granblue fantasy その手が守るもの   作:水玉模様

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次話も多分きっと恐らくすぐに、、、


メインシナリオ 第65幕

 

 

 ──視界が揺らぐ。

 

 膝を付き、地面へと下ろしていた視線を必死に持ち上げればそこには今尚暴走の気配冷めやらぬ星晶獣もどきのリヴァイアサンがいた。

 背中に深く走った裂傷はリヴァイアサンが放った水流の一閃を受けたのだろう。流れ出る血液が下半身を伝い、身体から徐々に力が抜けていくのを感じる。

 

「ぐっ、はぁ……ハハハ、失敗しちゃった、なぁ……」

 

 藍色の剣士ベアトリクスは絶体絶命の状況に思わず苦笑を漏らした。

 背中を穿った致命に近い一撃。幸いにもエムブラスクの能力でギリギリの防御は試みた為、身体を切断されることは無かったがそれでも時間を置けば死に至る程の深い傷であった。

 パートナーのユーステスは今ここには居ない。彼もまた別の地点で別の相手と戦いを繰り広げている。

 

 油断したか? 否──純粋に、連戦の疲労が彼女の動きを鈍らせた。

 まだ避難しきれていないエルステの民を守りながら、不得手ともいえる器用な立ち回りを余儀なくされ、彼女らしい一心不乱な戦闘ができずにいた。

 結果、避け切れずに受けた攻撃は鎧を断ち、背中を穿った。

 足元に血溜まりをつくりながらベアトリクスは相棒の剣を杖替わりにし立ち上がろうとする。

 

 動け、立ち上がれ。

 

 胸の内で叱咤激励を続けるも、幾ら自身と相棒に呼びかけようと彼女の身体がその声に応える事は無かった。

 ずるりと足を滑らせ倒れ込む。意識は混濁し彼女は再び一撃加えようと口を開くリヴァイアサンを見据えた。

 

「へ、へへ……まいったな……もう、ダメっぽいや」

 

 諦めの念が彼女を支配した。

 援軍は望めない。身体はいう事を聞かない。そして目の前には今にも放たれそうな水流の槍。

 打つ手なしの状況が彼女の瞼を重くさせていく。

 

(悪いなゼタ……約束、守れそうにない)

 

 口うるさい姉のような親友に胸中で謝る。

 きっとゼタは自分が先逝くなどとは露程も思っていないだろう────ゼタの予想を覆せたと思うとなんとなく、彼女は少し勝った気になれた。

 

(はは、何バカな事考えてるんだか……こんな終わり、私の一人負けだっていうのに)

 

 徐々に暗くなっていく視界の中、彼女が最後に自嘲の笑みを浮かべる。

 死ぬ気など更々なかったと言うのに……任務でも戦闘でも彼女の人生は思った通りに行かない事ばかりだ。

 

 

「死ぬなよゼタ……私は、先に逝っちゃうから……」

 

 

 上手くいかない自身の人生を僅かに呪いながら、ゼタへと最後の言葉を遺しベアトリクスの意識は闇に堕ちていった。

 

 

 

 

「エルステの為に駆けつけた貴女方を、死なせることなどあってはならない。我らの主君ならそう仰るでしょう」

 

 

 

 

 その耳に、静かな男の声を聞きいれながら……

 

 

 

 

 

 同時刻。

 

 ベアトリクス同様に劣勢であったイルザ、バザラガ、ユーステスの下にも、援軍が到着していた。

 

「主君の命により、アガスティアへと馳せ参じました」

 

 大柄な体躯。

 細く開かれた目は、惨憺たるアガスティアを見て憂いを帯びている。

 抱く憂いは義憤となって、心ないはずの彼に確かな怒りを宿らせていた。

 国と民を守れなかった自身に、今目の前で荒れ狂う星の民の遺物に……。

 

 嘆いてる暇などなかった。主君と前任者より託された使命は果てしなく重い。

 剣を抜いた瞬間、僅かにその身を巡る電気信号が荒れた。出力が上昇していき彼に相応しいチカラが解放されていく。

 軍という実力がものを言う世界における絶対支配者。星晶獣ですら取るに足らないと言えるだけのチカラを、その躯体は備えている。

 そう、彼は嘗てエルステにおいて大将にまで上り詰めた帝国最強の男。

 その名は──

 

