granblue fantasy その手が守るもの   作:水玉模様

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五周年、嬉しい事は少なかったですが執筆意欲は上がっています作者です。
その勢いのままにドンドン書き進めたいと思います。

それではどうぞお楽しみください。


メインシナリオ 第63幕

 

 

 ――最強。

 

 この二文字を欲するものが空の世界にどれだけいるのだろうか。

 大なり小なり、強さを求める者なら……戦いを常とする者であるなら、誰もが一度は夢にみる頂だ。

 誰もが求め、誰もが届かぬ頂きだ。

 

 秩序の騎空団。第四騎空艇団船団長のガンダルヴァにとっても、それは同じ事であった。

 

 鍛錬に鍛錬を重ね、戦いに戦いを重ね、強さだけをただひたすらに追い求める。

 彼にとって人生とは、最強へと登るための果てなき戦いであり、強さとは自身と言う存在を確かなものにする証明であった。

 

 

「こんなものか! 俺はまだ戦い足りねえぞ!!」

 

 

 任務において戦う機会があれば常に最前線へと赴き、全力で戦う。

 相手がだれであろうと、どれほど実力の開きがあろうと関係ない。

 

 全ての戦いは、最強へと登るための踏み台だ。

 そんな過剰なまでに強さを追い求める彼の思想は秩序の騎空団内でも問題視され、彼には団からの追放が言い渡された。

 自身の闘争心を満たすには都合の良い騎空団からの追放に不服の意を示したガンダルヴァは、七曜の騎士にして秩序の騎空団の団長。蒼の騎士ヴァルフリートに決闘を申込み、激闘の末に敗北した。

 

 

 

「ははっ、この俺がこうも簡単に負けるとはな。流石は七曜の騎士様だぜ」

 

 

 感無量であった。

 どれだけ猛ろうとも、どれだけチカラを込めようとも。それは全て受け流され、返される。

 強さとは絶対的なチカラだと信じ続けていたガンダルヴァにとって、ヴァルフリートの強さは異端であり、底知れなかった。

 

「君は確かに強い。だがそれは、秩序の騎空団の意向にはそぐわないものだ。真に残念ではあるが君には」

 

「殺せよ、詰まらねえご高説なんかに興味はねえ。強いか弱いか……俺にはそれが全てだ」

 

 最強へと至れない自身に存在している意味があろうか?

 清々しいまでに敗北を喫したガンダルヴァはそこで終わる事を求めるも、ヴァルフリートは首を横に振って返す。

 

「――――申し訳ないが、君の要望には応えられない」

 

「てめぇ、俺に情けを掛けようってのか……」

 

「そうではない。ヒトには誰しも生きる意味がある……ここで負けたからと言って、君の生きる意味が無い等と決めるのは早計だ」

 

 生きる意味? この男はなにを言っている。

 たった今、自身の生きる意味を奪い去った男が垂れる詭弁に我慢がならなかった。

 動かぬその身を無理矢理叱咤し立ち上がると、ガンダルヴァはヴァルフリートを睨み付ける。

 

「ふざけるなよ……俺にとっては強さこそが全てなんだよ。てめえに負けた以上、俺に生きる意味なんて――」

 

「ならば、私を倒すことを生きる意味としたまえ。いつの日か君が、真に生きる意味を見出すその時まで……私は君が生きる導となろう」

 

「てめぇ……ふざけるなよ。ふざけんじゃねえぞ、ヴァルフリートぉおおお!!」

 

 飛びかかろうとするも、無理矢理動かした肉体が言う事を聞くはずもなく、その場に倒れ込む。

 隙だらけの背中を晒す。それだけでも屈辱の極みだ……だがそれでも。

 倒れた彼を一瞥だけして遠ざかり始める背中を、ガンダルヴァは目に焼き付ける事しかできなかった。

 

 

「ヴァル……フリートォオオオオ!!!」

 

 

 屈辱と憤怒に塗れたまま、その日彼は新たな生きる意味を見出したのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 床を砕かんばかりに踏み抜いた瞬間、フルスロットルを発動する。

 見た目から想定する鈍重さを覆し、俊敏に動くその巨躯は、大きく間合いを開けていた彼らの距離を正に瞬きの間にゼロにした。

 

「うぉらああ!!」

 

「ちぃっ!」

 

 武器すら抜いていないグラン達へ急接近すると同時に、抜剣して力任せに叩きつける。

 間一髪、不意打ちを予測していたアポロがリーシャを狙う一閃を防ぐが、込められた力の重さに思わず舌打ちを漏らした。

 

「反応がおせえんだよ!!」

 

 防御された事を予期していたか。強化した身体能力に任せてガンダルヴァは更に大きく踏み込む。

 アポロを躱し彼らの懐へと入り込むとその体躯を活かして長い足を振り抜いた。

 

