
雪ノ下「...なんの真似かしら」
八幡「俺だってできればやりたくねーよ。でもおまえの力が必要なんだよ」
雪ノ下「...変なところ触ったらその時点で氷漬けにしてあげるわ」
八幡「...寛大な心で頼む」
雪ノ下「ふふ、ではお願いしようかしら」
雪ノ下が俺の背中に乗る。つまりおんぶ状態だ。スベスベした足が...イカンイカン。そんなことしてる暇はないな。急がないと
八幡「ついたぞ」
雪ノ下「彼女達は...あそこね」
八幡「ここまでは予想通りだな。とはいえこれ以上時間をかけてられないな。タイミングは任せる。無理はするなよ」
雪ノ下「『自分ができることを自分らしくする』でしょう。わかってるわ。姉さんとは違う、私の力を見せてあげる」
八幡「おう」
───少し時間は戻って───
「ここら辺でいいか」
「おい鶴見」
留美「...なに」
「あんたいつまで学校に来る気?はっきり言ってウザいんだけど」
「どうせおまえもあいつと同じように退学するんだからさっさとやめてよー」
「せっかくの林間学校なのにねー」
「しかもあの金髪の高校生に話しかけられるとかちょーし乗ってるよねー」
留美「別に...私から話しかけたわけじゃないし」
「だからそういうのが調子乗ってるって言ってんの」
「ちょっと痛い目に遭わないとわからないよきっと」
「だよねー。やろっか」
留美「!?」
仁美がいきなり後ろから掴みかかってきた
なにもできないまま両脇を抱えられる。前からは由香が水筒の蓋を開けながら近づいて来る
「これお茶だから湿ったらすごく臭いよー!」
どんどん近づいて来る。
八幡...私...もう
八幡「こんな場所でなにしてんだ?」
「!?」
「誰!?」
八幡「うーん、誰って言われてもな...ここで彷徨っている幽霊ってところか」
「はぁ?全然面白くないんだけどー」
「てかお兄さんどっか言ってよ」
八幡「悪いがおまえらの行動を見過ごすわけにはいかんのでな」
「あんまりしつこいと変質者だって叫ぶよ」
「小学生を襲う高校生とかきもーい」
八幡「まぁ信じる方がおかしいかもな...」シュッ
「えっ!消えた?」
八幡「後ろだよ」
「!!!??」
八幡「幽霊なんだから何もおかしいことはないだろ?実態なんてないんだから」
「由香やばいよ、逃げよう」
八幡「逃すと思うか?俺はな、何年もここでおまえらみたいな小学生を見てきた。そしていつもグループの半分の魂をここに縛りつけてきた」
「な、なにを言って...」
「ねぇなんか寒くない」
「おかしいよ、さっきまでこんな霧なかったのに!」
八幡「言ったろ、魂を縛りつけてきたって。今回はおまえらの中の半分がそうなるんだよ」
霧に包まれ空気がどんどん低下していく
地面には霜が降り、霧の向こう側には小学生ぐらいの子供達の人影がこの場を取り囲むようにして現れた
「ひぃ!助けて!誰か!」
「やだ...やだよ...」
「お願い助けて...」
「」カタカタカタカタ
留美「...」
八幡「さぁ生贄は誰だ?そこの黒髪の少女以外に助かるのは二人だ。誰を犠牲にする?」
その一言で状況を理解した四人が我先にはと相手を非難し助かろうとする。しばらくすると由香と呼ばれた少女が最初に切り捨てられた。
八幡「あと一人だ」
あまり時間はない。雪ノ下のスタミナが切れたせいでここの温度もだんだん戻り始めてきた。あと5分もすれば元に戻るだろう。俺は次のフェイズに入った
八幡「鶴見と言ったな。お前はこいつらをどうしたい?」
留美「...私は...こいつらのやり方が許せない」
八幡「なるほど、どうすれば許せる?」
留美「...多分なにをされても許せないと思う」
他の四人も言い争いをやめ、二人の会話を聞いている。文句の一つでないのは精神的に参っているのか、それとも自分たちの行動が間違っていたことを実感したのか...
何にせよ全員が少しは冷静に判断できる状態に戻った
留美「でも...これ以上誰かを傷つけるようなことをしないでくれるのならそれでいい。それ以上はなにも望まない」
八幡「...優しいな。なぜそんなことが言える?」
留美「私は見つけたから」
八幡「...なにを?」
留美「目標。八幡のようになるって。だからこんなところで立ち止まってなんかいられない。いつか追いついて肩を並べるから」
八幡「...そうか。そういうことなら俺もこいつらをどうこうする必要はないな」
四人の間で安堵の息が漏れる
八幡「だがもし、彼女の意思に反した行動、誰かを傷つけようとした時は...容赦しないぞ?」
すでに此奴らは自身と周囲の悪意に気づいている。今までのような人間関係を送ることはできないだろう。だが逆に、もしこの経験を無駄にしなかったら、きっと本当の友達になるのだろう。そんなことを思いながら夜の闇に姿を消した
巨大な炎の周りで小学生達がフォークダンスをしている。フォークダンスってあんまりいい思い出はないが、こうやって輪の外から眺めていると、何か素敵なもののように見えるから不思議だ
だが、留美のグループにいた子達は皆一様に浮かない顔をしている。お互いに人間の本心を見てしまい、あれだけの恐怖を与えられたのだから当然といえば当然か
グループ内の全員がお互いに距離を置いているが、ときどき留美の方へ視線を送っている。一言謝りたいのだろうが留美のオーラがそれをさせていない。まぁそう簡単にゆるせるわけないもんな...
雪ノ下「本当にこれでよかったのかしら...」
八幡「さぁな。だが場は一旦流された。ここからはあいつらがどう進むかだ。そこに俺たちが入る必要はない」
雪ノ下「そうかもしれないわね...」
フォークダンスが終わり小学生達が解散し始める
俺たちのすぐ脇の道を生徒達が歩いていく
視界に留美がうつった
留美も俺を見つけたが話しかけてはこなかった
雪ノ下「行かなくていいの?」
八幡「今は会うべきじゃないだろ。あんなこと言ったんだ。本人が成長したと思ったとき、そしてその時もまだ俺を覚えていたらまた会うだろうがな」
雪ノ下「そういうものかしら」
八幡「そういうもんだ」
留美が武偵の道を選んだとしても、俺に会えるかはわからない。もしかしたら敵として会うかもしれない。その時留美の心を壊してしまったらと考えると止めた方がいいのだろう。それをしなかったのは───
平塚「全員三日間の活動お疲れ様。千葉までは時間がかかるから車内でゆっくり休むがいい。その前にお互いに言っときたいことはないか?」
雪ノ下「比企谷くん。今更だけどメールアドレス教えてくれないかしら?」
由比ヶ浜「あっわたしも!キーくんの教えて」
キンジ「い、いや俺は...」
八幡「いいぞ雪ノ下」
どうせ依頼や相談用だろうし
キンジ「おい八幡!?」
葉山「比企谷くん、僕もいいかい?」
八幡「ん?まぁいいぞ」
お互いにアドレスを交換し別々の車で別れた
それにしてもあれから一切コンタクトしてこなかっただけに葉山からの誘いは驚いたな
この間に何か変わったのか?それとも単純にみんなで最後まで仲良くする雰囲気を作りたかったのか...
メール来たら着信拒否せずに見てやるか
───そうして彼らの夏休みは過ぎていく