 

「私は、“エルステ王国”最高顧問────躯体No002。統一名称はアダムです」

 

 

 今は亡き王より賜った命を帯びて。

 最後の救援がアガスティアの街に到着した。

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 転移の光が晴れた先、徐々に明瞭になっていく視界が状況を把握し始める。

 周囲はある程度照らされるくらいの光源はあるものの薄暗い。外にアガスティアの街並みが見える事からタワー内、ないしタワー同様に高層な建造物にいる事がわかる。

 魔法陣によって転移させられてきたラカム達は、警戒を解かぬまま一か所にかたまり来るであろうはずの襲撃を待ち構えていた。

 

 

「ようこそ……と言ったところかな?」

 

 

 静寂を切り裂いて飛び込んで来る声に、緊張で張りつめていた身体が僅かに跳ねる。

 瞬間、聞こえてきた方向へとラカムは銃を向けた。

 

「そこか!!」

 

 躊躇なく撃ち放たれた弾丸は苦も無く障壁で防御されたが、おかげで件の人物がそこにいる事を全員が認識した。

 即座に戦闘態勢へと入り、各々が武器を構える。

 

「不意打ち上等と言わんばかりに撃ってきたね。まぁ、こちらもその程度は織り込み済みだけど」

 

「ロキ……やっぱりてめえだったか」

 

「当然。僕以外に転移魔法なんて使えるわけないだろう」

 

 相変わらずの薄ら笑いを浮かべて……予想通り待ち構えていたロキの姿に、ここが彼によって用意された舞台の上だと全員が理解した。

 どんな手を使ってくるか読めない以上、ラカム達は背中合わせとなり全方位を警戒する。

 そんな彼らの警戒を余所に、ロキは掴みどころない雰囲気のまま暢気にラカム達へと指を向けると、声に出しながら数を数えていった。

 

「えっと~7人か……思ったより捕まらなかったようだね。ルリアと出来損ないを逃したのはちょっと大きいかな」

 

「捕まらなかった? 何を言ってるのか理解しかねますね。後顧の憂いを断つ為私達は敢えて飛び込んできたのですよ。

 ──これ以上、道化に振り回されるのは不快なので」

 

「違ぇねえな。何年生きてんのかは知らねえがこれ以上若造に振り回されてたまるかってんだ」

 

「先に行ったのはルリアとオルキスだけじゃないんだからね。私達の団長であるグランに黒騎士も一緒。ついでにトカゲもね。

 アンタがここにいる以上、ルリア達がフリーシアの所に着くのは時間の問題よ」

 

 ヴィーラが悪辣に。オイゲンが快活に。イオが膨れっ面でロキへと返す。

 フュリアスと……バハムートの暴走。ロキの手によって彼らの戦いは大いにかき乱された。

 これ以上好きにさせるまいと、彼等はこの場でなんとしてもロキを討つつもりでいる。

 

「ガンダルヴァはジータ達が。貴方の相手は私達。あとは……ポンメルン大尉くらいかしら? 彼だけでグランや黒騎士を止められるとは思えないわね」

 

 仮に討てなくても、ここで釘付けにしておけばこれ以上かき乱される事なくグラン達が先に進める。

 ロゼッタが言うように帝国に残っている戦力は少ない。

 星晶獣を使役できるという大きな切り札を持ったロキが、ここで足止めできれば戦いは優位に運べるだろう。

 

「そういう事じゃ。当然じゃがお主を逃がす気はないのでな、覚悟……してもらおうかの」

 

 二本の剣に手を掛けて、アレーティアの視線がロキを射抜いた。

 歴戦の剣士が向ける殺気交じりの視線。普通の人間であれば腰が抜ける程殺意を感じるものだが、道化は軽く受け流し笑みを絶やすことはない。

 