「ガッ!?」

 

 その脚が捉えたのは辛うじてガンダルヴァの奇襲に反応し、ルリアの前に躍り出ていたカタリナとジータであった。

 下手すれば着込んでいる鎧すら砕かん勢いで打ちこまれた蹴撃は、二人をタワー内の隅へと弾き飛ばし、一瞬の出来事にグラン達の視線が奪われる。

 

「ジータ、カタリナ――きゃああ!?」

 

 その僅か一瞬の隙がルリアの命取りとなった。

 大きく無骨な手がルリアの身体を掴みあげ、その首元を締め上げる。

 

「あっ――か、はっ」

 

「ガンダルヴァ、貴様」

 

「おっと、動くなよモニカ! 動けばこの細い首が握りつぶされるぜ」

 

 掴みあげる腕を切り落とさんと刀に手を掛けたモニカの機先を制して、ガンダルヴァが悪辣な声を張り上げる。

 奇襲に次ぐ奇襲。大胆にも彼らの懐へと飛び込み、あまつさえルリアを人質に取る事を許してしまったグラン達に動揺が広がった。

 

 

「なりふり構わずか……貴様の戦いに向ける姿勢だけは評価していたが、それも地に落ちたようだな」

 

「はっ、そいつは見当違いだぜ黒騎士様よ。俺様は何も人質をとってお前たちを制しようなんて考えちゃいないさ。今更機密の少女だなんだってのはどうでも良い話だしな。

 ただこの先に行きたいなら俺様を倒してからにしろ……このガキはその要求の為の人質ってわけだ」

 

 そう言ってガンダルヴァは一歩ずつ後退しグラン達から距離をとる。

 迂闊に動けないグラン達は警戒しながらも、武器を抜くことすら叶わずにそれを見送ることしかできなかった。

 

「一人ずつだ……俺様と一人ずつ戦ってもらうぜ。折角強い奴らがこんなに揃っているんだからな。じっくり楽しまなきゃ損ってもんだろう?」

 

「その要求を僕達が呑むとでも?」

 

「後ろの階段の方に狙撃手を一人配置している……妙な動きをすればこのガキを殺るぞ」

 

 ハッとしたようにガンダルヴァが示す方を見れば確かに、狙撃体制となり構えている一人の兵士が居た。

 鈍く光る銃口がルリアへと向けられており、いつでも狙撃できる状態にグラン達は慄く。

 

「くっ、卑怯な……」

 

 状況は切迫しているというのに……こんなところで時間を食うわけには行かない。

 そんな焦りがグランたちを襲った。

 様々な思考を巡らしこの状況を打破する手立てを探るが、どれもルリアへのリスクが高い。

 警戒されているこの状況で不意を突いて狙撃手とガンダルヴァの両方を確実に仕留める手段など、そう簡単にあるわけがなかった。

 

「状況はしっかり理解できたようだな……まずは団長である小僧。お前から――」

 

 瞬間、ガンダルヴァは視界の隅で何かが閃いたのを察知する。

 確認するよりも早く彼の体はそれが脅威であることを理解し回避行動を取っていた。

 その場に着弾したのは極彩色に染められた閃光。わずかな爆発によって体勢が崩れたところでガンダルヴァの懐にはさらなる脅威が潜り込む。

 

「言ったはずだぞ、ルリア――」

「以前に言いましたよね、ガンダルヴァ――」

 

 蒼光煌く長剣と、金色に輝く短剣の二つが迫る。

 怒りと殺気に彩られた二つの刃は、不躾にルリアを掴み上げていた太い腕を半ばから断ち切った。

 

 

「今度こそ君は、私が守ってみせると」

「汚い手でルリアに触るなって」

 

 無骨な手から解放されたルリアを受け止める。

 怒りの炎を目に宿し、二人の女傑が静かにルリアを奪還してみせた。

 

 

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 

 

「ぶっつぶれろぉ!!」

 

 巨大な龍に負けぬ巨大な掛け声と共に、小柄な体躯が躍動する。

 振り下ろされるはその身に不釣合いな戦斧。そして叩きつけられるはそこに圧縮された絶大なまでのチカラ。

 十天が一人、怪力無双のサラーサが放つアストロ・スプレションがバハムートの頭部を揺らした。

 

「これで、どう――ッ!?」

 

 効果の程はどうか、などと様子を見る余裕は無い。

 野性味あふれるサラーサは反射的に叩きつけた反動を利用して退避。直後その場をバハムートの口から放たれた閃光が過ぎていく。

 一瞬でも遅ければ焼き払われて墜ちていただろう。回避に成功したサラーサはニオがつくる足場に着地しながら苦々しげにバハムートを見据えた。

 

