ぼっちな武偵   作:キリメ

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タイトル変更しました


15.選択の自由

葉山隼人は選べない

 

 

 

 

夜、俺たちはバンガローに泊まることになった。男女と教師を分けた三つをレンタルしていたらしい。六人用のバンガローに泊まったので比較的余裕はあった

 

全員が風呂に入り終わって寝る準備が出来るまでの間、暇を持て余している様子で戸部と葉山が携帯を弄ったりしている

 

高校生ともなれば皆で一緒に入ろうぜ、なんて雰囲気もなく、各々がなんとなく順番に入っていく。今は戸塚が入っていて、俺はバンガローから少し離れた場所で鶴見留美の話を思いだす

 

 

 

いじめが始まったのはクラス替えの後だ。仲の良かった友達が理由なきいじめの標的となった。何かしたくても何もできない雰囲気だったらしい。あの四人がトップカーストとしてクラスを支配していた感じだ。次第にいじめはエスカレートしていき、このまま見てるだけでいいのか悩んだ。そして私だけでも味方になろうと覚悟を決めたその日、その子は転校していった

 

それを知った彼女はいじめっ子に立ち向かった。だが、それは次の標的が自分になるだけだった

 

彼女はこれ以上の被害者を出さないように、自分が標的となることでそれを防ごうとしている

 

だがそれは偽善だ

 

結局のところ、罰を受けることで心をごまかそうとしている。どうしてもっと早く味方になってあげられなかったのか。なぜ見ているだけだったのか

 

 

 

 

万が一に備えて二人で交代で鶴見留美のグループを見張っている。今のところは目立った動きもなく、四人で雑談をし、鶴見留美は先に寝ようとして布団に入っている

 

安心はできないが、この様子だと今日のところは問題ないだろう。だが問題は2日目だ。自由行動と肝試し、この二つは教師や俺たちの目をすり抜けて行動することが可能だ。ルートから外れれば誰も見つけられない

 

キンジと戸塚が戻ってきて、それぞれが寝る支度をし、裸電球の灯りを消した

 

暗くなった部屋に同級生が集まり、さらにテンションが上がった戸部が好きな人を言おうぜ的な雰囲気を作ったが、誰も乗ってこなかった。結局俺は海老名さんが好きだということをアピールしたので話は終わった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

寝れない

 

正確には一定のレベルまで意識を落とせないと言ったほうがいいか

 

だいたい信用していない人間が集まった空間で寝ることなどできない。これなら山奥で寝たほうがマシかもしれない

 

一般人であることをわかっていてもやはり不安要素が拭えない

 

仕方がないので気配を消してバンガローから一人出て行く

 

時刻は12時を過ぎたばかりだ。俺たちが消灯してからまだ二時間しか経っていない。施設のため消灯は10時半と決まっているためだ

 

高原の夜。静謐な涼しさが俺の心を落ち着かせる

 

夜はいい。闇に溶け込んで全てを隠せるから

 

顔も姿も感情も。日に当たることのない自分が安心できる闇

 

 

 

 

八幡「......何の用だ」

 

葉山「や、やあ比企谷くん」

 

八幡「こんな夜に”やあ”も何もないだろ。悪いが俺から話すことはないぞ」

 

葉山「いや、いいんだ。ただ君に聞いて欲しいんだ。僕の過去を」

 

八幡「やだよ、重いし」

 

葉山「ははは、はっきり言われると辛いな。これは自己満足なのかもしれないけど、君に聞いて欲しいんだ。それだけで僕の中で何かが変わる気がする」

 

八幡「...俺が眠くなるまでな。そんなんで変わるとは思わんが」

 

葉山「助かるよ。そうだな、どこから話したものか...」

 

 

 

僕の家系、葉山家は弁護士一族だ。代々雪ノ下家を政治で守ってきた。雪ノ下家が武力による国防と政治の闇を受け持ち、葉山家が合法的にそれを隠蔽、保護、護衛してきた

 

父は武装弁護士として働いている。葉山家には学問だけでなく力も要求されるからだ

 

僕は小さい頃から武装弁護士になるための英才教育を受けてきた。学問の方は問題なく、全国模試でもトップクラスだ。だが力の方は平均以上になることはなかった

 

葉山家に代々受け継がれてきた能力は一人のために全てを犠牲にすることで使うことができる。そして能力を使う才能と覚悟を試す試練が小学校の時に行われた

 

雪ノ下雪乃に対して被害を与える可能性が少しでもあるものを全員逮捕または行方不明にする

 

当時葉山家当主だった俺の祖父からそう通達された

 

方法は思いついた。実行することもできた。でも行動することはできなかった

 

祖父と父は怒り俺を葉山家本邸出禁とした

 

本来入るはずだった東京武偵高付属中学校への推薦は取り消され、一般中に行くことになった。同時に雪ノ下家から守られる価値なしと判断された雪乃ちゃんは国外追放された

 

俺は自分を責めた。何故選べなかったのか、みんなではなく一人を選ばなかったのかと

 

そんな俺に親父がもう一度チャンスを与えた

 

高校2年生終わりを期限とした試練だった。内容は小学校の時と同じだ。雪乃ちゃんはそのことを知らない。感づいているかもしれないけど教えられていない

 

なぁ、比企谷ならどうすればいいと思う?