「う~ん、良い気配だ。皆やる気十分なようだね……それでこそ僕もがんばり甲斐があるってものだよ。

 バハムートと言う切り札を切ったけど、やっぱり君達は何とかしてきた。まだ世界は、僕の手で転がす事を許してはくれないらしい」

 

「世界を転がす、ね……何様のつもり? そんなアンタの下らない支配欲に、世界を巻き込むんじゃないわよ。

 そんな事のために──」

 

「だからまた一つ抵抗して見せよう。

 リアクターの起動まで残り時間は決して多くは無い。僕らしくはないが黒騎士と君達の団長については残りの者達に任せるとして、ここで君達を確実に足止めする事が……僕にとっても最良だと思うんだよね」

 

 怒り心頭なゼタの言葉を遮り、改まってロキが見せてきた戦う意思に対して、一行は身構える。

 もはやいつ飛び出して攻撃を始めてもおかしくはない一触即発の空気が流れる中、それでもロキはゆったりとした動作でその手を翻した。

 防御、回避。如何様にも動けるように警戒する一行の予想に反して、翻された手からは蒼い光が漏れ出て形を作っていく。

 ヒト型で、大きさも彼等と変わらない────寧ろやや小柄な印象を受ける光が形作ったのは既に何度も相対してきた星晶獣、フェンリルの姿だった。

 

「おはようフェンリル……気分はどうだい?」

 

 新しく構成された身体の感触を確かめながら、フェンリルは低く唸る。

 不機嫌な様子を隠す気等更々ない。すぐさま漏れ出る氷のチカラは周囲に霜を広げ始める。

 目の前で身構える一行を見回しながら、フェンリルが静かに口を開いた。

 

「最低だな。

 あの女騎士……ズタズタに裂いてかみ殺さなきゃ俺の気持ちがおさまらねえ」

 

「そうだろうねぇ、君があれほどまでに何もできずにやられたのは初めてだった」

 

「てめぇロキ、喧嘩売ってんのか!」 

 

「はいはい、その調子なら問題はなさそうだね。それじゃ、相手は違うけどそのイライラを彼らにぶつけてやってくれ」

 

 正に飼い犬をあやす様にフェンリルを宥めると、ロキは命令を下す。

 目の前にいる一行を倒すように、と。

 その言葉に反応し、思わず一行から険悪な空気が漂う。

 

「へー、私達全員を相手にしてその犬っころだけで足りると思ってるわけ?」

 

 余りにも一行を舐めた物言いにゼタがすぐさま口を開いた。

 事ここに至って、一介の星晶獣如きで自分達を倒せると思っているのか。

 大星晶獣でも、ルーマシーでロキが召喚したギルガメッシュの様に強大な星晶獣でもない。

 “普通”の星晶獣がたった1体いた程度では彼らが倒せないのは当然であった。

 

「はは、まさか。今のフェンリルじゃ君達全員を相手にするには遠く及ばないよ」

 

「ロキっ、てめぇいい加減に──」

 

「だから安心して欲しいなぁ……ちゃんと枷は外してあげる」

 

「枷?」

 

 疑問符を漏らした一行だが、すぐに答えは見つかった。

 枷──それはフェンリルの両手を縛る枷とそこに繋がる鎖の事だろう。

 枷を外すという事は即ち、更なるチカラの解放を示す。ゼタの脳裏には僅かに不安がよぎった。

 

「良いのかよロキ……お前にとって大事なものなんだろう?」

 

「そうだね、君を縛る楔……と同時に、僕と君の関係を成り立たせるものだ」

 

 確認の意を込めたフェンリルの言葉に、ロキは是と返す。

 主従の関係を成り立たせるフェンリルの枷。気性が荒く、星の民を心良く思っていないフェンリルが裏切らぬようにと付けていた……正確には付けられていた枷を外すという事は、ロキにとっても大きな意味を持つ事だった。

 

「だったら──」

 

「今更君は、僕を裏切るような事はしないだろう? 兄さんを失ってからずっと……拾われてからずっと、僕に付き従ってきた君を、今更疑う必要もないさ」

 