「くっそぅ、なんなんだよアイツ。全然堪えないぞ!」

 

「攻撃の手を緩めるなサラーサ。前線の俺達が引き付けなければ防御に回っているウーノがもたない」

 

「わかった! 一度でダメなら何度でもだな!」

 

「あぁ、その意気だ!」

 

 サラーサの様子に小さく笑みを浮かべながら、足場を利用してシエテも接近していく。

 先程のサラーサの攻撃で生半可な攻撃ではびくともしないのは理解していた。

 ならば、叩き込むのは生半可ではない攻撃でなければならない。

 

「天星剣王の妙技、とくと括目してもらおうか」

 

 緩い表情を一転。険しく鋭い目つきは彼にしては珍しい、正真正銘本気となった証であった。

 周囲に剣拓を展開。その数は百をゆうに超える。その全てを意のままに操りシエテが形成するのは、円錐上に連なった剣拓の槍であった。

 

「斬りつけてダメなら……削り斬るっ!!」

 

 剣拓のタワーが高速で回転をしながらバハムートへと突き刺さる。

 バハムートの硬い表皮を耳障りな音を立てながら……宣言通りにシエテはバハムートの胸部を削っていく。

 

「ありがとうシエテ――――感謝するわ」

 

 直後、ふわりとシエテの前に浮かび上がってきたのは大弓を構えるソーン。

 既にその弓には幾重にも重なった魔矢が番えられており、それを狙い済ますこともなく即座に打ち放つ。

 ディプラヴィティ――撃ち放った矢を媒介に、相手の体を魔力で蝕む彼女の得意技である。

 バハムートの硬さゆえに届かなかった攻撃であったが、シエテが穿った穴を伝うことで毒の様に蝕む魔力はその効力を発揮する。

 時間にして数秒。バハムートの動きが鈍り、苛烈な攻撃が衰えた。

 その隙を逃すほど、彼らは甘くはない。

 

「調律する。皆行って――“クオリア”」

 

 この場には似つかわしくない、静かで緩やかな旋律。

 ともすればこの喧騒の中では全てかき消されてしまうような音であるが、それは直接頭に届くように確かに彼ら耳へと届いた。

 ニオが奏でる旋律が彼等の心身の調子を整えていく。聞く者の精神に合わせ、昂るも落ち着けるも自在な旋律はその身に宿る能力の全てを発揮できる最高の精神状態へと、各々を持ち上げる。

 戦士として最高峰である彼らの最高の状態。

 それは言わずもがな、空の世界に置いて他に比類無き極限のチカラの発現となるだろう。

 

 

「シス、共に行きますよ」

 

「無駄口はいらん。ただ滅するのみ」

 

 

 それぞれの武器を構え、カトルとシスが足場を跳躍。

 身軽な二人が狙うのは巨大なバハムートの両腕。

 振り下ろされる腕を、カトルは受け流しながら短剣を突き刺すと重力を無視するかのような動きで腕へと乗り移った。

 

「全く、こんなトカゲ野郎にここまで苦戦するとはね……」

 

 表皮が硬く、僅かに突き刺さるだけに留まっている短剣を見て、カトルは苦々しげに呟いた。

 バハムートを倒すべく、十天衆が全員ここに集結している。

 星晶獣と言った強大な存在から一国家の戦力まで……一人いれば全てを覆せる程の実力を持つのが十天衆だ。その実力があるからこそ空の抑止力足りえるというのに、そんな彼等が一堂に会して尚ギリギリの戦いを強いられている。

 絶対的強者としてのプライドが揺るぐには十分である。

 

「その腕、細切れに切り刻んでやるよ――メメント・モリ!!」

 

 両手に握った幅広の短剣。それを縦横無尽に叩きつける。

 シエテ同様斬るのではなく削るような斬撃の嵐。閃光の如く閃く数多の剣閃はバハムートの腕を容赦なく切り刻んだ。

 

 

 ――――バハムートから咆哮が轟く。

 

 

 痛覚などは無い。

 だが、腕に与えられた違和感。切り刻まれ言う事を聞かなくなった肉体の原因をすぐさま察知したバハムートは、極大の魔力を込めて逆の腕を振り上げた。

 セルグとアポロ。二人の全力を以てやっと押しとどめた攻撃が迫る――――が、カトルに焦りは無い。

 

「隙だらけですよ。トカゲ野郎」

 

 巨大な腕が振り下ろされようとする刹那、一陣の風が駆け抜ける。

 否、駆け抜けたのは風ではなくヒト。

 目にもとまらぬ速さで飛び出し、すれ違い様にバハムートの腕を幾重にも深く刻むのは、絶爪を携えるシスであった。

 

「キェエエエ!!」

 