 

みんなを見捨てるべきか?

 

それとも雪乃ちゃん?

 

俺には誰かが傷つくことが耐えられない

 

だから僕は今の関係も崩したくない。優美子も姫菜も戸部もみんないいやつなんだ。雪乃ちゃんにも結衣という友達ができた。この関係を壊したくないんだ!

 

 

 

 

八幡「...葉山...」

 

こいつが持つ信念とも呪縛とも言える思いはよくわかった。状況さえ違えば、スケールがもっと小さかったのなら、こいつはこの考えが間違っていることすら気づかなかったかもしれない

 

八幡「お前もわかってんだろ。こんな関係、 が続くわけないって」

 

さっきの話が本当なら今年の冬にはもう壊れているだろう。そのあと二人に襲いかかる悲劇がどんなものか想像できない

 

八幡「それにな...雪ノ下がかわいそうだろ」

 

家のために子供が厳しく理不尽な伝統を受け継ぐことは少なくない。こいつらだけじゃない、それなりにある話だ。だがな

 

八幡「みんなを選んだ結果、雪ノ下が国外追放されました。僕は武装弁護士にはなれなかったけど弁護士を目指します。ふざけんなよ。その前に何かしようとかんがえなかったのかよ」

 

葉山「考えたさ!でも僕の力じゃどうしようもなかったんだ!」

 

八幡「違うな、お前は逃げたんだ、楽な方にな。やろうと思えばどんな理由だって自分の中で作って雪ノ下を選ぶことはできた。あいつらは大切なものを傷つけようとした悪だってな。それをせず、自分の目に見えないみんなを選んだのは───そこまで雪ノ下のことを大切に思ってなかったからだろ」

 

葉山「違う!僕は雪乃ちゃんが」

 

八幡「じゃあなんで選ばなかったんだ。あいつの気持ちを本当の意味で考えたことがあるか?逆に再開したあと自分の覚悟を伝えたか?」

 

葉山「あって1日も経ってないお前に雪乃ちゃんの何がわかる!僕たちの何がわかる」

 

八幡「わかるさ。少なくともまともに話さなかったお前よりはな。...俺が思うにお前が雪ノ下を選ばずみんなを選んだ根拠はな......葉山、お前が長男で一人っ子だからだ」

 

葉山「!?」

 

八幡「心当たりあるようだな」

 

葉山「そ、それがこれとなんの関係があるんだ」

 

八幡「こう考えたんじゃないのか?僕は長男だから両親もそこまで酷い処遇は下さないだろう。葉山家を継ぐためにも僕を弁護士にはさせるはずだ、とな」

 

葉山「そんなのっ」

 

八幡「だが雪ノ下の方は違う。雪ノ下陽乃とういう長女がいて雪ノ下雪乃はあくまでも保険だ。両家とも分家はないから何もない限り雪ノ下雪乃の価値はそこまで高くない。スタミナの量的に戦力としても低いしな」

 

葉山「...それで...何が言いたいんだ」

 

八幡「別に。最初に言ったろ、あくまで聞くだけだって。だからこれは独り言だとでも思ってくれ」

 

全く、鶴見留美の問題だけでなく雪ノ下雪乃の方も問題があるのかよ

 

八幡「このまま何もせずにいるのなら...俺が介入するぞ。その時は2度とまともな生活ができると思うなよ」

 

一瞬だけ殺気を解放する。耐性のない葉山はそこで意識を失い地面に倒れこんだ

 

俺が雪ノ下雪乃をこのままにしておきたくないのは俺の自己満足でしかない

 

親に"捨てられる"のを見るのはもう嫌だ。俺の前ではそんなこと起こさせはしない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鶴見留美は決断する

 

 

 

2日目

 

朝食を摂り、キャンプファイヤーの準備をし、自由行動にはいった。キンジに昨日の夜のことを聞かれたが適当にはぐらかし、葉山は俺と距離を置きたがっているというか、少し怖がってすらいた。やりすぎたかな?