 信頼したのだ。

 この空の世界において唯一、彼の傍にいた彼女を。

 これまで彼に付き従ってきたたった一つの兵器を。

 その言葉の意を汲んで、フェンリルの顔つきが変わった。

 苛立ちが成りを潜め、新たに漏れ出るのは冷気を溶かすような闘志。

 星晶獣という生きた兵器であるが故に、フェンリルもまたその精神状態が戦闘に影響を及ぼすのだろう。その気配は明らかに先程までの意識が散漫した中途半端な怒りの状態とは違った。

 

「ロキ……そうかよ、だったらやってやる。後悔はさせねえ!」

 

 頑丈な枷が外れ……重たい鎖が解かれた。

 物理的な影響だけではない。彼女の枷が封じていたのはもっと根本的な部分……星晶獣としての動力源、星晶がもたらすチカラ。

 軛を解かれたコアが躍動する。目覚めにも似た心地の中、自由になった手足が羽のように軽くなり、封じられたフェンリルの本能が目覚めようとしていた。

 

「但し、対抗策は用意するけどね」

 

「あ? 何をいって──てめぇ、その魔法陣は!」

 

 フェンリルが振り返った先で、ロキは再び手を翻す。

 浮かび上がる魔法陣。黒くはあるが禍々しい気配は感じられない。

 だがその魔法陣にフェンリルは見覚えがあった。

 忘れる事は無い──自分と同じく、ロキのもう一つの従者を喚ぶ魔法陣。

 

「ビューレイスト・ルークの名において、主の呼びかけに応えよ」

 

 最後の星の民として、その能力を発揮したロキはその名を紡いだ。

 

「──召喚。星晶獣”ケルベロス”」

 

 瞬間、赤黒い魔法陣から大きなチカラが噴出する。

 一行が警戒を強める中、チカラの奔流から彼らの前に飛び出してきたのは──

 

 

「じゃじゃーん! 呼ばれてきたわん!」

 

 

 両手に可愛らしいぬいぐるみをはめた、なんとも軽い空気を纏う女性の姿だった。

 フェンリル同様に獣の耳が覗き、姿形はエルーンの女性に近いだろう。

 手甲脚甲で手足は覆われているものの全体的にかなり露出の高い姿は、やはりどこか人と外れた印象を受ける。

 顕現したケルベロスは周囲を見回してロキを見つけると、端正な顔を輝かせるようにして飛びついた。

 

「久しぶりだね、ケルベロス。元気にしてたかい?」

 

「も~ご主人様ったら全然私を呼び出してくれないから寂しかったわ」

「不義理だわん」

「面白くないわん」

 

 フェンリルとは真逆でロキに懐いている様子をみせるケルベロス。

 少しばかり予想外な星晶獣ケルベロスの姿に思わず一行が呆ける中、ロキとケルベロスは互いに挨拶を交わした。

 なぜか彼女の両手にはめられたぬいぐるみまで喋っている気がするが恐らく気のせいだろう……。

 

「悪かったね。呼び出すような事態も無かったし、フェンリルがいると君とすぐ喧嘩しそうだったから……だけど、そうも言ってられなくなっちゃったんだ。

 また、君のチカラを貸してくれないかい?」

 

「ご主人様の為なら条件付きでオッケーしてあげる」

「これからもずっと一緒わん」

「もうそいつばかりにいいかっこさせないわん」

 

 ラカム達をそっちのけに話が進んでいく。

 こうしている間にでも不意打ちの一つや二つ食らわしてやれば戦闘を優位に進められたのかもしれないが、フェンリル共々緊張と闘志に漲っていた空気に放り込まれたケルベロスの衝撃は、彼らを現実に戻すまでに多分な時間を要するのだった。

 

「もちろんさ。フェンリルと共に今後は僕のそばで戦ってもらいたいな」

 

「ふふ、そうこなくっちゃ」

 

 考える素振りすら見せずにケルベロスの条件をロキは快諾。

 瞬間、星晶獣と知らなければ誰もが見惚れるであろう愛らしい笑顔で、ケルベロスは嬉しそうに笑みを浮かべた。

 思わず顔を逸らしたラカムの姿を、ゼタとイオは見逃さなかった。

 

「おいてめえ、いつまでそこでイチャイチャしてんだよ! 