 普段の彼からは想像もつかないような気合の声と共に、俊足は躍動しアガスティアの空を駆ける。

 足場から足場。中空から地上へ。更にはバハムートの身体のそこかしこを蹴りつけ。

 縦横無尽を体現するかのようなシスの機動は、巨体であるバハムートにとって知覚できぬ未知の脅威に近い。

 シスの動きを捉えることができぬまま、バハムートの腕は徐々にその傷を増やし、深くしていく。

 

「天地虚空夜叉閃刃!!」

 

 神速の動きと斬撃がバハムートの腕を潰すのにそれほどの時間はかからなかった。

 

 

 成すすべなく刻まれたバハムートの両腕が、力なく垂れさがる。

 だが薙ぎ払うことも、叩きつけることもできないその身がもどかしいと感じる前に、その攻撃能力を削がれたバハムートは次なる行動に移っていた。

 大翼が動く。巨大な羽ばたきがその身を一つ分ほど上昇させたところで、バハムートの周囲の空間が歪んだ。

 現出するのは有り余る魔力に任せた無数とも呼べる魔力の塊。それによる飽和攻撃であった。

 

 飽和攻撃とはすなわち、島全体に降り注ぐであろう超広範攻撃。

 如何に絶対的な防御能力を持つウーノであろうとも、島全体を覆うことは不可能だろう。防御力の高さと範囲は比例するわけではない。

 ウーノだけで防ぎ切るのは難しかった。

 

 

「シエテ、ソーン。迎撃行くよ!」

 

「準備OKよ。撃ち漏らしは私が!」

 

「減らすのは俺の担当だ!」

 

 

 三者三様に構える。

 エッセル、ソーン、シエテの三人が地上から迎撃態勢を取っていた。

 

「逃さない――――ダンス・マカブル!!」

 

 撃鉄が鳴る。

 魔力を用いて無限に吐き出される弾丸が操られているように飛び交い、エッセルによって撃ち落とされていく。

 数えるのも億劫に思える数の魔力弾。その悉くが彼女によって潰されていくが驚異的なのはその精度……ではない。

 踊るように飛び交う銃弾。その最中彼女もまた、踊るように足場を飛び交い移動している。

 待ち構えての迎撃などではない。彼女は次々と魔力弾を撃ち落としながら移動し、死角にあるものまでカバーしているのだ。

 

「天星剣王が奥義――――ディエス・ミル・エスパーダ!!」

 

 翠の剣拓が飛び出す。

 千の剣拓、その全てを展開し打ち出したシエテは狙いなど二の次で魔力弾を片っ端から潰していく。

 飛ばしたすぐ傍から再召喚。止まる事なく、尽きることのない剣拓の驟雨は膨大な数の魔力弾を次々と面制圧で薙ぎ払っていく。

 

「すべて捉えるわ――――アストラルハウザー!!」

 

 宣言通り、数を以て処理するシエテの打ち漏らしを全て撃ち落とすのがソーンの役目であった。

 驚異的な視力。異常なまでの空間認識能力。

 そこに展開されるのは、シエテの剣拓によって悪くなった視界の中ですら打ち漏らしを見つけ出し射貫くことができる彼女の領域。

 距離をとっての迎撃という手段を取った時、彼女がもたらすのはウーノとは違う形の絶対防御と言えよう。

 彼女の迎撃を耐えると言う選択肢以外では、この領域を抜くことは不可能である。

 

 

 僅かな間、アガスティアの空を覆った強大な魔力弾の群れは、三人によってその全てを打ち砕かれた。

 

 腕を潰され、魔力弾を潰され。僅か……ほんの僅かな惑いがバハムートの中に生まれた。

 無論、ロキとルリアによって強制的に呼び出され暴走状態に在るバハムートに冷静な思考などは存在しない。

 単純に狙い通りに攻撃が出せず、破壊という結果が得られなかった事への惑いである。

 そんな惑いが僅かによぎった瞬間。

 

「隙ができたな――――巨大な龍よ」

「今度こそぶっ潰してやる!!」

 

 二つの殺意を直上より感じ取る。

 上昇したバハムートの更にその上を取っていたのはサラーサとオクトーであった。

 二人ともその身に宿るチカラを限界まで高め、その手にもつ得物へと込めている。

 

「全部……全部もっていけ!!」

 

 怪力乱神。

 戦斧から大剣へとフォルムを変えていたサラーサの武器がその全てを解放する。

 ヒトという枠から外れたような規格外の属性の力。それが作り出す隕石と見紛う程のチカラの塊。

 バハムートの頭部すら容易に飲み込めそうなその塊を、サラーサは渾身の力と共に振り下ろした。

 

「メテオ・スラスト!!」

 