 

鶴見留美を木の上から監視していたがどうやら完全に孤立してしまったらしい。先に戻っていたであろう四人の姿は見えず、鶴見留美の荷物はバンガローから投げ出されていた

 

ちょうど平塚が全体ミーティングをしている時だったから見過ごしてしまったみたいだ

 

土のついたカバンをはたき、どうしようか悩んでいる

 

確か上流で高校生が遊んでいるはずだからそれとなくそこに連れて行くか。今なら周りに見ている人もいないから、そこに紛れていても誰からも悪意の視線はこないだろうし

 

高校生の方もどうするか悩んでる感じだからな。一度本人と触れ合うこともいいだろう

 

森の意識になった気分で鶴見留美を誘導して行く

 

徐々に鬱蒼と茂っていた木々がまばらになり始め、水音が大きくなると少し駆け足で進んで行く。河原に出るとひらけた場所に出たということで安心したのかカバンと靴を置き、水に入って行く

 

二メートルほどの川幅だが、膝下ぐらいの深さの場所にいるのと穏やかな水流のため、事故の心配はない

 

ここから少し下流に高校生がいるはずだがまだ姿は見えない。そうなると流石に一人にしておくわけにもいかず、それとなく姿を現わす

 

八幡「よぉどうしたんだ、こんな場所で」

 

鶴見「それはこっちのセリフ、なんでここにきたの?」

 

八幡「ここは落ち着くからな。それだけだ」

 

鶴見「間違えた、なんでここに連れてきたの?」

 

八幡「!?どういう意味だ?」

 

鶴見「そのまんまの意味。ここまで八幡が誘導したんでしょ。なんとなくそんな気がする」

 

八幡「今たまたまあったからだろ」

 

鶴見「違う。少しだけど音が聞こえた。八幡の呼吸、昨日聞いたのと同じだった」

 

八幡「...随分と耳がいいんだな」

 

ここまで耳がいいということに内心驚きでいっぱいだ。ただ聞こえるだけでなく聞き分けもできる。自惚れてはいないが俺の呼吸を聞き取ったのだ。油断していたとはいえ、すでに突出した才能だ

 

鶴見「クラスで誰が何をいってるのか全部聴き分けようとしたらできるようになった」

 

八幡「...自分で言ってて悲しくない?」

 

鶴見「別に。...それに...もう...聞き逃したくないから」

 

八幡「......」

 

何を、とは聞かない。その言葉が聞けただけで十分だ

 

八幡「お前さ」

 

鶴見「お前じゃない。鶴見留美」

 

八幡「鶴見は」

 

鶴見「留美でいい」

 

八幡「...留美は将来の夢はあるのか?」

 

目標を持つことは大切だ。大きな目標のために頑張っていると小さなことなんか気にならなくなる。デメリットは大きすぎる目標に潰されるか、他人を見下す傾向が生まれることだけど。それは本人次第だな

 

留美「...わからない」

 

っと、わからないときたか。ないだったら作ればいいし、それに集中すれば一時的にでも他のことは気にならなくなるだろう。だがわからないだとそれを探す必要がある。形のあやふやなものを何かに当てはめるのはこの期間だけじゃできないな

 

八幡「先生になりたくないか?」

 

昨日調べたら親も教師みたいだし、いい目標になりそうだが

 

留美「先生?小学校の先生になってこの環境を生み出さないようにしたらとでもいうの?」

 

八幡「ん、まぁそうだ。あの子のような子をもう見たくないんだろ?だったらなくせばいい。自分の力で。そしたら今抱えてる答えも出るだろ」

 

留美「八幡はなんでもわかってるんだね。でも、私は先生にはなりたくない」

 

八幡「そりゃなんでだ」

 

留美「八幡みたいになるから」

 

八幡「それはダメだ」

 

留美「え」

 

八幡「俺はお前が思っているような人間じゃない。世間一般から非難されるようなこともしてきた。今行ってる学校も社会的にはまだまだ受け入れられていないようなものだ」

 

留美「それがなに」

 

八幡「お前が見てる俺は幻想でしかないってことだ。少し美化してないか」

 

留美「それとこれは関係ない。八幡は私に真剣に向き合ってくれた。昨日の夜だってあの遠山って人と交代で見張ってたでしょ」

 

そういや耳がいいんだもんな。無警戒の俺たちがいることに気づいてもおかしくないか

 

留美「それで八幡は何者?ただの高校生じゃないし」

 

八幡「...武偵って知ってるか」

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらく留美と話をしていると、高校生が揃って下流に現れた。後から準備した男子を待っていたのか。通りで遅いわけだ

 

留美には武偵の仕事が決して素晴らしいものでないこと、俺が留美の思っているような人物ではないことなどを再度言ったが意思を曲げようとはしなかった

 

逆に武偵になると決めてからは、すっきりしたような顔になった。結果的に目標を立てることはできたの...か

 

そして最大の問題であるこの千葉村でのことだが、肝試しで一芝居打つことにした。今のグループを完全にバラバラにする作戦をいうとかなり引いていたが、それなりに思うところがあったのか、その作戦で行くことになった

 

あとは高校生組に伝えて手伝ってもらうだけだ

 

とりあえず残り少なくなった自由時間を留美には楽しんでもらうとしよう

 

 

 




千葉村編は次回で終わりです。次はいよいよ修学旅行。いろんなアイデアが浮かんでは消えていきますが、なんとかまとめてみせます

アンケートでカマクラを出して欲しいという意見がありましたが、どうやって出したらいいですかね?ただの猫じゃダメだし、すでに小町の家にカマクラはいるだろうし...

活動報告でアンケートとります。コメントよろしくお願いします

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