 聞いただろ、さっさとこいつらを潰すぞ」

 

「あらフェンリルも、久しぶりね」

「良く生きてたわん」

「別にいなくても良かったわん」

 

「このっ……まぁいい、とにかくやるぞ」

 

「はいはい、御主人様の為にもがんばるわよっと」

 

 フェンリルとケルベロス。

 同種の星晶獣が目の前に2体並び、再び彼らの間に緊張感が戻った。

 

「全く、何かと思えば煩い犬がもう一匹増えただけですか……これでは余り期待できそうにないですね」

 

「あぁ? 空の民風情が舐めた口利きやがって……おい、ロキ。全部喰っちまっていいんだよな、こいつら?」

 

「好きにしてくれ。空と星、格の違いを知らない愚者にその差を教えてやると良い」

 

「まったくこれだから狼は品がないわん」

「誰彼構わず喰らうとか、低俗わん」

「でもとりあえず、思いっきりやっちゃっていいのよね?」

 

「あぁ、構わないよ。思いっきりやってくれ」

 

 ロキの言葉を受け、ケルベロスもまた小さく口を歪ませる。

 主に似たその軽い笑みはしかし、一行の不安を掻き立てるには十分であった。

 枷を解かれたフェンリル。それに並ぶ同種の星晶獣ともなればそこに力の差はほぼないだろう。

 事実、感じられる気配はルーマシーでゼタが対峙したギルガメッシュやヘクトルにも勝るものであった。

 

 

「ちっ、こっちも全力で迎え撃つわよ! 

 アルベスの槍よ、我が信条示す為汝が最たる証を見せよ。その力今ここで解き放たん!」

 

「そろそろ反動も積み重なって来ていますが、致し方ありません……シュヴァリエ!」

 

 アルベスの槍の解放とシュヴァリエとの同化。

 ゼタとヴィーラを筆頭に、一行は全力の戦闘状態へと移行する。

 アガスティアに来てからこれまで一度たりとも気を抜ける戦いなど無かったが、この場においてはそれすら生温い死闘と成りえるだろう。

 目の前にいる2体の星晶獣に、全員がその気配を察知していた。

 

「ゼタ、ヴィーラ。儂と共に前衛じゃ」

 

「援護は引き受けた、三人とも気ぃ付けろよ!」

 

「イオちゃん、私と一緒に相手の攻撃を阻害するわよ。やれる?」

 

「任せて、あんな犬っころ達に好き勝手させないんだから!」

 

「全員気を引き締めろよ! ここ一番の正念場だ!」

 

 ラカムの号令と同時に、ゼタ、ヴィーラ、アレーティアが飛び出す。

 接敵の前に放たれたオイゲンの銃弾がフェンリルとケルベロスを分断し、即座に前衛3人は接近。

 それぞれに一撃を見舞おうとするも、それを軽くあしらい、フェンリルとケルベロスは一行を見据えた。

 

「調子に乗るなよ……人間風情が!」

 

「あんまり甘く見ないで欲しいな……なんてね」

 

「上等。必ず叩き潰してやるわよ!!」

 

 

 負けじと吠えるゼタの声を皮切りに、タワー内で新たな激闘の幕が上がった。

 

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 

 自身を追ってくる青い炎が地を焼いていく。

 焼く、という表現には語弊があるかもしれない。何故ならその炎は触れた者を凍り付かせる氷結の炎なのだ。

 

「ちっ、ヴェリウス!」

 

 ”速度を上げるぞ、振り回されるな! ”

 

 画一した意識が互いの意思を伝え合い、セルグとヴェリウスは一つとなった身体を十全に機能させて宙を駆けた。

 その速度たるや、一瞬にして追従してきた攻撃を振り切る。同時に攻撃の主である星晶獣フラム=グラスの背後へと回り込み一閃。

 

「光破!!」

 

 唐竹に振り下ろされた一閃がフラム=グラスを真っ二つに割り、星晶の塵へと還す。

 切り捨てた勢いそのままに、天ノ羽斬を掲げると頭上より飛来する雷が天ノ羽斬へと落ちる。

 