 バハムートの巨体を押しつぶさんばかりに叩きつけられた塊が大きな爆発をもたらす。

 防御、抵抗。そんな事をする余裕がなかったバハムートは無防備なままサラーサのメテオ・スラストを受けて僅かな悲鳴を挙げた。

 だが、これで終わりではない。

 衝撃であおむけに落下を始めるバハムートをそのままオクトーが追撃する。

 

「――絶刀招来」

 

 両手に握られた刀を収める。

 一撃に重きをおいた今この時、彼が用いるは両手に握る切り結ぶための二刀ではなく、相手を断ち切るための一刀。

 魔力をつたえ自在に動く長い白髪が最後の一刀を握る。刀神オクトーはこれにより、剣士として絶対に超えられないある壁を突破した。

 

 それは、間合い。

 自在に、それもしなやかに動く長い髪が刀を握る。それは間接や長さといった制限を取っ払った長大な間合いを取る事の出来るもう一本の“腕”である。

 間合いが……リーチが伸びるほど、振るわれた時の先端の速度は加速的に増す。

 ドラフの長身を以てすら地面を引き摺らんばかりの髪が握るその先端の速度は如何ほどになるだろうか。

 剣速が、ヒトの出せる領域を超える。

 

 一刀に込められたチカラが解放されていく。

 彼がもつ地属性のチカラが限界まで引き出され、それは奇しくもセルグと同様の奥義の形をとる。

 即ち、一撃だけの全力の一閃。

 

「捨狂神武器!!」

 

 身体を回し、頭を振り……予備動作を最大限にとり、遂に打ち放たれるのは巨大な斬撃。

 最大の剣速と込められた強大なチカラが相乗し、オクトーの奥義は巨大な一閃となってバハムートを襲う。

 落下中のバハムートを加速させ、首元から腹部に掛けて……深い裂傷が刻まれる。

 シエテをして削る事しかできず、カトルやシスであっても幾重にも刻みやっと傷を残せる程の防御力を誇るバハムートの身体を、オクトーの一閃が深々と切り裂いた。

 

 明確に、確かな悲鳴がバハムートより挙がった。

 サラーサとオクトーがもたらした衝撃はそれ程までにバハムートにとって驚愕に値する威力を持っていたのだろう。

 悲痛とも取れる声を挙げながら地上へと落下していき、バハムートは噴煙を上げてアガスティアの地表へと激突した。

 巨体の質量がもたらす激しい地響きを聞きながら、十天の面々は警戒を解かぬまま噴煙の中に消えたバハムートの様子を伺う。

 

 これで終わりのはずがない――――全員の脳裏にその予想がよぎる。

 

 感じられる存在感と気配にほとんど衰えは見られない。

 彼等の攻撃は確かに効いてはいるが、それは彼の星晶獣の行動を抑えるだけに留まり、その存在にダメージを与えるまでには至っていない。

 威力が足りないとかそういう事ではない。

 バハムートが司るは破壊と再生。星晶のコアを砕かれない限り、その身は再生をしていく。

 

 数秒か、数十秒か。少しの間静寂が訪れ徐々に噴煙が晴れていく……

 

 

「むぅ、あれでもまだ足りぬか」

 

「くそぅ、あれでも全然だめなのかよ」

 

 オクトーとサラーサが僅かに驚嘆の声を漏らす。

 噴煙晴れた先に在ったのは、両腕の再生を終え腹部の深い裂傷に明らかな怒りを見せて唸るバハムートの姿。

 

「さっきよりも旋律が荒れてる……それに、散漫だった意識が同じ方向を向いた。多分、私達を完全に敵として認識した」

 

 ニオの言葉を真とするようにバハムートの威圧感が増す。暴走状態にあり島全体を標的としていたバハムートの意識が彼らのみに集中していた。

 大翼が再び羽ばたき空へと舞い戻ったバハムートは、空へと吠えた。

 暴力的なまでの音が空の世界に木霊する。

 バハムートのチカラに呼応し吹き荒れる風が音と共に彼らを怖気づかせ、同時にバハムートの身体が僅かに大きく成ったかのような錯覚を起こさせた。

 全身の鱗が逆立ったかのようにバハムートから漏れ出たチカラがその身を覆っていく。

 

 正に逆鱗に触れられた龍は、彼らを滅する為に真の力を解放したのだ。

 

 

「ははっ、シェロちゃん……ちょっと冗談キツイんじゃないかなこれ」

 

 

 最強の集団。

 その頭目である彼であっても、目の前にいる絶望を体現した存在に、不安を隠すことはできなかった……

 天井知らずのチカラに対抗する術は徐々に減っていくだろう。

 彼らの戦い方はロゼッタが言っていた一対一の戦いでは、既になくなっている。

 付け焼刃ではあるが互いに援護し、協力をしなくては対する事が出来ないでいた。

 

「それでも……頼みの綱はまだ残されてるってね」

 

 再び始まるギリギリの戦いへと身を投じながら、シエテは一瞬だけそれに意識を傾ける。

 魔法陣の上で多大な魔力に包まれ、復活を今か今かと待ちわびている男の元へと。

 

 

 感じられる気配は、いつの間にか小さく希薄なものへと変わっていたのだった……

 

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 

 機密の少女の奪還。

 

 目を離さずに狙いをつけていた矢先、視界外からの攻撃と余りに早い事態の変遷に反応しきれなかった狙撃主は瞬間的に我に帰る。

 

「くっ、中将閣下!!」

 

 慌ててガンダルヴァの腕を切り落とした二人へと銃口を向けて引き金を引くが、それはカタリナが張る障壁に阻まれた。

 

「閣下、後退を!」

 

「引っ込んでろ!」

 

 援護するべく立ち上がった兵士を制して、ガンダルヴァは切り落とされた腕を拾い上げる。

 その顔には予想外にも、未だ小さな笑みが浮かんでおり、ルリアを奪還された事を歯牙にもかけていない様子が伺えた。

 

「俺様も大概だな……仕留めたと思って油断して足元を掬われるとは。お前達を甘く見てはいけないのだと、ちゃんと意識していたはずなのによ。あの瞬間、防御障壁を張っていやがったか――――カタリナ中尉?」

 

 敵意を剥き出しにして自身を睨み付けるカタリナの、無傷な様子にガンダルヴァは事態の推移を推測した。

 

「あぁ、本当なら受け止めきるつもりだったが、威力を殺しきれなかったよ。そのせいでジータも巻き込んでしまった。

 それでも、これ以上ルリアを守れない失態は犯せないからな。不意打ちも奇襲も想定はしていたさ」

 

「負けず嫌いだと言いましたよね。これ以上貴方に好き勝手させるとお思いですか?」

 

 挑戦的に返す二人に、思わず小さな笑みがこぼれる。

 予測されていた……思い通りに事が運んだと思わされていた。

 互いに予想外な部分はあったが、またしても一枚相手が上手だったのだ。まだまだ相手を甘く見ていたのだと思い知らされる。

 

「ハハッ、カタリナ中尉だけでなく小娘にまでこうして対応されちゃ俺様もいよいよもって余裕がなくなってきたな。

 全くどいつもこいつも、簡単に俺様を超えようとしてきやがる――――おい、ここはもういい。お前は上層の持ち場に戻りな」

 

「し、しかし閣下」

 

「行けと言ってんだよ――俺様の事は気にするな。どうせお前一人いたところで何も変わらねえ」

 

「――分かりました、ご武運を!」

 

 後方で待機していた狙撃主を持ち場へ帰らせるとガンダルヴァは一人嘆息する。

 最強を追って幾星霜。人生の全てを費やしてきたと言っても過言ではない己の戦いを振り返る。

 ヴァルフリートに敗れ、セルグに敗れ、リーシャに敗れ――――最強を目指すにしては余りにも敗北に塗れているだろう。

 そして今また目の前で、カタリナとジータが自身を打ち倒さんばかりに気勢を上げている。

 揺るがぬ強さはどこへ行ったか。何者も犯せぬ頂きはどこへ消えたか。

 負ける事を知らない己を……どこに置いてきてしまったのか。

 

 払拭しなければならない。敗北に塗れた自身の強さを。

 取り戻さなければならない。どんな強者にも打ち勝つ強さを。

 その為なら――

 

 

「全くいやらしい物だよなぁこいつは……」

 

 

 懐をまさぐる。

 目当ての物が指先に当たる感触を得て、僅かな間を置くもすぐにそれをガンダルヴァは掴みとった。

 

 

「紛い物だとわかっていても……俺様みたいに強さを求める人間には魅力的に過ぎる」

 

 

 禍々しい黒の結晶――魔晶。

 純粋な戦士として、紛い物である強さを認めたくはない。以前の彼であればそう言って切り捨てたであろう。

 だが、そう考える一方で。使えばフリーシアですらアポロと渡り合えるのだと聞かされて、自身が使った時どうなるかと想像する事は禁じ得なかった。

 どれ程までに強く成れるのか。どれ程までに最強に近づけるのか。

 溢れる興味が、その手に魔晶を取らせることを躊躇させることはなかった。

 

 

「フリーシア、ポンメルン、魔晶兵士。性能の証明は十分だろう」

 

 

 まるで自死をするかのような心持ちのなか、ガンダルヴァは魔晶を解放する。

 使用と共に極端に膨れ上がるチカラ。

 鼓動と共に血流の様に巡るチカラ。

 切り落とされた腕を切断面に合わせれば、ブーストされた再生力は正に元通りの状態へとガンダルヴァの腕を再生させる。その様に、もはやヒトである事を捨て去った気がした。

 