「雷霆公、それにバアルもか!」

 

 どちらも光のチカラを扱う星晶獣。故にセルグにとっては与し易い。

 同質の光属性を用いて防御、そして効果が高いヴェリウスの闇のチカラを天ノ羽斬に付与すると。

 

「絶刀招来天ノ羽斬!!」

 

 極光であった斬撃を闇へと変換し、2体の星晶獣を屠る。

 

「流石だな、欠片よ!」

 

「ナタクっ!?」

 

 奥義後の隙を狙うように振り下ろされる大槍。

 この中で唯一セルグと言葉を交わせるナタクの声に反応してセルグは切り結ぶ。

 既に残りはこの武神ただ一人。意識をナタクのみに向けセルグは天ノ羽斬を強く握った。

 嘗ては膂力の違いで鍔迫り合いなど有りえなかったが、今は違う。内包するヴェリウスのチカラ。天ノ羽斬により強化された自身の力はナタクと対等に戦う事を可能としている。

 身体と武器の大きさをものともせずに、セルグはナタクと対等に切り結び続けた。

 

「ふっ……ははは、最高だぞ欠片よ。この武神と小細工無しに切り結べるようになっているとは。

 ならば少し上げるか──風火二輪!」

 

 炎と風が大槍へと集う。ナタクの風火二輪によって早さと威力を跳ね上げた一撃が次々とセルグを襲う。

 

「くっ、やろう……調子に乗るなよ!」

 

 対してセルグは右手を翻す。

 天ノ羽斬を持つ手と逆の手に現れるは翼を象る一振りの剣。夜空を思わせる漆黒に彩られた一振りの剣翼を顕現させると、セルグは攻めに転じた。

 

「多刃・絶」

 

 2本になった事で2倍増し……になるわけではないが、防ぐ手と攻める手、二刀を以ての攻め、選択肢の増加はそれだけ戦いの幅を広げる。

 防戦から転じて先の先を取る攻めへと転じたセルグは一気呵成にナタクを斬り付ける。

 一閃、二閃、三閃……防御を打ち崩し、隙を作った身体に叩き込まれる剣閃は無慈悲にも深々とナタクの身体に刻まれた。

 

「ぬぅ、まだ……まだだ!」

 

 不利を悟るも、それを振り払うように声を上げナタクは飛翔する。

 頭上高くへと翔んだナタクの姿を見てセルグには、嘗て彼と死闘を演じた時の光景が重なった。

 

「ナタク……あの時と同じにはならねえよ」

 

 剣翼を消し、天ノ羽斬を弓なりに構える。

 防御も、回避もしない。見据える狙いは只一つ。

 迎撃──ナタクの攻撃を完全に打ち破り、更にそのまま叩き伏せる。

 それができると疑う事は無い。

 

「欠片よ、今一度我が奥義の前に伏せよ」

 

 ナタクは風火二輪によって跳ね上がるチカラを槍へと集約。全身全霊をかけての奥義を敢行する。

 疾風の如き速さで落下を始め、大槍が炎に包まれた。烈風が更にナタクの背を押し、目にもとまらぬ速さを奥義の一助として。

 本来なら投擲する筈の大槍を握ったまま、ナタクはセルグに向けて吶喊していく。

 

「いくぞ、欠片よ!!」

 

 自身をそのまま一つの槍と化したナタクの奥義を前に、セルグもまた地上より飛翔して応じた。

 弓なりに構えたままナタクに向かって突撃すると、そのまま天ノ羽斬突き出した。

 ルーマシーで大樹の一部を打ち砕いた天ノ羽斬の奥義派生。

 二つの奥義が、セルグの内なる世界を揺るがしてぶつかり合う。

 

 

「火尖槍!!」

「絶槍招来!!」

 

 

 拮抗は一瞬。

 

 最深融合によって強化されたセルグの奥義はナタクの火尖槍を完膚なきまでに打ち砕いた。

 その身体ごと突撃していたナタクはセルグの奥義によって右腕から肩にかけてを吹き飛ばされ、制御を失い地に堕ちていく。

 