 

「心地良い感触だ。何をしても持て余しそうなくらいチカラの高まりを感じる」

 

 

 強者としての矜持。そんなもの既に必要ない。

 敗北に塗れ、最強から遠ざかった己にとって何よりも欲しいのは高みへと至った証。

 世界が終わるその寸前まで、自身が最強へと近づいた事を証明したかった。

 呆然と、その変容を見る事しかできなかったグラン達を尻目に……荒れ狂う暴風のようなチカラを身に纏いったガンダルヴァは剣を構える。

 禍々しいチカラを湛えながらも、そこにフュリアスのような狂気は微塵もない。ただひたすらに戦いを求める闘志だけが彼の身体を突き動かす

 

「さぁ、世界が終わる前に……お前達全員で最高の戦いをさせてもらおうか」

 

 強さのみを求め続けた男の、最後の戦いの幕開けであった

 

 

 

 

 未だかつてない強敵へと変身を遂げた彼を前に、グラン達は静かに息を呑む。

 

「おいおい、只でさえ強い中将さんが魔晶使うとか……そんなのありかよ」

 

 思わず呻いたラカムの言葉は彼らの心を代弁しているだろう。

 一兵士どころか戦闘とは無縁なフリーシアですら強大なチカラを手にすることができる魔晶。

 それを一線級の強敵であるガンダルヴァが使用したのだ。その戦闘力は既に想像できる範疇を超える。

 

「お前達、全員で掛かるぞ。自身を強化するあの使い方ではフュリアスと違い私の剣も効果がない。

 純粋な戦闘力において、あの男は既に私にも匹敵する」

 

「了解だ黒騎士。僕とアレーティアで前衛を、皆は距離を取りながら援護を――」

 

「待ってください、グランさん」

 

 即座に戦闘態勢に移行するグランに待ったをかけ、リーシャとモニカが前に出る。

 決然と言い放つリーシャに嫌な予感がヒシヒシと感じられる中、紡がれるは悪い意味でグランの予想通りの言葉。

 

 

「ここは私達が引き受けます。皆さんは先へ」

 

 

 小さくため息が漏れかけた。全く、すぐこれだ……

 こんな状況にも関わらず胸中でため息を吐かざるを得ない言葉に、グランが思わず目を伏せる。

 これはセルグのせいだろうか? どうにも強敵を相手に自身で一手に引き受けようとする輩が彼らの中には多い。

 言われて先に進み、仲間を置いて行く側の身にもなって欲しいものである。

 

「リーシャ、そんな事俺様が許すと思ってるのか? お前達二人で掛かってくるよりは全員で掛かってきた方が利口だと思うぜ」

 

「そうだよリーシャ。ガンダルヴァの言う通り……全員で掛かって早く決着をつけるのが最善だ」

 

 まさかガンダルヴァの言葉に同意するとは思わなかったが、グランはバカなことを告げた二人に対して苦言を呈する。

 状況が切迫しているのは重々承知だ。

 理解はしているが、かといって彼女達の提案はあまりに無謀が過ぎる。

 

「ですが、全員が足止めされてはそれも危険です。時間を取られれば取られるだけ、フリーシアの思惑通りになります。

 それに――勝ち目が有ろうと無かろうと、身内の不始末は私達の責任です」

 

「あぁ、ヴァルフリート団長の……ひいては奴を野放しにしてしまった秩序の騎空団として、私達はこの男を止めなければならない」

 

 ――秩序の騎空団として。

 ヴァルフリートが……秩序の騎空団が創りだしてしまった結果が今目の前に在るのなら、払拭するのは自分達でなければならない。

 全空を守る秩序の騎空団としての矜持がそこにはあった。

 

「成るほど、確かにそうだな……身内の不始末なら、責任を負わなければならないだろう」

 

「カタリナ!? 何を言って――」

 

「それならつまり、私達の責任でもあるって事だよね」

 

「えっ? ジータさん、何を言って」

 

 だが、そんな矜持など知った事かと言わんばかりの者が二人。

 グランとリーシャの惑う声を聞き流し、更に前へと歩み出るのはカタリナとジータ。

 先程ガンダルヴァの腕を切り落とした時の空気は霧散し、今は軽い口調と雰囲気を纏っているがそれでも油断なくガンダルヴァを見据えていた。

 

「つまりこういう事でしょ。ガロンゾでセルグさんが取り逃したのが悪いんだから身内の不始末の責任を負えって事だよね」

 

「その通りだ。仕方ないな……こうなれば私とジータもここに残り二人と共にガンダルヴァを打ち倒して見せよう」

 

「ちょ、ちょっと待って下さい二人とも。私達はそういう意味で言ったんじゃ――」

 

 少しばかり責める様な声音で、リーシャは二人を止めようと口を開くがその肩をアポロが抑える。

 

「良いだろう小娘にカタリナ。お前達のその提案に乗ってやる……行くぞグラン、状況が切迫しているのは間違いがない。

 優先目標はルリアをリアクターの場所まで連れていく事。奴等を全て打ち倒す事じゃあないはずだ」

 

「黒騎士!? でも魔晶を使ったガンダルヴァを相手にして」

 

「案ずるな。小娘は強い……この私から魔法を教わったのだ。少なくとも簡単にやられはしないだろう」

 

「ふふふ、ありがとうございます。ということだからグラン、ここは任せて先に行って。

 ――私は、必ず追いついて見せるから!」

 

 ジータの言葉にグランは逡巡。僅かな思考を回すも、結論はすぐに出た。

 誰よりも信頼できる双子の片割れがこう言っているのだ。それを信じられないと言えるものか。

 何より、先を託す彼女達の信頼を無下にできようものか。

 

「――わかった。四人とも、必ず追いかけてきてくれよ。

 ルリア、いくよ!」

 

 同じ轍は踏まないとルリアの手を引き、グランがガンダルヴァを避けるように走り出す。ついでに逆の手ではビィの頭を掴んでおり、小さな悲鳴が挙がった。

 アポロが最後まで警戒を続ける中、他の面々はグランに追従していく。

 

「お姉さま……」

 

「何をしているヴィーラ。早く行くんだ」

 

「共に戦えない私の不義をお許しください――どうか、ご武運を」

 

 危険な戦いとなる事は火を見るより明らか。

 そんな戦いにおいて敬愛するカタリナと肩を並べられない事を嘆き、しかしながらそれを割り切って先へ進む……ヴィーラにできる事は只、カタリナの武運を祈る事だけであった。

 

「安心してくれヴィーラ。私は絶対に、君を残して死ぬことはしないさ」

 

 懸念を払拭するように柔らかな声音がヴィーラの耳を震わせる。

 いつも通りの凛々しさ。彼女だけに向けられた気遣いの声が、ヴィーラの後ろ髪引く想いを断ち切った。

 

「いくわよヴィーラ」

 

「ええ、行きましょうゼタ」

 

 ゼタの呼びかけに応じて走り出すヴィーラはもう、振り返る事は無かった。

 

 

 

 ジータ、カタリナ。

 リーシャ、モニカ。

 互いの矜持をもってこの場に残った4人と、ガンダルヴァが対峙する。

 

「あっさり行かせてくれたな。どういうつもりだ?」

 

「どういうつもりもねえさ、モニカ。ここでお前達を片付け、すぐに追いかけるだけだからな」

 

「心外ですね。私達4人を相手に勝てるとでも?」

 

「随分と自身過剰だなリーシャ。いつからお前はそんなに強くなった?」

 

「お二人とも油断はしないでください。この男は元々、一人で全員を相手にする気でいたんですから」

 

「その通りだ……決して、軽く見てはいけない」

 

「よくわかってるじゃねえか。セルグの野郎がいなかったのは予想外だったが、俺様は全員をここでぶったおす予定だったんだ。甘く見てるとすぐに終わっちまうぞ」

 

 言葉と同時に解放される、炎のチカラ。

 魔晶とは別の、ガンダルヴァがもつ本来のチカラ。それが魔晶によって増大し、彼の気配は更に一段階膨れあがる。

 

 しょっぱなから全力。手加減など欠片もない。

 

 その雰囲気を察知し、ジータ達も構えた。

 カタリナはライトウォール・ディバイドを周囲に展開。リーシャもウインドシャールで全員の防御力を補助。

 ジータはエレメンタルフォースで全員のチカラを底上げし、モニカはヴィントシュナイデンで己のリミッターを解放する。

 

「行くよ――四天刃」

 

 更にジータは四天刃を解放。

 金色の光に包まれ、まだ幼さ残る少女は戦士として遥かな高みへと昇り詰める。

 

 

 

 いざ!

 

 

 声無き号令を耳にし……4人と1人は全てを賭して今、ぶつかり合う。

 

 




如何でしたか。

アンケートに結構お答え頂きまして非常に嬉しかったです。
以外であったのが主人公の活躍を期待する人もいた事。
そしてスポット参戦であった十天の皆さんに期待する人も多かった事で作者はもう気が抜けないであります。

また逃げられない古戦場が始まってしまうので執筆できない時間が続きますが、GWあたりを目処に次回投稿予定です。

それでは。お楽しみいただければ幸いです。
感想、お待ちしております。

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