「がっ、は…………ふっ、ふふふ。見事だぞ、欠片よ」

 

「お前にとってもそうだったかもしれないが、オレにとってもお前との戦いはリターンマッチだ。

 あの時のオレはまだ弱かったからな……真正面からお前を倒すことはできなかった」

 

 ナタクの傍へと降り立ち、セルグは光蓄えた天ノ羽斬を向ける。

 この光景もまた、嘗ての戦いの時と同じ。見下ろすセルグと見上げるナタク。

 その位置関係が二人の強さの序列を表していた。

 

「どちらにせよ俺は二度も負けたわけだ……もはや武神などとは名乗れぬな」

 

「どのみちお前もオレの中に取り込まれた存在なわけだろ? ならこれからはオレがお前で、オレが武神になってやるさ」

 

「ふっ、なるほど。その言い分もある意味正しいと取れるか」

 

 嘗ての時と同じ構図でありながらセルグがナタクを見る目は大きく違った。

 任務の討伐対象としてしか見ていなかったセルグ。嘗てのセルグにとって星晶獣は基本的に絶対悪であった。

 そんな星晶獣と、僅かに笑みを浮かべながら軽口を言い合えるような時が来るとは夢にも思わなかっただろう。

 

「そういえば戦う前に言っていたな。融合だけではまだ足りないって……あれはどういう事だ?」

 

「その事か……なに、すぐにわかるさ」

 

 そう言ってナタクは残った左手で在る場所を指差した。

 ナタクが示した先に僅かに光が輝く場所が見え、セルグは訝しんだ。

 

「そなたの全てが、この先にある。行くが良い欠片よ」

 

「そうか──こんな事言うのも変な気分だが、ありがとう、ナタク」

 

 星晶の塵へと還りつつあるナタクの姿を見送りながら、セルグは感謝の言葉を紡いだ。

 ここで倒した全てが、これまで自身のチカラとなってくれていたのだと────その事実に。

 

「礼は不要だ。俺も、楽しかった……から……な……」

 

 穏やかな笑みを見せながら、他の星晶獣達と同様、ナタクも消えていく。

 

「──ナタク」

 

 “感傷にでも浸っているのか? そんな暇はあるまい”

 

「わかっているさ。行くぞ……アイツが示した先へ」

 

 

 ヴェリウスの声で我に帰ると、セルグは歩き出した。

 ナタクが示した先。内なる世界で一際輝く、光が集う場所へと…………

 

 

 

 時間としては恐らく大した時間にはならないだろう。

 そもそも時間の流れが現実とこの内なる世界で同じものなのかはともかくとして、セルグの体感としては10分程度の歩みであった。

 

 光が徐々に大きく見えてくるその手前で、セルグの視界にはあるものが見えてきた。

 

 白く、大きな……ゆりかごのようなベンチ。

 そこに座る一人の女性。

 

「はぁ、今度は誰だ」

 

 “お主に縁のある存在の誰かであろう”

 

「とは言ってもな。ヒト型星晶獣だって割といるし、いちいち全部覚えちゃ──」

 

 言葉の途中でセルグの動きが止まった。

 不審に思うヴェリウスが何かを言っているが、既にその声は耳に届いていない。

 目を見開き、セルグの視線は白いベンチに座る女性に釘付けになっている。

 

 “若造? どうしたのだ”

 

「──嘘、だろ」

 

 視線の先、少し短めの茶色い髪が揺れていた。

 やや小柄な身体は星晶獣とは似ても似つかない。必然そこにいるのはヒト以外にありえないだろう。

 セルグの呼吸が浅くなっていく。記憶の彼方まで掘り起こして目の前のそれを否定した。

 

 居るはずが無い。会えるはずが無い。

 

 

 だって、彼女は目の前でその命を失ったのだから……

 

 

「アイリス──なのか?」

 

 

 

 目の前の現実を受け入れられず、震える声が内なる世界に木霊した。

 

 

 

 

 

 




いかがでしたか。
着実に物語は歩みを進めております。
お楽しみ頂ければ幸いです。
それでは、また。

ご感想の程、どうか宜しくお願い致します。

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